過去編 キスの日 恋文の日(中学三年生)
「……よし、終わりっと」
「っしゃあ! 終わりだ終わりぃ!」
掃除時間。俺はごみ捨ての当番だったため、玉木と共にごみを捨てていた。
教室への帰り道。玉木はなんでもない話を切り出してくる。
「水音は昼休みまた図書館行くのか?」
「……ああ。そうだな。やる事も無いし」
「たまには体動かそうぜ? バスケでもすんべ。確か水音の妹ちゃんもバスケやってなかったっけか?」
「……ああ。だが水美を狙うというのならまず俺を倒してから行ってもらおうか」
「シスコンが……」
玉木は忌々しそうにそう呟きながらもへっ、と笑った。
「良いもんね! 俺は将来爆乳の可愛いねーちゃんと結婚するし!」
「……おう、頑張れよ」
相変わらずな玉木と適当に喋りながら教室へ戻る。
……その時だった。
「あ、あの! ちょっと良いですか!」
その声に思わず足を止めた。……自意識過剰ならば恥ずかしいが、相手を無視するよりはマシだろう。玉木と共に振り返れば、そこには一人の少女が居た。
「なんだなんだ……? かわい子ちゃん、三年生じゃ無い……よな?」
「え、えっと、はい! 一年の浅間光って言います!」
「……それで、どうかしたのか? 浅間さん。……この前のお礼なら別に良いぞ」
「え、お、覚えててくれてたんですか!?」
この少女は以前玉木と共に助けた少女の一人だ。……あの時と随分雰囲気が変わっているが。
「……え? こんな子居たっけ?」
「あ、え、えと。あの時はお母さんに習ったメイクもしてて、ちょっとだけはっちゃけた感じだったので……し、獅童先輩はどうして分かったんですか?」
……そういえばあの時は去り際に名乗ったんだった。珍しく玉木が名乗ったから。
「……昔から人と眼を見て話せと教えられたんでな、眼で分かるようになった」
「す、凄いです」
その時、掃除の終わりの五分前を知らせる予鈴が鳴った。
「……それで、なんの用だったんだ? 世間話をしに来た訳では無いんだろう?」
「は、はい! え、えっと、獅童先輩にこれ読んで欲しくて……!」
そう言って浅間さんが渡してきたのは……手紙だった。
ご丁寧に♡のシールで封をされている。
「へ、返事は今度でお願いします! そ、それじゃ!」
そうして浅間さんは走り去っていった。
「……お、おいお前……まさ、まさか、それって……」
「…………感謝の手紙じゃ無いか?」
「んなわけあるかっ! エセ鈍感野郎がッッッッ! ラノベの主人公なら『ファンレターとかじゃない?』とかで返せよ!」
「……いや、ファンレターはいくらなんでも自意識過剰が過ぎるだろう」
「うるせえ! この、どうしてお前ばっかりモテんだよ! 俺達が助けた女の子が向けるキラキラの眼ぇ率87.6%(俺調べ)がお前に向けられてんだよ!このモテ男が!」
「……多分助けた後もそのノリを続けているからだと思うが」
その手紙を俺はポケットに入れる。まさかここで読む訳にもいかない。
「そういえばさっきの子、いつ俺達が助けた子だ?」
「……ああ。先週の土曜に駅で助け「はぁぁぁ!?」」
玉木が耳元で叫び散らかした。耳がキンキンと痛む。
「お、おま、おま、お前、それってHIKARIちゃんじゃねえか!」
「……ああ、そういえばアイドルをやってるって言ってたよな」
それにしても、HIKARIと光か。ほとんど本名だが。まあ、珍しい名前では無いから良いのか?
