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第一話 初陣 重慶爆撃

■1940年(昭和15年) 中国 重慶上空


 中華民国空軍の誇る撃墜王、第4大隊第21飛行隊の柳哲生上尉(大尉)は、愛機のI-153の操縦席からしきりに下方をのぞいていた。


 漢口に潜り込んでいる間諜からの情報によれば、今朝も日帝の爆撃機部隊が出撃したという。距離を考えればそろそろこの重慶に姿を現すはずだった。


「あれか。情報どおりだ」


 西進する大型機の編隊を見つけた柳の口元に笑みが浮かぶ。眼下には肉食魚に怯え身を寄せ合う小魚の群れの様に緊密に編隊を組んだ敵爆撃機が見えた。


 いつも通り護衛の戦闘機は伴っていない。忌々しいことに日帝の戦闘機は柳らの機体より優秀でしかも練度も高い。だが航続距離の関係でここ重慶までは護衛することができない。


 このため日帝は爆撃機だけを送り込んでくるが、その機体は酷く脆かった。機銃を一連射浴びせるだけで簡単に火を吹き墜ちていく。


 だが日帝は馬鹿の一つ覚えのように脆弱な爆撃機だけを連日重慶に送り込み続けている。おかげで柳らにとっては全く良いカモだった。


「いくぞ!」


 本当に馬鹿な奴らだ。今日も楽にスコアを稼がせてもらおう。柳は口元の笑みをそのままに機体を横転させ反転降下に移った。無線機がないため柳の機動を見て気づいたのか、他の戦闘機らも思い思いにバラバラと攻撃に移る。


 ソ連製の頑丈な機体は速度を増し敵編隊に向かっていく。


 I-153は見た目こそ古臭いが複葉機としては限界といえるまでに進化した機体である。複葉機の割に小回りが利かないため日帝の戦闘機と格闘戦をするには少々厳しいが、こういった一撃離脱には非常に向いた機体だった。


 柳は敵編隊の右端の爆撃機に狙いを定めた。望遠照準器の中の敵影がみるみる大きくなる。それを見て柳は少しだけ眉を顰めた。


「新型か……?」


 それは初めて見る爆撃機だった。


 これまで何機も撃墜してきた細身で華奢な爆撃機と同じなのは双発である事だけだった。後は何もかも異なっていた。


 まず機体が一回り大きかった。胴体は縦長で太く長い。その後ろには大きな垂直尾翼が一枚だけ付いている。その姿はなんとなく柳が子供の頃に図鑑で見たマッコウクジラを連想させた。


挿絵(By みてみん)


 よく見ればその新型機は編隊の前後左右の端に配されていた。防御機銃も多いらしい。これまで死角だった機首方向にも機銃がある。


 その機銃も威力や射程が段違いのようだった。すでに味方の2機が火線に絡めとられ煙を引きながら落ちていく。


「新型だろうが所詮は日帝の爆撃機。機銃を当てさえすれば墜ちるはずだ」


 柳は巧みに機銃の火線を避けると、落ち着いて引き金を引いた。エンジン上下に配置された4丁のShKAS7.7ミリ機銃が火を吹く。


 トップエースである彼の射撃は正確だった。敵爆撃の主翼付け根付近を中心に着弾の火花が散る。柳は敵機を掠めるようにして敵編隊の下に抜けた。




 手ごたえはあった。そう確信して柳は振り向き、そして愕然とした。柳の顔から笑みが消え表情が凍り付く。


「なん……だと……!?」


 敵爆撃機は何事もなかったかのように飛んでいた。柳の狙った機体だけでない。敵の編隊は1機も減っていなかった。


 柳は敵爆撃機に100発以上の機銃弾を命中させたはずだった。いつもなら敵機は火だるまになって墜ちているはずである。だがその機体は炎どころか煙ひとつ吐いていない。


「馬鹿な!機銃が効かないだと!?」


 追従攻撃をかけたい所だが、残念ながら柳のI-153と敵機の速度差はあまり無い。敵編隊はどんどん遠ざかっていく。もう再攻撃は不可能だった。


「くそっ!」


 敵爆撃機がバラバラと重慶市街に爆弾を落とし悠々と飛び去っていく姿を柳は黙って見送るしかなかった。




 これが後に太平洋戦争を通して日本を最後まで支えていく事になる零式陸上攻撃機、通称『零式陸攻』の初陣であった。


 この日、鹿屋海軍航空隊の九六式陸攻36機と零式陸攻12機は、中華民国空軍戦闘機の迎撃を受けたものの一機の損害も出さず爆撃に成功し帰還した。


 この戦いで有効性が認められた本機は、この後急速に九六式陸攻と置き換えられていく事となる。


 なお、同年7月より陸攻部隊の護衛を開始した零式艦上戦闘機の大戦果により、零式陸攻が海外から注目を浴びる事は少なかった。


 それでも零式陸攻の事をきちんと評価していた人物も居た。中華民国空軍を指導していた元米陸軍大尉クレア・リー・シェンノートである。


 彼は零戦とともに零式陸攻の情報も本国に送っていた。そのレポートの中で彼は零式陸攻に対して以下のように述べている。


『日本の新型爆撃機は自国のいかなる戦闘機でも撃墜できない。早急に強力な機銃を搭載した戦闘機を開発する必要がある』


 だが彼のレポートは当時の欧米の日本に対する認識と大きくかけ離れていた。そのため零戦の評価とともに本国では信用されず、ほぼ完全に無視されてしまう。


 米国が零式陸攻を大きな脅威として認識するのは、これから一年以上先の事であった。

史実より一年早く、昭和15年に十二試陸上攻撃機が『零式陸攻』として制式化された世界です。お判りの様に一式陸攻とは真逆の非常に強力な防御を持った機体となっています。


次話より、この機体が生まれる発端となった『火星エンジン』の誕生経緯をお送りします。


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所詮は中国相手にさえ勝ち切れなかった程度の国が、工作機械は欧米頼みな上で自前の技術力を鑑みず、用兵側の事情も、カタログスペックなど戦術次第で如何様にも転ぶという教訓まで忘れた荒唐無稽且つ有象無象な駄作…
[良い点] あーてぃさんのご紹介で参りました。1話目から非常に面白かったです! 降下からの一航過しか攻撃を許さないほどの速度差と、7.7mmに耐えうる機体。 《我ニ追イツク敵機ナシ》と打電してそうな…
[良い点] し、渋い!。 普通こういうのだと、戦闘機が描かれる事が多いのに、爆撃機とは!。 一式陸攻は、その航続力の長さで、某戦略ゲームでは大好きだった機体ですけど、「ワンショットライター」と呼ばれる…
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