第77話 傲慢
「どうにか二点取る事が出来たか」
一試合目は三年三組とだった。AとCチームは失点を免れたが……Bチームが一点取られた。やはり三年生が相手ではフィジカルがかなり違い、得点もなかなか取れなかった。だが、響が二点取り返してくれた。本人曰く、『彼女に良いところを見せたかった』との事だ。
「……活躍出来なかったです」
「もう、輝夜。さっき一点取れたじゃん。それに、それだけ輝夜が警戒されてたって事だよ」
隣でしょぼくれる輝夜を来栖がそう慰めていた。……いや、実際輝夜はかなり警戒されていたが。
今は次の試合の準備をしていた。俺達はその様子を見守っていたのだが……
「……あんまり良くなさそうな人達だね」
「一部の人だけだが……まあ、怖い事に変わりは無い」
顔で人を判断する訳では無いが……一部の濁った眼をしている連中が俺達を睨みつけていた。
「兄さん……本当に大丈夫?」
「無理はしないようにする。それより水美も気をつけてくれよ。俺も出来るだけ近くで応援するし、何かあればすぐに向かえるようにはするが」
水美だけAチームなのがネックだ。いや、そもそもAチームの空きに入ったから仕方ないんだが。
「いざとなったら私達がどうにかするからだいじよーぶだよ、水美ちゃん」
「ん。私もなるべく近くに居るようにする」
「そうだな。そうすれば火凛達に何かあったとしても俺が行ける」
お互いすぐに向かえる場所が良い。……だが、そうなると輝夜が不安ではあるが……
二人を見れば、来栖が俺を見て頷いた。
「輝夜は私に任せて」
「まあ、そうなるな。……来栖は大丈夫なのか?」
来栖に何かあろうとした時、誰が助けに行けるのか。
そう考えて言ったのだが……来栖は笑った。
「大丈夫だよ。ほら、私って周りから気強そうとかって思われてるみたいだからさ」
「それとこれとはまた別だろう……奏音。悪いが――」
「はーいよ。臨機応変に対応するから大丈夫だよ。任せとき」
奏音は俺の言葉を遮りながらどん、と胸を叩いた。形の良い胸が揺れ――視線は眼に固定だ。
「……奏音ちゃん、おっきいです」
「よく食べてよく眠ったら大きくなるって……火凛のはもっと大きいんだけどね」
「うぅ……お昼寝は好きですけど……あ、でも水音さんの所のご飯ならいくらでも食べられそうでした」
「輝夜。それは輝夜のお母さんに失礼だよ。あと、獅童君も居るんだから気軽にそんな話しない」
「はい、ごめんなさい」
「ごめんごめん」
おお……男子として気を遣われたのは相当久しぶりな気がする。
そんなことをしている間に試合は進んでいる。先程俺達が戦った所が三組で、戦っていない方が七組らしいのだが、七組が押していた。
「随分荒々しいプレイをする奴が居るな」
「一部の選手だけなんだろうけど……その一部がかなり厄介なんだよねぇ。あの男とか」
奏音が見た方には随分とガタイの良い、鋭い目付きをした男が居た。
「なんか嫌な予感がする。私ちょっと情報収集してくるね」
奏音はそう言って俺達から離れた。噂なら本当のものと嘘のものが混じっているので信じないが……奏音なら大丈夫か。
そして、その男は強引に抜こうと突っ込んだり、女子が相手でもボールを強く蹴る真似をして脅かしている。
「……怖いです」
「あ、でもすぐ注意されたみたいだよ。……話半分に聞いてたみたいだけど」
さすがに良くないと思った審判が注意しに向かったが、雑に謝るだけだ。
「ああいうのにはあまり近寄らない方が良いな」
「ん。水音も気をつけて」
「ああ」
そのまま試合を観察する。
他の相手選手を抜く時の動きは力任せだし、ドリブルもどこかぎこちなさがある。
「……サッカー部では無さそうだな。ただ運動神経が良いだけなのか」
その時、奏音が戻ってきた。
「ちゃんとした情報集めてきたよっと。不確定なやつは省いとくね」
「ああ、助かる」
そうして奏音から聞いたのは……なかなか恐ろしい内容だった。
「まず名前ね。白木和虎。野球部に所属していた。一年生の時に校内でタバコを吸ってて先生に見つかる。それからしばらくは騒動を起こさなかった……かと思いきや、他校との練習試合の時に相手の生徒と喧嘩をして病院送り。私達の高校って結構野球強くて、甲子園も夢じゃない……ってなってたけど出場停止。その後に野球部追放……授業態度も良くないし、時々悪い事をしてるみたいなんだけど、無駄に頭がいいからテストの点なんかは取れてる。だから三年まで上がれてるって感じかな」
……なかなか濃い情報だった。
「それにしても、どこか聞き覚えのある苗字だったが……」
「あ、そうそう。二年のテニス部のエースの白木……なんだっけ、あ、そうそう。和樹だ。その人の兄だって」
……ここでその名前が出てくるか。
二年のテニス部のエースの白木。文武両道で、性格も良い。顔も良いと天が五物ほど与えたのではないかと言われていて――
火凛が振った男であり、俺達の関係が変わるきっかけとなった男でもある。
「その二年の方は良い噂がほとんどのはずだが」
