34話 王女は提案する
ユキミチは顔をしかめた。
「‥‥‥それ、どういう意味?」
リリアは城に戻らなければいけないはずなのに。
「そのまんまだよ」
自分はリリアを残して去ったのに。
「ユキミチがこの国を出ていくことを、止めに来た!」
リリアの顔つきは冗談を言うようなそれではないと、ユキミチには分かっている。しかし、だからこそ疑問なのだ。
「どうして今さらそんなことをするんだ?」
――何故、わざわざ自分を追いかけてきたのか。
「俺はこの国を出て旅をする。最初に会った時もそう話しただろう」
「ユキミチはヴァルトリア王国の勇者なんだから、そんな勝手なことはしちゃいけないでしょ!」
それも最初に会った時に既に話している。無意味な会話だ。
「召喚はこの世界の人間が一方的にやってることなんだから、召喚された俺の行動に勝手も何もないはずだ」
首を強く横に振るリリア。彼女に諦める素振りはない。
「いけないものはいけないの!!」
全く説得力のない言い様に、ユキミチは違和感を覚える。リリアは一体、何がしたいのか?
「何がいけないんだよ? 何を根拠にそうだと言い切れるんだ?」
――そう問われて、リリアは返答に迷いをみせた。
「根拠は‥‥‥ないよ」
リリアは、強力な能力とスキルを持つという勇者に強く興味を抱いていた。ただ漠然と勇者を見てみたいと思っていただけで、"始まりの間"でユキミチに指摘されるまでそれについて考えたことがなかった。
異世界人の意思を無視してこちらの世界に召喚させる国王と、国王の要求を無視して自由に旅をしようとする異世界人。
「お父様とユキミチ。どっちが正しいのか、私には分からない」
リリアの回答に、ユキミチはため息をついた。
「だったら、リリアが無理に首を挟むことはないだろう。お前は早く城に戻って――」
「でも!!」
ユキミチの言葉を遮るリリア。
ユキミチはその真っ直ぐな眼差しを目の当たりにして、確信した。やはりリリアは"何か"を言おうとしている。話題をそこに持っていくために、これまで中身のない主張をつらつらと並べていたのだ。
ユキミチは固唾を呑んだ。
「ユキミチは‥‥‥自分がいけないことをしてるって、そう思ってるんでしょ?」
「‥‥‥‥‥‥何を言ってるんだ?」
言葉の意味を理解し切れないユキミチに対し、リリアは繰り返しはっきりと言い切る。
「ユキミチは、自分のしてることが悪いことだって思ってる!」
呆然としながら、今一度その言葉を反芻するユキミチ。二人の空間には少しの沈黙が流れた。
「――いや、待て待て! なんで俺の思考をお前が断定するんだよ!?」
ユキミチはリリアが何を言うのかと身構えていたが、想像の斜め上をいく答えだった。
「だって事実じゃん」
「思ってることが事実かどうかは、本人が決めることだろ?」
「本当のことだもん」
「本当じゃない」
「本当」
「違う」
「ほ・ん・と・う!!」
静かな町中でこのような問答が長々と繰り広げられ、いつの間にかユキミチとリリアの周りには人が集まってきていた。問答に必死な二人はその観衆に気づいていない。
「だーかーらー! 俺の思考なんだから、本当かどうかは俺が決めるんだ!! 俺が否定すれば、それはもう事実なんかじゃない」
ユキミチの怒号で、リリアは不服そうに黙る。ユキミチは一息置いてから言った。
「俺は、自分が悪いことをしているとは思ってない」
「‥‥‥嘘」
ボソッと否定するリリア。
「嘘じゃない。俺はこの世界の常識を知らない異世界人だ。この国にとって何が正義で、何が悪なのかだって何も知らないんだ。俺はただ、自分のやりたいようにやってるだけ」
「‥‥‥違うもん」
「違わない。悪いことをしてるなんて、これっぽっちも思ってな――」
「違う違う違~~~う!!」
リリアは大声を上げ、またしてもユキミチの言葉を遮った。ユキミチはリリアの言動が理解できず、目を丸くした。
「もし本当に悪気がないなら、ユキミチが私を遠ざける必要なんてないじゃん!」
「遠ざける‥‥‥?」
「ユキミチが私を置いて先に行ったのは、王国への反逆に私を巻き込まないためなんでしょ? 自分が悪いことをしてるから、それに他人を巻き込まないようにしてるんだ」
リリアの指摘。それを聞いてユキミチは衝撃を受けた。そして途端に視線を落として黙り込む。
「私には分かるよ。だって私も"城のメイドたちに迷惑をかけないように"って心に決めてから、城を抜け出してきたんだもん」
リリアはそう告げて、「多分、既に大迷惑かけてるけど‥‥‥」と小声で添えた。
ユキミチは表情を曇らせて、黙ったまま何か考えに耽っている。
リリアは俄然と頬を赤らめると、視線をあちこちに泳がせて何か言いたそうにしていた。
「ねえユキミチ‥‥‥」
その妙に照れ臭そうな呼び声で、ユキミチは視線をリリアに移した。
「私、良いこと思いついたんだ。誰も悪者にならないように。誰もが幸せになれるように。あのね――」
嬉々として話すリリア。その輝く瞳に吸い込まれるかのように、ユキミチはリリアを見つめていた。そして、リリアはこう提案した。
「ユキミチ。私と一緒に、"冒険者"になろうよ!!」




