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第68話 本番の朝

遅れて申し訳ありません

 やけに目が冴える朝だった。


「ん、水音。もう起きたんだ。おはよ」

「……ああ、おはよう。やっぱり緊張してるんだろうな。昨日も言ったが、弁当は母さん達が作ってくれるらしいぞ」

「ん。分かってるよ。……ん」


 火凛が両手を広げてきた。甘えたいのだろうと思い抱きしめた。柔らかい感触と共にふわりと火凛の匂いが鼻腔をくすぐってきた。


「……ん。えへへ」


 にへら、と笑う火凛の頭を撫でる。いや、抱きしめているので本当にそう笑っている保証は無いのだが。

 声でなんとなく分かってしまう。


 火凛はくすぐったそうに身を捩った後、耳に口を寄せてきた。

「折角だし……する? 多分、もう大丈夫だよ」


 その言葉に心がグラッと傾く。この数日間お互いに触れ合う事で性欲を収めて来たのだが、やはり本番の有無で満足度は変わってしまう。



 ……だが、俺はそんな気持ちを押し殺して首を横に振った。


「いや、辞めておこう。まだ本調子では無いだろうし、今日に差し支えると困る」

「ふふ、残念。じゃあ今日帰ってから、一回はしてから行こうね」


「……ああ」


 今日は俺の家に帰る日だ。火凛ももちろんの事、火凛のお父さんも泊まる。


 水美が言い出さない限り明日は帰る事になるが……今日は行った後は到せないだろう。致すタイミングを見失えばまた火凛が暴走しかねない。


「やった♪」


 遊びに連れて行ってもらえる子供のように喜んだ火凛は、ベッドから立ち上がる。


「それじゃ準備しよっか、水音」

「ああ、そうだな」


 俺は火凛に続き、洗面所へと向かった。


 ◆◆◆


「よっす、おはよー! 二人とも」

「おはよ! 奏音」

「ああ、おはよう」


 二人で手を繋いで道を歩いていると、俺と火凛は肩を叩かれた。相手は当然奏音だ。


 体育以外の時間で体操着を着けている女子を見てしまうと……こう、背徳感が湧き上がってくるのは何故だろうか。そんなバカな事を考えていると、奏音は俺達を見てニヤニヤと笑っていた。


「朝から見せつけてんね。アツアツじゃん」

「あまり茶化すな」

「や、ガチでしょ。さっきすれ違ってたおばさんすっごいニヤニヤしてたけど」

「あ、柊さんの所のおばさんでしょ? あの人もずっと勘違いしてるから大丈夫だよ」


 多分奏音が言っているのは近所の人だ。確か、散歩が日課の人で朝によく見かける。


 ……そういえば仲直り記念、とお菓子セットも貰ったな。

 火凛の家に通うようになってから近所の人に色々と言われるようになった訳なのだが。俺達はあまり気にしないようにしている。


 まあ、誤解を解くのがかなり面倒というのが一番だ。こうして手を繋いでいるのに交際していないなど言えば根掘り葉掘り聞かれそうだし、すぐに広まるだろう。


「いやもう公認じゃん。新婚カップルが近所のおばさんに『あらあら。昨晩は若くてお元気でしたね』って色々バレて言われる日も遠くないじゃん」

「あー……」

 奏音の言葉に思わず目を逸らす。火凛も同じような反応をしていた。


「えっ……何その反応。…………まさか」

「いや、近所に住んでるおじさんおばさんにはバレてないはずだが……まあ、あの時は俺も精一杯でな? まさか窓が開いてて隣の所の娘さんに見られてたとは思わなかったんだ」

「私もいっぱいいっぱいで気づかなかったんだよね」

「待て待て待て待て。突っ込みどころしかないんだけど。……見られたの? 音が漏れてただけじゃ無くて?」

 奏音の言葉に苦笑する。

「まあ……割とガッツリ」

「見ながらシてたもんね。いつから見てたんだろ」



 その時の俺も、まさか覗かれていたとは思っていなかったし、喘ぎ声で気づく事になるとも思わなかった。


「えぇ……? ちなみにその子っていくつだったの?」

 その辺は火凛の方が詳しいので火凛を見る。火凛も苦笑しながら答えた。


「確か、私達の一つ下だったと思うよ。(あかり)ちゃんだったかな。バドミントンをやってる明るい子だったはずだよ」

「うーっわ、一つ下の子にエグいの見せてんじゃん。……ちなみにその時の体位は?」

「……駅弁だな」

「ならまだセーフ……? 背中ならあんまり刺激ない?」

「を横から見られてたよね。しかも中に出した後に抜き取った所まで」

「はいアウト。紛うこと無き有罪じゃん。どうすんのよその子が将来彼氏が出来ていざというときに『あれ……小さい?』とか『持ち上げながらやって欲しい』とか言い出したら。ひ弱な男の子だったら泣いちゃうよ?」


