第88話 幕間最終話 幸せな日々
昨日は投稿出来なくて申し訳ないです
「えへへ……」
火凛は俺の腕の中でニコニコとしていた。
「……嬉しそうだな」
「だって。久々に水音からいっぱい突かれて嬉しかったんだもん。……たまにはちょっとぐらい乱暴にされるのもいいかも」
火凛が赤くなった頬を手で押さえながら嬉しそうにニマニマとしていた。
だが、俺は一つ疑問だった。
「……そんなに激しかったか?」
「ん。……口も手で塞がれて、何回もイッてるって言おうとしても声が出せなくて……だらしない顔いっぱい見られて興奮した。水音に恥ずかしいところ見られて……水音がそれで興奮して、いっぱい求められてるって分かったから」
「……いや、まだ部屋の中じゃ無かったからな。声が外に漏れたらまずそうだったし……楽しんでいたのは否定しないが」
……いい顔してたからな。顔見る度に達してたようだし。
「ふふ。それに一回戦が終わってもそのまま抜かないで持ち上げて二階まで……歩く度に衝撃が凄くてそれだけで大変な事になってたのに、そのままベッドで四回戦まで抜かないで連続でして……」
「……我ながら凄いと思ってる。大丈夫か? 擦れて痛くなってたりしていないか?」
そう聞けば、火凛は笑った。
「まだ六回しかしてないんだよ? その倍もやったことあるんだし大丈夫だよ」
「……なら良いんだが」
火凛が腕を回して抱きしめてきた。
「えへへ……いい匂いする」
「……自分だと分からないんだがな。火凛の方がいい匂いだと思うぞ」
甘く……鼻腔から入り込み脳を刺激する匂い。時には安心し……時には欲情を誘う匂い。
「ん。匂いが好きな人同士ってさ。遺伝子的に相性が良いらしいよ」
「……話ぐらいは聞いた事あるな」
火凛は俺の首筋へ顔を埋め、すんすんと匂いを嗅いだ。
そして、そのままぺろりと舐められる。
「……匂いだけじゃなくて味も好き」
ぴちゃぴちゃと音を立てて首を舐られ、甘噛みをされる。ゆっくりと、しかし確かな興奮が俺を刺激している。
「ねえ」
耳元で囁かれてゾワリと背筋が疼く。
「もう一回……しよ?」
その言葉に一瞬声が詰まった。
風呂も食事もまだだ……だが、最近はしっかり睡眠時間も取れていたし良いだろう。
……などと冷静になろうとしていたのだが、俺の本能はあと数度行わなければ鎮まらないだろう。
そして……予想通り風呂と食事の時間は真夜中となったのだった。
◆◆◆
何度も思っているのだが、睡眠から現実へ誘われる瞬間は嫌いでは無い。
自分の魂が抜け出しているような浮遊感。そして、それが体に定着するような感覚。
……そして、下腹部へ広がる暖かさと心地良さ。
「……火凛か」
「ん。おふぃきたんだ。……おはよ、水音」
布団を捲れば火凛が居た。……俺のモノから口を離し、朝の挨拶をされる。
「毎度の事だが、それはただの生理現象だぞ?」
「ん。もちろん分かってる。……健康チェックみたいな?」
火凛の言葉に思わず頬がひくついた。そんな俺に気づいたのか、火凛が続ける。
「……味でなんとなく分かる感じ?」
「…………本当か?」
「ん。体調が良い時は美味しい。体調が悪い時は……苦味が強めで美味しい?」
「どっちも美味しいってのはどうなんだよ」
思わずそう突っ込むと、火凛がニコリと微笑んだ。
「水音のは全部美味しいから。……あと、体調が悪い時は元々しんなりしてたり、してても苦しそうにしてる。その時は諦める」
「……衝撃の事実なんだが。もしかして、俺が気づかないだけで毎日していたりするのか?」
こくりと火凛が頷く。……知らなかった。
「ん。それじゃ水音も起きたみたいだし、スパートかけるね?」
「ちょ、待て。まだ寝起きでッッ!」
俺のささやかな抵抗は快楽ですぐに掻き消えたのだった。
◆◆◆
「ん。今日も元気いっぱいでした」
「……そうか」
数分も掛からなかった。火凛の本気は恐ろしさすらも覚える。
「……火凛。口元に付いてる」
ティッシュを取ろうとしたのだが、火凛が大丈夫だと首を振った。
そのままその白濁液を指で掬い……口の中へ押し込んだ。
「……ティッシュにあげるのはもったいないから」
その言葉がゾクリと俺の背筋を撫でるのだが……どうにか留める。
「……とりあえず歯磨きにいくぞ。そのままだと口の中も気持ち悪いだろ」
「ん。私は余韻も楽しみたいけど……どっちにしても歯は磨かないといけないもんね」
そのまま火凛を連れ、二人で並んで口をゆすいで歯を磨く。
朝はお互い軽くしか食べない。トーストを焼き、バターを塗る。それとサラダぐらいだ。火凛が野菜を食べる時は基本的にあのドレッシングをかけないといけないので、野菜メインで食べるとなればサラダになる事がほとんだ。
