第74話 響の彼女
「ふわぁ……美味しかったです」
「本当ね。……まさか、また真奈さんの料理が食べられるとは思わなかったわ」
満足そうに息を吐く輝夜親子。微笑ましい光景を見ながら、俺も軽く背伸びをして体を解す。
「……ちょっと寝る?」
火凛が自分の膝を指さしてそう言った。非常に魅力的な提案ではあるが……
「……目立つからやめておこう」
というか、先程火凛が『大切な幼馴染』だと公言してから随分と積極的になっている気がする。
……まあ、それもそうか。やっと言えたんだからな。俺ももっと大胆になるべきだろうか。
「……む、残念」
そうは言いながらも火凛は残念そうな表情はしない。……これから、まだまだ時間はあるからな。
と、そんな事をしていると隣で水美がうとうととしているのが目に付いた。
「……水美もちょっと眠るか?」
「……うん……でも、目立つんじゃ」
「兄妹だろ。そんなに目立たないさ」
そう言えば、水美は体を預けてきた。もう料理は片付けられているので俺は足を伸ばし、水美の頭を膝……というよりは太腿に乗せた。
男の膝枕なんて、とは言ったのだが火凛も水美も安心すると言ってここを好んでいた。
仰向けだと日差しが眩しいので、水美は俺の方を向いて目を瞑る。頭を撫でれば、心地良さそうに微笑んだ。
火凛も微笑ましそうにそれを見ていて、自分もと水美の頭を撫でていた。
「……兄妹、とか姉妹ってよりかは親子みたいだね」
来栖の言葉に苦笑する。どう返そうか迷っていると、父さんが口を開いた。
「水美が唯一……って訳では無いが、心から安心して甘えられるのが水音と火凛ちゃんなんだよ。もちろん俺やお母さんにも甘えてくれるが……こんなに幸せそうな表情を見せるのは水音達の前だけなんだよな」
「父さん達には父さん達の役割がある、という事だろう」
少し寂しそうにする父さんへそう返す。もちろん俺や火凛に相談出来なくて父さん達にしか相談出来ない事もあるだろうし、父さん達にしか解決出来ない事もあるだろう。
「……お前も本当に大人になっちまったよなぁ」
「父さん達を見て育ったからだろうな」
「お、言うねぇ。お世辞でも嬉しいぞ」
「家族にお世辞なんざ使うか」
水美の髪を梳くように撫でながら言う。すると、父さんの隣に座っていた火凛のお父さんが笑った。
「……水音君は本当に出来た子なんですよね。うちの火凛もそうですけど」
「ん。お父さんと水音のお陰」
火凛がニコリと笑ってそう言った。火凛のお父さんは感激して泣きそうになっている。
無言で火凛の頭を撫でようとすると、即座に頭が差し出された。思わず笑いながら撫でる。
その時、遠くの方で響が一人の女性と歩いているのが見えた。
響が俺の方を見て引きつった笑みを浮かべている。……というか周りからめちゃくちゃ見られてるな。
……とりあえず、先程言われた通り挨拶へ行こう。
「火凛、交代しても良いか?」
「ん、もちろん」
水美を起こさないようゆっくり頭を持ち上げ……そこに火凛がさっと入る。
「……よし、成功だ」
「ん」
水美はすやすやと眠っている。思わずガッツポーズをした。
「なーんか既視感あると思ったらさ。お父さんが眠ってる赤ちゃんを起こさないように気をつけながらお母さんに受け渡すやつじゃん。駅前ぐらいでそんなの見かけたよ」
……奏音が何か言っていたが、無視する事にした。
◆◆◆
「来たぞ、響」
「おう、来たか」
響へそう挨拶し、隣の女性を見る。
やはりこの高校の生徒では無かったか。……というか、どこかで見た事があるような――
「……あ、アルバイトの人」
思い出した。俺と火凛で俺の家へ行く前……その時行ったスーパーのアルバイト生だ。
「……やっぱりあの時の仲良しカップルさんでしたか」
「あれ? なんだ、お前ら会った事あったのか」
首を傾げた響へ説明しようと口を開く。
「俺と火凛の行きつけのスーパーでな。アルバイトをしてた所を見たんだよ」
「こっちのスーパーではかなり噂になってたんですよ。見てるだけでほっこりする高校生カップルさんが居るって」
「へぇ……それってどんな話なんだ?」
響がニヤリと悪い笑い方をした。まずいと思いながらも、俺が止めようとする前に彼女は話し始めた。
「なんでも、ほとんど毎日仲良くスーパーに現れるとか。仲良さそうに手を繋いで。それで、今日の晩御飯の話とか二人でしてるから同棲してるんじゃないか、って噂もありました」
思わず俺は息が詰まった。
「へぇ……同棲ねぇ。……って同棲!?」
……珍しく響が驚いた表情をした。俺は頭を悩ませる。
どうするかな。……っと違う。
「……とりあえず、自己紹介だけ先にしておこう。俺は獅童水音だ」
「あ、私は久佐潤夏です。あそこの輝夜と春の従姉妹だったりします」
「……待て。あの二人って従姉妹だったのか?」
思わずそう聞いてしまう。
「……あれ? 知らなかったんですか?」
「やけに仲が良いとは思っていたが……そうだったのか」
それに納得していると、響が口を寄せてきた。