 奏音の言葉に思わず汗が垂れる。


「まさか。……そこまで近い訳では無かったし、ハッキリとは見えないだろ」

「でも抜くところまで見せたんでしょ……? 火凛、ちなみになんだけどさ。男の人って一回出したら萎えて賢者モードになるらしいけど水音の場合はどうなの……?」

「……? 水音は最低でも三回は連続で出さないと落ち着かないよ?」

「いや絶倫じゃん。やっぱり絶倫君じゃん。え?」


 奏音と火凛の言葉に俺はため息を吐きながら恥ずかしさを誤魔化しつつも安堵していた。



 ……のだが。


「でもまあ、それだとわんちゃん大丈夫っぽいか。さすがに萎んだ状態なら……そん時は何回目だったの?」

「六だけど……あれ? でもあの時水音って起きてる時間ずっとおっきいままだったよね」



 ……痛いところを突かれた。


「……え? なに、実は性欲を持て余しすぎてコントロール出来るようになってたとか?」

「……もしかして私だけじゃ満足出来てなかった?」

「いや、それは無い。安心してくれ」


 あれだけしておきながら欲求不満など俺はどれだけ性欲お化けだと思われてるんだ。


「あの時はな……ドーピング、というか精力剤を飲んでたんだよ」

「えっ、あれって結構高いんじゃ……あっ」

 珍しく口を滑らせた奏音を睨む。火凛は心配そうに俺を見てきた。


「そう……だったの?」

「いや、俺もあまり金遣いが荒かった訳では無いし、というかあの時は避妊具の分お金が浮いてたからな」


 そう言っても火凛の顔は晴れない。不安の混ざった顔を向けてくる。



「火凛を助けるためだと思えば安いもんだよ」


 火凛の髪型が崩れないよう注意しながら撫でる。そんな時だった。




「あっ……」

 横道から一人の少女が現れた。赤茶色の髪をツインテールにした、活発そうでありながらもどこか上品的な少女。



 先ほど話していた灯だ。彼女は俺の顔と……下を見て、顔を真っ赤にした。


「し、失礼しましたああぁぁ!」



 ……そして、走り去っていった。


「もしかして今のって」

「灯ちゃんだね。最近見てなかったけど、いつもあんななんだ」

「重傷じゃん。やっぱ刺激が強すぎたんだよ」

「謝る機会すらなかったからな……」


 俺としても見苦しい姿を見せたとは思ってる。火凛の姿をみた事を思えば怒りが沸いてきそうなものだが、会う度に俺を見て逃げるので火凛の裸はあまり見えて無かったのだろう。……俺の体に押しつけるような形になっていたからだろう。