二人で肩を寄せあってたべる。
「……あ、そういえば奏音が例のカフェいつ行く?って話してた」
「ああ……そうだな。火凛は忙しい日とか無いか?」
「ん。今の所無い。六月は基本空いてる」
……まあ、そうだよな。
「じゃあ来週末……六月に入ってすぐぐらいでも良いか?」
「ん。私は大丈夫。後で奏音にも聞いてみるね」
「ああ、頼む」
火凛へ頷き、パンを齧る。ふと、火凛を見てみた。
「……?」
火凛は両手でちょこんとパンを持ち、丁寧な所作で食べている。
火凛はもぐもぐと噛んでいたものを飲み込み、口を開いた。
「……ん。どうかしたの?」
「いや……火凛って上品だよな。食べ方もそうだし、歩く時……一人で歩いてる時とか、友達と歩いている時とかも」
「そうかな?」
目を惹く立ち振る舞いとでも言えばいいのだろうか。輝夜のお嬢様のようなお上品さでは無いのだが。
普段の火凛は清楚で可憐であるからなのだろう。
「……あ、でもどうしてなのか分かるかも」
「火凛のお父さんに言われたから、とかか?」
俺の問いに火凛は首を振る。
「…………水音に可愛いって思って欲しかったからかな」
躊躇いがちに、恥ずかしそうに頬を朱に染めながら火凛は言った。思わず俺の方が面食らってしまう。
「そ、そうか」
「ん。……ね、水音」
火凛は一度トーストを置き、俺を見てきた。
「私、可愛くなれてる?」
恥ずかしがってはいけない。というか、そんな事が出来るはずない。今まで火凛がどれだけ努力してきたのか見てきたから。
だから、俺も火凛を真っ直ぐ見据える。
「ああ。可愛いし、綺麗だ。とてもな」
そう言えば、火凛は頬を弛めた。それを隠すように火凛が手で押さえる。
「えへへ……」
しかし、俺は苦笑いをしてしまった。
「……火凛、右手」
「ん……? あ……」
先程トーストを持っていた手。バター塗まみれと言う訳では無いが、パンの屑がいくつか頬へ付いてしまった。
恥ずかしそうに頬を赤らめる火凛の頬をティッシュで拭いた。
火凛は大人しく拭かれ、ニコリと微笑んだ。
「……ん。ありがと」
「どういたしまして、だ」
そしてまたトーストを口に運ぼうとした時だ。
「……水音もかっこよくなってるよ。凄く。見た目ももちろん、心もね」
思わず取り落としそうになった。どうにかつかみ直す。
「…………ありがとな」
「ふふ」
慌てる俺を見て火凛は笑った。……だが、茶化して言ったのではなく、本気で言っていたのは目を見れば分かった。
◆◆◆
「そういえば、お二人はいつお知り合いになったんですか? 小学生とか幼稚園生とかからですか?」
お昼を食べ終わり、歓談していた時だ。輝夜がふと疑問に思ったのか、そんな事を言ってきた。
「……いつから、か。俺は生後半年ぐらいか?」
「ん。私は……生後一ヶ月後とかかな?」
「へ?」
思わぬ返答だったのか、輝夜が間の抜けた声を上げた。来栖や奏音も驚いた顔をしている。
「ああ、言ってなかったか。俺の両親と火凛の父親は昔からの友人でな。俺が生まれた時は火凛の父親がお祝いに来たし、逆もそうだった。火凛が生まれて少しして俺の両親が行って、俺もその時連れて行かれた」
「ん。あの時が確か12月5日だったよね。……うん。やっぱり一ヶ月ぐらいだ」
奏音が納得したように頷いた。
「……はぁ。そりゃ仲良くなるわ。幼馴染歴十五年って事っしょ?」
「まあ……それぐらいだな」
一時期……本当に一時期だけ仲が良くない時期があったが。
「はわ……じゃあちっちゃい頃ってい、一緒にお風呂に入ったり、お泊まりとかしたんですか?」
「ちょっと、輝夜。デリカシー無い発言は」
「ふふ。大丈夫だよ、来栖ちゃん」
来栖が輝夜を止めようとしたが、火凛がそう言って微笑んだ。
「ちっちゃい頃は本当に……ずっと一緒だったもんね。帰るってなったら私が水音の手離さなくて」
「……よく覚えてるな。それで、その後……火凛のお父さん達もよく俺の家に泊まってたんだったか」
火凛と目が合い、笑い合う。
「……仲良しさんです。少女漫画より少女漫画してます。聞いてるだけで胸がいっぱいです」
「凄いね。そんなに昔から仲良しだったなんて……今のも見てると疎遠だったなんて信じられないね」
火凛がその言葉にゆっくりと頷いた。
「……ん、そうだね」
少しだけ憂いを見せる火凛の頭を撫でる。すると、来栖があっと声を出した。
「……ごめん。デリカシーが無いのは私の方だった」
「ううん。今はこうして水音とまた一緒に居られるから……ん。大丈夫だよ」
