第97話 誓言
「案の定桐島が手を出そうとしてきてね。もうストレス溜まっちゃってたからこう……首根っこ掴んでパァン、って。大丈夫だった? 聞こえなかった?」
「…………聞こえなかったが。母さんって凄いんだな」
盛っている訳では無いだろう。母さんが強い(物理も精神も)事は知っているし……だが、成人男性と真正面から圧勝か。
「でも、それって大丈夫かな? 怒ってたり……してないかな?」
「そりゃ怒ってるでしょうけど……大丈夫よ。まさか仲間に女にやられた、なんて言えないでしょうし」
ちなみに火凛は俺と水美に挟まれている。俺が頭を撫で、水美が火凛の手を揉んでいる形だ。
「……それにしてもあんた達、三人でもイチャイチャしてるのね」
「えへへー。仲良しだもん」
少しだけ火凛が照れくさそうにしていた。
「それにしても火凛ちゃん、思っていたより怖がってなくて良かったわ」
「……二人に支えてもらいましたから」
火凛が俺と水美をぎゅっと抱きしめてそう言った。
「……ふふ。良かったわ。……本当に。瑠璃達の事は任せてね。絶対にお母さん達で何とかするから」
「……はい!」
……母さん、また何か火がついてるようだが。話さないと言う事は時期じゃないと言う事だろう。
「……ああ、そうだ。火凛、奏音に連絡しなくて良いのか?」
「あ、そうだった。……あの。一つお願いがあるんですけど良いですか」
火凛が母さんへ尋ねる。母さんは頭に?を浮かべていたが、頷いた。
「もちろん良いわよ。聞かせてちょうだい」
「……奏音をこの家に呼びたいんです。話は面と向かってしたくて」
「分かったわ。後で時間だけ聞かせてちょうだい……私も奏音ちゃんに話しておきたい事があるから」
「……そうなのか?」
母さんの言葉に思わず怪訝な顔をしてしまった。
「ええ。……場合によっては泊まって貰うかもしれないわね」
「……どういう事だ?」
「まあ、その辺はお父さんが来てからだね。私も概要しか聞いてないから」
……また気になる情報だ。だが、母さんも詳しくは知らないのなら仕方が無い。
「……分かった。そういえば俺も奏音に相談したい事があるんだ」
「そうなの?」
「ああ。……少しな」
火凛へ微笑みかけ、頬へ手をやって撫でる。
そうしていると……火凛がとろんとした目になり始めた。
「……それじゃ母さん、俺は火凛と部屋に戻る。……なるべくリビングには居ないで欲しい」
「分かったわ。水美、折角だし簡単な料理の作り方教えてあげる。だし巻き玉子ね」
「……! やったー!」
母さんが水美へそう言うのを見届け、俺は火凛を横抱きにして上へと上がった。
◆◆◆
「……火凛。悪いが、今日は俺が下でするぞ」
「ん……疲れるように、だよね? 分かってる」
火凛をベッドの傍に立たせると、俺は火凛にベッドへ押し倒された。
「……あまりいつもと変わらん気がしてきた」
「ん。いつも私が押し倒してるもんね」
火凛がそう言って俺の首筋を舐め上げた。ゾクゾクと背筋が震える。
「でも、こうやってするのも好き。水音が可愛い顔してくれるから」
「……複雑な気分だが」
「ふふ。でもいつもはすぐやり返されちゃうもんね。あれも好きだけど……今日は」
火凛の目付きが変わる。羊を目の前にした狼のような。草食獣を追いかける肉食獣の目だ。
「私が疲れてへとへとになるまで犯させて貰うね」
俺の脳裏に恐怖などの感情が過ぎることは無い。ただ、これからもたらされるであろう快楽に期待が止められなかった。
◆◆◆
「はぁ……はあ」
「さす、がに……効くな」
なるべく疲れるよう、お互い我慢しながらしていた。絶頂すれば火凛の脚が止まってしまうから。
……だが、下に居続ける方もかなりしんどい。良い意味で。
発情して上気する頬に、絡められた手。その下では手に収まりきらないほど大きな物が揺れ、目が忙しくなる。
そんな中、俺は我慢し続けなければいけないのだ。しかも絶頂が近づけば火凛の耳舐めASMR(生)が始まってしまう。
我慢できるか、と逆上しそうになったがどうにか耐えた。偉いぞ、俺。
……まあ、三時間ほどたっぷりかけて二回は絶頂したのだが。何故か満足感は普段と同じぐらいあった。
「……だが、火凛。終わりという雰囲気を出しながら時々締めるのは止めてくれ」
「う……やぁ、もっと……もっとするの」
火凛は濡れた瞳で俺を見てくる。どうにか脚を動かそうとしてくるが、ガクガクと震えて座ることすら出来ない。
……ちなみに避妊具はいつもベッドの傍に置いている。十個ほど。手を伸ばせば届く距離なのでそこは心配ない。
「もっと……水音の事感じたいの」
「……仕方ない」
時計を見る。時刻は六時前。いつ父さんが帰ってきてもおかしくないし、もう帰ってきているかもしれない。
火凛が普通に歩けるようになるまで……三十分ぐらいだな。なら丁度いい。
「三十分。三十分だけならヤレる。その間はもう我慢しなくても良いからな」
そう言うだけで、火凛が震えた。
「……今の言葉だけでか?」
