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第69話 水音と火凛の関係

 作者からのお詫びと訂正


 誠に勝手ではございますが、この度新歓レクリエーションのルールを変更させていただきます。


 変更するのは二十話にて掲載されていたこのルールです。


 ・A〜Dブロックまで分け、最大三回の試合を行う。


 変更後は、三チームが残るまではトーナメント戦。その後は三チームによる総当たり戦となります。


 こちら側の勝手な都合で変更してしまい申し訳ありません。



 それでは物語へ戻ります。


 ―――――――――――――――――――――――


「えー、それではこれより、新入生歓迎レクリエーションを始めます。皆さん、くれぐれも怪我に気をつけて楽しんでくださいね」


 簡単な開会式を終え、更に詳しいルール説明が入る。

 基本的にはチーム分けの時に聞いたものと同じなのだが、それに加えて日程の確認が入る。



 俺達の高校は八クラスあり、それが三年生まで……つまり、二十四クラスある。


 これだけ多ければ時間が足りなくなりそうなものだが、案外どうにかなるらしい。


 コートは三コート。一試合三十分あるので、三コートで四試合……つまり、午前中丸々使って一回戦を終える。


 その後、十二時から一時半までが昼食時間。そして、二回戦は二試合分しか時間を取らないので二時半まで。


 そうなると三チームが残る訳だが、そこからは総当り戦となる。一番点数を取ったチームの優勝だ。


 だからおよそ四時までには終わる予定だ。……こういった行事は予定通りに行くはずがないので、終わるのは早くても五時頃になるだろうが。


「それじゃあ各々、自分のテントに荷物を置いて応援をするなり休んだりしてくださいね」



 そして開会式は終わる。俺達の試合は三試合目なので、時間が余る訳だが……




「おい、あれって」

「だれかの妹なんだろうけど……バカ可愛いな」



 やけに皆がザワついている。グラウンドの上……保護者の集まりを見ている生徒が多い。


 何かあったのかと思って見てみる。……あ、母さん達がもう居る。水美が俺を見つけたのか手を振ってきた。


「あ、あの子手振ったぞ!」

「誰だ! 誰の妹なんだ!?」





 ……どうやら、皆水美を見ていたらしい。まあ水美は可愛いからな。仕方ない。



 そう思っていると、父さんが水美へ何か言い……あ、水美が降りてきた。


 更に会場がザワつく。……隣のやつが「俺、話しかけてみようかな」などとふざけた事を言ってきたので俺が先に近づいた。



「兄さん!」

 水美が俺へ飛びついてきたので受け止める。


「おはよう、水美。元気してたか? 木曜は行けなくてごめんな?」

「大丈夫……って言いたいけど、ちょっと寂しかったかな」


 その言葉は嬉しく思う。今までなら俺に心配をかけさせないようにしただろう。ちゃんと甘えてくれる、という事は兄冥利に尽きる。


 頭を優しく撫でると、水美は嬉しそうに目を細めた。そこから手を滑らせて頬をくすぐると更に嬉しそうにした。




 ……と、そこで俺は今どんな状況に陥っているのか悟った。


 今までに無いぐらい苛烈な視線が向けられていたのだ。


「どうしたの?」

「……いや、なんでも。折角だ。俺の友人達を紹介したいんだがいいか?」


 水美は少し驚いたようにして……パッと輝くような笑顔を見せてくれた。


「……ってなるとまずは俺が良いかな? モテモテ男さん」

「せめてもう少し捻った名前を付けてくれ」

 後ろからかけられた声にそう返す。


 振り向くと、ニヤニヤと笑いながら俺を見ている男の姿があった。


「なら令和版光源氏とかの方が良かったか?」

「中途半端に捻ったせいで逆に寒くなった」

「こりゃ手厳しい……ということで、水音とはこんな関係だ。苅谷響と言う。よろしくな」


 随分と雑な自己紹介だが……まあ、分かりやすいから良いか。


 水美は礼儀よくぺこりと頭を下げた。

「兄さんがいつもお世話になっています。妹の獅童水美です」


 響はそれを驚いた様子で見ていた。


「……水音と違ってめちゃくちゃ良い子じゃねえか」

「うるさいな」


 響へそう返すと、水美はくすりと笑った。


「実は兄さんって本当に親しい男友達にはそんな接し方するんだよね」

「おい水美。余計な事を言うな」


 調子に乗るから、と言おうとしたが視界に映った響の顔を見てしまった。



 案の定だった。

「へえええ。ふうううん。水音はツンデレだったのかあ」

「その口を縫い付けてやろうか。こう見えて裁縫も得意なんだぞ」