「……それよりよ。同棲してるって本当なのか?」
「いや……それはだな」
頭を働かせる。
……最低限、響の彼女である久佐潤夏には口止めをしないといけない。輝夜達にはいつか話さなければいけない事だが……今、誰かの手で知らされたくは無い。
ならば、一部を話そう。
「……理由があって、半同棲のような形になっているのは事実だ。……お互い大切には思っているが、幼馴染以上の関係では無い」
セフレがどの位置に当たるのかは知らないので嘘では無い……はずだ。
「それで、だ。この事は内密にして欲しい。輝夜達にもだ」
「待ってください……えっと、獅童君って呼びますね」
「ああ、別にどう呼んでも構わない……じゃあ俺は久佐って呼ぶぞ」
「おっけーです。……それで、輝夜は獅童君が下の名前で呼ぶ事に許可を出したんですか?」
久佐の言葉に俺は頷く。
「ついさっき許可を貰ったばかりがな」
「へぇ……信用されてるんですね」
「それなりには、だな。それで、頼みは聞いてくれるか?」
久佐は少し考えた様子を見せた後……頷いた。
「おっけーです。輝夜達には黙っておきます」
「ま、俺も言う事は無いから安心してくれ」
「助かる、二人とも。……いずれ、ちゃんと二人には話すつもりだ」
「あ、俺にもいつか話してくれよ?」
肩を組んでそう言う響へ笑いかける。
「……いつか、な」
◆◆◆
「……! 潤夏ちゃん!」
「久しぶりですね、輝夜。春」
久佐が俺達が座っていた場所へ向かうと、輝夜と来栖が驚いた表情をした。
「……本当に久しぶりだね。最後に会ったのって正月じゃない?」
「もうそんなになるんですね。二人とも元気そうで良かったです」
二人とも嬉しそうな表情をしている。そして、輝夜が響と久佐が一緒に居るのを見て……ぽん、と手を叩いた。
「潤夏ちゃんの彼氏さんって苅谷君の事だったんですね」
「えっ!? そうだったの?」
輝夜の言葉に久佐が苦笑しながら頷いた。
「さすが恋愛オタクです。すぐ分かるんですね」
「ふふん! ……ってそれ、褒めてるんですか?」
久佐の言葉に輝夜は自慢げにしていたが……すぐに微妙そうな顔をした。
俺は火凛の元へ戻る。まだ水美は眠っていた……火凛は俺を見てニコリと微笑んでくれた。
「……それにしてもびっくりだね。あの時の人……だよね?」
「ああ……世間は狭いな。そういえば、輝夜達って従姉妹同士だったんだな」
「あ、そういえば言うの忘れてたね。輝夜ちゃんのお母さんの妹の娘が来栖ちゃんみたい」
「そうだったのか」
……来栖が輝夜の事をよく気にかけていた理由も分かった。
「……というか、苅谷君彼女居たんだね」
「ああ、俺もつい最近知った」
挨拶をし終えたらしい奏音が戻ってきた。その言葉に頷く。
「……あ、私も挨拶して来た方が良いかな?」
「いや、あっちから来てくれるみたいだぞ」
響達は俺達が居る方へやって来た。
「……一週間ぶりぐらいですかね? えっと、私は久佐潤夏って言います」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。私は竜童火凛です」
「なら火凛ちゃんって呼びますね。あと、私の敬語も癖みたいな感じですし、変ですから。全然タメ口で大丈夫ですよ」
「あ、なら私も潤夏ちゃんって呼ぶね」
火凛と久佐が微笑み合う。久佐の視線が水美へと向かうが……
「えっと、水美……水音の妹はちょっと疲れててね。寝てるんだ」
「凄い活躍だったみたいですよね。響が言ってました」
久佐の言葉に火凛が微笑む。
「ふふ。本当に凄いんだよ、水美は」
火凛が水美の頭を撫でると、水美は寝ながら笑った。
「……というか、えっと……獅童君の妹なんですよね? すごい自然に膝枕してますけど……というかさっきは獅童君がやってたみたいですけど」
「ふふ。水美が生まれてそこまで経たないうちから遊んでたからね。妹みたいなものなんだ」
「仲、良いんですね」
火凛が愛おしそうに水美を見つめた。
「……これじゃ火凛が本当のお姉さんみたいだね」
「うるさいぞ、奏音。それだけ水美が火凛に気を許してるって事だ」
横入りしてくる奏音にそう返す。そこで、ふと疑問に思った。
「そういえば、響達ってどうやって知り合ったんだ?」
「……確かに、馴れ初めは聞いた事無かったですね」
口に出せば、いつの間にか来ていた輝夜が目を輝かせながらそう言った。
「ああ。簡単だ。元々潤夏はサッカー部のマネージャーでな。……駅前でちょっと悪い男に絡まれてるのを助けてから仲良くなったな」
「はい♪ とてもかっこよくて、その時に好きになったんです」
……なるほど。
「ラノベの主人公みたいな事してるな」
「水音にだけは言われたくない言葉第一位だぞ」
響がそんな事を言ってきて苦笑する。見れば、奏音もこくこくと頷いていた。その横で火凛も笑っている。
「本当に水音にだけは言われたくないやつじゃん」
「ふふ」
火凛が微笑んだその時。お昼時間を終えるホイッスルの音が鳴ったのだった。