とにかく、彼女は最近テレビにもよく出るぐらいの有名人だ。玉木に教えられたアイドルでもある。
玉木が自分の頭を掻きむしった。
「……おい、ハゲるぞ。やめとけ」
「うっっっそだろおい! まじかまじかよまじですかよ! あの天下のアイドむぐっっっ」
「それと、あまりそれを叫ぶな。あの子が正体を隠してる可能性だって低くないんだぞ。さっきも隠そうとしてたしな」
「……おぉ、そうだな。俺としたことがつい」
玉木がやっと落ち着……
「でもよぉ……折角HIKARIちゃんが絡まれてる! 助けついでにお近付きになれるかも! と名前を教えたってのに……水音の方に行くのかよ」
「おい。今とんでもない下心が聞こえてきたぞ」
そんなこんなで俺達はやんややんやと騒ぎながら教室へ戻る。
……まさか、いや、想像はしていたのだが。やはりこの手紙が波乱を呼ぶ事となるのだった。
◆◆◆
「それじゃ水音……しよ?」
「もはや押し倒されるのも恒例になってきたな」
幸い……と呼ぶべきなのかは分からないが、今日は火凛のお父さんもお母さんも居なかった。
……というか、火凛のお母さんに至っては帰らない日がどんどん増えてきている気がするが。大丈夫なのだろうか。
「……む。別の事考えるのダメ」
「ああ、悪かっ……」
火凛は手馴れた仕草で制服を脱ぎ始める。
何度も何度も見たはずのその光景は……未だに強い刺激をもたらしている。
瞬時に俺の俺も臨戦態勢へと入った。
「……ふふ。水音のもおっきくなってる。そういえばさ、水音。今日って何の日か知ってる?」
そう言いながら火凛は俺のズボンを脱がせようとする。
「……いや、分からないな。なんの――」
くしゃりと、紙が歪みそうになる音で俺はハッとなる。慌ててポケットからあの手紙を取り出した。
「……危ない。曲がるところだった」
「……? 水音、それな……に?」
あ、と気づいた頃には遅かった。いや、別に元から隠すつもりは無かったのだが。
火凛の瞳は手紙の……♡のシールを注視していた。
「…………いや、そのだな」
「ふーん……水音。ラブレター貰ったんだ」
「…………分からんぞ? ファンレターかもしれないぞ?」
「どっちも一緒」
あれ、おかしいぞ。俺が玉木にしたようなツッコミが返ってこない。
「……隠そうとしてた?」
「いや、それは本当に誤解だ。ポケットから出すのを忘れていただけだ」
完全に浮気がバレた夫だが……って俺は何を言っているんだ。
「……本当?」
「ああ。本当だ」
火凛はじとっとした視線を向けてきた後に……はあ、とため息を吐いた。
「……今読んで」
「……え?」
「別に中身読んだりしないから。黙読で今、ここで読んで」
火凛がずい、と顔を近づけてくる。唇すら触れそうな距離に。
「わ、分かった。分かったから」
その剣幕に思わず頷いた。そして……手紙を丁寧に開く。
それに目を通し始めるのと同時に、火凛が俺の上へ乗っかった。
獅童水音様
拝啓
先日は危ないところを助けていただきありがとうござい――
「いっっ」
「……」
火凛がジトッとした目で睨みながら……俺のお腹へ吸い付いてきていた。
「ちょ、火凛、それは……ッッ」
そこから火凛が口を離すと銀色の橋が架かり……吸い付いていた場所が赤く、ぷくっと腫れていた。
……吸引性皮下出血。別名……キスマーク。
「……罰だから。黙ってた。早くしないとどんどん付けてくよ」
「いや、ちょっと待て、体育とか着替える時どうすれ――「御託は良いもん」」
火凛がチロチロと赤くなっている所を舐めた。淡い刺激と共に……甘い痺れが走った。
「……へんたい」
「待て待て。……いや、何も言い返せないんだが」
「いいから早く読んで。……これ、あんまり健康に良くないって聞いた事あるもん」
「ならやめ……てはくれないよな。うん。分かった、読むから」
先日は危ないところを助けていただきありがとうございました。
いつもはマネージャーの方が居るんですが、あの日は別行動をしていてすごく怖かったんです。
「……次は脇腹。虫刺されって言い訳が出来る間に終われば良いね……あ、またぴくんってした。水音のへんたい」
あの時、怖い男の人の手を止めてくれて。すっごいかっこよかったです!
物語の王子様みたいで、ごめんなさい。メルヘンチック過ぎますよね
「……ん。男の子のここに『虫刺され』あったら凄く恥ずかしいんじゃない?……こっちは凄い喜んでるけど……どへんたい。どすけべ」
でもでも! それぐらいかっこよかったんです! 実際に会ったことあるどんな俳優さんよりもです!
