25話 勇者は脅しかける
「いやいやいや、何がどうなってそうなるんだよ!!」
リリアを殺しただって?? 早とちりにも程があるだろう、とユキミチは驚き呆れる。このメイドの情報源はどうなっているのか、一層に分からなくなった。
アンがあまりに迫真の反応なので、ユキミチは"もしや本当にリリアが‥‥‥?"と一瞬不安になり、冷静に考え直した。
メイドの発言を振り返る。
「王女様を返しなさい」「お前が王女様を拐ったことは分かっている」「誤魔化すなと言ってるだろう!!」「勇者、お前が連れ去ったはずの王女様が――――何故そこに居ない!? 王女様はどこに!!」
この口振りから鑑みると、メイドは自分とリリアが一緒にいたこと自体は知っていたが、リリアの行方については知らないようだった。つまり、メイドはまだリリアと会えていない。"リリアが殺された"というのもただの憶測。メイドが勝手にそう思い込んでいるだけで、実際にリリアが何者かに殺められた訳ではない。
――そうと再確認して、安堵のため息をつくユキミチ。
「王女様は‥‥‥、私の大恩人だ。死んだも同然のどうしようもなかった私を、救ってくれた‥‥‥。なのにお前は‥‥‥!!」
アンは涙ぐみながら、震える声でそう言った。彼女のどんな威嚇にも動じまいと構えていたユキミチだったが、これにはさすがに戸惑った。どうやら本気でリリアが殺されたと思っているらしい。
「リリアは死んでなんかいない。その目で直接確かめてこいよ」
「勇者め! 絶対に許さない‥‥‥!!」
「あのなぁ‥‥‥」
ユキミチは、聞き分けのない幼子でも相手にしているような気分だった。いい加減に説得するのも疲れた。
「お前が俺のことをどう思おうと、もう構わない。それは自由にやってくれ」
そう言ってユキミチは右手を前に差し出し、何かを仕掛けるかのように適当に構えてみる。アンは怪しげにその手を注視した。
「俺は勇者としてこの世界に召喚された。メイドだって少しくらいは知ってるんじゃないのか? 勇者は強力な能力とスキルを有している」
「‥‥‥何のつもりだ」
「召喚された後、俺はその"スキル"を使って衛兵の大軍を突破して脱走した。誰一人としてスキルに敵う者は居なかった」
アンは、反射的に身構えた。
「俺は国を出ていく。大人しくお縄につくつもりも、殺されるつもりも毛頭ない。もしもお前が邪魔をするというなら、俺は抵抗する。‥‥‥その早合点かもしれない復讐心で、俺と殺し合うか?」
それは脅しだった。冷静さを失っているアンを観念させるための最終手段。"勇者"という強力な肩書きを脅し文句に使い、アンの生物としての本能に訴えかける。ユキミチにはそれくらいしか思いつかなかった。
アンはじっとユキミチを睨んだまま身構えている。
「どうする?」
ユキミチは決断を急かす。アンの額に、緊張の汗が伝った。
アンは分かっている。勇者は恐ろしく強い。自分も多少の体術は扱えるが、今ここで勇者と戦ったところで勝ち目などない。
勇者と対峙し、頭の中に"眠るリリアの表情"が過った時、アンは激しく動揺した。そこにリリアの姿がなかったことが、アンの不安をさらに掻き立てた。何かの間違いだろうと思い、勇者にリリアのことを問い詰めた。
勇者が知らぬ素振りで「リリアとはここに来る途中で別れた」と言った時、悪い予感は的中したのだと悟り、アンは我を失った。
今もなお、勇者の態度は変わらない。それどころか、勇者はとうとう戦闘状態に入ろうとしている。
身体中が小刻みに震える。今にも攻撃せんと構える勇者を前に、アンは命の危機を感じていた。
それをユキミチは見逃さない。こちらを睨みつけながらも、僅かに震えるアンの手足。それはさながら、主人を守らんと吠えたける子犬のよう。ユキミチは理解した。
"このメイドは戦闘が得意ではない"
あと少し追い込めば、メイドは怖じ気づいて諦めるだろう。そう確信し、ユキミチはここぞとばかりに語気を強める。
「おい、いつまでそこに突っ立っているつもりだ? はっきりしろよ。リリアのところへ行くのか、俺と戦うのか。‥‥‥俺はいつでも攻撃できるぞ」
ユキミチに決断を迫られ、アンは無意識の内に半歩後退りしていた。
覚悟ならできている。それが王女のためなら、戦って死ぬことになろうと構わない。
‥‥‥だが、アンは決断を迷っていた。
"本当に勇者は王女を手にかけたのだろうか?"
この問いかけがアンの脳内を駆け回っている。アンは確信が持てなくなっていた。
王女を殺すような勇者は、極悪非道で己のためなら手段を選ばないはず。しかしアンの目の前に居る勇者は、攻撃の構えはとれども、こちらの決断をじっと待つだけで動かない。
勇者の言動に、悪意を感じない。
そして何よりアンを悩ます最大の要因。それは勇者と対峙した時、"眠るリリアの表情"とともにアンの頭の中を過ったもう一つにあった。
「‥‥‥‥‥‥分からない」
「は?」
「私には真実が分からない。王女様は勇者に誘拐されたはずなのに。どうして‥‥‥」
アンは困惑し果て、ほろほろと涙を流す。
「どうして貴女は、そんなに幸せそうに笑っているの‥‥‥?」
その弱々しい声音に、ユキミチは目が点になった。
「お前の感性と情緒は一体どうなってるんだ‥‥‥?」




