30話 衛兵、裏路地に至る
商店街の裏路地に一人残ったヒロ。そこに、鎧を纏った武装集団――王国の衛兵たちが流れ込んできた。
「この暗がりは隠れるにも逃げるにも絶好の場所だ! 徹底的に捜せ!」
「「おーっ!!」」
ガシャガシャと鎧の金属音を立てながらせっせと捜索を始める衛兵たち。建物の僅かな隙間やゴミ箱の中など、くまなく調べていく。ヒロは気になって、衛兵たちに近づいていった。
「誰を捜しているの?」
衛兵の一人に尋ねるヒロ。しかし衛兵は気にも留めずに作業を続行する。
「何かあったの?」
「‥‥‥今俺たちは重大任務の最中なんだから、子供はこんなところに居ないであっちへ行きなさい」
衛兵は見向きもせずにそうあしらった。しばらく衛兵たちを眺め、ヒロは再び口を開く。
「僕も手伝おうか?」
「だから、子供は引っ込んでなと言っ――」
衛兵は面倒臭そうに振り向いて、ヒロの姿を確認した瞬間、言葉を失った。その白いおかっぱ、華奢な体つき、幼く穏やかな表情――。
「あ、あなたは‥‥‥!!」
驚きのあまり声が裏返ってしまう衛兵。他の衛兵たちも続々とヒロを視界に認め、皆一様に驚愕した。そして息を揃えて声を上げる。
「「勇者ヒロ!!!!」」
「ど、どうしたの皆‥‥‥? そんなにびっくりすることかな」
「勇者の中で最も王国に協力的で、しかし王国を拠点にしながら誰にもその所在が分からないという神出鬼没の少年‥‥‥。第三十三人目の勇者ヒロ!! こんなところで会えるとは!!」
「僕ってそういう風に言われてるの‥‥‥?」
ヒロは一年ほど前、ユキミチと同じく"始まりの間"にて異世界召喚された勇者だった。衛兵らの驚き様にヒロは戸惑っていた。
「失礼な態度をとってしまい、申し訳ない!! 国王様より仰せつかった任務が滞っており、焦燥に駆られていた!」
ヒロをあしらっていた衛兵はそう謝ると、硬い鎧を地面に擦り付けるようにして土下座した。ヒロは微笑み、優しく言った。
「大丈夫、気にしてないよ。それより、国王様からの任務って何?」
「ああ‥‥‥」
衛兵は気を取り直してゆっくりと立ち上がった。
「実は我々、ゴールドクラス以上の冒険者らにも協力を要請し、ある男を追っているんだ」
「ある男?」
ヒロが問うと、衛兵は怒りに満ちた表情で歯を食い縛り、力強くこう答えた。
「本日"始まりの間"にて召喚された男――第三十八人目の勇者! 奴は国王様の慈悲深きお言葉に耳を貸さず、あろうことか授かったスキルを暴発し、逃亡したのだ!!」
ヒロは目を丸くした。
「"始まりの間"でそんな事が起こってたの?」
「それだけではないぞ!!」
別の衛兵が声を上げる。
「つい先ほど『一人の男がヴァルトリア王城のメイドを誘拐した』と住民から話を聞いた!! 逃亡した勇者の仕業に違いあるまい!!」
「なんたる非道!!」
「おのれ異世界人め!!」
「絶対に許さんぞ!!」
衛兵が口々に怒りを叫ぶ中、ヒロは顎に手を当てて考え込んでいた。
「‥‥‥ヒロさん、どうかなされたか?」
「うん。ちょっとね」
ヒロの浮かない表情に首を傾げる衛兵。後ろに居た衛兵がその背中をドンと叩く。
「バカ野郎! ヒロさんは、さっきのお前の無礼をどう落とし前つけてもらおうかと頭を悩ませてんだよ!!」
「そ、そうだったのか!! ヒロさん、悪気があってやった訳じゃねえんだ!! この通り!! 何卒許してくれ!!」
再び鎧を地面に擦り付けて土下座する衛兵。
「ううん、それは気にしてないよ。それより‥‥‥」
「「それより‥‥‥?」」
ヒロが何かを言おうとし、衛兵たちはぐいっとヒロに近寄った。
「多分だけど僕、その三十八人目の勇者を知ってるよ」
「「えぇ~~~~っ!?!?」」
ヒロの衝撃の発言に衛兵たちは驚き飛び退いた。しかしすぐに匍匐前進でヒロに近づき、次々に質問を飛ばす。
「ヒロさん、その勇者と会ったのか!?」
「ここで戦ったのか!? 勝敗はどうなった!?」
「勝ったに決まってんだろ!! 一年以上この国のために戦ってる勇者だぞ? 召喚されたばかりのルーキーじゃ到底ヒロさんに敵うまい!」
「そりゃそうか! 勇者として格が違うからな!!」
「さすがヒロさんだ!」
勝手に盛り上がる衛兵たちだが、ヒロは首を横に振り、南の方を指差す。
「戦ってないよ。その勇者もメイドさんも、あっちの方に行ったんだ」
「何と! 既に勇者はここには居ないのか! 急いで冒険者と他の兵に伝えなければ! 貴重な情報提供、感謝するよヒロさん!!」
衛兵の一人はそう言って慌ただしく表通りに戻っていく。他の衛兵は勇者を追うために南の方へ向かうようである。
「そうだヒロさん、ぜひあなたにも協力してほしい! 共に勇者を捕まえてくれないか?」
「うん、いいよ! 国王様からの大事な任務だもんね」
「おお! これは心強い!」
「ヒロさんが居れば百人力だ!!」
「もう逃げられんぞ、偽勇者め!!」
ヒロが衛兵の頼みに二つ返事で快諾すると、衛兵たちはますます士気を上げ、勝利を確信した。
「それじゃあ行こう。僕についてきて!」
「「おーーーーっ!!!!」」
走り出すヒロの後ろに大勢の衛兵たちが続く‥‥‥が。
「――――あっ」
急に立ち止まるヒロ。勢い余る衛兵たちは突然のそれに対応し切れず、鎧と鎧の衝突で激しく金属音を出しながらドミノ倒しのように皆転んでしまう。
「き、急に立ち止まってどうしたんだヒロさん?」
「‥‥‥やっぱり駄目だ」
ボソッと呟くヒロ。転んだ衛兵たちは皆、ヒロが何と言ったのか聞き取れず、目を点にしている。
ヒロは衛兵たちの方を振り向いてこう言った。
「僕は彼の友達だから、君たちには協力できない」
愕然とヒロを見つめる衛兵たち。そして息を揃えて声を上げた。
「「えぇ~~~~~~!?!?!?」」