 将来の事を考えて、料理以外の家事も一通りこなせるように母さんから習っていた。人の縫い方は習った事ないが直感とノリでいけるだろう。


「おお怖い。じゃあ俺はそろそろ退散しようかな。どうやら嫁さん達も来たみたいだし」

 響が指さす方をみれば、遠くから火凛達がやってくるのが見えた。俺と水美を見て手を振ってる。

「っておい。達ってなんだ。達って」

「はは。間違ってねえだろ。後で俺の彼女も来るみたいだから時間があれば紹介するわ」



 響はそう言って逃げるように去って行った。


「それで、兄さん? 嫁()ってどういう事なのかな?」

「響が茶化して言っただけだ」

「ふうん……」


 疑った視線を向けてくる水美をどうするべきか悩む暇も無く、火凛達がやってきた。












 俺は、一つ水美に言わなければいけなかった事があったはずなのに完全に忘れていた。















「水美、来てくれたんだね」

「うん! 兄さんと姉さんの応援に来たよ!」











 場が凍る。そう錯覚してしまうほど会場は静まりかえっていた。





 この中で一番最初に動いたのは……俺でも、火凛でも無く……奏音だった。


 奏音は水美と火凛に何か耳打ちをした。そう遠くない位置に居る俺でも聞こえない。


「おいおい、どういう事だ? 獅童のやつ、この学校に姉も居たのか?」

「今、竜童ちゃんに向けて言ってなかったか?」

「バッカお前、んな訳無いだろ。……無いよな?」


 周りの生徒は邪推し、ざわつき始める。脳をフル回転させるが、どうすれば正解なのかが分からない。




 水美が火凛に歩み寄る。火凛は両手を広げた。



 水美はそこに飛び込んだ。


「姉さんも頑張ってね! 僕、応援してるから!」

「ん、頑張る」


 火凛は水美に柔らかく微笑んだ。




「……え、えっと。火凛。その子は?」


 来栖が戸惑いながら火凛へ尋ねる。平間もきょとんとした表情だ。



「義理の妹」

「えっ?」


 火凛の言葉に来栖が固まった。周りの生徒達も……凄い顔をしているな。


 俺の場合は驚きを通り越して、二人が奏音に何を吹き込まれたのか気になる。


「……って言ったらどうする?」

「じょ、冗談だったんだ。もう、驚かせないでよ」


 来栖がほっとした様子を見せる。


「水音とは幼馴染、って言ったよね? 実は昔からこの子……水音の妹の、水美とも遊んでたから。私はこの子のお姉ちゃんみたいな感じなんだ」


 その説明に来栖と平間は納得した様子を見せた。


「なるほどね」

「そういう事だったんですか」

「そう! 昔から兄さんと姉さんと遊んでたんだ!」




 その言葉にまた再び場が凍る。氷河期でも訪れたのだろうか。



「……どういう事だ?」

「今まであんまり遊んでなかったって話じゃなかったのか?」

「なんだなんだ?」

「くそっ! やっぱりか! 最近仲良くなったにしてはやけに親しいと思ってたんだよ!」



 ……なんとなく、火凛達がやろうとしている事は分かった。






 全て……では無いが、ここでバラすつもりなのだ。


「……実はね。昔、私と水音は仲良しだったんだ。中学で色々あって、疎遠になっちゃってね。でも、また私からまた仲良くなろうとしたんだ」



 火凛の言葉に皆の反応は多様だった。



 悲しむ者、納得する者……そして――


「どういう事だ? ああ?」



 憤慨する者。


 俺と同時に奏音が火凛の前へ出ようとしたが、火凛が手で制してきた。



 ――私がやる



 と、そう眼で告げてきた。



「どういう事、も何も今話した通り。水音は私の()()()()()()で、一度疎遠になっちゃったけどまた仲良くなりたかった。だからよく一緒に居たってだけ」




 怖くない訳では無いだろう。それを隠すように、火凛は普段とは違う淡々とした口調で喋る。


「……私は男の人が怖かった。だからいつも奏音とか……水音に助けて貰ってた。でも、もう違う」


 火凛は、真っ直ぐにその男……錦半治を見た。


「はっきり言うね……ううん、はっきり言います。迷惑です」



 真正面から、そう拒絶した。



 火凛は同級生にほとんど敬語は使わない。理由としては、人と仲良くなろうとする意志を持っているからだ。



 初対面はさすがに使うが、すぐに砕けた話し方へと変わる。



 要は、火凛はもう錦と仲良くなる意志を捨てた、と言う事だ。



「最初は……普通に話してましたよね。でも、あの日から私に高圧的な態度を取るようになって……あんな噂まで流そうとしました」



 ……あの日? あんな噂?


