15話 勇者、商店街へ
森を抜けたユキミチとリリアは、そこで待っていた馬車に乗り込んで国の中央に位置する『カイデン街』へと向かっていた。
「何やらお急ぎの様子だったんで聞かなかったんですが‥‥‥メイドのお嬢さん、そちらの旦那は一体どなたで?」
「ああ、ええと‥‥‥」
馬車に揺られながら、リリアは御者からの質問に悩んだ。隣に座っている勇者のことをどう説明しようか?
彼が異世界から召喚された勇者だと知れば、間違いなく大騒ぎになる。自分たちは現在、"始まりの間"から逃亡しているのだから。
勇者の情報はできるだけ伝えないようにしなければ――。
「俺はユキミチ、ついさっきここに来たばかりなんだ」
――リリアが言葉を探している間にユキミチが答えてしまった。リリアは目を丸くし、すぐに小声でユキミチを叱りつける。
「ちょっとユキミチ! そんなこと言ったらあなたが勇者だってバレちゃうじゃん!」
「ごめんごめん、テンションが上がっててつい‥‥‥。これぞ異世界! って感じの馬車の雰囲気、堪らないなぁ」
ユキミチは嬉しそうに小声でそう返した。リリアはユキミチが言ったことの意味がよく分からず顔をしかめた。
――儀式が行われる際には必ず国中に知らせがいく。何せ王国を救う勇者が召喚されるというのだから。つまり、今日がその儀式が行われる日であると国中の人間が知っているのだ。
ユキミチとリリアが出てきた森の奥には、勇者召喚の儀式を行う"始まりの間"以外に建物がない。
「ここに来たばかりだ」と言う妙な服装の男がその森を抜けて出てきたのならば、"彼は勇者だ"と考えても何らおかしくはないのだ。
リリアは御者の顔色を窺った。御者の脳内に、"勇者"の二文字が閃いてはいないだろうか、と。
「――異国の方だったんですね、どうりで見慣れない服装してる訳だ。今向かってるカイデン街ってのはこの国で最も人が集まる商店街ですんで、いろいろ見てってくだせぇ」
どうやら御者はユキミチを異国人と解釈したらしかった。幸いにも勇者だとは疑われていない。リリアはホッと安堵する。一方でユキミチは、御者の言葉に興味を示す。
「商店街!! じゃあ、武器屋とか防具屋とかも!?」
「もちろんありますぜぇ。ですが、とりわけ充実してるのは魔道具の類いでして。何と言ったって、ここヴァルトリア王国は"魔法大国"と呼ばれてんですから!」
"魔道具"に"魔法"‥‥‥。ファンタジー味あふれる言葉の数々にユキミチはますます胸を踊らせる。
「へぇ! それは楽しみだなぁ!! その魔道具ってのは、どんなのがあるんだ!?」
「よくぞ聞いてくれやした! 実は自分、魔道具をコレクションするのが趣味なんでさぁ! まず一言に魔道具と言っても、その用途は多岐に渡りましてね――」
キラキラと輝く眼で御者の話に聞き入るユキミチ。その作業着の袖を指でつまんでぐいぐいと引っ張るリリア。
「一体どうしたのさメイドさん? 今すげー良い話聞いてるんだから後にしてくれない?」
全く緊張感のないユキミチに、リリアは御者に聞こえないよう小声で必死に言う。
「そうはいかないの! 盛り上がってるところ悪いけれど、そんな格好で街を出歩いたら絶対みんなに怪しまれるよ! 勇者だってバレちゃう!」
それを聞いたユキミチは今一度自分の服装を確認してみる。上下とも灰色の、所々に汚れやシワがついた作業着。
「怪しまれる? この格好が? いやいや大丈夫だろう、誰も注目しやしないよ」
「大丈夫じゃない! すごく目立つ!!」
「すごく目立つって‥‥‥。メイドさん、最初会った時に俺のこと何て言ったか覚えてる? "冴えない佇まい"って、そう言ったんだぞ?」
ユキミチの反論にリリアは戸惑い、視線が下がっていく。
「それは‥‥‥、えっと‥‥‥‥‥‥ごめんなさい」
「謝らないでくれ! そんなこと自分でも分かってるから!!」
「でも、目立つの! 少なくともこの国では見ない服装だし、その‥‥‥、勇者と呼べるようなオーラは全然感じないんだけど、‥‥‥地味だけど目立つの!」
リリアの素直な言葉がユキミチの心にグサリグサリ突き刺さる。
「――それでその魔道具がまた凄くてですね!! ‥‥‥って旦那? どうしたんですかい辛そうに。どこか痛めやしたか?」
魔道具の話をしていた御者が、ユキミチの悲愴漂う表情を見て首を傾げた。
「な、何でもない‥‥‥。続けてくれ‥‥‥」
「そ、そうですかい‥‥‥? 大丈夫なら良いんですが。‥‥‥でその魔道具なんですがね――」
御者が話を再開すると、ユキミチはリリアの方を向いた。
「目立つと言ったってどうするのさ? ずっと馬車に身を潜めるなんてのは嫌だぞ」
「大丈夫。これから向かうのは商店街なんだから」
「その商店街が、人が多くてまずいんだろう?」
リリアは首を横に振った。そして自信に満ちた表情で言う。
「私に良い考えがある!」




