第十一話 米軍の迷走
ミッドウェー海戦の敗戦によりFS作戦を延期した日本海軍は、米豪遮断のためガダルカナル島に飛行場を建設しソロモンの制空権を得ようとしていた。
この動きを察知した米軍は逆にガダルカナル島に上陸、建設中の基地を奪取し反攻の足掛かりにしようとした。
米軍の突然の来襲に日本軍は即座に反応した。上陸部隊と上陸船団を叩くため第八艦隊が出撃するとともにラバウルからも第二十五航戦の零式陸攻48機と護衛の零戦17機が出撃する。
だがこの動きはコーストウォッチャーにより察知され、ツラギ上空にはTF61の空母3隻が放った60機ものF4Fが待ち受けていた。
■1942年(昭和十七年)8月 ガダルカナル島近海
TF61旗艦 空母サラトガ
「敵爆撃機、阻止できません!」
サラトガ所属の戦闘機部隊VF-5から悲鳴のような通信が入る。
「馬鹿な!60機ものF4Fを送り出しておいて1機も撃墜できないだと!?」
その報に指揮官のフランク・J・フレッチャー中将が狼狽えた。いや、彼も内心ではこの事態を薄々は危惧していた。
「はい、護衛のZEEK(零戦)が手練れな事もありますが……F4FではBetty(零式陸攻)を墜とせないというのは事実のようです。既にF4Fも20機失われています」
航空参謀が申し訳なさそうに補足する。戦闘機部隊の損失の大きさにフレッチャーは唸り声をあげた。
(くそっ!だから俺は言ったんだ。そもそもBettyが飛来する場所での作戦は控えるはずだったろうに……)
フレッチャーは内心で司令部を罵倒する。元々、彼はこの作戦に反対だった。
2月に行われたブーゲンビル沖の戦い(日本名:ニューギニア沖海戦)以後、軍内ではBettyの危険性が議論されている。5月にあった珊瑚海海戦でもBettyをほとんど墜とせていない。
ミッドウェーで敵の空母4隻を沈めたとはいえ自軍の空母部隊はまだ脆弱なままである。ここで貴重な空母を危険に晒すのは得策でない。そう彼は主張した。だが作戦は政治的な理由で決定されてしまった。
「とにかく残り全てのF4Fを上げろ!それにターナーと海兵隊には揚陸作業の中止を伝えろ!おそらく敵爆撃機の阻止は不可能だ」
フレッチャーは作戦の中断を決断した。そして作戦の失敗を半ば以上に確信していた。
まだ海兵隊は物資をほとんど陸揚げできていない。おそらく追加のF4Fも何の役にも立たないだろう。
海岸には物資と兵士を満載した輸送船が密集している。そんな所に50機近い爆撃機が襲い掛かればどうなるかは火を見るよりも明らかだった。
フレッチャーの予想は最悪の形で的中した。
48機のBettyに襲われた泊地の船団と上陸した部隊は酷い事になった。揚陸した物資の半分が焼き払われ輸送船と駆逐艦も3隻が沈められた。海兵隊の兵士の損害が大きくなかった事だけが幸いだが何の気休めにもならない。
さらに日本軍は執拗に反復攻撃をしてきた。都合3度にわたる攻撃で輸送船は半数が失われ、揚陸した物資はすべて失われてしまった。
この時点でフレッチャーは作戦の失敗を認め撤退を決断した。だが遅かった。
夜陰に紛れ脱出するため、残った輸送船に先を争う様に海兵隊が乗り込もうとしていた最悪のタイミングで敵艦隊が夜襲を仕掛けてきたのである。
重巡5隻をはじめ護衛の艦隊は壊滅し、兵士を満載した輸送船は師団長アレクサンダー・ヴァンデグリフト少将とともに沈められてしまった。
この戦いの後、拡張されたガダルカナル島の飛行場には恐ろしいBettyの部隊が進出し、米軍はソロモンの制海権、制空権を失ってしまった。
■1942年(昭和十七年)8月
メリーランド州パタクセント・リバー海軍航空基地
5月の珊瑚海海戦で乗艦していたレキシントンが撃沈された後、サッチ少佐は本国に呼び戻されていた。ニューギニア沖海戦でBettyと直接対峙した時の状況を聴取するという理由である。
まるで軍事裁判か査問会議のような執拗な事情聴取を受けた後に、彼が連れてこられたのはメリーランドの辺鄙な基地だった。
「それで、これが期待の新型機だと?」
サッチ少佐は目の前に鎮座する銀色の機体を胡乱な目でながめた。
「はい少佐!少佐のレポートは拝見しました。Bettyは確かに恐るべき防御力を持っています。でもこの機体なら間違いなくBettyを撃墜できます!」
この機体のメーカー、ベル社の技術者が胸を張る。それはベルXFL-1『エアラボニータ』という機体だった。
XFL-1はスマートな機体だった。細い機首は液冷エンジンであることを示しているが、それにしても細すぎた。事実エンジンはそこには無い。
この機のエンジンはコックピットの後ろに搭載されていた。エンジンの力は長大なシャフトを使って機首のプロペラに伝えられる。エンジンの無い機首にはプロペラと同軸に巨大な37ミリ機関砲が搭載されていた。
これは元々、新規に開発された機体ではない。見ての通り同社のP-39エアラコブラを元に開発された機体である。
