41話 勇者は駆ける
瞬く間にユキミチとの間合いを詰めるイスタ。魔道具だという"衝撃波を飛ばす短剣"を前に間合いなどあってないようなものだが、それでも今のユキミチにとって接近されるのは芳しくない。
背後はドームの壁。側方に走って接近を免れようと試みるが、それより先にイスタの短剣がユキミチに襲いかかる。
慌てて転ぶようにしてこれを回避。しかしイスタの斬撃は終わらず、バランスを崩したユキミチに追撃が迫る。
ユキミチは力強く地面を蹴り込み、体勢が整わないまま壁際で何とか斬撃をかわしていく。
イスタの斬撃が止んだ。
「さすがの身体能力だ」
ユキミチは体勢を整えた。
「俺もびっくりしてる」
商店街でリリアを抱えて走った時はまだ不確かだったが、今ユキミチの中で、それは確信に変わった。
この異世界に召喚されてから、ユキミチの身体能力は格段に底上げされているのだと。
次はユキミチが距離を詰める。イスタにはそれが意外だった。先ほどの挙動から、"相手は距離を保ちたいはずだ"と思っていたから。
しかし、どうということはない。これはイスタの間合い。スキルを使われたところで大した火力ではないし、そもそもこちらの斬撃の方が早い。
"本当にその選択で良かったのか?"とユキミチに尋ねんばかりに悠々と刃を向かわせるイスタ。まともに斬撃を受ければ、勇者であっても重傷は免れない。或いは命がないかもしれない。それだけの一撃。
決して手は抜かない。もう容赦はしないと誓ったから。
縮まっていく二人の間合い。残り、握り拳一つほど。イスタの短剣がユキミチの首筋を睨む。
――その瞬間、イスタは奇怪に感じた。
ユキミチの視線が、イスタに向いていない。この至近距離で、目の前の相手以外に意識するべきことがあるだろうか?
少なくとも、この状況でうっかり気が逸れたなんてことはあり得ない。大勢の人衆の中から衛兵だけをスキルで狙い撃つほどの腕の持ち主だ。
ユキミチが何かを企んでいると分かりながら、イスタは手を止めない。寧ろユキミチがどんな手を打ってくるのかと期待し、いよいよその短剣を振り抜いた――。
《超電加速》
――イスタの短剣は空を切った。そこにユキミチは居ない。
「行くぞリリア!!」
その声はイスタの背後から聞こえた。イスタはすぐに後ろを振り返った。その視界に、背を向けて駆けていくユキミチの姿を認めた。
一瞬の間に何らかの術で超加速して斬撃を回避したのだと、イスタは理解した。果たしてスキルによるものなのだろうか? 可能性としてはそれが一番だが、機動力に関する効果ならばそれは武力スキルというより――いや、今はそれを考えている場合ではない。
メイドだ。勇者との攻防戦の最中に、メイドが動いていたのだ。
リリアはドームの中央に居た。狙いは彼女の足元、ドームを展開している魔道具本体である。
それが回収されればドームは消滅し、ユキミチは解放される。
「なるほど‥‥‥、貴女も彼の仲間だったのですね。ならば等しく処罰の対象という訳だ」
「ひっ‥‥‥」
イスタに睨まれ、恐怖で震えるリリア。自分の行いを後悔しそうになるが。
「止まるな!! 自分のやりたいように生きろ!!」
ユキミチの声で、リリアの迷いは晴れた。
魔道具を拾い上げ、そのままユキミチの元へ駆け出す。同時にドームが消滅する。
「逃げるのですか? まだ勝負はついていないでしょう?」
背を向けて駆ける二人をめがけてイスタは短剣を振ろうとする。
「いいや、終わりだね!!」
刹那に視界を横切る稲光。ユキミチの言葉を頭で理解するより先に、イスタは自らの身体で以って実感した。
《照準電撃》
短剣を振り抜けない。短剣どころか、全身動かすことができない。
イスタはユキミチのスキルを諸に受けてしまった。本来なら回避できるはずの攻撃だった。ドームが消滅したことによる僅かな焦燥、その隙を突かれた。
「楽しかった!! またいつか会えると良いな!!」
ユキミチはそう言って、リリアと共に走り去っていく。
イスタの手元から短剣がこぼれ落ちる。イスタは諦めた。
「‥‥‥負けました。さて、国王様はどこまで見据えていたのか。メイドの彼女、"リリア"と呼ばれていましたが」