31話 世話役は決意する
商店街の表通りを北へ向かって走る馬車。中では一人の少女が落ち着かない様子で外を眺めている。表通りの雰囲気はいつもと違う。住民たちは何やら騒ぎ立てており、何かを捜しているような素振りの衛兵や冒険者が散見される。
恐らく、脱走した勇者を捜しているのだろう。何にせよただ事ではない。
「王女様‥‥‥」
その他にも考えていることがあるはずなのにそれを有耶無耶にし、自分が懸念しているのはリリアの安否だけなのだとアンは心に言い聞かせる。
脳裏にちらつくのは、先ほど対峙した勇者の姿。リリアは一時、勇者と行動を共にしていた。最近、冒険者に強い憧れを抱いているリリア。もしかすると彼女は――。
馬車に揺られ、それに呼応するように心音が速くなる。アンは深呼吸した。
世話役メイドとして、何としてもリリアを無事に城へ連れ戻さなければいけない。
――そう自分の使命を再確認した矢先。アンの眺める景色の中に"白髪の少年"が映り込んだ。
気にする暇もないほど、ほんの一瞬のこと。多くの出店と人混みで目まぐるしいはずの視界もその一瞬だけは、馬車の窓から表通りの奥側――僅かな壁の間隙から垣間見える裏路地までが一直線で結ばれたかのように何もなく澄み切っていた。
暗がりにひっそりと佇んでいた白髪の少年。誰かと会話をしているようにも見えた。しかしアンの目には、それ以上に遥かに衝撃的なものが見えてしまった。
衝撃的で、しかし心のどこかでは薄々そうでないかと疑っていたこと。
現段階ではまだ断定できないが、もしそうであった時に備えて覚悟は決めておいた方が良いのかもしれない。
「――すみません、ここで降ろしてください」
「えっ!? メイドさん、お城へはまだかなり距離がありますぜ‥‥‥?」
「お願いします」
アンは商店街の真ん中で馬車を降りた。ここから城まで歩けば一時間はかかるようなところ。御者は城へ向かうよう元々アンに頼まれていたので、戸惑っている。
「本当に良いんですかい?」
「はい、また用事ができてしまいましたので。料金をお支払いします」
ポケットから巾着袋を取り出し、その中に手を入れて小銭を探るアン。すると、どこからか声が聞こえてくる。
「――あら、アンじゃないかい!! お~い!!」
声がした方を見てみると、そこにはメイド服を纏った大柄な女性――バラーノが大きく手を振っていた。そしてアンの元へ駆け寄っていく。
「バラーノさん。どうしてここに?」
「それが実はね――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それはアンがリリアを追って城を飛び出していった少し後のこと。バラーノはリリアを捜す他のメイドたちに呼びかけていた。
「リリアお嬢様のことはアンに任せて、私らは仕事に戻るよ!! 国王様は儀式でまだしばらくはお戻りにならないだろうけど、あの人にお嬢様が居なくなったことが知られちゃ、罰を受けるのはお嬢様なんだからね!! それだけは絶対に阻止するのよ!!」
国王ヘンドルは身分の低い者を決して蔑まず、むしろ身分の高い者に対して厳しい。リリアに何かあった時も、国王が責めるのはメイドではなくリリア本人だ。実際そのほとんどはリリアが原因なのだが、たまにそうでない時、リリアは無駄に怒られることになる。
罰といっても大したものではない。掃除やゴミ捨てといった、本来メイドに任されているような簡単な雑務をリリアに行わせるのだ。
バラーノや他のメイドたちは別にこれを否定するつもりはないのだが、アンはこの限りではなかった。
アンの中にある二つの心。バラーノはそれに気づいていた。そして"純真無垢で素直なアン"の方が『リリアが罰を受けること』を嫌っており、バラーノはその意思を汲んでいる。
「もしリリアお嬢様のお帰りが遅くなっても、国王様にだけはこれを悟られないように振る舞うの!! 良いかい!? 国王様にだけは絶っっ対に――」
「私にだけは‥‥‥何だって? バラーノ」
「だーかーらー!! リリアお嬢様がお一人で城の外へ出られたことが国王様にバレ‥‥‥ないよう‥‥‥に‥‥‥」
言いつけながらそちらを振り向いたバラーノは、みるみる内に身体が固まってしまった。
「そうか、リリアが城の外に出たのか」
何故なら――
「こ、こここ、ここ‥‥‥国王様ぁぁぁぁぁん!?!?!?」
そこにヘンドルが立っていたからである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バラーノはヘンドルが予定よりずっと早く城に戻り、リリアの件を知られてしまったことをアンに伝えた。
「そうでしたか‥‥‥。できれば国王様には知られたくなかったですが、仕方ないですね」
「ごめんねぇ。何とか誤魔化そうとしたんだけど、今日の国王様はえらく鋭かったのよ‥‥‥。何というか、まるで全部見透かされてたかのような」
狐につままれたような面持ちで呟くバラーノ。
「見透かされてた?」
「そう。リリアお嬢様が城を抜け出したと聞いても、国王様は大して驚いていなかったのよ。むしろ、どこか納得したような表情で私たちにお嬢様を捜すよう命令なさったわ」
国王には何か知っていることでもあったのだろうか? 気になってアンは一瞬考えてみるが、今はそんな考え事に時間を割く余裕はないと割り切った。
「それでバラーノさんは、王女様を捜しにここへ来たということですね」
「そうね。まぁ見つかったのはあんただったけれど。‥‥‥ってそういえばアン、リリアお嬢様はまだ見つかっていないのかい?」
「それがまだ会えていないんです‥‥‥。でも、この近くには居るはずです。それは間違いありません」
「本当かい!? 直感で商店街に来てみたけど、正解だったようだね!!」
グッドサインで歯を出して笑むバラーノ。アンは苦笑した。それもそのはずである。アンは綿密な推測ととある"特殊能力"を使ってようやくここに辿り着いているのだから。
「"ベテランメイドの勘"、ですか。これには敵いませんね」
「さぁアン、一緒にお嬢様を捜すよ!! 国王様にバレた以上、早く帰って罰をなるべく軽くしてもらわなきゃ!!」
バラーノは足踏みをして今にも走り出さんとする勢いだったが、アンは首を横に振った。
「すみません、バラーノさん。無理を承知の上で、折り入ってお願いがあるんです」
「お願い?」