「……まあ、最大時の水音の水音を見ればねぇ……そりゃ記憶に焼き付くって」

「随分と感情の籠った言葉だね、奏音」


奏音は火凛の言葉に冷や汗を垂らし……分かりやすく話題を変えてきた。


「そ、そういえばさ。灯ちゃんだっけ? 中学校さ、私達の行ってた所じゃないんだね」

「あ、私立の中学行ってるらしいよ。あの、隣町の有名な所」

「え、まじ? あそこマジのお坊ちゃまお嬢様が通うところじゃん。……そんな人に見せつけたんだ」

「見られた、だ。火凛、そろそろ」

「……………ん」

 そろそろ生徒達がちらほら見かけ始めてくる頃合いだ。火凛は渋々手を離した。


 だが、距離は離れない。肩が触れあうか触れあわないかの瀬戸際で、歩く時の揺れで指先がちょんと触れるような距離。



「どーだいどーだい、両手に花とはまさにこの事でしょうけど、どんな気持ちだい?」


 火凛とはまた反対方向に奏音がやってくる。火凛とは違って拳一つ分離れた距離だが、ふわりと花の甘い匂いが漂ってくる。


 火凛も奏音に何かを言う事はせずにニコニコとしていた。


「視線が痛い、の一言に尽きるな」

「しょーじきでよろしい。離れた方が良いかい?」

 火凛を一目見るが、きょとんとした顔をされた。任せるとの事だ。


「いや、良い。そのままで」

 そう言えば、奏音が目を丸くした。だがすぐに俺の言いたい事を察したのかほう、と息を吐いた。


「水音っていい男だよね……本当にさ」

「ん、分かる」


 奏音の言葉に火凛が頷く。思わず苦笑いをした。



 ◆◆◆


「……! 獅童さん! 火凛ちゃんに奏音ちゃんもおはようございます!」

「あ、火凛達はやっぱり一緒に来たんだね。おはよ」

「ああ、平間に来栖か。おはよう」

「おはよ、来栖ちゃん、輝夜ちゃん」

「おはよー、二人とも元気そうだね。毎日練習してる、って言うからもっと疲れてるのかと思ったよ」


 奏音の言葉に平間が笑った。


「最初の時は……って言っても火曜日の事でしたけど、かなり辛かったですよ? 脚もパンパンで、使ってないはずの腕まで痛くて。お母さんもびっくりしてました」

「輝夜のお母さんがびっくりしてたのは泥だらけでかえってきたからでしょ。あと、獅童君の名前も出すから……輝夜、普段男の子の話しないから。私が説明しなかったら獅童君の家まで殴り込みに言ってたわよ」



 ……その話は初耳なんだが。思わず視線を向ければ、平間はビクリと跳ねた。


「ひゃっ、え、えっとですね?」

 口篭る平間を見て来栖はため息を吐いた。

「……輝夜は話したらもう教えて貰えなくなるかも! って変に心配してたんだよね。獅童君なら怒らないはずだよっては何度か言ったんだけどさ」

「は、春……それは」


 平間は恐る恐る俺を見てくる。怒られないか不安な子供のような顔だ。


「平間」

「ひ、ひゃい、」

「そんなに怯えないでくれ。俺は別に怒ってないからな」


 なるべく優しく聞こえるよう声を出す。


 怖くない、と伝えるためになるべく柔らかい笑顔を作れるように。これは火凛と接していく上で身についた事だ。



 ……悪夢を見ていた火凛を起こした時、悲鳴をあげられたのは精神的にキツかったからな。


「ほ、本当ですか?」

「ああ。ただ、一つ言わせて欲しい。……言ってくれないのは、信頼されてないみたいで少し悲しいぞ」

「う……ごめんなさい」

「ああ。分かってくれたなら良い。俺も火凛と同じで、いきなり怒鳴ったり怒ったりする事は無いからな。不安があれば隠さず教えて欲しい。……まあ、どうしても話したくないなら良いんだがな」



 平間はコクコクと頷いた。なるべく相談して欲しいとは思うが、まだ恐怖心の残る異性且つまだ知り合って間もないのだからハードルは高いだろう。


 そう思っての発言だったのだが、奏音がじとーっとした眼で見てきた。


「……ほんっっっとうにさ。や、もう何回言ってるか分かんないからやめとこ。男子が全員水音みたいな性格なら世の中が平和になるのにさ」

「買い被りすぎだぞ、奏音」


 最近奏音が過剰なほどに褒めてくる。そう返せば、火凛と来栖が笑った。


「買い被り、じゃ無いんだよね」

「ほんと。見習って欲しいよね。特に変なランキング作ってる奴らには」


 来栖が辺りを見渡した。俺も釣られて見るが……



 凄い視線の数だ。特に男子からは攻撃的なものを向けられている。


 不穏な空気だ。



 ……何も無ければ良いんだが。


「火凛、奏音、来栖、平間。分かっているだろうが無理はしないでくれよ。男子ってのは案外力が強いからな。嫌な視線を向けてくるような者からは逃げていい。ボールが来ても俺や響でどうにかするからな」


 念の為そう注意をすれば、四人とも笑い……そして、頷いた。


「ん」

「おっけー」

「了解」

「分かりました!」

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