表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この勇者の我が儘は異世界を滅ぼすらしい(仮)  作者: ラハズ みゝ
第1章 旅立ち、それぞれの決意
26/46

25話 勇者は脅しかける

「いやいやいや、何がどうなってそうなるんだよ!!」


 リリアを殺しただって?? 早とちりにも程があるだろう、とユキミチは驚き呆れる。このメイドの情報源はどうなっているのか、一層に分からなくなった。


 アンがあまりに迫真の反応なので、ユキミチは"もしや本当にリリアが‥‥‥?"と一瞬不安になり、冷静に考え直した。


 メイドの発言を振り返る。


「王女様を返しなさい」「お前が王女様を(さら)ったことは分かっている」「誤魔化すなと言ってるだろう!!」「勇者、お前が連れ去ったはずの王女様が――――何故そこに居ない!? 王女様はどこに!!」


 この口振りから鑑みると、メイドは自分とリリアが一緒にいたこと自体は知っていたが、リリアの行方については知らないようだった。つまり、メイドはまだリリアと会えていない。"リリアが殺された"というのもただの憶測。メイドが勝手にそう思い込んでいるだけで、実際にリリアが何者かに殺められた訳ではない。


 ――そうと再確認して、安堵のため息をつくユキミチ。


「王女様は‥‥‥、私の大恩人だ。死んだも同然のどうしようもなかった私を、救ってくれた‥‥‥。なのにお前は‥‥‥!!」


 アンは涙ぐみながら、震える声でそう言った。彼女のどんな威嚇にも動じまいと構えていたユキミチだったが、これにはさすがに戸惑った。どうやら本気でリリアが殺されたと思っているらしい。


「リリアは死んでなんかいない。その目で直接確かめてこいよ」


「勇者め! 絶対に許さない‥‥‥!!」


「あのなぁ‥‥‥」


 ユキミチは、聞き分けのない幼子でも相手にしているような気分だった。いい加減に説得するのも疲れた。


「お前が俺のことをどう思おうと、もう構わない。それは自由にやってくれ」


 そう言ってユキミチは右手を前に差し出し、何かを仕掛けるかのように適当に構えてみる。アンは怪しげにその手を注視した。


「俺は勇者としてこの世界に召喚された。メイドだって少しくらいは知ってるんじゃないのか? 勇者は強力な能力(ステータス)とスキルを有している」


「‥‥‥何のつもりだ」


「召喚された後、俺はその"スキル"を使って衛兵の大軍を突破して脱走した。誰一人としてスキル(これ)に敵う者は居なかった」


 アンは、反射的に身構えた。


「俺は国を出ていく。大人しくお縄につくつもりも、殺されるつもりも毛頭ない。もしもお前が邪魔をするというなら、俺は抵抗する。‥‥‥その早合点かもしれない復讐心で、俺と殺し合うか?」


 それは脅しだった。冷静さを失っているアンを観念させるための最終手段。"勇者"という強力な肩書きを脅し文句に使い、アンの生物としての本能に訴えかける。ユキミチにはそれくらいしか思いつかなかった。


 アンはじっとユキミチを睨んだまま身構えている。


「どうする?」


 ユキミチは決断を急かす。アンの額に、緊張の汗が伝った。


 アンは分かっている。勇者は恐ろしく強い。自分も多少の体術は扱えるが、今ここで勇者と戦ったところで勝ち目などない。


 勇者と対峙し、頭の中に"眠るリリアの表情"が(よぎ)った時、アンは激しく動揺した。そこにリリアの姿がなかったことが、アンの不安をさらに掻き立てた。何かの間違いだろうと思い、勇者にリリアのことを問い詰めた。


 勇者が知らぬ素振りで「リリアとはここに来る途中で別れた」と言った時、悪い予感は的中したのだと悟り、アンは我を失った。


 今もなお、勇者の態度は変わらない。それどころか、勇者はとうとう戦闘状態に入ろうとしている。


 身体中が小刻みに震える。今にも攻撃せんと構える勇者を前に、アンは命の危機を感じていた。


 それをユキミチは見逃さない。こちらを睨みつけながらも、僅かに震えるアンの手足。それはさながら、主人を守らんと吠えたける子犬のよう。ユキミチは理解した。


 "このメイドは戦闘が得意ではない"


 あと少し追い込めば、メイドは怖じ気づいて諦めるだろう。そう確信し、ユキミチはここぞとばかりに語気を強める。


「おい、いつまでそこに突っ立っているつもりだ? はっきりしろよ。リリアのところへ行くのか、俺と戦うのか。‥‥‥俺はいつでも攻撃できるぞ」


 ユキミチに決断を迫られ、アンは無意識の内に半歩後退りしていた。


 覚悟ならできている。それが王女のためなら、戦って死ぬことになろうと構わない。


 ‥‥‥だが、アンは決断を迷っていた。


 "本当に勇者は王女を手にかけたのだろうか?"


 この問いかけがアンの脳内を駆け回っている。アンは確信が持てなくなっていた。


 王女を殺すような勇者は、極悪非道で己のためなら手段を選ばないはず。しかしアンの目の前に居る勇者は、攻撃の構えはとれども、こちらの決断をじっと待つだけで動かない。


 勇者の言動に、悪意を感じない。


 そして何よりアンを悩ます最大の要因。それは勇者と対峙した時、"眠るリリアの表情"とともにアンの頭の中を過ったもう一つ(・・・・)にあった。


「‥‥‥‥‥‥分からない」


「は?」


「私には真実が分からない。王女様は勇者に誘拐されたはずなのに。どうして‥‥‥」


 アンは困惑し果て、ほろほろと涙を流す。


「どうして貴女は、そんなに幸せそうに笑っているの‥‥‥?」


 その弱々しい声音に、ユキミチは目が点になった。


「お前の感性と情緒は一体どうなってるんだ‥‥‥?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