第70話 嫉妬とアクシデント
自分達のテントへ向かおうとした時の事だ。平間達が来たので、水美を紹介しようとしたのだが……
「……む。あなたが輝夜さんですよね?」
「は、はい……? そうですけど…………私、何かしましたっけ?」
水美が俺から離れない。ぎゅっと抱きつきながら、何故か平間に鋭い視線を向けていた。
「……兄さんは渡さない」
「え!?」
そんな事を言う水美の頭を小突く。
「あまり平間を困らせるような事はするんじゃない」
「うぅ……でも!」
水美が涙目で訴えてくる。少しだけ折れそうになってしまったが、どうにか持ちこたえた。
理由が分からずに戸惑っていると、火凛が説明してくれた。
「木曜日ね。奏音と水美と私でカフェ行ったんだけどさ。水音が輝夜ちゃん達に付きっきりって言ったらちょっとだけ嫉妬しちゃったみたい。……あの時は大丈夫って言ってたけど」
「だって! こんなに可愛い人って聞いてないもん!」
水美がふしゃー、と猫のように威嚇する。頭を撫でて落ち着かせようとするが、機嫌は治らない。
「……本当に仲良いね。兄弟とか姉妹って仲悪くなりやすいって聞くけど」
「兄さんと僕の仲ですから!」
来栖の言葉に水美がふふんと鼻を鳴らした。
「私とも仲良いもんね?」
「もちろん! 兄さんも姉さんも大好きだもん!」
水美は火凛にもぎゅっと抱きついた。仲が良くて何よりだ。
その時、一人の女子生徒が近づいてきた。
奏音だ。先程から姿が見えないと思っていたが。
「なになに? なんの話してんの?」
「ああ、奏音か……どこ行ってたんだ?」
そう尋ねれば、苦笑いをしながら答えてくれた。
「やー、ちょっとね。さっき外野でちょっと気に入らないのが居てさ。半治の事バカにしときながら水音にちょーっと悪い視線向けてたからお灸を据えてきたんだ。『もし水音に嫌がらせとかするようなら、そのバカにしてる半治と同じ道を辿る事になるけど良いの?』ってな感じで。他にも危なそうな人達に釘刺してきた」
奏音の迅速な対応に思わず舌を巻く。
「……ケアまでしてくれたのか。助かる」
「悪意の芽は青いうちに、ってね。女子達は割と好感触だったよ。輝夜みたいな子が多かったからね」
……そして、情報まで掴んでてくれたのか。男子はともかくとして、女子が敵に回らないのは助かるな。
「ありがとな」
「いやいや。ちょっとした償いだって。急にごめんね? 火凛達も」
奏音が俺と火凛、そして水美へ手を合わせて謝罪をしてきた。
「ううん。寧ろ私の方がお礼を言いたいぐらいだよ」
「僕はよく分かんなかったけど……兄さんと姉さんの助けになるなら大丈夫だよ!」
二人が言っているのを聞き、疑問が浮かんできた。
「……そういえば、あの時何を言ったんだ?」
「ん? ……ああ。火凛には『皆が見てるからチャンスだよ』って言って、水美ちゃんには『いつもみたいに接して』って言ったんだ」
「……仕込んでたのか?」
「まさか。たまたま皆が注目してた事で思いついてね。今の水音と火凛なら行けるかなって。いざとなったら私もサポートするつもりだったけど」
そういえば、錦が出てきた時に奏音も前に出ようとしていたな。
「……本当に、感謝してもし切れないな」
「良いって良いって。……私達もう親友っしょ。貸し借りみたいなのはナシでね」
奏音はニカッと笑う。とても良い笑顔だ。奏音は少しして表情を戻し、俺へ聞いてきた。
「ま、それは置いといて。何かあったの?」
「ああ……それがだな。水美が妬いているんだよ」
「妬く……? ああ、そういう事」
奏音は水美を見て苦笑した。
「本当にお兄ちゃんっ子だね。でも良いんじゃない? それだけ愛されてるって事だしさ」
「嬉しくない訳では無いんだがな……」
奏音は俺と水美を見て笑った。
「……でもさ、輝夜も良かったじゃん。こんな可愛い子にお兄ちゃんが取られそうなぐらい可愛い! って思われててさ。私なんて何も言われなかったよ」
「違うよ! 奏音ちゃんもすっごく可愛いよ!」
奏音が水美の言葉を聞いて、じっと水美の顔を見た。
「じゃあさ。どうして輝夜をそんなに敵視してるの?」
う、と水美は言葉に詰まった。
「ほらほら、言っちゃいな言っちゃいな。水音達も怒ったりしないしさ」