「水音、すっごい顔してるよ? きもちよくなるはずがない。痛いだけのはずなのに、ピクンピクンして……ほら、私のお腹が当たってる所。凄いことになってるよ?」
それで、一つお願いがあるんです……わ、私と……
「こうやって赤くなってるところぺろぺろするだけでそんなに体を跳ねさせて……もう我慢効かなくなっちゃう?」
……。
「だあああ! こんなん不誠実にも程があるだろうが!」
手紙を横に置き、火凛と体勢をひっくり返す。火凛が下に来るように。
「火凛、今回は俺が悪いと思って言う通りにしていたがやり過ぎだ。こんなの相手に失礼にも程があるだろ」
「……それはごめん。私もちょっとやりすぎかなって思った。でもさ」これ
火凛がクスリと笑い……手を伸ばしてくる。
ゾワリ、と下腹部に鋭い痺れが走った。
「どうして水音はこんなにおっきくしてるのかな?」
思わず言葉が詰まった。しかし、火凛は手の動きを止めてくれない。
「ほら、黙ってたら分からないよ? どうして怒らなきゃいけないはずの水音がおっきくなってるのかな?」
「ぅ……あ」
「それとも……、私に全部ぶち込んで大人しくさせた方が手っ取り早いかなって考えてる?」
火凛は手の動きを早めてくる。
「……クス。出来るかな? 水音に。痛いので気持ちよくなっちゃうへんたいさんにッッッッ」
プツリと、久々にこちらのスイッチも入ってしまった。
◆◆◆
「……ぅ……ぁ」
とりあえず目の前で液体塗れで痙攣している火凛は置いておこう。……余韻を楽しんでいてもらう、と言った方が良いか。
そして、やっと落ち着いた。……のだが。
「……これ、どうするかな」
身体中……という訳では無いが、ぽつりぽつりとキスマークが出来ている。
……百歩譲って腹や脇腹は良いのだが。胸はさすがに見られたく無いぞ。男として大切な何かを失ったような気すらする。
「……まあ、肌着でどうにかすれば良いか」
ただ一つ面倒なのは玉木にバレた場合だ。
「それもその時考えればいい。うん。そうしよう」
とりあえず俺が向き合わないといけない事は……浅間光さん。彼女の手紙を読み切り、返事を書かねば。
ベッドの横から机の上へと移していた手紙を読む。
拝啓、獅童水音様
先日は危ないところを助けていただきありがとうございました。
いつもはマネージャーの方が居るんですが、あの日は別行動をしていてすごく怖かったんです。
あの時、怖い男の人の手を止めてくれて。すっごいかっこよかったです!
物語の王子様みたいで、ごめんなさい。メルヘンチック過ぎますよね
でもでも!それぐらいかっこよかったんです!実際に会ったことあるどんな俳優さんよりもです!
それで、一つお願いがあるんです……わ、私と……
付き合って欲しいです
返事は急ぎません。でも、返してくれると嬉しいです。
敬具 浅間光
長く、深く息を吐いた。
ちゃんとラブレターだった。思えば、人生で初めてラブレターを貰った事なんて初め――
「いや、違うな。初めては火凛だったもんな」
小学生にも上がる前。文字の読み書きがどうにか出来るようになった頃。
お互いに『すき』と書いた紙を送りあった。あれをラブレターに入れるべきなのかは分からないが……
「火凛なら『もちろんラブレターだよ』って言いそうだもんな」
少しだけ懐かしい記憶にしみじみとする。
そうしてしばらくぼうっとしていると、火凛が復活した。
「……起きたか、火凛」
「……ん。お風呂先入るね」
「ああ。分かった」
火凛は扉から出る。……かと思われたが、立ち止まった。
「……私の机。引き出しの一番上見て」
それだけ言って、火凛は風呂場へ向かった。
俺は少しの間意味がわからずぼうっとしていたがら言われたからには見てみようと引き出しを覗く。
そこには、一枚の便箋が入っていた。淡い水色の、涼し気な色合いをしている。
獅童水音様へ
と、丁寧な字で書かれている。火凛の字だとすぐに分かった。
読んで欲しい、という事だろう。……違っていたらどうしようかなどとは考えない。見られたくないならあんな事は言わないはずだ。
俺は丁寧に便箋を開いた、
獅童水音様
拝啓
手紙を書く、という事を私は全然して来ませんでした。拙く乱雑な文章になりますがお許しください。
