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第83話 文芸部

 案の定、と言うべきだろう。俺と火凛が手を繋いで教室へ入ると、生徒達はざわついていた。


「……水音と火凛ってどっかずれてるからね。普通幼馴染は手繋いで学校来ないし」

「え? そうなの?」

「てか普通の幼馴染っていつか疎遠になってくのが普通よ。……ま、火凛みたいに離れたくない派はどーにかすんだろうけど」


 奏音と火凛が普通に会話をしているが、俺は今殺意の視線の渦中にいる。

 ……いや、まあ覚悟してなかった訳では無いのだが。


 手を離して席に着こうと思っても火凛が離してくれない。そうする度に火凛は微笑んで来るのだ……確信犯め。


「おう、水音。朝から見せつけてんね」

 すると、後ろから声をかけられた。響だ。

「響……この視線、どうにかなったりしないか?」


 響は笑いながら首を振った。


「有名税だとでも思え。どうせ行動に移す奴はもう居ないからな」

「それはそうだが……なぁ」

「ま、同情だけしておく。このクラスはまだ比較的良い方だろうし頑張りなって」


 そう言って響はパンと俺の肩を叩き、席へ戻って行った。


 ふと、手の力が強まった気がして火凛を見る。少し不安そうに俺を見上げていた。

「……やっぱり、嫌だったりする? 今からでも……前みたいに」

 その言葉を遮るように頭を撫でた。


「嫌な訳があるか。確かに良い視線とは言えないが……火凛と仲良く出来る、と言う事に比べればどうって事ない」


 強がりだとバレているだろう。だが、その言葉で幾ばくか火凛の顔は和らいだ。


「……ん」

 火凛が抱きついてくる。思わず笑いながら抱き留めた。周りの目は無視する。


 そんな時、教室の外からこちらを見ている人影が二つ見えた。


「はわわ……い、いちゃいちゃしてますぅ……らぶらぶですぅ……」

「……朝から凄いね。ってかなんで隠れたの? 輝夜」

「な、なんか邪魔しちゃ悪いなーって思いまして……出るタイミングを失っちゃいました」


 ……何をしているんだ? 本当に。


 奏音もそれに気づいているのか苦笑している。そのまま放っておくのかとも思ったが……そうはしないらしい。


「そこの二人も入ってきなって。この色男に文句の一つでも言いなよ」

 奏音の言葉に輝夜がビクリと肩を跳ねさせ、来栖が苦笑いをした。


「え、えへへ……?」

 輝夜が曖昧な笑みを浮かべる。俺の腕の中で火凛がきょとんとしていた。(あずま)


 ◆◆◆


 授業の終わりを告げる鐘が鳴る。


「それじゃ今日はここまでとする。次回は三段落目からな。それと獅童、ちょっと来い」

 現代文の授業の終わり、俺は呼び出された。


「何ですか? (あずま)先生」


 現代文の先生は先生と言う。若い女の先生だ。……だが、視線は鋭く現代文ではなく体育の教師なのでは、などとも言われている。


 ……だが、そんなに萎縮する先生でもない。この人が文芸部の顧問なんだし。


「ひょっとして、鍵の件ですか?」

「いや、それは大丈夫だった。話というのはな……お前が相当他の男子に恨まれていた事についてだ」



 先生の言葉が一瞬だけ理解出来ていなかった。東先生はそんな俺を心配そうに見ている。


「あの別の学校から来ていた……苅谷響の従兄弟だったか? あれから貰った紙に悪質なランキングの内容まで書かれていた。……スクリーンショット付きだったんだが、それに獅童の名前が載っていたんだ」

「……はぁ」


 思わずため息を吐いた。


「それで、そのランキングに載っていた名前の生徒からいじめなど無いか個別に聞こう、となってな。……私がお前の所の部活の顧問だから白羽の矢が立った訳だ。……大丈夫か?」