火凛は来栖と……俺へ向かってそう言って、俺の手を取り、握った。
「もうあんな事はしないから」
「俺がさせる訳ないだろ」
例え火凛が離れてと言ったとしても俺は離れない。絶対。
「……やー、ほんと学校でも熱々になってんね。視線ももう気にならなくなった感じ?」
「……思い出させるな」
火凛の頭を撫でた辺りから周りの視線が強くなっていた。……良くない視線と、暖かい視線の両方。
「まあ、前ほど気にしてはいないが」
「お、成長してんね。その調子で視線が無くなるまでイチャついてけ?」
その言葉を笑おうとしたが、よく見ると奏音の目はガチだった。茶化していた訳では無いらしい。
俺は手を優しく揉んでくる火凛の手の甲を優しく撫でれば、火凛が俺の両手を両手でバッと掴み……指を絡めるように握ってきたのだった。
「えへへ……捕まえた」
「ッ……」
ハンマーで殴られたかのような衝撃が頭と心を襲った。目の前が一瞬白飛びする。
「おぉ……攻撃力ガン振りじゃん。今のは親友の奏音ちゃんでもキュンとしちゃったよ」
「い、今水音さんも凄い表情してました!」
「……本当に付き合ってないの? これで? 嘘でしょ?」
奏音達の言葉にハッとなる。
……危ない。学校で理性が飛ぶ所だった。奏音達がいてくれて良かった。
そうしてそのまますりすりと指を擦り合わせられたり、指と指の間を撫でられたり。……色々されたまま昼休みは終わった。
◆◆◆
……昨日から火凛がやけに積極的だ。今もこうして学校の近くだと言うのに腕を組んでいる。
いや、違うな。積極的というか、嬉しいから思わずやってしまっているだけだろう。
「〜〜♪ えへへ」
今もこうして鼻歌を歌ったり、ふと思い出したように俺の腕をぎゅっと抱きしめたりしている。最上級に機嫌が良い時にする行為だ。
「本当に楽しそうだな」
「ふふ♪ だって楽しいんだもん♪」
思わず手が伸びると……火凛は顔を差し出した。頬へやると、頬擦りをされる。
「……でも、水音もさ。今日はいつもよりいっぱい笑ってたよ?」
「…………そうか?」
自覚していなかったが、火凛がうんうんと頷いた。……本当らしい。
それより、腕がずっと柔らかい物に包まれている。……正直な話、耐えるのがきつい。
その時、火凛が少しだけ背伸びをして俺の耳元へ囁いた。
「水音のえっち」
脳天へ甘い痺れが駆け抜ける。気づかないようにしていた事実が脳の容量を埋めつくしていく。
火凛の甘ったるく、しかしずっと嗅いでいたいような匂いが。
もちもちとした白い肌に赤く血を垂らしたような真っ赤でぷるぷるとした唇が。
黒く、長く伸びた艶やかな髪が。
……良くない。非常に良くない。
「……火凛、我慢が効かなくなる。五秒だけ離れてくれ」
「ん♪ 分かった」
火凛が少しだけ離れ、その間に深呼吸をする。
初夏の生温い空気が桃色に染まった肺を洗う。その事に一抹の寂しさを覚えるが……そんな感情は無視だ。
「……よし、大丈夫だ、火凛」
「ん。おっけ」
また火凛が腕を搦めてくる。
「……というかこのまましていたら家に着くのが夜になる。歩く事を優先するぞ」
「分かった。……今日も期待してるからね?」
そう言って火凛は妖艶に笑う。思わず生唾を飲み込んでしまうが、どうにか耐えた。
そのまま俺達は周りから様々な視線を向けられながら家へと帰ったのだった。
◆◆◆
さすがに昨日とは違って帰って五秒で……とはならない。
今日は小腹が空いていたので何かを作ろうと思い……二人でパンケーキを作る事になった。俺はこうしたスイーツはあまり作った事が無いからだ。ホワイトデー以来じゃ無いだろうか。
「あ、エプロン洗ってタンスにしまったままだ。水音のも取ってくるからちょっと待ってて」
「ああ、ありがとう」
火凛がそう言って奥の階段を上がろうとした時だ。
ピンポン、と軽快なチャイムの音が鳴った。
「あ。ごめん、水音。出ておいて」
「ああ、任せてくれ」
念の為にガスの元栓を締め、玄関へ向かう。そうしている間にももう一度チャイムの音が鳴った。
「はい、今出ます!」
そう声を出してから靴を履き、玄関の扉を開くと――
「久しぶりね、水音君。私の事覚えてる?」
とても綺麗で……見覚えのある女性だ。そして、その横に軽薄な顔立ちをした金髪の男が立っていた。
忘れるはずが無い。忘れられるはずが無いだろ。月日もそんなに経っていないんだから。
火凛の母親……違う。元母親と、その不倫相手だ。
俺は何が起きているのか理解が出来なかった。しかし、そんな中でも一つだけ分かった事がある。
この幸せな日常は長く続かないんだな、と。
思わず歯軋りをした。




