第十三話 海上護衛の推進
ソロモン海の制空権・制海権を得てポートモレスビーも攻略した日本軍であったが、1943年(昭和十八年)に入るとその攻勢は一旦足踏みする事となる。
その理由の一つは米潜水艦の活動の活発化だった。
「また油槽船が沈められたと?」
ラバウル航空隊司令の森玉賀四大佐が書類の手を止めた。
「はい、今年に入って3隻目です。このままでは部隊の、特に陸攻部隊の活動に支障がでる恐れがあります」
補給担当の少佐の報告に森玉司令は顔を顰めた。
「今は敵の動きが鈍いから良い。だがいずれ敵の反攻作戦があるだろう。その時に燃料弾薬が足りんとなれば……」
一回の出撃で1機あたり12000リットル、零戦13機分にもおよぶ燃料を消費する零式陸攻は、その性能と活躍の見返りとして日本軍の輸送に大きな負担を強いていた。
それを脅かすように1943年(昭和十八年)に入ると米潜水艦による被害が目立つようになってきた。零式陸攻を恐れる米軍が反攻作戦の準備として補給面で日本軍に掣肘を加えようとしている、そのように海軍は見ていた。
現状、日本の拠点防衛は零式陸攻にかなりの部分を依存している。敵の動きに初動で対応するのは常に陸攻部隊である。いわば火消しといえた。だがその活動は大量の燃料と弾薬に支えられたものだった。確かに補給はアキレス腱であった。
このため海軍は既存の海上護衛隊の戦力を大幅に強化し潜水艦対策に乗り出していた。
■1943年(昭和十七年)4月
インドネシア セレベス島 プートン水道 駆逐艦 磯波
「彼南丸、船体破断しました!沈みます!」
見張りの声が艦橋に響く。
スラバヤからアンポンに向かっていたこの輸送船団は今朝、米潜水艦に襲撃されていた。被雷した彼南丸は沈没を避けるため海岸に向かっていたが、あと一歩のところで間に合わなかった。
艦長の荒木政臣少佐が双眼鏡で自ら確認する。見張りの報告どおり彼南丸は被雷箇所から二つに折れていた。すでに船の後半部は姿が消え、残った前半部も沈みつつある。
「ゆっくり艦を寄せろ。溺者が大勢いる。スクリューに巻き込まんように注意しろ」
すでに敵潜水艦は追い払ったと思い込んでいた荒木艦長は、溺者救助のため艦を彼南丸ヘと近づけていった。
■米潜水艦 SS-199 トートグ
船団を襲った潜水艦は立ち去ってなどいなかった。敵の警戒が緩むのをじっと息を潜めて待っていたのである。
「輸送船は沈んだようだ。駆逐艦が一隻止まっている。次はコイツを狙おう」
潜望鏡を覗く艦長のウィリアム・B・シーグラフ少佐の口元に笑みが浮かぶ。
「停船中ということは救助作業中ではないでしょうか。私はあまり気が進みませんが……」
副長がやんわりと艦長に反対意見を述べる。
「構わんさ。我々は戦争をしているんだ。遠慮する必要はない。余計な事は考えるな。1番2番、発射準備!」
シーグラフ艦長は副長の意見を退けると攻撃準備を進めさせた。
■駆逐艦 磯波
荒木艦長は艦を完全に停船させると短艇を降ろして救助作業を行っていた。
「現時点で20名を救助しました。しかし救助作業はまだ時間がかかりそうです」
心配そうに海面を眺める荒木艦長に先任が状況を報告する。彼南丸は陸軍傭船のため陸軍兵士が多数乗船していた。
「一人の漏れもなく救助してくれ。大丈夫とは思うが周囲の警戒も怠るな」
荒木艦長は頷くと再び視線を海面に戻した。
しばらくして見張りの報告が入った。
「七時方向より大型機が接近中。おそらく友軍の陸攻と思われます」
荒木艦長は双眼鏡をその方向に向けた。機影はすぐに見つかった。確かに味方の零式陸攻だった。
「九〇二空の陸攻だな。ようやく来てくれたか。これでひとまず安心だ。もう少し早く来てくれれば助かるんだが……ん?どうした?」
安堵のため息をついた荒木艦長は、その陸攻が突然増速し降下を始めた事に気づいた。見張りもそれに気づいたのだろう、すぐに陸攻が目指している辺りの海面を舐める様に調べる。
「7時方向に潜望鏡!距離2000!」
「機関始動!救助作業は一旦中止!急げ!」
荒木艦長は見張りは何をしていたという怒りをぐっと飲み込むと、矢継ぎ早に指示を出した。
■米潜水艦 トートグ
トートグは改装によりガトー級と同じSDレーダーを装備している。カタログスペック上では大型機を37キロの距離で検知できる性能を持つ。
「上空に航空機音!」
ソナー員が叫んだ。
