39話 勇者は試みる
「そうですよね」
イスタはこうなると分かっていたかのように微笑んで、短剣を正面に構えた。それにリリアは驚き戦く。
「ちちちちょっとユキミチ、どうするつもり!?」
「あいつを倒してここから出る!!」
「倒すって、嘘でしょ!? 相手はゴールドクラスの冒険者なんだよ!? 剣で地面に亀裂入れちゃうんだよ!?」
震える手でユキミチのローブの裾を強く引っ張るリリア。
「煩いなぁ。閉じ込められてるんだからやるしかないだろ? あのヤバい斬撃をどうにかして、こっちの攻撃を当てる」
「無理無理無理!! 絶対死んじゃうって!! あの剣をどうにかするなんてできる訳――」
リリアの弱音を遮るように、ユキミチは振り返ってリリアの肩を強く掴むと、リリアを睨み付けた。突然のそれに、リリアは口を開けたまま固まってしまう。
「さっき、俺の方に向かってきてたよな。俺に何か言おうとしてたよな。‥‥‥なあリリア。お前はあの時、何か"決意"したんじゃないのか?」
「あ‥‥‥」
こぼれる声。
ユキミチに指摘され、その瞬間に自分の直前までの発言が恥ずかしくなったリリア。ローブの袖を掴んでいた手が緩み、そこに座り込んでしまった。
リリアから離れ、再びイスタの方へ向き直るユキミチ。イスタは手持ち無沙汰そうに短剣を玩んでいた。
「話はまとまりましたか」
「待たせて悪かったな」
「いえいえ。私は増援が来るまでの時間稼ぎができれば良いので。それに‥‥‥」
イスタの表情から、微笑みがすっと消えていく。
「勇者様と対峙するのは初めてなので、心の準備を整えるのにちょうど良かった」
ユキミチは明らかにイスタの雰囲気が変わったのを感じた。口では控えめな言い方をしているが、彼から感じられるのは凄まじい殺気である。
「始めましょうか!!」
地面を強く蹴って、勢い良く距離を詰めるイスタ。その短剣を構える様子にユキミチは堪らずしゃがみ込んだ。
横に振られた短剣は"黒い波動"を生み出し、それは短剣に振り払われるように真っ直ぐ飛んでいく。
ドームの薄い壁に打ち付けられた波動は、けたたましい音を立てながら散り散りに消えてしまった。その音でリリアは我に返る。
「わっ、わわわああ!?!?」
自分のほんの頭上を斬撃が通過していたのだと気づき、慌ててそこから離れるリリア。
「良い反射神経ですね。けれど私はあなたに届かない距離で剣を振るっていた。何故避けたのですか?」
見下す姿勢で問いかけるイスタ。ユキミチはイスタの方を見上げて一言答えた。
「‥‥‥なんとなくだ」
ユキミチの手元がパチパチと電気を帯び始める。それに気づいたイスタは攻撃させまいと短剣をユキミチに向けるが、ユキミチのスキル発動の方が早い。
《電撃銃》
スキルの阻止を諦めて後方に下がるイスタ。ユキミチは手元から電撃を放った。電撃はピストルで撃ち出された弾丸のように一直線上に迸るが、イスタには命中しなかった。
「なるほど‥‥‥。難しいな、これ」
そのユキミチの言葉にイスタは微笑んだ。
「面白いことをするんですね。武力スキルならばわざわざ威力を抑えずに、もっと思い切り放出すれば良いのに」
「何だよ、"ふぉーす"って?」
「スキルの系統ですよ。最も戦闘に向いている系統だ。まさか、その説明も聞かぬまま脱走していたとは‥‥‥」
勿体ないと言わんばかりにイスタは首を振りながらため息をついた。
「そういうのは実際に経験しながら覚えていけば良いだろう」
「予備知識があるのとないのでは成長に大きく差が出るものですよ」
「座学なんてやりたくないね! 俺は今すぐこの異世界を旅したいんだ」
「ふふふ。それは我が儘というものでしょう」
「そう生きると決めた。だからこれで良い」
ユキミチは次の一手に出る。両手を前に広げ、そこにバチバチと電気が集まってきた。イスタは余裕そうにそれを眺める。
やがて電気はユキミチの正面に壁を作るように空間を漂っていく。
《電磁障壁》
「これなら当たるだろう!」
ユキミチは"電気の壁"を向こうへ押しやるようにして放った。先ほどと打って変わって、それはゆっくりとイスタの方へ向かっていく。
「確かに範囲は広いですが、遅すぎる。どうとでも対処できてしまいますよ」
イスタは短剣を構え、押し寄せる"電気の壁"に向かってそれを強く振り抜いた。
短剣から黒い波動が生み出され、飛んでいく。間もなく"電気の壁"と衝突し、バチリと大きな音を立ててそれらは消滅した。
「うーん。良い線いったと思うんだけどな」
「いい加減、全力でスキルを放ってみてはどうです? 時間稼ぎと言っても、これでは退屈しのぎにさえならない」
「お前なぁ‥‥‥。大体、その剣が強すぎるんだよ! ブンブン振り回すだけでえげつない衝撃波が出るとか、そんなのもう剣じゃないだろ!?」
「ええ。これは剣ではありませんよ」
「‥‥‥‥‥‥は?」
あっさり肯定するイスタに、ユキミチは戸惑う。
「この国が何と呼ばれているかご存知ですか?」
「魔法大国だろう」
「ほう、それは知っているんですね。‥‥‥ええその通り。そしてこれはただの武器ではなく、魔道具と呼ばれるものの一種です」