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第2話「裸足のまま歩くのは慣れっこだから」

 あれからどれほど走ったのだろう。リリの家を飛び出した私は、手を引かれるまま森の中を走り続けた。靴を履く暇もなかったので裸足のまま。服も着替えないままだった。リリもそれは同じで、足元は裸足、服も、ナイトウェアにローブを羽織っただけだった。

「っつ!いった!」

「アカネ!大丈夫?!」

しばらく、何も考えられないまま走っていたけれど、急に足の裏に痛みを感じて、同時に木の根っこに引っかかって、その場に倒れこんでしまった。ずっと逃げなきゃいけないという気持ちが大きかったけれど、急にその緊張の意図が切れたみたいに感じた。

「アカネ!」

「う、うん、大丈夫、だよ、ちょっと足をひねっただけ…」

「ちょっと、みせて」

リリも足を止めて、あわてて私の方へかけ寄ってきてくれた。改めて月明かりに照らされた足を見てみると、ひどいことになっていた。ずっと森の中の土の地面を走ってきて、足の裏だけでなく表も、土で茶色く染まっていた。途中、ぬかるんだ地面もあったけれど、逃げるのに必死で躊躇なく足を踏み入れてしまったせいだろう。足の裏も土で真っ黒で、どこかけがをしているだろうけれど、それもよくわからない状態だった。生まれてから、こんなに裸足のままで走ったことなんてなくって、初めてでどうすればいいのかわからなかった。そしてそんな足の様子を見て、初めて足の裏がじんじんと痛くなってくるのを感じた。

「まってて、いま、よくしてあげるから…」

そう言ってリリは、私の足に手をかざした。そして何やら呪文のようなものを唱えると、フアアアっとかすかな光とともに、足の痛みがスウウっとなくなっていくのを感じた。

「リリ、それってもしかして…」

「ええ、いわゆる、チユ魔法ってやつよ。足、どうかしら?」

リリに手を引かれて立ち上がる。地面をフミフミ…。痛みはすっかりなくなっていた。

「うん!全然痛くなくなったよ!」

「よかったわ。あたしの足も、一度治しておかなきゃ」

そういって、地面にそのまま座ったリリは、ローブの裾をめくって自分の足を出した。こちらも私の足と同じように、土で全体が茶色く染まっていた。足の裏も真っ黒だ。

「…ふう、これでよし、と」

二人並んで、そばにあった大きな木に背中を持たれて座る。足の痛みはなくなったけれど汚れまで取れるわけではなく、土で真っ黒に汚れたままだ。あたりはまた静寂に包まれてた。遠くの方で何か生き物の鳴き声がして、草木のガサガサというこすれた音がかすかに聞こえてくる。あの魔物の気配はもうなくなっていた。諦めたのかな…?

「…あの魔物はもういなくなったのかな?」

「そうみたいね、何度か魔法をくらわせておいたから、あきらめてくれたのかも。でも、においでまた追ってくるかもしれないから、気を付けて。…今日はあそこで寝ましょうか」

そう言ってリリはローブの裾をはたきながら、近くにあった岩場を指さした。その下の方に、ちょうどよさそうな穴が開いていた。時計なんてないから今が何時かまったくわからないけれど、夜はまだまだ長そうだ。

「…なんか、暖かい、ね」

岩場の穴の中へ足を踏み入れると,外よりも暖かく感じた。足元は、これまでの土の地面と比べて、ごつごつ、ひんやりとしている。

「体が冷えていたのかもね。このローブで、一緒に寝ましょう」

そう言って、リリは自分のローブを広げてくれた。一緒に包まれると、思ったよりも温かい。

「おやすみ、アカネ」

「うん、リリも、おやすみ」

落ち着くと、安心したからか、私は1分も経たないうちに眠りに落ちてしまった。


「…?なに?」

どれくらい眠っていたのだろう、私は何やら風を感じて目が覚めた。穴の外はまだ夜のようで、月あかりで照らされている。そんな森の中に、何やら動くものがあった。

「リリ…!」

「しっ、静かに。こっそり動くわよ」

「う、うん」

どうやら先ほどの魔物がまた迫ってきたらしい。私より先に起きていたらしいリリは、ローブを羽織りなおして、杖をかまえながらおそるおそる穴から外へ出ていった。その瞬間、魔物はリリに気付いたらしく、低くうなった。

「アカネ!今よ、月の出てる方へ逃げて!」

「う、うん!」

状況はさっきと一緒だ。私はリリを信じて、ただ逃げることにした。相変わらず裸足のままだったけれど、今は逃げることに集中しなきゃ。私の背後で、どかんどかんとリリの魔法の攻撃音が聞こえてくる。私は草木をかき分けながら、森の中を月に向かってまた走り続けた。

「はあ、はあ…どうなったのかな…」

しばらく走り続けて、また足の痛みで立ち止まったころ、ガサガサと背後で音がして、私は途中で見つけた木の枝をかまえた。学校の剣道の授業で習ったポーズをとりあえずやってみる。

