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あたたかい日々

それから私の日常は一変した。


まあ言うなれば、ソルを中心に回り始めたのだ。





「ソル!また喧嘩したの?!」


ソルは迎えに走った私を見ると、ぷいと顔を背けた。


ソルの後ろには、表通りで武器屋を営むデンデさんとその息子のマルクが立っている。が、マルクの方は目を腫らして大泣きをしていた。


鼻血も出てる・・・・・。



「マリア様、困りますよぉ!」


「ごめんなさい!」



平身低頭で謝る。どう見てもマルクはボッコボコだ。

片やソルの方は服や頬に埃がついただけ。

・・・・・・・ソルの圧勝に違いない。


「マリア様!ソルがいきなり俺を殴りました!俺はなにもしてないのに!」


「お前が嘘つくからだろ。修道院から大通りを抜けて衛門までを二週、俺が一番で、二番はライナスだ。」


ソルがしれっと言い返す。マルクがまた大声で泣き始めた。


「俺が二番だぁ!俺が二番!にばんっ!」


「三番だろ。しかも途中で抜け穴通っただろ、お前。狡すんな。ライナスはちゃんと走ったぞ。」


ソルの言葉に、マルクの泣き声が一段と大きくなる。


デンデさんが大きく溜め息を吐いた。


「何となく、事は解りましたがね。確かに狡したうちの倅も卑怯ですが、そっちの方もちっとやり過ぎじゃあ無いですかい。毎度毎度、こんなに傷作って帰ったんじゃあ、傷薬が幾つあっても足りませんやね。」


「・・・・・・申し訳ありません!」


深々と頭を下げた私のエプロンの裾をソルが掴む。


「そんなやつに頭下げることない・・。」


「ソル。」


私はソルの瞳を覗き込んだ。ソルが目を逸らす。

もう覚えてしまった。ばつが悪い時の、ソルの癖。


「ソル。ソルは間違ってない。ライナスの為に、正しいことを正しいと主張することは間違ってないわ。けど、やり方が違ってる。暴力は駄目よ、絶対に。」


絶対に駄目。もう一度告げると、ソルは目を逸らして俯いたまま、小さく頷いた。


私はデンデさんとマルクの方へ向き直す。


「マルク、デンデさん、本当にごめんなさい。さぞや痛かったでしょう?そうだわ!明日からは、私がマルクと一緒に走りましょうか!それなら絶対に狡なんてしてないって証明してあげられるし、順番だってきちんと、正確に、確実に!計ってあげられるものね!それなら、喧嘩にもならないわよねえ?」


にっこり微笑む私を見て、マルクが縮み上がる。


デンデさんは苦い顔をして頭をガリガリと掻いた後、


「ほら、お前も謝っとけ!」


と言った。


父親に促されたマルクが嫌々ながらもソルに謝って、ソルはようやく顔を上げた。


「殴って悪かった。」


ソルはさらりとそう言った。





「なあ、何でさっきマルクとあのくそじじいにあんなこと言ったの。」


修道院への帰り道。

人で賑わう大通りを、私とソルは手を繋いで歩いていた。

小さくて柔らかなソルの手は、いつもほんのりと暖かい。


私はソルの顔を見た。ソルはまたこっちを見ない。

そんなに心配しなくても、私がソルを嫌いになることなんて、空が割れて落っこちてきたって有りはしないのに。


私はソルの手を握る指にきゅっと力を入れた。



「だって、ソルは悪いことしてないでしょう。そりゃあ、本当に暴力はいけないのよ?絶対に駄目。だけど、ソルは嘘吐かないじゃない。というか、マルクはよく嘘吐くから!悔しいじゃない、ソルばっかり謝るの!」


思い出したら腹立ってきた。


「そもそも、マルクが狡い事するからこうなったんだもの!多少の罰は当たらないと私の気持ちが収まらないわ!こっちはライナスやビリー達からちゃんと話を聞いてるんだから!」


マルクが、修道院出身の子達の中でも特にソルを嫌っているのは知っていた。


マルクの父親は武器を扱う商会を営んでいて裕福だ。

よって、マルクは街の子供達の中でもリーダー格の立場にある、正確にはあったのだ・・・・・ソルが来るまでは。



平民であっても裕福な家の子供達は、それぞれが家庭教師をつけたりして勉強をしている。


勿論マルクもその一人で、読み書きや算術が出来て運動も出来るというのが彼のステータスだったのだが・・・。


ソルはあっという間にマルクを追い越してしまった。



修道院では、奉仕の一貫として、平民の女子や子供達に読み書きや算術を教えている。修道院に住む子供達にもだ。


ソルはこの1ヶ月で、他の子供達が一年掛けて覚える事を全て覚えてしまった。


その上、最近では、図書館で借りてあげた本を頼りに、独学でこの国の歴史や隣国の言語まで学んでいる。

とんでもなく頭が良い。



しかも、ソルは運動神経までもが、恐ろしい程に!とんでもなく!ずば抜けて良かった。


石投げをやらせても、子供ながら凄まじい膂力(りょりょく)をしていて、木切れで作った的なんて壊してしまう。

初めはそうでもなかったコントロールも、毎日朝から晩まで練習している成果が発揮され、今では大人でも当てられないような遠くて小さい的まで打ち落とすようになった。

これでは子供では手も足も出ない。


足も早い。まるで疾風のように駆け抜けていく。高い壁も駆け上がり、くるくると宙返りをしながら降りてくる様は、さながら悪戯な天使のよう・・・・・・。


が。本当に天使ならば良かったのだが。



ソルは恐ろしく運動神経が良く、そして恐ろしく喧嘩が強かった。


あの日。初対面のマルクが、ソルが孤児であることをからかった瞬間を私は今でも忘れない。


あっと思った瞬間にはもう、マルクの顔面に叩き込まれていた、美しすぎるフォームの右ストレート・・・・・・!




と言うわけで、強烈な右ストレートを喰らったマルクには、あの日以来目の敵にされているのである。


「マルクも、そろそろ学習したら良いのにね・・・。」


「無理でしょ、バカだから。」


どういうわけかソルは人を殴り慣れている。


騎士団の中隊長を父に持っている分、荒事には慣れているはずの私の目から見ても、だ。


そんなソルにマルクが勝てるわけがなく、いつも父親に泣き付く羽目になる。


その度に謝りに行くものだから、私ももう慣れてしまった。


けれど、マルクの性格の悪さはさておき、暴力は許されることじゃない。


私は、ソルに、その事をしっかりと解ってほしい。


「あのね、ソル。ソルは本当に凄いのよ。他の人よりずっと運動も出来るし、頭だってとっても良い。それにとびきり顔だって良いし、喧嘩だって強い。でもね、ソルには足りないものが一つだけあるよね。解る?」



ソルは私の顔を見上げた。


「・・・優しさ?」


「正解。やっぱりソルは頭が良いわ。」


私は笑った。模範解答みたいだけれど、頭が良いからじゃなく、ソルが心で解ってくれたらいいな。


「ソルは他の人よりずっとずっと凄いんだから、格好良いんだから、その凄さを、誰かを護る為に使えると良いね。」


そうしたら、もっともっと格好よくなるよ。


私がそう言うと、ソルは小さく、


「はいはい。」


と言った。


これも、素直になれない時の、ソルの癖。



それすら愛おしいと思うのだから、私も大概重症だ。




「ソル。私、ソルが大好きよ。」


「・・・・はいはい。」



私とソルはぎゅと手を繋いで、花の溢れる大通りを歩いて帰った。


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