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第十六話 トラック島沖海戦

■1945年(昭和二十年)6月 トラック諸島 春島


 哨戒に出ていた二式大艇が、トラック島の東方で敵戦闘機に襲われているという通信を最後に消息を絶った。


「ワレ多数ノグラマンノ襲撃ヲウク」


 艦載機が出てきたという事は敵空母がいるという事を意味する。


 昨年から徐々に戦線を縮小した結果、今はトラックが最前線となっている。そこへついに米軍の大艦隊が襲来しつつある。そう判断した七二一空司令の岡村基春大佐は隷下の陸攻部隊に全力出撃を命じた。同じくトラックに駐留する七二二空も出撃準備に取り掛かる。


 出撃に先立ち、七二一空攻撃隊を率いる野中五郎少佐は整列した搭乗員らへの訓示に立った。


「見渡すかぎりの搭乗員、みなみな遠路はるばるご苦労なことよ……」


 野中は、この決戦のため、この日この地に集まった搭乗員一人一人の顔を見つめる。そして一息吸い込むと朗々と歌いはじめた。


 みよ いまかえる

 勇なる搭乗員

 撃てや 魚雷

 放てや 桜花


 みよ いまかえる

 勇なる搭乗員


 みよ いまかえる

 勇なる搭乗員

 棕櫚の葉かざし

 どよめき 歌い

 迎えん いざ いざ

 栄ある人を


 それはゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル『見よ、勇者は帰りぬ』の一節をもじった出陣歌だった。


 歌い終えた野中は再び搭乗員らを見つめた。そして大声で啖呵を切るように号令した。


「敵は空母に戦艦だ。相手にとって不足はねぇ。デッケイ弾をブチこんで、一機一パイ食っちまえ。おれがまっ先、若え奴らは団子になってついてこい!」


「「「「合点承知!!」」」


 まことに野中らしい喝をうけた搭乗員らは、これも独特な返事を返すとそれぞれの愛機に向かって駆け出した。それを見送った野中は岡村司令に向き直る。


「さて、七二一空の高禄を食む方々に申しやす。手前ども新しい槍を頂戴しやしましたが、厳しい戦に変わりござんせん。うちの若いやつらが帰るころ、出迎え準備をシッカリとお願いいたしやす」


 そう告げて敬礼すると野中も自らの乗機に走り出した。




「ギルバートの時にコイツが有ればなあ」


 自機の最終点検をしながら野中は機体の下に吊り下げられた桜花を見た。彼は昨年のギルバート諸島沖航空戦に参加していた。零式陸攻がはじめて惨敗した戦いである。


 木型審査の頃から零式陸攻に関わっていた野中は、この機体に惚れ込み、そして信頼していた。


 だがギルバートでその陸攻が目の前で次々と撃墜された。敵の大口径の対空機関砲は驚くほど密度が高く、そして恐ろしい程に正確だった。雷撃隊を指揮していた野中が生き残れたのは奇跡だった。


 あの後、もう陸攻での雷撃は自殺行為だと思う様になった。二度とあのような戦いに部下を送り込むことは出来ない。だが桜花がそれを変えた。


 これがあれば敵の恐ろしい対空機関砲の外から攻撃できる。桜花が開けた輪形陣の穴から雷撃もできる。もちろんそれでも危険なのは分かっている。だが決してこれは自殺攻撃ではない。


「まだ陸攻は、まだ自分は戦える」


 そう自分に言い聞かせ野中は愛機に乗り込んだ。




■トラック諸島東方海上 TF38 旗艦 ホーネットⅡ CIC


「だから言わんこっちゃない!」


 次々と飛び込んでくる悪いニュースに航空参謀のサッチ中佐は心の中で悪態をついた。


 彼はEmily(二式大艇)が接近しない限り放置した方がいいと主張した。だが司令官のジョン・S・マケイン中将は撃墜を指示した。


 大洋の真ん中で艦載機に襲われれば、誰だって近くに空母がいると思うだろう。予想どおり日本軍はすぐに大量の航空機を送り込んできた。


 だがそれはいい。こちらも15隻もの空母、1000機にも達する航空機がある。あの恐ろしいBetty(零式陸攻)対策もある。マケイン中将は例え発見されてもリスクは低いと考えたのだろう。


 だがサッチはそれでも安心できなかった。そして結果は彼の予想どおりになっていた。




 敵はおよそ100機のBettyを中心とした攻撃隊だった。それにほぼ同数の戦闘機が護衛についている。


 忌々しいことに護衛の戦闘機もZEEK(零戦)だけではなかった。半数が新型、昨年から姿を見せ始めたGeorge(紫電・紫電改)だった。機体性能はF6Fを上回る。練度も高い。