どうして手紙を書いたのかと気になっているはずです。今日が何の日なのか調べてください。そうすれば分かります。
マナー違反なのかもしれない。だが、理由は知っておくべきだろうと俺はスマホで調べた。
【5月23日 何の日】
調べると、複数の候補が上がった。思わず一つに目が吸い寄せられそうになるが……俺はこれだろうと見切りをつけてスマホを閉じる。
恋文の日、か。
調べた時、もう一つ気になる検索結果があったと思います。
そちらは……後でお話します。今は本題の恋文です。
……あくまで恋文の日だから書いてるってだけですから。
そう。恋文の日だから何を書いても良いんです。寝ている顔が好きとか、微笑んでくれる顔が好きとか、頭を撫でてくれる時の表情が好きとか。
いっぱい感じてくれる時の顔が好きとか。
もう誰にも渡したくない。離れたくないぐらい好きとか書いても良いんです。
さて、書いていて顔が火照ってきたので恋文の日はこれぐらいにしておきます。最後に、手短に感謝を述べたいと思います。
私は貴方が幼馴染で本当に良かった。もう貴方が居ない人生なんか耐えられない。
ありがとう。私とまた仲良くしてくれて。
敬具
竜童火凛
……途中から感謝を伝える手紙となっていたが。それでも嬉しかった。
俺も、火凛に手紙を返すべきだろうか。
そう思っていると、その下に文がまだ続いていた事に気がついた。
PS.後ろを振り向いてみて
まさか、と思い振り返る。
頬に柔らかく、暖かい感触があった。
「……ふふ。驚いた?」
「……おまっ……」
火凛が俺の言葉を待たずに目を閉じた。
「……なんの、つもりだ?」
「ん……手紙に……恋文に書いた。5月23日。もう一つ、気になった方」
ごくり、と唾を飲み込んでしまう。
「キスの日。……今日だけ、何をしてもいいよ」
火凛はじっと、俺を待った。
からかっている訳では無い。雰囲気で分かる。
俺は火凛の後頭部を支えた。逃げられないよう、しっかりと抑える。
火凛は……少しだけ頬を朱色に染めた。まるで期待でもするかのように。
俺はそのまま……火凛の唇へ顔を寄せる。
吐息が交わる距離。しかし、火凛は動かない。動けない。
やがて、後数ミリで届くほど唇が近くなる。もはや、呼吸の振動で唇が触れかねない。ふとした衝撃で触れかねない。甘く痺れる匂いが鼻を突き抜け、脳内を支配する。
俺はそのまま――
火凛の首筋に唇を付けた。
「……ッ」
小さく、しかし鋭い痛みが走ったのだろう。火凛は小さく喘いだ。
「ぅ……へた、れ」
「へたれで悪かった。だが、俺もやられたらやり返さないと気が済まない質でな」
それにしても……
「あれだけ俺の事を言っておいて、随分と体は喜んでいるようだが?」
「ぅ……これはさっきのがあふ……んぅ、れてる、だけだから」
「……ならそういう事にしておこう」
俺はそのままベッドへ火凛を押し倒し……二回戦の幕を上げたのだった。
◆◆◆
浅間光様
拝啓
お手紙ありがとうございます。貴方の気持ちはしっかりと私に伝わりました。だからこそ、私も正直に気持ちをお伝えしたいと思います。
私は貴方の気持ちに応える事は出来ません。理由として、私には好きな女性が居るからです。どうしようもないほど恋焦がれ、尊敬している人が。
私は貴方にきっと大丈夫だ、とか私ではない良い人ときっと巡り会える、なんて言葉は使いません。そんな月並みな言葉を使うのは失礼に値すると思いました。だからこそ、私にしか出来ない言葉を使います。
これから先、HIKARI様がアイドルのトップに立ち、活躍される事を心の底から願っております。
……どうやら私に文才は無いようです。月並みな言葉しか出てきませんでした。しかし、これは紛れもなく心からの本心です。
それでは最後に。お体と不審者には気をつけて。
敬具
獅童水音
拝啓
竜童火凛様
今から書いては5月23日が終わってしまいます。ですから、また来年、今度は私から恋文を書かせていただきます。
……それと、なるべく来年の私がへたれないよう祈っていてください。私もなるべく頑張ります。
敬具
獅童水音
P.S.俺も火凛の幼馴染で良かった。ありがとう。




