第九話 零式陸攻の誕生
■1938年(昭和十三年)8月 名古屋
三菱重工 名古屋航空機製作所
この日、大江地区の航空機工場の一角で十二試陸上攻撃機の第一次木型審査が行われていた。
木型審査とは試作機を製作する前に実物大の木製模型をつくり、形状や使い勝手の確認を行なうイベントである。この後、図面審査を経て試作機が製作される流れとなる。
実機同様に作ってあるとはいえ、あくまで木製模型であるため強度はない。胴体や主翼の下には多数のつっかえ棒が置かれ模型を支えている。
風防にもガラスは嵌っておらず木枠のみである。タイヤやプロペラも木製で、プロペラに至っては細いへちま型の木板が付けられているだけだった。
それでも実物大である。その巨大さに審査の参加者らは一様に驚いていた。
「G3と機体形状が大きく異なりますが……この大きさをどう思いますか?」
「すごく……大きいです……」
はじめて実物大の木型模型を目にした海軍の技官は、そのあまりの巨大さに白目を剥いた。その衝撃は民間企業の技術者相手に思わず敬語を使ってしまう程であった。
「はい、確かに全長全幅ともにG3より一回り大きくなっています。特に胴体形状がかなり違うので、より大きく感じるのでしょう」
(一回りどころじゃねぇだろ!)
なんとか正気に立ち戻った技官の心の叫びに気づくこともなく、本庄は木型を見上げながら自慢げに言った。
それは双発機としては巨大な機体だった。
全長21.5メートル、全幅27.5メートル、全備重量22.7トン。九六式陸攻より全長で5メートル、全幅で2.5メートル大きく、全備重量に至っては15トンも重い。
長方形の断面をもつ縦長の胴体は太く、その後部には巨大な一枚羽の尾翼がそそり立つ。
申し訳程度に先細に整形された機首には前方機銃座・観測席が置かれている。その上の操縦席は少しでも空気抵抗を減らすために低くまとめられている。
胴体中央部の上と左右には張り出し式の機銃座があり、尾翼の後ろにも機銃座が有る。九六式陸攻に比べればハリネズミのような武装だった。
「爆弾は内蔵式か?」
審査には説明員として本庄以外の技師らも参加している。その中でもまだ若手である櫛部技師に一人の中尉が話しかけた。木型審査では使い勝手を確認するため実戦部隊の尉官や佐官も多数参加している。声をかけてきたのは野中という中尉だった。
「はい。800キロ爆弾または800キロ魚雷を格納できます。G3のように機外に吊り下げないので速度低下もほとんどありません」
「それは良いな。おー中は結構広いな」
野中は爆弾倉内を覗きこんで驚いた。
縦長の胴体と高翼配置を生かした爆弾倉は前後に非常に長かった。操縦席の直後から始まり上部機銃座の下あたりまで続いている。その下の扉は欧米の爆撃機と同じように単純な外開きとなっていた。
「扉はずいぶんと長いが、どうやって開閉する?」
「神棚みたいに普通に開閉します。当初は回転式や引き込み式の扉なども検討しましたが結局この形に落ち着きました」
そう言って櫛部はよいしょと扉の一枚を閉めて見せた。
「なるほど。しかしどうして扉が四枚も?」
野中が不思議そうな顔をした。扉は左右だけでなく更に前後に2分割されており合計で四枚となっている。本庄が閉めてみせた扉の後ろには、もう一枚の扉がぶら下がったままだった。
「はい、風洞実験で扉が外に膨らむ現象がみつかったため前後に分割することにしました」
他国の爆撃機は機体サイズの割に意外と爆弾扉が小さい。だが陸攻は魚雷を搭載するため長い爆弾扉が必要となる。設計チームでは最初は単純な2枚の外開き扉とした。
ところが風洞実験で長い扉が負圧で外側に歪む現象が確認されたのである。これを解消するため回転式や内蔵式などのアイデアを検討したが、結局は長い扉を前後に分割して短くする簡単な案に落ち着いていた。