 自分が生み出した空戦機動サッチウィーブも上手くいっていない。F6Fの機銃が20ミリであるためだ。


 弾道特性が悪いため遠距離から射撃はできず、旋回中に弾は明後日の方向に飛び、撃ちまくるとすぐに弾切れになる。それどころか作動不良ジャムが多発して撃てない事も多い。


 このため多くのGeorgeを阻止しきれず、Bettyに向かうFL-1エアラボニータが食われてしまった。


 FL-1も以前よりは改良されている。37ミリ機関砲も弾数が増え(といっても、たったの30発だが)、エンジンも強化され少しだけ機動性も上がっている。だが母体となったP-39ですらZeekに敵わなかったのだ。それより遙かに強いGeorgeに対抗できるはずがなかった。


 おかげでGeorgeに捕まったFL-1は面白いように撃墜されていた。


 それでもこちらは機数だけは多い。なんとか射点について少ない弾数で当てる事のできた幸運なFL-1はBettyを撃墜できていた。




 今の所、10機ほどのBettyを撃墜できている。だがもうすぐ敵編隊は両用砲の射程に入ってしまう。そうなれば戦闘機部隊は手出しが出来なくなる。


「司令、両用砲の射撃を中止してください。どうせBetty相手ではあまり効果がありません。機関砲の射程までは戦闘機の方が効果があります」


 航空参謀の立場としてサッチはマケイン中将に進言した。だがマケインは首を振った。


「いや、防空計画は当初のままでよい。戦闘機隊は敵戦闘機の排除を優先したまえ」


 今回、マケインが受けている指示はトラックの占領ではない。あくまでトラックの防衛力を削ぎ落す事だった。そのためには艦隊の損害はある程度許容されている。


 戦闘機を削るなら戦闘機、爆撃機をやるなら対空機関砲が一番効率がよい。それがマケイン、そして海軍上層部の考えだった。




■七二一空 零式陸攻部隊


 敵艦の高角砲が炸裂する空域に入ると纏わりついていた敵戦闘機は潮が引くように去っていった。


 時々近くで高角砲の砲弾が炸裂するが、その弾片では零式陸攻の装甲を貫けない。運悪く砲弾が直撃したり操縦席の直前で炸裂した機が墜とされるが数は多くない。


「15000……14000……」


 前方銃座の偵察員が敵艦までの距離を読み上げる。


「いいか手前ら!大物は狙うんじゃねえぞ!相手が小さかろうが関係ねぇ、敵艦隊の端から狙え!俺たちゃ先鋒、魚雷をぶち込むための露払いだ!それを肝に銘じておけ!」


 野中は自分を含め桜花を抱えた中隊に改めて攻撃目標の注意を徹底する。


「大事な槍の準備はできてるか?」


 そして機内の搭乗員に桜花の最終調整を確認する。


「ジャイロ安定。電波高度計正常、誘導装置正常、空気圧正常、螺子の巻き上げよし。問題ありません!」


「よっしゃ!あとはぶち込むだけだな」


 野中は満足そうに頷くと、目標に定めた敵艦隊外周の駆逐艦に視線をもどした。




「11000……10000、投下!投下!」


 偵察員の声とともに投下索が引かれた。機体前後の支えを失った桜花は零式陸攻を離れ機首を下に向けて緩やかに降下を始める。


 投下から1.5秒後、燃料の過酸化水素水が触媒に噴射されワルター機関が起動する。急激に速度を増した桜花は零式陸攻を追い抜いて前方に突き進んでいく。


「速ええなあ。絶対に見失うんじゃねえぞ」


 投下した母機の零式陸攻も誘導のために桜花の後を追う。桜花を投下して身軽になったとはいえ桜花の方が100キロ以上速い。桜花は設定高度に向けて高度を徐々にさげながら、みるみる遠ざかっていく。


 桜花の吐き出す白煙を目印に、機首に座る偵察員は誘導装置のレバーを操作する。野中が左右を確認すると、同じように数十の白煙が敵艦隊に向けて突き進んでいるのが見えた。




■TF38 旗艦 ホーネットⅡ CIC


「敵編隊が分離!分離した敵機多数、高速で艦隊に向かっています!」


 レーダー手の報告にCICが騒然となる。


「オールウェポンズ・フリー!」


 即座に防空指揮官が叫ぶ。そして艦長とマケイン司令官に向き直る。


「おそらく分離したものは誘導弾です。ドイツの技術を使ったものかもしれません。しかし速度は航空機と変わらない様です。機関砲で十分対処可能と思われます」


 防空指揮官の報告にマケインは黙って頷いた。


 確かに敵の誘導弾の速度は600キロ程度、高速ではあるが昨今の航空機と変わりない。CICに安堵の空気が流れた直後にレーダー手が再び叫んだ。


「レーダーに異常!ホワイトアウトです!敵機識別困難!」


 さらに遅れて各所の射撃指揮装置(GFCS)からも報告が入る。


「レーダー不調!敵機を追尾できません!」


「光学系に切り替えろ!」


「敵機、速度あがりました!追従間に合いません!」


 米軍は昨年から機関砲にもMk.63レーダー射撃統制装置を導入し命中精度を上げている。これが増設された40ミリ機関砲とともに零式陸攻に対する切り札と見られていた。


 それが使えなくなったと言うのだ。更に敵機は速度を増したという。CICに再び動揺が走った。


 欧州ではドイツが1943年より桜花に似た誘導弾Hs293を実戦投入している。このため英軍は妨害手段を既に持っていたが、残念ながら米軍にはそのような装置はなかった。




