第81話 目標
先日は投稿できなくて申し訳ないです。コロナのワクチンの副反応で死にかけておりました。
日曜日。午前中はゆったりと過ごし、昼は火凛と水美と出かけ、水美おすすめのケーキ屋に行くなどをした。
その後、家に帰って火凛と火凛のお父さんと過ごした。
一応明日は振替休日となっている。今日は火凛のお父さんも居るので、ほどほどにしてから床についたのだった。
◆◆◆
目が覚めて一番最初に感じたのは体の怠さだった。
やけに起き上がるのがきつい。
「おはよ、水音」
「…………ああ、おはよう」
軽い頭痛も覚えた。一度気にしてしまえば頭痛は痛みを増したかのように感じる。
「……体調悪い?」
「いや……ああ、そうだな。少し」
こういう時は無理をしてはいけない。そう火凛に言っていたので、俺も無理せずそう返した。
火凛は自分の棚をごそごそとあさぐり、体温計を取り出してきた。
しかし、火凛はあっと声を出して俺に近寄ってくる。
「……先にこっちを」
そして、こつんと額を額に当ててきた。少しひんやりとした感触が心地よい。
「あ、やっぱり熱ある。待ってて、今風邪薬持ってくる。体温計でも一応計っといて。食欲はありそう? 痛み止めはいるかな?」
「待て待て。そんなに一度に言われても……あ、痛み止めは欲しい」
熱の篭った息を吐きながら、俺は長い間目を瞑る。
「ん、ごめんね。水音は横になってて。私が準備してくる」
「ああ、すまな……いや、ありがとう」
火凛の言葉に大人しく従い、俺は軽く目を閉じたのだった。
数分ほどして、火凛か戻ってきた。
「ん。水音、ゼリーは食べれそう? この薬食後に飲んだ方が良いから」
「……ああ。少しなら」
体を起こそうとしたが、すこし頭がふらついた。火凛が体を支えてくれる。
「……ありがとう」
「ん。先お水飲む?」
「ああ。そうしたい」
やけにのどが乾いている。火凛が少しずつ飲ませてくれた。
「ん。ゼリーも食べさせるから待ってて」
火凛の言葉に苦笑する。
「大丈夫だよ。一人で食べれ「だめ」」
俺の言葉を遮った火凛を見る。少し拗ねたようだった。
「私の時は『無理するな』って食べさせてきたのに。ずるい」
「ずるいってお前な……」
火凛はゼリーの蓋を開け、オレンジ色の中身をスプーンで掬った。
「……それに、こうして水音をお世話するのって楽しいから……少し不謹慎だけど」
「その辺はお互い様という事にしておこう」
火凛は俺の言葉に一瞬きょとんとした顔を浮かべたが、すぐに笑った。
「ふふ。そうだったんだ。はい、水音。あーん」
そして、火凛は手を椀にして俺へスプーンを突き出してきた。
それを口に頬張ると、果実のぷちぷちとした食感と優しい甘みが体へ染み渡った。
「……美味しい? 冷たかったかな?」
「いや、美味しいよ。寒いが……体の中は暑いから。心地良い冷たさだ」
火凛はホッとした様子で二口目、三口目を差し出して来た。そうして食べていくと、すぐにゼリーは無くなった。
「全部食べられて良かった。……お代わりいる?」
「いや……大丈夫だ。ご馳走様」
一度、長く息を吐いた。風邪を引くとすぐ疲れるらしい。
「ん。風邪薬飲んだらゆっくり眠って」
「ああ……」
火凛が風邪薬を飲む所まで甲斐甲斐しく世話をしてくれた。お礼を告げ、横になる。
手が柔らかく小さな物に包まれた。手を握られたのだ。
ああ、風邪を引いたらこうした人の体温がやけに嬉しく感じる。
「おやすみ、水音」
「……ああ、おやすみ」
微睡む意識の中、水の中のように滲む視界の中では火凛が優しく微笑んでいた。
◆◆◆
「眠っちゃったか」
すやすやと眠る水音の寝顔を見つめながら、私は思わず笑みを漏らしてしまう。
「ふふ、かわいい」
手をぎゅっと握りながら眠る姿は子供のようでかわいらしいものだった。
……ううん。水音は案外子供っぽい所があるのだ。幽霊が怖い所とか、負けず嫌いな所とか。
今は私しか知らない事。だけど、もし……私以外の誰かの事が好きになったらその事を他の女に知られてしまうのかな。
その事を考えると心がぎゅっと締め付けられる。
渡したくない。誰にも。
でも、まだダメなんだ。……私が水音に抱いてる依存心が完全に抜けきるまでは。
……そうじゃないと、水音に失礼だから。
「でも、どうすれば……良いんだろう」
