21話 天然な少年
人通りの多い表通りを抜け、ユキミチは落ち着いた裏路地に出た。そこは商店街の大きな建物の陰で暗がりだった。住民たちの目は届いていないようである。
そこには、一人の少年が立っていた。白髪のおかっぱで、若々しく端正な顔立ち。小柄ながらも腰に剣を携え、軽い防具も纏っていた。
ユキミチはその少年を見て、異世界だと当たり前のように髪色が様々だなと感心した。
「大丈夫?」
少年は優しく問いかけた。先ほどの声の主はこの少年だったのだとユキミチは気づく。
「ああ、ありがとう。助かったよ」
ユキミチはリリアを抱えたまま座り込んだ。リリアは気を失っているようだった。
「何だかとっても大変そうだったね。追われていたの?」
「そうなんだよ! みんな俺のことを"スパイ"呼ばわりしたり、『敵襲だ!』って騒いで襲いかかってきたり!! 街の住民、勇猛果敢過ぎるだろ!?」
ユキミチは驚いた様子でそう話した。
表通りには冒険者もちらほらと見かけたが、ほとんどの人は武器を持たない一般人だった。普通、相手が危険な敵だと分かったなら逃げ出すはずだ。自分なら一目散にそうしている。
自分を敵だと思われたことよりも、一般人であるはずの住民が恐れることなく襲いかかってきたことの方がユキミチには疑問だった。
「それは災難だったね‥‥‥。でも、ここの住民たちは何の理由もなく襲いかかるような悪い人たちじゃないはずだよ。何か心当たりはない?」
「そんなこと言われてもなぁ。心当たりなんて‥‥‥」
ユキミチは、街の住民が襲いかかってきた時のことを思い返してみる――。
「――そういえばみんな、俺がこのメイドさんに何かをしたと思い込んでいたな」
少年はユキミチの視線を辿ってリリアを見つめる。リリアは少し疲れた様子で眠っていた。
「‥‥‥この子に何かしたの?」
「してない!! 二人で話をしてて、そしたら急にメイドさんが大きい声で叫び出したんだ。それで周囲の視線が俺たちに集まって、気づけば俺は悪者にされてたって訳」
ユキミチの話を聞きながらふむふむと頷く少年。
「君、ここの人じゃないでしょ。どこか遠いところから来たんじゃない?」
「ああ、俺はまだこの国に来て間もないけど‥‥‥。よく分かったな」
ユキミチの反応に、少年はくすっと笑った。
「この国の住民たちは勇敢なんだよ。泥棒が居たらみんなで追いかけて捕まえるし、乱暴な人が居たらみんなで押さえつけて止める。当たり前のようにみんなが一致団結して生活してるんだ」
ユキミチは首を傾げる。
「‥‥‥そりゃあすごく立派なことだろうけど、泥棒だの乱暴な人だのが現れたら、普通はもっと怖がるものじゃないのか? 相手が悪ければ、命が危険に晒されることだってあり得るだろう?」
「そうだね。僕の知る限りだけど、住民たちには冒険者のような強力な攻撃手段がある訳じゃないみたい。それでも住民たちは、悪人であればどんな相手だろうと怯まずに立ち向かうんだ。‥‥‥どうしてそうなのかは、僕にも分からないなぁ」
――それが住民たちの自然な生き方なのだと認めるには、些か信じがたいことだった。過去に何か、住民たちの意識を大きく変えるような出来事でもあったのだろうか? ユキミチはそう考えた。
ユキミチの背後からは、未だにユキミチを探し回っているような住民たちの声が聞こえてきている。ユキミチは後ろを振り返り、ここに居ることがまだ住民たちにバレていないと確認すると、再び少年の方を向いた。
「‥‥‥ところで、お前は何者なんだ? どうして俺を助けてくれた?」
「あっ、まだお互いに名乗っていなかったね。僕の名前はヒロ。助けた理由は‥‥‥君たちが困ってるみたいだったから」
「"困ってるみたいだった"って、俺は住民たちから追いかけられてたんだぞ。うっかり俺が悪者だったらどうするのさ?」
「‥‥‥悪者なの?」
「断じて違う!!」
「なら良いじゃない。それより、君の名前を教えてよ!」
ユキミチは口をポカンと開けて呆気に取られた。少年――ヒロと話しているとどうにも調子が狂う。ヒロの返す言葉は毎回、少しズレているような気がする。
「俺はユキミチ。どうぞよろしく」
「うん。よろしく、ユキミチ!」
爽やかに微笑むヒロ。ユキミチは"天然"という言葉を想起してピンときた。ヒロは天然な少年なのだろう、と。
「ヒロは普段何をやっているんだ? その身なりだと、冒険者か?」
「‥‥‥まぁそんなところかな。あまり人気の多い場所は苦手で、いつもこの裏路地でのんびりしてるんだ」
どこか悲しげな面持ちで話すヒロ。
「そっか」
ヒロがここに居る理由を知るや否や、ユキミチは何だか申し訳なくなってきた。もしや、自分が今ここに居るのはヒロにとって大きな迷惑なのではないか?
「‥‥‥ヒロ、ここからどうにか住民たちに見つからずに商店街を抜けられる道とかないかな」
「ああ、それなら簡単! この裏路地を南に真っ直ぐ進めば、商店街の出口に繋がるよ。反対側に行きたいなら、少し遠回りになるけど」
「おっ、本当か? それは好都合だ!」
国の北側から逃げてきているユキミチとしては、なるべく南の方に進んで国王や衛兵から遠ざかりたいのだ。
ユキミチはすぐに立ち上がろうとする。ところが座っている間、脚の上でずっとリリアを抱えていたために脚が痺れてしまっていた。
「痛ててて‥‥‥」
「ユキミチ、もう行っちゃうの?」
「ああ。実はちょっと、先を急いでいてな」
あまり悠長にしていられないというのは、事実である。住民に見つからずとも、やがて国王たちの追っ手が駆けつけ、自分を捜索するだろうから。
何とか立ち上がるユキミチ。その様子をヒロは黙って見つめていた。
「色々ありがとうな、ヒロ。それじゃ」
「‥‥‥うん。バイバイ!」
ユキミチは去ろうとして、自分の腕の中に眠るリリアを一瞥した。
この世界の人間はみんな顔立ちが良い。だが、その中でもリリアの美しさは群を抜いている。寝顔の一つでさえ可愛らしい。
ユキミチは少し考えて、ヒロの方へ振り返った。
「ヒロ。一つ、頼みたい事がある」