ちなみに『ボニータ』というのは『カツオ』という意味である。日本軍はP-39を『かつお節』と呼んでいたが、このことをベル社は知っていたのであろうか。
とにかくXFL-1はP-39を海軍用とするため前輪式から尾輪式となりラジエターの位置も変更されている。F4Uコルセアと同時期に開発された機体であったが、性能不足のため当時は採用には至らなかった。
だがBettyの脅威がこの機体を生き返らせた。オリジナルのP-39がもつ37ミリ機関砲であればBettyを確実に撃墜できると思われたためである。
こうして機銃をオリジナルに戻した機体の試験のため、サッチ少佐はこの基地に呼び出されたのだった。
サッチ少佐は数日間にわたってXFL-1を試験し、その結論をベル社の技術者に告げた。
「駄目だ。この機体は役にたたん」
彼の下した結論は、端的に言えば「粗大ゴミ」というものだった。
「ええっ!!どうしてですか!?」
「どうして?どうしてだって?あんなに鈍くさい戦闘機があってたまるか!」
サッチが怒鳴った。XFL-1はとにかく遅かった。最高速度は290ノット(540キロ)がせいぜい、高空性能も悪く高度5000メートルを超えれば性能ががた落ちとなる。旋回性能は多少マシだがパワー不足が全てを台無しにしていた。
「そ、速度の方はエンジンを換装すれば解決できます!」
技術者は食い下がる。
「速度の方は分かった。だがあの機関砲は駄目だ!」
「ええっ!!あれがこいつの売りなんですよ!どうしてですか!?」
「威力は認めよう。確かにあれならBettyも墜とせるだろうな」
「だったら……」
「だがしかし!あの発射速度はなんだ!それに弾数がたったの15発だと?ふざけるな!あんな機関砲が空戦で使えるか!」
最大の問題は目玉であるはずの37ミリ機関砲だが、とにかく発射速度が遅かった。毎分150発という速度は12.7ミリ機銃の数分の一という遅さである。しかも装弾数はたったの15発。誤記ではない。繰り返すが15発だけである。
つまり鈍重な機体で射撃チャンスを得る事も難しく、わずかなチャンスで放てる弾もわずかしかないという事になる。これではサッチ少佐が不適格の烙印を押すのも無理はなかった。
「た、弾の数なら増やせます……」
「ほう、どのくらいだ?」
「さ、三十発くらいには……」
「なんにも変わんねーだろ!!」
だがサッチ少佐の反対も虚しく、海軍はBettyに対する恐怖心からこの機体をFL-1として採用してしまった。それだけではない。FL-1導入の代わりに米海軍は不具合が続出しているF4Uをキャンセルしてしまった。
さらに試作機が初飛行を終えたばかりのF6Fの設計変更をグラマン社に命じていいた。12.7ミリ機銃6門の武装を20ミリ機銃4門に変更するよう要求したのである。
確かに20ミリ機銃ならばBettyに多少は効果があるかもしれない。だが弾数が少なく弾道特性も悪い20ミリ機銃は左右に旋回し射撃を繰り返すサッチウィーブと非常に相性が悪い。
FL-1の採用に続きこの報を聞いたサッチ少佐は絶望のあまり空を仰いだという。
影響は米海軍に留まらなかった。P-38ライトニングの機銃もすべて20ミリに変更され、量産がはじまったばかりのP-47サンダーボルトも武装を12.7ミリ機銃から20ミリ機銃に変更する指示が出されている。
それだけではない。
米陸軍は、Bettyがそれだけの防御力を持つということは日本軍はそれを撃破するだけの武装をもった戦闘機を開発中であろうと推定した。そこで初飛行を控えていたXB-29に対して、防御力を大幅に強化する設計変更を要求した。
陸軍は、機体の主要部は37ミリ機銃に堪える事を要求した。
ボーイング社は、そんなことは不可能だと強硬に主張した。だが実際に日本軍が防御力に優れた爆撃機を運用していることを提示され渋々要求を受け入れた。
当然ながら速度は大きく低下し、搭載量と航続距離も半減する事になる。そしてB-29の開発は1年以上も遅れる事となる。
米陸軍はB-29の代わりに当面のつなぎとして平凡なB-32を次期爆撃機として採用した。
こうして零式陸攻は米国の戦略にまで影響を与えてしまう事となったのである。
ガダルカナル島の攻防はあっさり終了です。米海兵隊はあっさり叩き出されました(全滅)。これでソロモンは日本の海となります。海軍甲事件も起きません。山本さん良かったね!
そして零式陸攻を恐れるあまり、米軍の航空機開発はB-29まで巻き込んで滅茶苦茶になりました。
エアラボニータ、37ミリ機関砲なら零式陸攻も一撃です!
B-29はこれで「スーパーフォートレス」の名に恥じない防御力を得る事なります、が……戦争に間に合うんでしょうか(間に合わない)。
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