 疑問に思っていると、奏音が耳打ちしてきた。


「実は、半治の奴……火凛に一目惚れで、入学式から一週間ぐらいで告白してきたの。もちろん断ってたんだけど、あの男、自分のちょっと危ない仲間に振られたって言えなかったらしいの。それで、自分と火凛は付き合ってるって噂を流そうとして……彼氏面までしようとしてたんだ。その頃ぐらいから水音と仲良くなるアピールし始めたから大丈夫だったんだけどね」


 …………そんな事があったのか。



「私が言ってもあの男は聞かなかったからね。……最近はあんまり顔見せてこなかったから大丈夫だと思ってたんだけど……」


「……なるほどな」


 俺はいざとなったら介入出来るようにし……今は火凛の邪魔をしないよう後ろに立った。奏音も俺の横についている。



「そ、そんな男の何がいいんだよ」

「何が? 全部です。人を気遣える所、寛容な心を持っている所、優しい所……挙げればキリがありませんが」


 錦の言葉にそう返す。錦の顔はどんどん真っ赤になる。



「……それに、彼は私を助けてくれました」

「はっ……なんだよ、助けてくれたって。他の誰かに助けられてたらそいつに靡いてたのかよ」



 錦の言葉を聞いて……火凛は初めて表情を崩した。



「水音が助けてくれたから、だよ。それに、他の男の子じゃ無理だと思うな」


 薄く笑いながら火凛は言った。


「ね、奏音」


 同意を求めるように振り返ってきた。



「……いやぁ。そりゃね。せめて、この中に水音に体力で勝てる人が居れば条件の一つぐらいはクリア出来たかもしれないけど。……まあ、そうだとしても二つ目三つ目の条件でアウトかな。うん。ほかの男子には到底無理だね」


 奏音は頷いた。……俺自身も、自分と同じ真似を出来るような人がそうそう居るとは思わないが。


「あと、私からも文句ぐらい言わせて。半治、振られた癖に自分が火凛と付き合ってるなんて噂を流そうとしてさ。外堀から埋めようとするなんてめちゃくちゃダサいよ」


 奏音は冷たく睨みつけた。今まで見た事が無い顔をしている。


 怒っている、のだろうか。その迫力に錦ですらたじろいだ。



 ……すると、俺の横を誰かが通り抜けた。




 水美だ。


「何があったのか、僕には分からないです。それでも、貴方が姉さんに酷い事をしていたのは分かりました」


 水美は、火凛を横から抱きしめた。


「そんな人に……姉さんは渡しません。絶対に」



 ……ああ。そうか。水美は火凛も大好きだもんな。嫉妬、というか独占欲が湧いたのだろう。



 だが、火凛に独占欲が向くのは初めてかもしれない。



 火凛は優しく水美の頭を撫でる。


 もう錦は爆発寸前だ。


「てめ……ガキの癖に調子こいてんじゃねえぞ!」


 水美と火凛の肩を引き、二人の前に出る。



「ここで手を出す気か? 周りの先生も俺達に注目してる。殴れば停学では済まないかもしれないぞ? ……水美に手を出そうとするのなら警察も呼ぶ」




 逆上して襲いかかってくる可能性もあった。だが、そうなったらなったですぐに先生が止めに入るだろうとも思った。




 そうした賭けには……成功した。





「……チッ」



 ……癖、なのだろうか。そこら中に舌打ちの音を響かせた後、錦は歩き始めた。



「ちょっと君、どこ行くんだね!」

「あ? 体調悪ぃから保健室だよ。文句あんのか」


 途中で先生に止められそうだったのだが、そう返してどこかへ去って行ったのだった。




 火凛は俺の背中に体を預けてきた。


「……ごめん、水音。勝手な事やって」

「良いんだよ。いつかは皆に言わないといけない事だったしな。今が良い機会だったと思うぞ」


 驚きこそしたが、本当に良いタイミングだった。

 これで俺と火凛が幼馴染だと言う事は……否。お互いを大切にしている幼馴染、だと言う事が皆に伝わるだろう。



 まずは一歩進んだ。




 それに、これからは堂々と学校でも仲良く出来ると言う訳だ。



「……兄さん、姉さん。ごめんなさい。不用意な発言をして」

「水美は一切悪くない」「水美は悪くないよ」



 手を招き、水美を呼ぶ。目の前に来た水美をめちゃくちゃに撫で回した。


「……ん、私もやる」


 火凛は俺の体から一度離れ、水美を撫で回した。


「良い? 水美。水美が遠慮する事は無いんだよ。姉さんって堂々と呼んで良いの。……というか、呼んでくれないと私が悲しい」


 水美のほっぺたをむぎゅっ、と手で押しながら火凛は言った。


「う、うん。ねえひゃん」

 水美の言葉を聞いて、火凛は微笑んだ。


「ん。水美。これからもよろしくね?」

「ん!」


 水美も笑顔を返した。とびっきりの、元気になる笑顔を。

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