40話 勇者は実感する
ユキミチらを閉じ込めるドームの壁際。リリアは、ユキミチとイスタの戦闘を固唾を呑んで見つめていた。
イスタは明らかに手を抜いている様子だが、ユキミチのスキルも確かに凄まじい。命中すればただでは済まないだろうと、遠目で見ていても分かる。
やはりユキミチは異世界より召喚された"本物の勇者"なのだと実感する。
こんな戦闘を間近で見るのは生まれて初めてのことであり、目が離せないリリア。しかし呑気に観賞している場合ではない。
「何とかしてここから出ないと‥‥‥」
ユキミチがゴールドクラスの冒険者を相手に奮闘している。自分にもできることを探さなければ。
決意を曲げたくはないから。
リリアはユキミチたちを視界の端に残しながら辺りを見回す。ドームに穴などはなく、自分たちはやはり完全に閉じ込められているのだと再認識する。
"ユキミチに加勢して共に冒険者と戦う"ということも少し考えたが、力も武器もない自分ではむしろ足手まといになるだろう。
せめてユキミチの邪魔だけはしないように、何か手がかりがないか探ってみよう――。
「魔法技術が組み込まれたカラクリ道具。ヴァルトリア王国では至るところにこの"魔道具"が活用されている。冒険者の武器だって例外じゃないのです」
「このドームも魔道具なんだろう? 魔道具が充実してるって話は聞いていたが、まさかそこまで強力だとは思いも寄らなかったな‥‥‥」
「そう、魔道具は強力なんです。魔道具があれば、戦闘経験のない人間だって忽ち猛獣を単独で討伐できる程にパワーアップする。ゴールドクラスの冒険者が魔道具を手にすればどうなるかは、もはや未知数」
再び掌で短剣をクルクルと弄び始めるイスタ。ユキミチは黙って聞いている。
「勇者とはいえ、スキル以外に持ち合わせるものがなければあまり脅威ではないようですね。あなたももう感じているんじゃないですか?」
イスタは短剣の刃先をユキミチに向けて言った。
「これは無謀な勝負だと」
ユキミチは視線を落として少し考えると、それからまた顔を上げた。そのユキミチの表情が予想してたものと違ったらしく、眉をひそめるイスタ。
「‥‥‥いや、むしろ楽しくなってきた」
ユキミチは笑みを浮かべていたのだ。
「楽しい、ですか」
「楽しいよ。滅茶苦茶に強いお前が居るおかげで、俺は今戦っているんだと実感できる。スキルや魔道具が確かに存在するんだと実感できる! ここは、紛れもなく異世界なんだと実感できる!!」
イスタには理解できない思考。これが危機的状況であることに変わりはないのに。ここで命を落とす可能性だってあるのに。
ユキミチにはそれが心地良かった。
「代わり映えのない退屈な人生は終わったんだ。俺はこれから旅をする! 自分の中の常識が全てひっくり返ってしまうような、ファンタジーに満ち溢れたこの異世界を!!」
イスタは呆れを通り越したようで、乾いた声で笑った。
「あなたは面白い人だ。国王様の元から逃亡するだけのことはある」
「俺はここでお前に勝って、この国を出る」
改めて宣言するユキミチ。それに頷くイスタ。
「‥‥‥良いでしょう。私も全霊をもって相手します」
イスタは短剣を逆手に持ち直すと、腰をぐっと低くした。
まるで隙がなくなり、先ほどと比べ物にならないような尖った殺気が空間を埋め尽くす。それまでは全く油断しきった姿勢だったのだとユキミチは気づいた。
ゴールドクラス冒険者イスタの真の臨戦態勢。彼はユキミチを確かに相手として認めたのである。
――《待機状態》
ユキミチは軽く息を整え、両手に電撃を纏わせた。
「もう容赦はしませんよ」
「ああ、決着をつけよう」
ユキミチの迷いない応答で、戦闘は再開した。