だが例えレーダーを持っていても潜望鏡しか出していなければ使用できない。このためトートグは敵機の接近を攻撃の直前まで気付く事ができなかった。
「攻撃中止!潜望鏡さげろ!急速潜航、深度250(フィート)!急げ!」
駆逐艦に潜望鏡を向けていたシーグラフ艦長は慌てて命令する。だが当然ながら全てが遅すぎた。
■駆逐艦 磯波
荒木艦長は任官以来ずっと艦上勤務だったため、同じ海軍ながらこれまで陸攻をしっかりと見た事はなかった。だが今回は特等席からその攻撃の様子を見学する幸運に恵まれた。
敵潜水艦も陸攻の接近に気付いたのだろう。慌てた様子で潜望鏡を下げると潜航を始めた。ベントから放出された空気の泡が海面にあがる。
「あれじゃ間に合わんな。可哀想だが……いや、いい気味か」
当面の危機が去ったため、一応は艦を動かす準備を進めつつ荒木艦長は陸攻が敵潜水艦を攻撃する様子を眺めていた。
低空に舞い降りた陸攻の爆弾倉はすでに開かれていた。そこから小型爆弾がバラバラと落とされる。
陸攻が投下したのは九九式六番二号爆弾(60キロ対潜爆弾)だった。対潜任務の零式陸攻はこの小型爆弾を十数発も搭載している。
「おーすごいすごい」
海面に水柱が林立する。思っていた以上に大量の爆弾が投下された事に荒木艦長は驚いた。そして一呼吸おいて一際大きな水柱が起こった。
■米潜水艦 トートグ
「海面に多数の着水音!爆雷きます!」
ヘッドホンを放り投げソナー員が叫ぶ。
「爆雷がくるぞ!全員衝撃に備えろ!」
シーグラフ艦長も叫び自らも潜望鏡にしがみ付く。しばらくして艦に衝撃が走り彼は床に叩きつけられた。
トートグの艦前部に命中した爆弾により艦内に浸水が始まる。赤い非常灯が点滅し急速潜航をかけていた艦の傾斜がさらに強まる。
「艦長!このままでは……艦長!?」
振り返った副長が見たのは血を流し昏倒する艦長だった。
「っく!艦長は指揮不能と判断、私が指揮を代行する。全タンクブロー!前部魚雷室閉鎖!浮いていられる時間は短いぞ!浮上したらすぐに脱出しろ!」
その後、緊急浮上したトートグは白旗をあげ、脱出した乗員は磯風に救助された。
トートグはすぐに沈んだため脱出できた乗員は半数ほどだった。副長は可能な限り乗員を外へ出すと一番最後に脱出した。生存者の中にシーグラフ艦長の名は無かった。
この頃を境に潜水艦の被害は頭打ちとなっていく。
以前より海軍は基本的に航路帯防御方式をとっていた。これは限られた戦力で護衛を行うため、航路を限定し船団を編成して効率よく護衛を行うものである。
だが実態は戦力不足により効果が出ていなかった。当初は旧式の駆逐艦や航空機が少数しか配備されていなかったためである。
それが零式陸攻一二型、二三型の配備が進むにつれ事情が変わった。九六式や初期の一一型が海上護衛隊に大量に回された結果、海上護衛隊が装備する大型機は九六式陸攻や九七式大艇もあわせて一気にその数を増やしたのである。
この大量の大型機を活用して、新たに設立された海上護衛総司令部は航路帯防御を徹底的に押しすすめる事ができるようになった。
航路は機雷堰で防御され、少なくとも昼間は可能な限り船団上空に哨戒機を張り付けられるようになった。これにより米潜水艦の被害はゼロとはならなかったが許容範囲には収まるようになっていた。
さらに1944年(昭和十九年)に入ると三式空六号無線電信機(H-6機上電探)、三式一号探知機(磁気探知機KMX)の搭載も進み、徐々に夜間の哨戒も可能となる。
こうして日本は終戦まで海上輸送線の維持には何とか成功したのだった。
米潜水艦トートグは、史実では最も多くの日本艦船を撃沈した潜水艦です。本作では大暴れする前にご退場と相成りました。
また、零式陸攻が大量に燃料弾薬を消費するため海軍は米潜水艦の活動に敏感に反応し海上護衛総司令部を史実より半年早く設立しています。
史実より陸攻の損失が大幅に少ないため、九六式陸攻と初期型とはいえ零式陸攻が大量配備されます。これで史実では絵にかいた餅だった航路帯防御が現実に効力をもつ様になります。
日本の暗号が駄々洩れなのは変わらないので米軍は日本の輸送船団の動きを把握しています。が、頭上を陸攻が徘徊しているのでなかなか手出しできない状況です。きっと遣独潜水艦も無事に到着できることでしょう。
さあ、これで資源の心配もなくなりました。
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