42話 天然な勇者は抵抗する
カイデン街の裏路地。表通りの商店街と比べると全く人気のない暗がりだが、今この時に限ってはそうでない。
「さすがにやりすぎじゃないか‥‥‥?」
「もう十分だろう! 攻撃を止めてくれ!」
「これ以上はヒロさんが死んじまうよ!!」
恐怖と危機感に震える衛兵たちの呼び声。それはゴールドクラスの冒険者ターベスに向けられたものである。
大剣でひたすらに叩きつけるターベス。一回り以上細い刀身の剣でその攻撃を受け続けているのは、勇者ヒロ。鈍い金属音が何度も何度も裏路地に響く。
ターベスの大剣は、イスタが扱う短剣と同じく魔道具である。その刀身が触れた物体は、通常の倍以上に大きい衝撃を受けてしまう。
ヒロの身体は壁にのめり込むように打ちつけられており、かろうじて剣で受け太刀している状態である。
「まだ抵抗するのか」
単調に、しかし攻撃の手を一切緩めることなく問いかけるターベス。ヒロは質問に答える余裕もなく、ただその攻撃を受け続ける。
ターベスは呆れたと言わんばかりにため息をつく。
「使えば良いだろう、――お前のスキル」
ヒロは答えない。
「あの時、ダンジョンではスキルを使っていたんだよな? 討伐記録を見て俺は目を疑ったよ」
"ダンジョン"とは、ある時にある地点で何の前触れもなく発生する巨大エリアであり、その中には無数の猛獣や宝物が潜んでいる。これを踏破することを"ダンジョン攻略"と呼ぶ。
ヴァルトリア王国の冒険者ギルドでは、ダンジョン攻略に参加した冒険者それぞれの"猛獣討伐数"や"獲得したアイテム"等が事細かに記録される。
以前ターベスとヒロが参加していたダンジョン攻略。その結果がターベスには納得のいかないものだった。
「ほら、スキルを見せてみろよ。強いんだろ?」
ターベスはついに攻撃の手を止めた。ヒロは脱力し切った状態で壁から剥がれるようにして地に落ちる。それを見下すターベス。
「スキルを使え」
「‥‥‥‥‥‥嫌だ」
「何故だ」
「僕には君と争う理由がない」
ヒロの回答は、ターベスの怒りをむくむくと増幅させた。
尤もらしい言い分で、恰もそれが正義であるかのような振る舞い。あまつさえそこに悪意は一切感じられない。
まるで自分が、相手に構ってほしい子供であるかのような。まるで勇者ヒロが、達観した考え方をする大人であるかのような。
本来ターベスが考えるべきは三十八人目の勇者の居場所を特定すること。しかし、彼の思考は疾うに別のことでいっぱいだった。
"どうすれば勇者ヒロはその能力を見せてくれるのか?"
「‥‥‥‥‥‥分かった」
大剣を構えていた腕を下ろし、ボソっと呟くターベス。これを見て衛兵たちは安堵した。ようやくターベスの怒りが収まったのだと。
「ど、どうやら落ち着いたみたいだ」
「ヒロさんも意識はあるな。あぁ、良かった‥‥‥」
「一時はどうなることかと」
「これから俺は、お前を殺す」
衛兵たちは安堵に浸るあまり、ターベスの言葉を聞き逃した。
「ターベス君。今、何て――」
一人の衛兵が尋ねようとしたが、叶わなかった。ターベスは大剣を背後の衛兵らに向かって仰ぐように振り抜いていた。
大気中に衝撃が走り、生み出された暴風によって衛兵らは波打つように押し倒された。
ターベスは正気ではなくなっていた。
「さぁ今この瞬間、お前を助けられる人間は居ない。殺されたくなきゃ、スキルを使うしかないだろう!!」
ヒロの方へ向き直り、大剣を振りかぶるターベス。
「駄目だよ‥‥‥やめて‥‥‥」
苦しそうに言うヒロを見て、ターベスの大剣を握る拳にさらに力が込もった――。
"駄目だ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥出てこないで!!"
ヒロの言葉は、ターベスに向けられたものではなかった。
"――力を使え。あんな小僧、オレならすぐに殺せる"
ヒロの中にあるもう一つの声。
"嫌だ。彼は罪なき人だから"
"罪ならある。あの大剣でお前を散々殴っている"
"駄目だよ。殺す理由にはならない"
"お前は友を助けるために抵抗しているんだろう。向こうがその気なら、こちらも戦うしかないじゃないか"
"それでも、この力は使わない"
"‥‥‥もういい、お前は黙って見ていろ。オレがやる"
"やめて――――!!"
ターベスが大剣を振り切るまでの刹那。
《龍神の頭角》
禍々しい紫炎のオーラを纏った正しく"龍"の頭部がヒロの前に出現し、向かってきていた大剣をいとも容易く噛み砕いてしまった。
――ターベスとヒロが参加していたダンジョン攻略における二人の猛獣討伐数の記録は以下の通りである。
ターベスの記録:全五十七人中二位、累計討伐数‥‥‥四十二。
対してヒロの記録:全五十七人中一位、累計討伐数‥‥‥三百八十――。
ヒロは龍の背後で意識を失って倒れている。
突然の出来事にターベスは大剣だったものを握ったまま、愕然とその場に固まってしまった。その目の前で、龍は高らかに嗤う。
「お望みのスキル、たっぷり見せてやるよ」




