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幼馴染みは鈍感姫③

目の前の少女は、妖精のような愛らしい顔に動揺一つ表さなかった。


ただ静かに唇を動かすと、


「貴方が何を喪おうとも、貴方はお父様の大切な親友である前リアム子爵ウィリアム様のご子息です。それは変わらない事実だと思います。」


そうでしょう?とまだ小さい女の子に問われ、僕は茫然とした。





そうだ。



例え父親を喪っても、母親を喪っても、領地を奪われ平民に落とされようとも、僕は僕だ。




あの絶望の瞬間から今も、一度たりともそうであったことなど無い。



涙が溢れた。溢れて、頬を伝った。




「お父様と共にこの国を護って下さった親愛なるウィリアム様の、大切なご子息の貴方に、私が敬称を付けて呼びたいのです。それに私、ウィリディス様と仲良くなりたいのです。」



そう言うと、オルレアの花のような少女はふわりと笑った。




「前に、ウィリアム様に教えて貰ったんです。うちの息子はなかなか剣が使えるんだよって!私も、最近、お父様から剣術を習っていますの!だから、私、いつかウィディリス様とお友達になれたらなあって思ってましたの。」




私もなかなか強いんですよ!そう微笑んで拳を握って見せた少女が、僕には天使に見えた。





あの日から、僕の気持ちは一ミリも変わっていない。




僕を取り戻させてくれた天使。



美しく、優しく、お転婆が過ぎるところもあるけれどそれすらも彼女を可愛らしく彩っている。



マリアお嬢様に尽くすと決めた日から、僕は彼女の従者として、そして騎士見習いとして必死に努力してきた。



美しく成長した彼女はまるで聖母だった。


家事をしっかりとこなし、淑女としての嗜みである刺繍やダンスも完璧、貴族学院の成績も優秀で、剣を持たせれば男も圧倒する。


それなのに決して驕らず、成人してからは男爵家を代表して孤児院で奉仕まで始めたのだ。



子供達に囲まれて微笑むその姿は、まるで絵画のように美しかった。




そんな彼女に相応しい男であろうとすることが僕の原動力の全てだった。




子爵位を取り戻そう。


そして、必ずマリアお嬢様に求愛しよう。



そう思って、それだけを願って、これまで血を吐くような努力をしてきたのに。





目の前には、歓声轟く観客席が広がっている。




一階の端、欠片のように小さく、白銀の髪が光った。



僕の妖精姫はどこまでも鈍感に育ったようだった。



彼女の瞳に映りたいと、その歓心を得る為だけにこんな下らない祭りに参加するほど、僕は嫉妬に心溺れているというのに。



少なくとも、あの子供を負かす迄は誰が相手だろうとここを退く訳にはいかない。



美しく成長した彼女の、唯一の瑕疵。


孤児院での奉仕もいい。

孤児院の子供達や街の人間との交流も。


だけど、あの子供(ソル)だけは許さない。



彼女を迎えに行った孤児院で目にした光景が、未だに僕の心に焼き付いて離れない。




前も見えない程の洗濯物を入れた籠を持って、よたよた歩く彼女。


後ろから駆け寄って声をかけたあの子供に、驚いたように彼女が振り返る。


彼女から籠を奪って、歩き出すあの子供を見つめる彼女の、あの、溶け出すような幸せそうな微笑み。



身体中の血が沸騰して逆流したあの瞬間、僕の十年間になど、何の意味も無いのだと思った。






正面に視線を戻す。


王宮行事で幾度か見たことのある制服と風貌。


公爵家の私設騎士団の団長。


ぼんやりとした記憶を探していた僕の視界の端で、まだ白銀が煌めいている。



スッと、審判の右手が上がるのが見えた。


「始めっっ!」



相手が重心低く剣を構える。


残念だ。



この程度なら、ものの五分で勝ってしまう。


彼女の記憶には残らない。




僕は彼女の視線を、今度こそ僕にだけ向けなければいけないのに。







元々ヤンデレ枠ではあったんですけど、ウィルが思ったよりもヤンデレになってしまったのはキタニ×なとりの「いらないもの」を聴きながら書いたせいだと自覚しています。


重いわ、十年間は重い。

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