24話 世話役は怒る
「お前が王女様を拐ったことは分かっている。大人しく王女様を解放しなさい!」
アンは強く言い放つ。それにユキミチは戸惑う。
「‥‥‥お前、本当にメイドか? それにしてはかなり語気が強いと思うん――」
「誤魔化そうとするな!!」
ユキミチの言葉はアンの怒号に遮られた。
異世界ともなると"気性の荒いメイド"という個性的なキャラクターも存在するのだな、とユキミチは感心した。
メイドの言う"王女様"というのはリリアのことで間違いないのだろう。どういう訳かこのメイドは、自分がリリアと行動していたことを見抜いている。
彼女は国王が放った追っ手ではなくメイドだ。その事実がユキミチの疑問をますます大きくする。ユキミチは一つずつ丁寧に考えてみる。
まず、リリアは城のメイドたちに黙って外に出てきているから、突然姿を消したリリアをメイドが捜索するというのはごく普通のことだ。
次に気になるのは"王女が勇者と一緒に行動している"というのをメイドが知っていることだが、これも全くあり得ない話ではなさそうだ。
リリアはわざわざメイドたちにバレないように城を抜け出している。何らかの理由で"リリアを勇者召喚の儀式に連れていくこと"が禁じられていたのかもしれない。もしそうならば、リリアが日頃からメイドに対して「儀式を見に行きたい」と駄々をこねていた可能性がある。
そのメイドであれば、リリアが突然姿を消した時に"勝手に儀式を見に行ったのではないか"と予想することができるだろう。そこに"勇者脱走"というトラブルが舞い込めば、"王女が勇者に連れ去られた"と解釈するのはごく自然なことだ。
問題はここからだ。
このメイド、どうやって自分たちの居場所を突き止めた? そして初対面で顔も知らないはずなのに、何故自分が勇者だと知っている? 商店街の騒ぎを聞きつけたとしても、"メイドを襲った男"が勇者だとは分からない。
どう考えても、彼女はただのメイドじゃない。
――とりあえず、このメイドに対してリリアのことや自分の素性を隠す意味がないことは確かだろう。ユキミチは諦めるようにため息を一つついた。
「あんたの言う通り、俺は異世界から召喚された勇者で、リリアと一緒に行動し――」
「誤魔化すなと言ってるだろう!!」
またしてもユキミチの言葉が遮られる。碌に話すことができないので、これにはユキミチもカチンときた。
「誤魔化してないよな!! 俺、今正直に話そうとしてただろ!? さっきから人の発言をバッサバッサと遮りやがって! ちょっとは冷静に会話できないか!」
「冷静にだと!? ‥‥‥貴様、一体どんな心境でそうも白々しい物言いをしている!!」
ユキミチが何を言おうとも、アンの怒りはヒートアップするばかりだ。
ユキミチには理解できない。彼女はリリアを拐われたと思っているが、怒り方に違和感を感じる。
「冷静でいられる訳がない!! 勇者、お前が連れ去ったはずの王女様が――――何故そこに居ない!? 王女様はどこに!!」
「‥‥‥それをさっき言おうとしたんだ。だから、まず大人しく俺の話を聞け」
アンはユキミチを睨みつける。しかしユキミチはもう動じない。
「お前が何を危惧しているのかよく分からないが、その激しい思い込みで一人ぎゃあぎゃあ騒いだって、仕方がないだろう」
「‥‥‥‥‥‥くっ」
ユキミチの説得でようやくアンは黙った。しかし怒りはまだ収まっていないらしく、アンは俯いて強く瞼を閉じていた。
ユキミチは構わずに話し始める。
「結果から言うと、リリアとはここに来る途中で別れた。今頃は城へ戻っているはずだ」
「‥‥‥嘘だ」
「嘘じゃない。召喚されたあの場所でリリアと出会い、俺は道案内のために一方的に彼女を連れ出した。そして商店街まで来て、そこで別れたんだ」
「用済みになったから、棄てたのか」
「人聞き悪すぎだろ‥‥‥。リリアは『メイドたちに黙って城を抜け出した』と、そう言った。国王にバレる前に、早く城へ戻らないといけなかった。だから別れた。それだけのことだ」
ユキミチは語り終えた。それに対し、アンは拳を握りしめる。
「真実を話せ」
「今言ったのが真実だ。それ以上話すことはない」
「嘘をつくな! 最も重要なことを、お前は話していない!!」
「全部話したと言ってるだろう! お前は一体、何を確信してそう言っているんだ!?」
ユキミチには嘘をついているつもりなど全くない。だが、その意思がアンに伝わることはないだろう。
彼女はとある一つの結果を確信してしまっているから。
そのため、アンは気が動転している。冷静に物事を考えることができる状態ではない。
「王女様に何をした!?」
「道案内を頼んだだけだ。それ以外何もしていない」
「嘘だ!! お前は‥‥‥、お前は――!!」
アンは城を出てからユキミチと対峙するまでの間、一度もリリアを見かけていない。故に、現在リリアがどういう状況にあるのかを知らない。
だが彼女の頭の中には、確かに映っているのだ――。
「お前は、王女様を殺した!!」
――メイド服を纏い、"目を瞑って静かに眠るリリアの表情"が。