■七二一空 零式陸攻部隊


 桜花の投下から30秒後、桜花を誘導する偵察員が叫んだ。


「4000……欺瞞紙放出を確認、ロケット点火、加速開始しました!」


 偵察員が報告する。野中が目を凝らすと確かに白煙に交じって薄い霞のようなものが広がっていた。敵艦からおよそ4000メートル、敵機関砲の有効射程ギリギリの位置である。


 そして桜花の機尾から炎が伸び、弾かれたように速度を増す。


「いいか!絶対に外すんじゃねえぞ!」


「合点!」


 野中の喝に偵察員が答え操作に集中する。加速した桜花の速度はみるみる時速700キロを超え800キロに迫る。そしてまっすぐ目標の駆逐艦に向かっていく。


「1000……500……命中!命中しました!」


「よくやった!」


 駆逐艦の中央に爆炎があがる。800キロ弾頭を受けた駆逐艦は遠目にも艦橋が吹き飛んでいるのが分かった。周辺には飛び散った破片が細かな水柱をあげている。


 同様に他の艦にも命中の炎があがる。敵艦隊のこの方面の対空砲火は明らかに弱まっていた。そこを抜けて低空を雷撃のため別の中隊が敵艦隊の中心に向かっていく。


「後は任せたぜ!やっちまえ!」




■TF38 旗艦 ホーネットⅡ CIC


「トラセン被弾!炎上中!応答ありません!」


「チョウンシー被弾!航行不能!」


「フリント被弾!艦長戦死!機関長が指揮代行中!」


「敵爆撃機、さらに突入してきます!」


 輪形陣の西側外縁に布陣する艦から次々と被害報告が入る。技術的にまだ未熟なのだろう。外れた誘導弾も多かったが、それでも20隻近くの艦が被弾炎上していた。


 射撃統制装置のレーダーは未だ復旧していない。戦闘機隊ははるか遠くだ。そもそももう残弾もない。


 もう雷撃目的で突入してくる敵機を阻止できるものは各個艦の対空機銃以外に何もない。


「敵編隊、魚雷投下しました!」


 そして最後通牒の報告が入る。


 あわてて回避指示をだす艦長や騒然とするCIC室内を、やる事もないサッチ少佐はただ眺める事しかできなかった。




■戦闘その後


 この戦いでTF38は6隻の駆逐艦を失い、10隻の巡洋艦と駆逐艦が損傷で後退を余儀なくされた。また3隻の空母と1隻の戦艦が被雷している。その夜には陸攻隊の夜襲により更に2隻の駆逐艦を失った。


 だが日本側も一連の戦いで七二一空と七二二空は保有する機体の半数を失ってしまった。生き残った機体も損傷が激しい。そして備蓄した桜花と魚雷のすべてを消耗したため陸攻隊はラバウルへ後退した。


 いくら誘導弾を使い欺瞞紙で妨害しようと、多数のボフォース40ミリ機関砲の弾雨を抜け大型機が雷撃を敢行する事は、今ではそれほどに危険な行為となっていた。


 もう開戦時に誇った零式陸攻の無敵伝説は色褪せかけていた。




 翌日、トラックに駐留する艦隊とTF38との間で海戦が発生した。


 空母部隊の攻撃隊も欺瞞紙を使用したが、上空からばら撒くだけでは効果が薄く艦爆・艦攻隊ともに大被害を受ける。それでも前日の戦いでTF38の戦闘機部隊と護衛艦艇が数を減らしていたため、なんとか米側にも相応の損害を与える事は出来た。


 その後、夜間の水上砲戦で日米双方が大きな損害を出し、ようやくTF38は後退した。


 後には米側の目論見通り、防衛力のやせ細ったトラック根拠地だけが残された。

日本側も出来るだけ準備を整え、零式陸攻と紫電改も善戦しました。しかし米軍の数の暴力の前には抗えませんでした。


次回、いよいよ最終回となります。最後までお付き合い頂ければ幸いです。


作者のモチベーションアップになりますので、よろしければ感想や評価をお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
無人桜花投入で大勝利……とはさすがに無理ですね……。 最後の戦いに刮目します。
[良い点] 15隻もの空母、1000機にも達する航空機を保有する アメリカ空母機動部隊を相手に善戦しているなぁ。 桜花の数が少なかったのが残念。 これほどに善戦できているのは零式陸攻のおかげですよ。…
[良い点] 次回最終回ですか・・・残念。 海戦シーンばっさり切ってて潔し! [気になる点] 紫電・紫電改はエンジン何を載せてるんでしょう? 前話で川西手空きって書いてましたけど、 生産どうしてたんでし…
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