43話 勇者は謎の商人と出会う
冒険者イスタとの戦闘を終え、南の外壁を目指してユンダ町を駆けるユキミチとリリア。
「ユキミチ! 私もユキミチと一緒に旅をしたい!!」
「ああ! ‥‥‥まぁ俺の共犯者だと認められた以上、もう後戻りはできないぜ」
悪戯に微笑みかけるユキミチだったが、リリアに後悔する様子はない。寧ろ期待に満ち満ちた笑顔でユキミチに頷き返した。
その時、ユキミチたちの後方から何かが崩れるような凄まじい轟音が鳴り響いた。あまりのそれに二人は立ち止まった。
「今の音、何!?」
「分からん。およそ商店街の辺りか? 追っ手が何かやってるのかもな」
「えっ!! 街の人たちに何かあったらどうしよう!!」
「そんな心配してる場合じゃないだろう。それにあの王様が非道なことをするとは思えない。俺たちは先を急ぐぞ!」
再び駆け出すユキミチ。リリアは先ほどの轟音に不安を残しつつも、ユキミチの後に続いた。
ユンダ町の終わりは近い。二人の進行方向の遠方には、もう巨大な門が見えてきている。
「国を出た後はどうするの? 最初の目的地は?」
「何も決まってない! 異世界なんだし、ノリでどうにかできるだろう!!」
これを聞いてリリアは目を丸くした。一気に身の毛が弥立つのを感じる。
「何も考えてないの!? 移動手段は!? もし猛獣と遭遇したら!?」
「その時考える!!」
「いやいやいや! その時も何も、すぐ目の前に門があるんだよ!?!? アテもなく国の外に出るなんて――」
「――旅のお方々」
ユキミチの無計画さにリリアが自分の選択を一瞬後悔しかけたところで、どこからか二人を呼び止める女性の声がした。
立ち止まり、周囲を見回す二人。
「こちらでございます」
ちょうど二人の真左に、小柄な人影がぽつりとあった。黒子のような衣装で顔も見せず、呼び止められなければまず存在に気づけないであろう見た目。
そしてその背後にはシャッターで閉ざされた建物がひっそりと佇んでいた。
「「‥‥‥怪しい」」
これが二人の最初のリアクションだった。
「私、怪しい者ではございません」
「そうなの?」
リリアの素直過ぎる反応にユキミチはため息をつく。
「それ言ってるの大抵怪しいヤツだぞ‥‥‥。追っ手の仲間か?」
イスタがユキミチを待ち伏せていたように、他の追っ手が先回りしてここに居たとしてもおかしくはない。
「"追っ手"‥‥‥? はて何のことか、皆目見当もつきません」
人差し指を顎に当て、わざとらしくあちこち首を傾げる女性。ユキミチは黒い布の向こうで惚けている女性の表情が容易に想像でき、半目で睨む。
女性に攻撃をしかけるような素振りは窺えない。だが、単に足止めということも考えられる。
「俺たち、先を急いでるんだ。悪いけどお嬢さんの相手してる暇はないんだ」
「ええ、そうでしょう。ですからお声掛けさせていただいたのです」
女性の声音は余裕そうで、ユキミチは早々に会話を終わらせるべきだと判断したが――
「"ですから"って、どういうこと??」
リリアが食いついてしまった。これ見よがしにリリアに接近する女性。
「申し遅れました。私、大型魔道具商人のエナと申します」
丁寧なお辞儀と共に名乗る女性――エナ。一つ一つの所作に気品がある。王女であるが故の癖か、リリアも反射的に「あ、どうも」と頭を下げた。
「お二方、これからこの王国を旅立たれることとお見受け致します。しかしヴァルトリア王国近辺には国や村などがなく、徒歩での移動はあまり現実的とは言えません」
説明しながら、今度はユキミチにぐっと近づくエナ。
「そこで、大型魔道具商人の私からオススメしたい商品があるのです!」
「お、おう‥‥‥」
この時、ユキミチは何かを感じた。エナの佇まい、声色、言葉のイントネーション――。初対面ではないような感覚がある。
その正体を探ろうとするが、それより先にエナが次の行動に移っていた。背後のシャッターがかかった建物に向かって呼びかける。
「ラバン! あれを用意してください!!」
「あいよー!」
シャッターの向こうから威勢の良い女性の声が返ってきた。
間もなく建物全体がガタンと揺れ、シャッターが開き始めた。警戒心を強めるユキミチだったが、それを目にした瞬間、すぐに歓喜へと切り替わった。
「こちら、"魔導機関車"でございます」
大きな四つの車輪、黒をベースとした塗装の車体、後方には座席、前方には蒸気機関のようなものが取り付けられている。そしてその隣には、これまた黒子の衣装を纏った大柄な女性が自慢げに仁王立ちしていた。
「かかか、カッケェェ!!」
ユキミチがいた世界における千七百年代に開発された最初の自動車――蒸気自動車によく似ている。ユキミチはこのようなレトロ感のあるものに些か目がなかった。
一方でリリアはこの魔導機関車に見覚えがあり、驚きの方が勝っているようだった。
「ほ、本物なの!? これって確か、国王様が選抜した人しか乗ることが許されない遠征専用の乗り物じゃない!?」
「お詳しいのですね、さすがお城のメイド様。その通りでございます。魔導機関車は一般市民には流通しておらず、王国内で使用されることもないので通常では目にすることさえ叶わぬ代物。ですがこちら、実は正規品ではなく試作段階のプロトタイプでして」
ここまで説明してからエナはあからさまにリリアに近づき、耳元で囁いた。
「大型魔道具商人の腕に縒りをかけて、超特殊ルートにて入手することに成功したのです!」
「そ、そんなすごいものを私たちにくれるって言うの??」
リリアの問いに対し、エナは顔の前で人差し指を立てて「チッチッチッ」と左右に振った。
「もちろんタダでとは言いませんよ」