「ぅ……ん」
本当に大丈夫かと思いながらも火凛の頭を撫でると、二度震えた。水音
そのまま、火凛と体勢を入れ替える。
火凛の息が荒くなり、手が俺を求めてさまよっていたので掴む。ぎゅっと握られた。
やはりこの部屋は防音性が高い。お互いの呼吸と、心臓の音。そして互いの恥部から鳴り響く水音しか聞こえない。……って文字に起こすと俺の名前になるのがアレだが。
「やぁ、水音……今は私以外の事考えない、で」
「……ああ。そうだな。悪かった」
そうして、俺は火凛との二回戦を始めたのだった。
◆◆◆
終わってスマホを確認すると、母さんからチャットが来ていた。……そこまで昂っていたか。
『お父さん帰ってくるの八時とかになるからお腹すいたら降りてきてね』
「……丁度いい。火凛。歩けそうか?」
「ん……大丈夫」
「なら先に風呂入るぞ。服はこれで大丈夫か?」
「あ……うん。それで大丈夫」
着替えを取り、火凛へ持って貰う。念の為火凛を横抱きにした。もちろん服は着けさせてから。
「転んだら危ないからな」
「……ん!」
火凛はその状態で俺へ抱きつき、笑顔を見せてくれたのだった。
◆◆◆
「さすがに脚がパンパンだな。揉んでおくぞ」
「ん。ありがとね」
火凛の硬くなった脚を丁寧に揉む。
「……ふふ。もっと体力が付いちゃうかもね?」
「…………まあ、悪い事では無いだろう」
体力が無くて困る事はありそうだが、あって困る事は無い。……と思いたい。明日からもっと大変になるだろう、という事は置いておいて。
「ん……ぁ、気持ちいい」
火凛の脚を優しくマッサージする。怪我をしないよう、そして火凛が気持ちよくなるよう犯行を見ながら。
「ぅ、くぅ……」
……色っぽい声が聞こえるのは無視しよう。
そうしてふくらはぎのマッサージを終え……次に太腿へと移る。
「や……そこ、恥ずかしい」
「我慢してくれ」
火凛が自分の太腿を少しだけコンプレックスに思っている事は知っている。
……俺はガリガリよりもこうしてムチムチな方が好きだと言ったので強いコンプレックスにならなかったが。
それでも恥ずかしい物は恥ずかしいとの事だ。
なかなか張っているが、それでも良い触り心地だ。思わず撫でてしまった。
「ぅ……そういう、プレイ?」
「あ、悪い……俺は好きだぞ」
「……やっぱりそういうプレイなんだ」
火凛が恥ずかしそうに顔を赤らめながらむっとした。
試しに指を滑らせてみると……お湯とは違う液体で濡れていた。
「……とか言いながら随分と嬉しそうだが」
「水音の意地悪。……水音に……好きとか言われたら嬉しくなっちゃうに決まってるでしょ」
ピクリ、と思わず反応しかける。
……ダメだ。ここだと声でバレる。俺はマッサージを終え、火凛の体を軽くシャワーで流した。そして、火凛と共に湯船へ浸かる。
……火凛は俺を抱きしめる形で湯船に入っている。対面……やめておこう。その形ではあるが、入れている訳では無いし。
「……暑くないか? 大丈夫か?」
「ん。大丈夫」
火凛は俺の耳元でそう囁いた。
形の良い胸が俺で押し潰される。柔らかく、暖かい物が押し付けられ……ドクン、ドクンと力強い鼓動が俺の物と重なった。
「ん……落ち着くね」
「ああ……そうだな」
火凛が顔を動かし……俺を見た。
本当に……綺麗な顔立ちだ。顔のパーツ一つ一つが神秘的で……可愛らしい。思わず見蕩れてしまうほどには。
火凛は俺を見てニコリと微笑んだ。
「ふふ……水音ってかっこいいよね」
「…………火凛は綺麗だぞ。それで、可愛い」
そう言えば火凛は微笑みながらも顔を赤くする。それを隠すように俺は抱きつかれた。
「頑張ったから。水音のために」
「……分かってるよ。火凛が努力をしているのは」
「ん。水音も頑張ってた」
「……火凛の横に居た俺がみっともないままなのはな」
俺は顔が良い訳では無い。そこまで自惚れるつもりは無い。
……だが、努力はした。
「ふふ。嬉しい」
火凛が更に強く抱きしめてくれた。そうして……数分ほど経った。
「ね、水音」
「なんだ?」
火凛の言葉に呼応する。火凛は……少しだけ震えた声で言った。
「ありがとう。また私を助けてくれて」
「火凛。それを言うのは少し早い」
火凛を離し、顔を合わせる。その頬を手で優しく包んだ。
「今が以前よりはずっと良い状態な事は知っている。だからこそ言わせてくれ」
――相手に気持ちを伝えるにはまず眼を合わせること。相手が眼を合わせようとしなくても無理やり合わせる。
そう、教えられたから。
火凛は俺の眼をじっと見た。
「俺が……俺達が、火凛を助ける。過去を断ち切らせる。昔よりも断然今の方が幸せなんだって気づかせる」
火凛に。そして、俺の心に言い聞かせるようにそう言った。
「セックスみたいな一時的な快楽じゃない。心から幸せにする。俺が、俺達が火凛を幸せにするからな。これからも……ずっと!」
頬に暖かい感触があった。
火凛は泣いていた。
「うん!」
嬉しそうに笑いながら。