「アカネ!よかった!無事だったのね!」

「リリも!よかった!」

草むらから顔を出したのは、小さな女の子、リリだった。私とリリはその場でぎゅっと抱き合って、無事を祝った。

「あいつは、どうなったの?」

「ええ、なんとか急所を攻撃できたからか、いなくなってしまったわ」

「そうなんだ!すごい!」

リリは、えへへへと頭をかいた。こうしてみると、小学生くらいの女の子に見えて、とてもかわいい。けれどすごく頼りになる女の子だ。

「あ、あそこの木、根元がちょうど空いてるよ」

「ほんとうね。一休みしましょうか。まだまだ先は長いわ」

私とリリは、近くにあった大きな木へ歩み寄った。その根元は、私たち2人がちょうど眠れそうなくらい、穴が開いていた。

「わあ、なんか不思議な感じ。初めて」

「アカネにとっては、今日がいろいろ初めてよね。疲れたでしょ?」

「うん、今になってすっごく疲れた気がするよ」

「…足、大丈夫?」

私は外へ伸ばした足先へ目を向けた。汚れを落とす暇はなかったから、相変わらず土で真っ黒なままだった。リリも一緒だ。

「うん、でもちょっと痛いかな…」

「待ってて」

そう言って、リリは再び呪文を唱え、私の足の傷を治してくれた。おかげで足の痛みはなくなったけれど、リリはなんだか疲れている様子だ。

「…リリも、足、治したら?」

「うん、そうしたいんだけれど…」

きっとリリも戦いながら裸足で走ってきたものだから足を痛めているだろう。さっきみたいに治せれば…と思ったけれど、

「どうやら、魔物を倒したせいで、もう魔力が残ってないみたいなの。一度体力を回復させなきゃならないみたいね」

「え!そうなの!ごめん、私の足、治してもらったのに…」

「いいのいいの!それより、早く寝ましょう。そうしたら魔力も少しは復活するわ」

「う、うん…」

私は、まだリリの足が気になっていたけれど、いつもの数倍の運動量と、寝不足、そして魔物から逃げられた安心感から、リリに体をもたれさせるとすぐに眠りに落ちてしまった。


 なにやら、強い日差しで目が覚めた。どうやら、穴の中の方にまで太陽の光が届いてきたらしい。

「あらアカネ、おはよう。朝よ」

「あ、リリ…。ここはどこ…?」

一瞬、自分がどこにいるかわからずに、穴から顔を外に出して、リリの顔と見比べてようやく思い出す。そうだ、昨日、突然この”異世界”に来ちゃったんだ。それでリリと会って、魔物に追われて…。

「アカネ、寝ぼけてるの?ほら、あそこ、小さな泉があるわ。体をきれいにしておきましょう」

「あ、うん…」

私はリリに続いて木の根元にある穴から抜け出した。土の上を歩くリリの足元は相変わらず裸足で、昨日のままなのか、土で真っ黒に汚れていた。私も同じ。でもリリの魔法のおかげで、足の痛みはなくなっていた。

「きゃ、冷たい!アカネも、足を付けてみて。きれいにしておかないと、これから行く街でヘンに思われちゃう」

リリに言われるまま、泉に近寄る。そこを泳ぐ魚がよく見えるくらい、泉は澄んでいた。そこに足を入れると、途端にその周りが土で濁っていった。

「ほんとだ、冷たいね!気持ちいい!」

こちらの世界も夏なのか、半そでに半ズボンだけれど全然寒さを感じなかった。むしろ冷たい水に足を浸すととても気持ちいい!そのままざぶざぶと泉の中へ足を進ませて、顔や手も洗っておく。

「アカネ、こっちおいで」

「あ、うん!」

先に泉を上がったリリに呼ばれていくと、

「そこに座って、足、出して?」

「足?」

「ええ、せめて足の裏は、守れるようにしておかないと。昨日みたいに、いつでも治せるわけじゃないからね」

そう言って、リリはどこからとりだしたのか、包帯のような布を、私の足に巻き付けてくれた。足の指だけは外に出ているけれど、足の裏、かかとまで布に包まれる。久々に靴下を履いたような気がして、暖かくて安心感があった。

「ありがとう…!これ、どうしたの?」

「私の服をちょっとね。でもこれで、ケガはしにくくなったはずよ」

よくよく見ると、昨日は見えていなかった、リリのかわいいおへそが見えてみた。上衣の裾を切って、この包帯にしてくれたらしい。ありがたすぎて、涙が出てきてしまった。

「ちょ、アカネ、泣かないでよー…」

「うん。ごめん、でもありがとう!」

「いいのいいの!さ、街はもうすぐよ、行きましょう!」

そう言って先を歩き出すリリは、まだ裸足のままだった。

「え、リリは、何もつけなくていいの?足…」

「ええ、だって、足に何かを身につけちゃうと、魔法が使えなくなっちゃうもの。アカネみたいな包帯もダメみたい」

「そうなんだ…」

「大丈夫よ!昨日のキズもさっき治せたし、裸足のまま歩くのは慣れっこだから」

「うん、でも、気を付けて!」

「ありがとう。アカネもね」

そして、足に布を巻いた私と、裸足のままのリリは、街に向かって歩き出した。


つづく

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