「もちろん前後の扉はしっかり固定されます。必要に応じて前後独立して開閉できるようにもするつもりです」
櫛部が説明を付け加える。
「しかし、内蔵式だと爆弾や魚雷の搭載が大変そうだな」
野中が実戦部隊らしい意見を述べた。今までの九六式陸攻ならば機外なので搭載も楽だったが機内となると作業が全く変わる可能性がある。
だが櫛部はその質問にも答えを用意していた。
「はい、機内には巻き上げ装置を備える予定ですし、駐機姿勢もG3より水平に近くなっています。むしろG3より楽になる見込みです」
そう言われて野中が改めて機体を見ると、確かに目の前の模型は尾輪式にもかかわらず駐機姿勢は九六式より水平に近かった。
「重くなった機体重量を支えるために尾輪も大きくなっています。それとともに脚柱も長めに設計しました。これで魚雷や爆弾を搭載する際の作業も多少は楽になるはずです」
「確かにな。配慮に感謝する」
三菱設計陣の心遣いに野中は素直に礼を述べた。
「大きな主翼だな」
次に野中が注目したのは、ず太い胴体の上部から左右に伸びる広大な主翼だった。
「機体が大きな分、主翼も大きくなっています。主翼面積は105平方メートル、G3の2割5分増しです」
櫛部は野中を促すと梯子を上って主翼上面に移動した。主翼も全て木製だが構造は実機の計画に基づいて作られている。その外板の一部は外されており主翼の内部構造が見える様になっていた。
「この機は主翼の構造がG3と全く異なります。一番の違いがこの主桁を兼ねた装甲燃料タンクです」
櫛部が主翼内部を指さした。通常、主翼は1本あるいは2本の主桁とそれに櫛状に交差するリブで構成されている。九六式陸攻ではその主桁とリブの隙間に複数の燃料タンクが置かれていた。
だがこの機体は違っていた。
主翼内部のほとんどを占めているのは大きな箱だった。その周囲にリブが付く形で主翼が構成されている。
「この箱が燃料タンクです。実機ではタハード鋼で組んで更に外側に防漏ゴムを貼り付ける予定です。それで限定的ですが20ミリ機銃でも防ぐことが出来る見込みです。胴体内タンクも同じ構造です。さらに操縦席周囲も装甲板で囲んでいます」
「それは凄い!」
九六式陸攻の弱点は防御力である。櫛部の説明が本当なら、もう敵戦闘機など怖くない。野中は素直に驚き、喜んでいた。
二人は主翼から降りるとエンジンの下に立った。
「発動機も大きいな」
野中は巨大なエンジンナセルを見上げて言った。その先端にはダミーの四翅プロペラが取付けられている。その直径も大きかった。
「はい、G3の金星と異なり、先月審査を合格したばかりの火星発動機を搭載します。トルクがとにかく大きいので左右で回転を逆にして相殺する予定です」
発動機部門の深尾が計画した通り、A10aを高出力化したA10bは2000馬力を発揮し、先月無事に審査を合格していた。これは火星21型として制式採用されている。
A10aで問題視された振動は、ダイナミックダンパーとバランサーシャフトの採用で小さくなっていた。そしてアジアケルメット社が銀すべり軸受の開発に成功した事で大馬力を安心して発揮できるようになっていた。
◇A10b(火星二一型エンジン)
形式:複列14気筒 星型エンジン
ボアxストローク:160mmx170mm
排気量:47.83L
全長:1,820mm
全幅:1,370mm
乾燥重量:870kg
過給機:遠心式スーパーチャージャー1段2速
特記事項:ダイナミックダンパー、バランサーシャフト、銀すべり軸受
離昇馬力:2,010HP / 2,600RPM +310mmhg
一速全開:1,820HP / 2,500RPM +200mmhg 高度1,400m
二速全開:1,730HP / 2,500RPM +200mmhg 高度4,900m
