第73話 料理が上達するコツ
「おお! 水音の友達達か!」
「ええ。折角だから連れてきたわ。……それと、こっちがこの子のお母さんで、私の働いてたところの常連さん平間咲夜さん」
「はじめまして。昔、獅童さん……真奈さんにお世話になりました」
「ああ、これはご丁寧にどうも。私は真奈の夫の伊吹と申します」
「あ、私は火凛の父の拓人と申します」
父さんと火凛のお父さんの居る場所へ戻ると、母さんが真っ先に輝夜の母親を紹介した。……まあ、父さん達としても、連れてきた人の中で一番気になったはずだ。
母さんが俺を見る。俺は頷き、輝夜達を見た。
「……火凛と奏音の説明は良いよな。こっちが平間咲夜さんの娘の輝夜で、こっちが来栖春だ」
火凛は元々する必要が無いし、奏音とはこの前会っている。
輝夜と来栖はぺこりと頭を下げた。
「平間輝夜です。火凛ちゃんと水音さんにはとてもお世話になっています」
「来栖春です。お二人の友人で、とても良くして貰っています」
「おお……水音にこんな可愛い友達が…………本格的にハーレムでも作るのか?」
父さんは本当に軽い調子でそう言った。
「もしかしたら俺は今人生で一番父親を疎ましく思っているかもしれない」
鋭い視線を父さんへ向けるも、高笑いを返されるのみだ。
「冗談だよ、冗談。お前が火凛ちゃんしか見てない事は母さんの次に知ってるからよ」
「まじでぶん殴るぞ」
父さんへそう返しながら、ため息を吐く。それを見た火凛のお父さんが笑った。
「本当に仲が良いよね。伊吹達は」
「……色々と思う所はありますが、否定はしないです」
すぐに調子に乗ったり人をからかうのが悪い所ではあるが……基本的には優しい人だ。調子に乗るので言わないが。
「とりあえず立ったままなのも疲れるだろう。適当に座ってくれ」
皆を座らせる。俺の右に火凛、左に水美が座る形だ。更に水美の横に奏音。火凛の隣には来栖と輝夜が半円状に座る形だ。
そして、母さん達はその向かいに座る。
「それじゃ、どうせだしご飯を食べながら水音達の事聞いても良いかしら?」
そう言って母さんは大きなカバンを取り出し、中身を並べだしたのだが……
「……す、凄いです」
「……え、これ手作りなの?」
「さすが水音のお母さんだね」
それはもう、見事なオードブルだった。定番の唐揚げやミートボール、ポテトサラダにごぼうの肉巻き。酢豚にほうれん草のピーナツバター和え。もちろん卵焼きもある、
その他にも食欲をそそるメニューが目白押しだ。
「あ、そうだ。ご飯が欲しい人は言ってね。ちゃんと用意してるから。あとサンドイッチもあるからね」
「……本当に大量だな」
圧巻な光景に驚きながらも、思わず唾液を飲み込んでしまう。冷めていて普段より味が落ちる、という事は無い。冷たくなる前提で作られているので、これはこれでまた美味しいのだ。
「ん。すっごい美味しそう」
そう言いながらも、火凛の視線は卵焼きに釘付けになっている。分かりやすい奴だ。俺の分まであげよう。
「それじゃ、どうぞ。召し上がれ」
母さんの言葉に皆が頷き、手を合わせたのだった。
◆◆◆
案の定、皆の腹がある程度落ち着くまで無言でガツガツと食べていた。
「……水美、ご飯粒付いてるぞ」
水美の頬に付いていたご飯粒を指で取る。そして口元へ差し出すと、ぱくりと食べられた。
「ありがと、兄さん」
「どういたしまして、だ」
水美は少し恥ずかしそうにしながらもニコリと微笑んだ。
「……ん。水音も口元にソース付いてるよ」
「ああ、わる――」
火凛がてっきり拭いてくれるかと思ったのだが……火凛は口元を寄せ、ぺろりと舐めとった。
輝夜達が物凄い目で俺達を見ている。見なかった事にして欲しい。
「…………火凛。助かるが、次からは普通に拭いて欲しい」
「嫌だった?」
「そうではなく、外だからだ。TPOは弁えないとな」
運良く輝夜の母親や周りの人はこの事に気づいてなかったようだが……見られたら本当に大変な事になる。
「わ、わぁ……凄いものを見てしまいました」
「……幼馴染ねぇ。というか、その前にサラッと水美ちゃんにも凄い事してなかった?」
「あちゃー……」
輝夜達からの視線は一旦無視しておこう。そうすると、母さんが助け舟を出してくれた。
「どう? 美味しいかい?」
「あ、はい! すっごい美味しいです!」
「ええ……とても。今まで食べてきたご飯の中でも一番美味しいです」
「……水音のも美味しかったけど、正直びっくりしました。めちゃくちゃ美味しいです」