あれから長い時間が経った。それでも私は今……例えば、水音が死んじゃったとして。間違いなく自殺をするだろう。
そんな事は水音も望まないはずだけど。でも、水音の意思を無視してでも死ぬだろう。絶対。
「……やっぱり、過去を振り切るしか無いのかな」
思わず、思い出してしまった。あの時の事を。
確かな日常が崩れ去っていく音。幸せで、大好きだった日常が紙でも破るかのように簡単に散ってしまう音。
あの男の手が。私から何もかもを奪い去ろうとしたあの手が。
「はぁ……ッ――」
胸を押さえる。苦しい。上手く呼吸が出来ない。
わた、私はあの男に何もかもを――お母さんも奪われて
「――ち、がう」
あの時水音が助けてくれたはずだ。どうしようもなくなって、死すら選ぼうとした私を。
奪われてないものだってある。水音が護ってくれたから。
手が……ぎゅっと握られた。水音を見るが、起きた気配は無い。
「――どう、すればいいんだろう」
過去を忘れる。言葉にするのは簡単だけど、実行の仕方が分からない。
水音は――それまで待っててくれると思う。でも、怖い。水音が他の女の子に取られるんじゃ無いかって。
「……あんな事、言ったのにね」
水音は他の女の子の事を知ろうとしなかった。私のせいで。……それは嬉しい事なんだけど……凄く寂しい事だとも思う。
『奏音とセックスしたい?』
あの言葉はかなり極端なものだったし、軽率なものだったと反省もしている。……でも――水音の視野を狭めたくなかったから。
視野が広くなった水音に、私だけを見させる……って意気込んだのに。
「わがままだなぁ……私」
でも、これは今考えるべきものでは無いのかもしれない。
多分……私が過去を振り切ったとして、水音にすぐ付き合ってとは言えない。どうせなら水音の方から……という思いもあるけど。
「もう少しだけ……幼馴染をしたいっても思っちゃってる」
折角学校でも幼馴染として遊べるのだ……どうせなら、また幼馴染を楽しみたいって思っちゃったから。
「……結局、水音を信じる……ううん。私が自分磨きをするしかない」
水音はどこまでも誠実な人だ。……女遊びとかはしないと思うけど……。
でも、もしそうだったとしても私が頑張ればいいだけの話だ。大丈夫、少しずつでも魅力的になってる。
だって――
「気づいてないはずだけど……あの時、水音……私が外で咥える、って言っても『俺が嫌だから』って……断ったんだよ」
でも、昨日は違った。色々と状況が特殊だったけど、ちゃんとしてくれた。
「嬉しかったよ」
水音が外であんな……大きくして、私を求めてくれたのは初めてだったから。
「もっと水音が私の事を求めてくれるよう頑張るし、過去も振り切る……頑張るよ、私」
水音のサラサラな髪を撫でる。水音はすやすやと心地良さそうに寝息を立てていた。もう風邪薬が効き始めていたようだ。良かった。
「少しずつ、ゆっくり……一緒に歩んでいこうね、水音」
学校でも幼馴染をする。その目標を達成した今、次の目標が必要だった。
もしかしたら今度は時間が掛かるかもしれない。だけど、水音が一緒なら大丈夫だ。絶対に。
◆◆◆
「うぅ……」
暑苦しさで目が覚めた。見れば、寝汗が凄い。
「……薬が効いてるって事か。確かに良くなってる気はする」
頭痛はかなり引いていて、怠さもほとんど消え去っていた。
周りを見るが、火凛は居ない。服が寝汗で濡れているので着替えようと起き上がった時、扉が開いた。
「あ、水音。起きたんだ。タオルとお湯用意してきたよ」
火凛が桶とタオルを持ってきてくれた。桶からは湯気が立ち込めている。
「……大丈夫か? 重かったんじゃ無いか?」
「ふふ。水音をお姫様抱っこ出来るぐらい力はあるんだよ? これぐらい大丈夫。あ、水音は座ってて。私が拭くから」
「いや、だが……「む。あの時は私を拭いたのに?」……そうだな」
火凛の圧に押し負け、俺は大人しく座る。火凛は満足そうに近づいてきた。
「それじゃ、服脱がすよ?」
「……ああ」
そういえば、あの時も俺が火凛の服を脱がせたんだったか。
俺は大人しく脱がされる。まずは上着を。
「ん。やっぱり水音、いい体してる」
「……ありがとな」
筋トレなどは暇な時間でやっているので、見栄えが悪い体では無いと思う。……色々火凛としているうちに筋肉も付き始めたというのもあるが。