「いや……まあ」


 ……どうして玉木が動いたのか分かった気がする。


 玉木は正義感が強い。それは女の子を護る、という事だけでは無い。


 俺が中学生の頃。火凛絡みでいじめに近い事が……いや、あれはいじめか。それが起きた。


 実の所、それを解決してくれたのが玉木なのだ。……まだそこまで仲が良く無かったはずの俺を助けるために色々とやってくれた。





 ……今回も、響から聞いて動いたんだろうな。今度何かを奢らないと。


「前は嫌な絡み方をしてくるのは居ましたけど、今はもう居ませんよ。……気になるのは視線ぐらいです」

「ああ……そういえば竜童と幼馴染だったんだったな。……ま、悪質なものがあったら相談して欲しい。力になるよ。これでも文芸部の新星だしな」

「一人しか居ませんけどね」


 ……そういえば、文化祭か何かで作品を提出しないといけないと聞いたが。まあ、その時考えればいいだろう。


「ああ、そうだ。どうせなら竜童達も文芸部に誘ったらどうだ? 幼馴染と部活なんて青春らしいじゃないか」

 先生の言葉を癖で拒否しようとしたが……考える。



 悪くない提案では?


「ってちょっとまってください。達?」

「ああ。お前、確か白雪とか来栖、平間なんかと仲良いだろ。来栖は生徒会に入っているが、部の掛け持ちは大丈夫だし、残りは部活に入っていない。五人以上になれば正式な部として部費も貰えるようになるぞ……それに、堂々と教室に女子を連れ込む事も出来る」


 先生は俺にしか聞こえないように、そう付け足した。


「まあ、自由に使えと言ったのは私だし、()()()()()()良い」

 やけに強調された言い方だ。しかし、直感で俺は悟った。これはカマかけだ。


「何を勘違いしているのか分かりませんね。俺はただお昼を食べていただけですよ」

「くくっ……これでボロでも出してくれれば良かったんだが。そう上手くはいかないか」

「悪い顔してますよ」

 やはり、何かしら俺が反応していたらそれをネタに……火凛達を引き入れろとでも言うつもりだったか。……脅す必要はあるのか? いや、ただの遊び心だろう。


 よく考えてみればそこまで悪い提案でも無さそうだしな。


「話すだけ話してみますよ」

「本当か!?」

「入るかどうかは分かりませんが。……お昼部室を使っても?」

「ああ、もちろん。というか自由に使えって言ったのは私だしな……っと、次の授業の準備をしなければ。念の為新入部員用の届け出しとくぞ。入る者は次の授業の時にでも出してくれ」