「あ、あれはほんと。というか、兄を反面教師にしたっぽい。兄弟仲は最悪で……ってこれは良いか」
その時、腕を引かれた。火凛が不安そうに俺を見ている。俺は頭を撫でた。
あの時の事は追求しないとそう決めている。今更根掘り葉掘り聞く事はしない。
「だが、今はまだAチームだったよな。……水美が不安だが、火凛達とは当たらないか」
「あー……それなんだけどね。人不足でCチームにも出るっぽい」
奏音の言葉に驚き……そしてため息を吐いた。
「……なんでまたそんなピンポイントに。というか、問題児でも出れるのか」
「学級委員長の事を半ば脅す形だったらしいけどね。先生側も『生徒の自主性を〜』とかなんとかで強く言えなかったみたい」
不安そうに擦り寄って来た水美の頭を撫でる。
「水美も、いざとなったら逃げるぐらいはして良いんだからな」
「逃げないよ……でも、うん。それぐらいの意識で、って事だよね」
「割と本気で逃げていいと思っているが……まあ、それでも良い」
その時、選手交代のホイッスルが鳴った。
着実に試合の開始時間は近づいてくる……
◆◆◆
「……まだ今なら俺が出ると言えるが。本当に大丈夫か?」
「心配しすぎだよ、兄さん。大丈夫だよ。僕の反射神経は知ってるでしょ? 避けて逃げるのは得意だよ」
兄さんのクラスの人は基本的には良い人だ。……僕が年下だからなのかもしれないけど。
それに、兄さんはゴールの近くのテントで応援してくれるらしい。かっこいい所を見せれるし、何かあっても助けてくれる。
「水美、頑張ってね」
「うん! 頑張る!」
姉さんがぎゅって抱きしめて頭を撫でてくれた。思わず頬が緩んでしまう。
姉さんにもまたかっこいい所を見せなきゃ!
「それじゃ、行ってくるね!」
奏音ちゃん達にも手を振ると、心配そうに……しかし、笑顔で手を振り返してくれた。
よし、やってこよう!
◆◆◆
試合開始のホイッスルと共に、僕は集中する。
兄さんから言われた事だ。最初から全力で行って欲しいって。
十分なら……多分大丈夫。僕は今日、これで最後の試合だし。
ボールはこちらから。相手は前の試合で二点取ってたみたいだし、どうにか一点はもぎ取りたい。
失点はしたくない。
「ふぅ……集中!」
一度頬を張る。ピリピリと痛むけど、この痛みが今は必要だ。
ボールは……すぐに取られた。あの白木とかいう人に。
「カバー入れる人は入ってください!」
僕の声に何人かの人が向かってくれるけど……強引に突破された。
それを見てか、他の人達は尻込みしている。
……僕の番だ。
ボール。そして、体の動きに注目する。
「オラァ!」
「……ッ」
速い。それに、角の隅の方を狙われてる。
今まではある程度手加減されていたんだなと再確認出来た。
……でも、間に合う。
パン、と甲高い音を立てながらどうにか取った。
「良いぞ、水美!」
後ろから兄さんの声援が浴びせられ、僕は思わず笑顔になる。
そのままボールを投げた。……その瞬間、ゾクリと背筋に嫌なものが走った。
『自分の直感は信じろ』と兄さんも言ってた。そのまま前を見ると……
酷くイラついた様子で、その男は地団駄を踏んでいた。
◆◆◆
あれから飛んでくるボールは全て鋭い物ばかりだ。すぐにボールを取り返され、シュートを打たれる。
そのどれもゴールポストギリギリを狙った物だ。速く蹴るな、怪我をしたらどうするんだと審判に何度も注意されてるけど、聞こうとしない。
五本六本と連続で打たれればさすがに息が切れてきた。ずっと集中していたからだ。
でも、試合時間はもう一分を切っている。
「……大丈夫。あと少し」
点を取る事が出来れば良いと思っていたけど、今はそんな事を考える余裕も無い。
遠慮が無いだけでここまで辛くなるのか。女子だから、とか歳下だから、とか一切関係が無い。その考え自体は喜ばしいものではあるけど……。
その時、自陣のチームが相手のゴール前でボールを取った。
「……いける?」
どうにかこっちのチームがシュートを打ったけど……止められた。
「ボールこっちに寄越せ!」
怒号を飛ばしているのを見て、僕は一度浅く息を吐いた。
「……来る」
「無理はしないでくれ、水美」
「うん、大丈夫。兄さん」
後ろから兄さんの心配する声にそう答える。
反射神経だけなら誰にも負けない自信があるから。
ボールは何度か高くバウンドし……その男が取った。
男はすぐに上がってきた。何人かが向かおうとするけど……間に合わない。
「……よし」
男を、そしてボールを見る。兄さんに言われた通りに。
男は近づく。先程より近く。
ボールは蹴られない。まだ近づいてくる。
あ、これシュートしないやつだ。取れるかな。サッカーはあんまりやってこなかっ――
「水美!」
兄さんの声と共に僕は横っ飛びをした。
男はニヤニヤと笑っていた。
――今、男の手が出そうになっていた。……僕の体を触ろうとするように。
ゾワリ、と体中に鳥肌が立つ。
それと同時に、ピー、と相手チームに得点が入るホイッスルの音が聞こえた。