輝夜と来栖、そして奏音の言葉を聞いて、母さんは微笑んだ。
「そっかそっか。それは良かった……平間さんはどうだい?」
「……とても美味しいです。あの頃よりも一層美味しくなってます」
「そりゃ良かった」
昔の母さんの味を知っている輝夜のお母さんにもそう言われ、更に笑顔が深くなった。
「……どうしたらこんなに美味しく作れるんですか?」
ちょっとした疑問なのだろう。小さな声で、輝夜が呟いた。母さんは輝夜を見て、ニコリと笑って答える。
「愛情、が一番だね」
「……愛情、ですか?」
首を傾げる輝夜に頷き、母さんは続ける。
「もちろん、愛情がこもっていれば相手にも伝わって、より美味しいと思ってくれるよ。でもね、それだけじゃないんだ」
……その言葉は昔、母さんに聞いたものだった。
「愛情を込める。つまりね、それだけ自分の愛しい人に作るって事なんだよ。例えば、夫や子供。……友人や、恋人。もちろんお客さんなんかにも。程度の違いは置いておいてね。そう思えばさ、下手な物は作れないんだよ。もっと美味しく作ろうと試行錯誤を続ける。それを続ければ自然と美味しい料理が作れるんだよ。――ね、水音?」
「…………まあ、そうだな」
実際、火凛に作る料理は何度も何度も……それこそ、百を軽々と越える練習があって作られた物だ。……火凛以外の誰かに作る、となればそれほど熱中して作れなかっただろう。
「輝夜ちゃん達は水音のサンドイッチ食べたんだっけ? あのドレッシング……というかソースか。甘いやつ食べた?」
「あ、食べました! 最初はびっくりしましたけど、野菜がおやつみたいになって美味しかったです!」
「……うん。不思議な感じだったけど、すっごい美味しかったですね」
「ええ。火凛のから一口いただきましたけど、とても美味しかったですよ」
輝夜のお母さんが不思議そうな顔をしているが……後で輝夜が問い詰められそうだな。まあそれは置いておこう。
「でしょ? 私もびっくりしたんだけどさ。あれ、水音が一から作ったオリジナルなのよ?」
「え!? そうだったんですか!」
「……嘘」
二人はかなり驚いた様子を見せる。そういえば、奏音には話したが二人には話してなかったか。
「……私ね。昔から野菜が苦手でさ。特に生野菜が。それで水音が私でも食べられるように、って作ってくれたんだ」
「……凄いです」
「うん。……ドレッシング作るって……しかもあんな高クオリティの」
驚く二人を見て、なぜか火凛と水美が自慢げにしていた。
それを見て母さんが笑い……口を開いた。
「うん。私も驚いたよ。お店に出しても良いぐらいのクオリティだよ、あれは」
「……そうだったのか?」
確かに母さんに味見してもらった時はかなり驚いた様子を見せていた。
「うん。子供がよく来るファミレスなんかに置いたら大人気になるよ。それこそ、ドレッシングだけ販売しても良いぐらい。世の中のお母さんが大助かりだよ?」
「そこまでか……」
母さんは人を褒めて伸ばすタイプの人だ。それでも、料理関係でここまで褒められたのは初めてだった。
「母さんあの日の夜泣いてたもんな。息子の成長が嬉しいって」
「もう、からかわないでよお父さん。晩御飯カップ麺にするよ」
父さんがそう返されて全力で謝ってるのはさておいて……嬉しくて思わず拳を握ってしまった。
「……でさ。水音を見て思ったんだよ。やっぱり、料理に一番大切なのは愛情だってね」
「愛情……ですか」
輝夜がふむふむと頷いていた。
ちなみに火凛は俺の母さんから料理を教わろうとしなかった。理由を聞けば、『水音の家の料理は水音が作れるようになるから』との事だ。……ならば、自分はもっと美味しい料理を作れるようになる、と息巻いていた。
袖を引かれ、振り向くと水美が心配そうに俺を見ていた。
「……僕も料理が出来るようになった方が良いのかな?」
「自分のやりたいペースでやればいい。水美は覚えがいいからな。すぐに上達するだろう」
その頭を撫でれば、瞳から不安が消え去った。
「母さんだって、俺だって居るんだし、火凛も居る。料理に関しては心配する必要は無いぞ」
「そうだよ、水美」
火凛が横から身を乗り出して水美を撫でた……それは良いのだが、俺との距離感がほぼゼロに近く、柔らかい物が当たっていた。
「……♪」
水美は火凛の手も快く受け入れ……心地良さそうにしていた。
「……うん、わかった。料理はまた今度の機会にする」
「ああ、そうしてくれ」
そうしてお昼の時間はゆったりとした空気の中過ぎていった。