水美がちら、と一度こちらを見てきた。……少しだけ不安の混じった眼差しに向き合う。
「他にちゃんと理由があるなら聞かせてくれないか?」
まっすぐ目を見てそう聞く。輝夜もじっと水美を見ている。
水美はぽつりと言葉を発した。
「……他の男の人を見る目と兄さんを見る目が全然違ったから」
その言葉に平間が驚いた。
「……え?」
「あれ? 輝夜、無自覚だった感じ?」
そんな平間の様子に奏音も首を傾げた。
「えっ……えっ? 本当ですか? 春。火凛ちゃん」
「いや、まあそりゃね。最初の頃に比べたら相当変わってるよ」
平間が来栖を見るが、そんな言葉を返される。続いて火凛を見たが、火凛もにこりと微笑んで頷いた。
「ん。今なら多分、水音が輝夜ちゃんを受け止めたとしても大丈夫な気がする」
「えっ!?」
平間が声を上げて驚き……頬を朱色に染めた。
「か、からかわないでください、火凛ちゃん!」
「ふふ。ごめんごめん……でも、私が聞いてもそこまで怯えてたりはしなかったね」
火凛は嬉しそうにそう言って微笑む。平間はハッとした表情へとなる。
確かに、最初に比べれば瞳から恐怖の感情は幾分か減っていた。
「……本当、です」
平間はそう言って、俺の瞳をじっと見た。俺はじっと見つめ返す。
「……あんまり怖く、無いです」
……そして、嬉しそうにはにかんだ。しかし、すぐにハッとした表情を見せる。
「……あ、み、水美ちゃん。ごめんね、私、男の人が苦手だったから。……でも、獅童さんは怖くなかったんだけど……えっと、その」
平間はどうにか離そうとするが、あたふたしている。春がくすりと笑い、頭を撫でた。
「ほら、輝夜。ゆっくり話して。水美ちゃんは逃げたりしないから」
水美は……じっと平間を見ていた。平間は一度深呼吸し、水美を見返した。
「……私が、言いたいのは……水美ちゃんと火凛ちゃんから獅童さんを取ったりしません、という事です。火凛ちゃんとも獅童さんとも……水美ちゃんとも仲良くしたいですから」
水美はそれを聞いてやっと……俺から離れた。
「……ごめんなさい。勘違いをしてました」
そう言って、水美は頭を下げる。……うん、ギリギリまでちゃんと平間の眼を見ていた。
「良いんですよ。水美ちゃん。これから仲良くしてください。私にも奏音ちゃんと同じような話し方で大丈夫ですよ」
「あ、私もそれで大丈夫だからね。」
それを聞いて、水美は顔を上げた。
「……うん! よろしくね、来栖ちゃん、輝夜ちゃん!」
切り替えの速さが水美の良い所だ。笑顔でそう言った水美の頭を優しく撫でた。
◆◆◆
「……やっぱりか」
案の定、錦は帰ってこなかった。本当にどこかへ行ったらしい。先程から担任が電話を掛けているのだが、家にも帰っていないようだ。
どうしてここまで焦っているのかと言うと、人数が足りないからだ。
Bチームに休みが二人いた。基本的に休みの場所は担任か副担任が入るのだが、そうなると代役を頼むしかない。
……のだが、二試合連続となると体力の消耗も激しくなる。怪我や水分不足などが怖いからだ。
と、そこで担任はあっと声を上げた。何か思いついたのだろう。放送席へ駆けていった。
「どうなるんだろうね、兄さん」
「まあ、最悪は俺が代役で出ればいい」
心配そうにする水美の頭を撫でていると、火凛がそっと指を触れさせてきた。
「無理はしないでよ? 水音」
「ああ、もちろんだ」
前まではそんな事は出来なかった。視線こそあるものの、理由を問われる事は無い。
そんな時、アナウンスが流れてきた。
「えー、一年一組の保護者、及び兄弟の居る方へ連絡です。一人欠員が出てしまったので、参加出来る方は放送席までお越しください」
「なるほどな。保護者参加か。……保護者、全然来てないんだが大丈夫だろうか」
皆親に伝えていないのか保護者は全然来ていない。三十人居るかどうか、だ。その中で一組の生徒となると……
「…………父さん、出しゃばらないだろうな」
「ふふ。確かに水音のお父さんなら参加しそうだよね……あ、お父さんも居る」
見れば、火凛のお父さんが父さん達と一緒に居た。
……それにしても、本当に大丈夫なのだろうか。不安に思っていると、服をくいくいと引かれた。
「……水美?」
「僕、出よっか?」
水美はニコリと笑ってそう言ったのだった。