「それじゃ、上脱がせといてあれだけど先に頭から拭いてくね」
「ああ」
火凛がタオルを絞り、頭を優しくマッサージするように揉みほぐす。
「痒いところは無い?」
「……いや、丁度いい……気持ちいい」
凝り固まっていた頭皮が柔らかくなるように揉みこまれるのは気持ち良い。そして、頭皮の次は髪の毛の一本一本を洗うように、丁寧に濡れタオルで拭かれた。
「……ん。次お顔ね」
火凛が一度タオルをお湯ですすぎ、顔まで優しく拭いてくれた。……何もかも任せすぎな気もするが、俺が実際に火凛にやっていた事なので文句は言えないし、ありがたくやってもらおう。
そして、その次に腕を拭いてもらう。
「……おっきいね」
火凛が俺の手に手を重ね、そう言った。
「……別に大きくなりたくてなった訳では無いが。……こうしてみると結構差があるな」
俺に比べて火凛の手は小さくて細い。……どうやって俺を持ち上げていたのか不思議だ。
「ん。水音のはたくましくてかっこいい腕」
火凛は両手でもみもみと俺の手のひらを揉みながら、目尻をとろんとさせ始めた。
「……火凛?」
「はっ……ううん。大丈夫大丈夫」
一瞬スイッチが入りかかっていたようだが……今入られるのは非常に困る。さすがに病み上がりでするのはきつい。
「……何かあったのか?」
「んー。……やっぱり水音には隠せないよね。ちょっと考え事してた。後ろ向きな考えじゃないよ? ……これからの目標とか」
「目標?」
「ん」
火凛はそれ以上話すつもりは無いようで、口を閉ざした。それ以上聞いて欲しくも無いようなので、俺も聞こうとはしなかった。
「次、胴体拭くよ?」
「……とりあえず背中は頼む」
暖かいと熱いの間ぐらいの温度で、タオルが背中に当てられた。
そのままゴシゴシと擦られる。くすぐったい、では無く気持ちよさを覚えた。それは火凛に何度か背中を流された事があったからだろう。
「痒いところとか無い?」
「ああ。大丈夫だ」
肩甲骨から背中までを何度も往復される。汗をかいていた部分が拭われ、さっぱりとした気持ちへ変わっていく。
その時、後ろから抱きつかれた。
「……火凛?」
「前、拭くよ?」
言葉を返すより早く火凛が手を動かしてきた。先程と違って、優しく撫でるような手つきで。
「ちょ、火凛。くすぐったい」
「ん。我慢。……あんまり強くしたら痛いでしょ?」
「いや、それは……そうなんだが」
背中と違ってこちらはこそばゆい。しかし、俺の事を考えてやってくれているので止める訳にもいかない。
「ふふ。そんなにくすぐったい? あとちょっとだよ」
そう言って火凛は俺へ密着し……しかし体重はかけないようにしながら体を拭き続けた。
「……やっと終わりか」
「ふふ。よく頑張りました。偉い偉い」
そう言って頭を撫でてくる火凛をじとっとした目で見る。
「……子供扱いしてないか?」
「そうかな? ふふ、そうかも。なんか今日の水音可愛くて。……いや、いつも可愛いんだけどね?」
「最後の一言は別にいらないぞ」
どうせなら可愛いよりかっこよく思われたい。……まあ、言われて嬉しくないのかと言われれば首を横に振れないのだが。
「あと、毎日楽しく過ごしたいなって思ったから。その方が……ううん。なんでもない」
珍しく言葉を濁した火凛へ俺は振り向き……口を開く。
「何があったのか俺は知らない。だが、これだけは言っておく。俺は火凛が望まない限り……いや、望んだとしてもそう簡単に離れる気は無いぞ」
火凛の事だからまた俺が居なくなったら……という事を考えていたのかもしれない。違っていれば俺が恥ずかしい思いをするだけだし、合っていれば火凛の気は幾分か楽になるだろう。
幸いにも後者のようだった。火凛は俺にぎゅっと抱きついてきた。
「やっぱり水音には敵わないや」
「お互い様だ。俺だって何度火凛に救われてるか分からないぞ」
火凛は俺を離し、ニコリと微笑んだ。
「もうちょっとだけ待っててね」
「ああ。いつまででも待つぞ。……なんなら俺の方が待たせるかもしれないが」
「ふふ。待つのは好きだから大丈夫」
なんとなく。……本当になんとなくでしか無いが、察した。だが……それを言う訳にもいかないだろう。
その後、下も拭くと言い出されて説得しようと試みたのだが……結局押されて隅々まで拭かれる事となった。……俺の名誉の為にその話は割愛しておこう。