 ……どうやら、こちらの方が本題だったらしい。準備の良い東先生は四枚の紙を受け渡してきたのだった。



 ◆◆◆


「……と、いうことなんだが。入るか?」

「入る!」

「入ります!」


 俺の言葉に真っ先にそう返したのは、火凛と輝夜だった。火凛はともかく、輝夜は少し意外だ。


「……輝夜は大丈夫なのか?」

「は、はい! 私も部活はしたいと思ってましたから!」


 ……輝夜も変わりたいと思っている、か。


「今はどうか分からないが、来年は男子の後輩とか出来るかもしれないぞ」

「だ、大丈夫です!」


 それだけの覚悟があるならば良いだろう。


「あ、私も入って良い? ただの部活ってだけならあんまり興味無いんだけど、火凛達が居るなら楽しそーだし」

「私も入ろうかな。生徒会ってあんまり集まり無いし、書くのも嫌いじゃないから。それに、輝夜が入るならね」


 来栖と奏音はどうなるのか分からなかったが、どうやら入ってくれるらしい。


「……助かる。顧問は現代文の東先生な」

「あ、さっき獅童君が話してた人だよね? 私みんなの分までまとめて出してこよっか?」

「いや、出す時は次の授業とかで良いらしい」


 ……それにしても、こういった所は来栖らしいと言ったところか。学級委員も雑用のような仕事が多い訳だし。


「……あ、そうだ。副部長も決めておきたいな」

「ん。部長は水音がやってるの?」

「まあ、俺しか居なかったからな」

「あ、じゃあ私やっても良い?」


 そう言って手を挙げたのは……来栖だった。


「……大丈夫か?」

「うん。副部長でも実績に入るからね。……他に実績とか欲しいって人がいたら譲るけど」


 来栖が周りを見るが、みんな首を振った。


「……じゃあ、副部長は来栖。頼む。確か、部員名簿は先生が持ってたはずだから一声掛けておいてくれ」

「おっけ。任せて。……それにしても、火凛とお昼二人でどこに行ってたんだって思ったらここだったんだね」

「空き教室での逢瀬……周りに内緒で二人きり……良いです。良いものです」


 来栖達の言葉に苦笑する。すると、奏音が耳打ちしてきた。


「でも良いの? 折角なら火凛と二人きりでやりたかったとかさ」

「……まあその気持ちも無かった訳では無いが、人数は多ければ多いほど楽しいだろう。……響には断られたんだがな」


 そう。響にも声をかけはした。だが、もう部活は良いと断られたのだった。


「それに、火凛も楽しそうだ」


 火凛は嬉しそうにしている。俺と同じで、今までこうした部活動は参加してこなかったからだろう。


「……や、あれ水音と部活出来るから嬉しいんだとおもうけど。まあいっか」


 ……まあ、俺としても火凛と部活というのは心躍るものだったりするが。


 とりあえず火凛が楽しければ良いのだ。


 その時、火凛と目が合った。ニコリと微笑まれる。


 無邪気な子供のような笑顔に、思わずこちらまで笑顔になってしまった。


 ◆◆◆


「次が本番ですよ。もう一度言いますが、暗唱して発音も良ければA+、止まってしまったり発音が悪ければA、紙を見ながらだとB、紙を見ながらでも発音が悪ければC評価です。みなさん、頑張ってくださいね」


 先生の言葉に大多数の生徒が呻き声を漏らした。


 ……まあ、難易度が高いのは分かる。暗唱とか、覚えるのが苦手な生徒からすれば地獄だろう。


 幸い、俺と火凛は苦手ではないが。……視界の端で輝夜が絶望的な表情をしてるのは置いておくとして。きっと来栖がどうにかしてくれるはずだ。


「それじゃあ水音。やろっか」


 今日は火凛がこちらに来た。紙とペンを持って。


「ああ、やるか」

 火凛は俺の隣の席へ座った。そして、椅子を寄せてくる。膝が触れ合うか触れ合わないかの瀬戸際だ。


「あ、でもその前に一つ良い? ここなんだけどさ」

 そう言って火凛は更に椅子を寄せて俺の机へ紙を置いた。自然と距離が近くなる。




 ……というか、火凛が前のめりになっているので俺の膝に乗っている。何がとは言わないが。


 そして、俺も机の紙を見るには少し椅子を戻さないといけない訳だが。


 経験上分かる。今乗っている部分には火凛の敏感な部分が乗っていると。火凛はそこまで考慮していないらしい。


 軽く膝を揺らした。


「……ッ」


 火凛はビクリと震え……ちらりと俺を見てきた。


 そして、口パクで何かを伝えようとしてきた。


(……ここで? するの?)

「いやしないぞ。なにを考えてるんだ。……少し移動してくれ。紙が見えない」

「あ、ごめん」


 幸い、周りの生徒は覚えるのに集中してぶつぶつ英文を呟いていたし、先生も輝夜達の様子を見に行っていてこちらを確認して居なかった。



 火凛は……ぺろりと舌を出した。いたずらっ子のように。


「えへへ……」


 ……可愛いから許そう。うん。


「それで、ここがどうしたんだ? 文法的にも間違ってない気はするが……」

「あ、そうじゃなくて。この文にした方が短くなって覚えやすくなるんじゃないかなって」

「……本当だな。よく思いついたな」

「さっき気づいてね。水音が話す所だから教えなきゃって」


 火凛が頭を差し出してきたので条件反射で撫でる。だが、これは良くなかった。


 小さい悲鳴が後ろから聞こえたのだ。振り返ると……一人の女子生徒が口元を手で抑えていた。


「……あ、どうぞどうぞ。続けてください。私はしがないモブですから。ごちそうさまでした」

 随分と自己肯定感が低そうな言葉だが、まあ気にしないでくれとの事なので放っておこう。……うん。最後の言葉も聞かなかった事にしよう。


 てっきり火凛の友人なのかとも思ったが違うらしい。きょとんとしていた。


「……続けるか」

「んっ」

「いや、そっちじゃないんだがな?」

 火凛がまた頭を差し出して来たのでまた条件反射で撫でてしまう。


 そんなやり取りを何度かしながら、時折女子や先生から暖かい目を向けられながら英文を覚える作業をした。


「あの先生は生徒を楽しそうに見ている。だから身を寄せたり頭をなでなでされたりぐらいはいけると思った。予想通りだった」


 と、後で火凛が語っていた。……どうやら、どの先生ならこれぐらいはいける……とある程度目星をつけているらしい。


「あと、水音の周りの方が女子が多いからあんまり視線が気にならないかなって」

 ……これも後から知った話なのだが、俺にも気を使ってくれていたらしい。

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