「発動機の取付方も変わっているな」
次に野中が興味を持ったのはエンジンの位置であった。
当時、双発機は主翼の前縁部にエンジンを設置するのが常識である。だがこの機体はエンジンの高さが完全に主翼下となっている。このためエンジンナセルは主翼上面に出っ張っていない。
「高翼形式なので主脚を短くするために発動機架を出来るだけ下げました。先ほどお見せしたように本機は主桁がとにかく頑丈なのでこのような事が可能となっています」
また、この配置は斜め後方からみると主翼の装甲燃料タンクがエンジンの盾の役割を果たしていた。これによりエンジンの防御は飛躍的に向上していた。
その後、胴体内部や操縦席など一通りの確認を終えたあと野中は改めて櫛部に向き直った。
「ありがとう。これは素晴らしい機体だ。これが有れば陸攻部隊が変わる。損害も大きく減るだろう……頼む。どうか、どうか一日でも早くこれを量産してくれ」
そして野中は姿勢を正すと、慌てる櫛部に深く頭を下げた。
この後、細々した海軍からの指摘を修正し、1939年(昭和十四年)10月には試作一号機が初飛行を行った。
この試作機の初飛行後、中国での九六式陸攻の被害に対応するため長距離掩護機とした方が良いのではという意見が出されたが、既に重装甲・重武装であり、このままで十分以上に援護機として通用すると判断されたため沙汰止みとなっている。
試作機の飛行では大きなトラブルもなく全ての要求仕様を満たしていたため、細かな修正を経て翌年1940年(昭和十五年)4月に零式陸上攻撃機(G4M1)として正式採用、量産が開始された。
試作機からの大きな変更点としては、機銃が全て新開発の零式13ミリ旋回機銃に改められた点が挙げられる。この機銃はイタリアのブレダSAFATをベースに13ミリオチキス弾を使用できるように改良したものある。
この機銃は7,7ミリより高威力で20ミリより弾道性能が良くベルト給弾で連射性能も高かったため零式陸攻の防御力を大きく押し上げる力となった。
◇零式陸上攻撃機一一型 (G4M1)
全長:21.5m
全幅:27.5m
自重:14.8t
全備重量:22.78t
発動機:火星二一型 離昇2010HP
最高速度:417km/h(高度4900m)
航続距離:爆撃2200km/偵察5500km
爆装:800kg爆弾1発
雷装:800kg魚雷1発
武装:零式13ミリ機銃5挺
(前方・側方・後方・上部 各1挺)
こうして連合国を恐怖のどん底に陥れることになる零式陸攻が、ついに世に生み出されたのであった。
史実では長距離掩護機(G6M1)などという脇道に逸れたため制式化が遅れた一式陸攻ですが、本作では問答無用の重防御・重武装なので計画通り零式として採用されました。
零式13ミリ旋回機銃は、拙作の『日の丸バッファロー ~ 野牛は日本にドナドナされました』に登場する架空兵器の旋回機銃型です。もし興味があればこちらもお読みください(宣伝)。
次話から零式陸攻の終戦までの活躍をお送りします。
そーいえば、火星を搭載した有名が局地戦闘機がありましたね。本作では関係ないので書きませんが。
エンジンの選択肢がないので仕方なく火星を積んで、史実よりデカくてパワーもあるので、やっぱり開発に難渋して制式化は史実どおり遅れて……なーんて運命を辿っているかもしれませんね。
雷電「アカン……(泣)」
強風「同じく……(泣)」
紫雲「右に同じ……(泣)」
天山「もう護でいくしかない……(泣)」
二式大艇「性能アップ♪(笑)」
キ21-II 「やったぜ!(笑)」
火星「君たち燃費のことを忘れてないかね?」
二式大艇・キ21-II 「……!」
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