第66話 響の嘘
俺は平間達と放課後に集まり、サッカーの練習をしていた。
「平間、一旦休もう」
「で、ですが……」
ボールを持ち、平間へとそう言うが彼女はどこか渋った様子を見せた。
「明後日が本番で焦る気持ちも分かる。だが、やりすぎて筋を痛めれば元も子もない。それに、一つ一つ課題はクリアしていってるからな」
そこまで言ってやっと、平間は頷いた。
「来栖! 響! 二人も少し休憩に入ってくれ!」
そう声を張ると、二人も頷いてこちらへ歩いてきた。
平間が活躍するためには来栖の協力も必要だ。しかし、俺が二人まとめて教えるのはかなり厳しい。そこで響に手伝って貰えないか聞いてみたところ二つ返事でOKを貰えたのだ。
「二人ともお疲れ。どんな感じだ?」
「んー……まずまず?悪くは無いと思うけど……」
来栖が不安そうに響を見る。響は頷いた。
「最初に比べりゃ大分上手くなってる。サッカー部とか部活生相手ならちょっと厳しいかもしれんが、この調子だと明後日にも間に合うはずだ」
響の言葉を聞いてほっとする。
「なら良かった。こっちも一歩ずつ進んでる感じだ。な、平間」
「はい♪ 出来なかった事が出来るようになるのって楽しいです!」
平間はそう言って笑った。
「響もありがとな。急に言ったのに来てくれて……場所まで教えてくれるなんてな」
響が教えてくれたのは隣町の運動公園。俺は知らなかったのだが、かなりスペースがあり、サッカー場やミニゲーム用のスペースまであった。
「良いって良いって。人が努力する手伝いって案外楽しいしな……それに」
響はニヤリと笑う。悪い笑みだ。
「【悪魔】様の手腕が気になってな?」
「その呼び方はやめろ……」
ため息混じりにそう返すと、来栖と平間がムッとした表情を見せた。
「言っておくけど獅童君はそんな噂みたいな事は一切やってないし、そもそも私達もあんな呼び方認めてないからね」
「そうです! というかなんなんですか、天使とか悪魔って。私達が一番恥ずかしいんですからね」
「お、おお……悪かった。悪かったって」
さすがに女子二人に詰められると弱いのか、響も押され気味だ。
……というか、二人の剣幕が凄いと言うのもあるか。相当嫌だったのだろう。
まあ俺も、【悪魔】などと呼ばれて悲しさよりも恥ずかしさの方が勝ってるからな。
「響もあまり人をからかい過ぎるなよ。こうなるぞ」
「いやもう。心の臓に刻み込みました。許してください」
響が平謝りすると、やっと来栖達も溜飲が下がったのか口を閉ざした。
「それじゃ、十五分ぐらい休憩してある程度回復したら最後に数回だけやって今日は終わるか」
「そうだな。それぐらいが丁度良さそうだ」
響が俺に賛同し、平間達は渋々頷いた。もっと練習したいと思っているのだろう。
「平間もなるべく早めに帰った方が良いんだろ?」
「えっと……はい」
もう時刻は五時半。平間の家がどこにあるのかは知らないが、恐らく近くはないだろう。
「それに、まだ明日もある。もう二回に一回は成功してるからな。明日は来栖と実際に合わせてみよう」
「……はい!」
幾分か元気を取り戻した平間へ微笑みかけた時だった。
「あああああああああああああ!」
どこか聞きなれた叫び声がした。振り向くと、一人の男子生徒が俺達を指さしていた。
「……玉木?」
「みみみみ水音、てめえええ! 火凛ちゃんというものがありながら浮気してるのかよ! この前俺と交した熱い約束はなんだったんだよ! 一緒に合コンしようって言ったじゃねえかよ!!! ……って、響も居んじゃねえか。てめえも浮気か? 当て付けか? あ?」
玉木は俺へ憤慨した様子を見せながら近づいてきた。平間がビクッとしたので前へ出る。来栖は怪訝な顔をしながらも平間を守るように抱き寄せた。
「玉木、言いたい事はたくさんあるだろうが大声は控えてくれ。男子が苦手な子がいるんだ」
「まじ? それを早く言ってくれよ。ごめんなさい。めちゃくちゃごめんなさい許してください嫌わないであいでっっ」
声を抑えつつも早口でまくし立ててくる玉木の頭へとチョップする。
「……悪いな、二人とも。こいつは玉木慎之介。俺の中学の頃からの…………友人だ。恐らく……多分、悪い奴では無い」
「おいこら、なんだその間は。俺らマブダチだろうが。心の友だろうがよ。な、響」
「俺に振るんじゃねえよ奇人。ってか本当になんで俺に振ってきたんだよ」
支離滅裂な発言を繰り返す玉木を見て響はため息を吐きながらそう言った。その気持ちは凄く分かる。
一度振り返って来栖と平間を見た。二人とも目を丸くして俺達を見ている。
「……先に二人を紹介するぞ。来栖春と平間輝夜。二人とも俺と響のクラスメイトで、色々事情があってサッカーを教える事になった」
「あ、来栖春です。獅童君には凄いお世話になってます」
「ひ、平間輝夜です。えっと、男の人は苦手なので……苗字で呼んで欲しいです」
二人がぺこりと頭を下げると、玉木は笑った。
「おう。俺の事は玉木って呼んでくれ。下の名前はあんまり好きじゃないからな」
その言葉に二人は頷いた。
「そういや、響がサッカーやるなんてな。中学で辞めるって言ってただろ」
「ああ。レクでやるんだよ。どうせやるなら勝ちたくなってな」
その言葉に俺は疑問を覚えた。
「……響、サッカーもやってたのか?」
「あ? 知らなかったのか? 響は中学の頃サッカー部のキャプテンで弱小校を全国ベスト8まで導いた男だぞ?」
「……は?」
玉木の言葉に俺は思わず間抜けな声を上げていた。
「え、嘘だろ……? いや、でも……中学は卓球部で玉木と知り合ったんじゃ……?」
「何言ってんだ? 俺と響は従兄弟だぞ」
俺の頭の中は疑問で埋め尽くされた。
「あー……この様子だとお前、また意味の無い嘘ついたな?」
「……くく。くははっ。まさか本当に信じてたとは。良いリアクションしてくれて助かるよ。嘘をついた甲斐があったってもんだ」
……響は俺を見て笑っていた。
「……お前な」
「やっぱりお前は俺の見込んだ男だよ。……くく。本当に面白い奴だ」
怒りではなく呆れの感情が湧き上がってくる。ため息を吐いていると、平間が来栖より前に出てきた。
「……嘘はダメですよ、苅谷さん。獅童さんはお優しい方ですから許してくれるかもしれませんが、積み重なった信頼にヒビが入ってしまいます。どれだけ小さな嘘であろうと、です」
……実に耳が痛い話だ。
俺は……俺達は、多くの人に嘘をついている。
それこそ、父さんにも母さんにも……水美や火凛のお父さんに……奏音は大丈夫だとして、平間達にも嘘をついている。
俺達は肉体関係を持っていて、それでいて交際していない。
不誠実極まりないな、本当に。
火凛との関係が変わる時。良い意味だろうと、悪い意味だろうと。その時は父さん達に伝えるつもりだ。
その事を考えると心臓が痛い。……今考えたところで仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「……ま、そうだな。悪かった、水音。俺が悪かったよ……ってお前もダメージ受けてんな」
「……その話はいずれどこかで、だな。まあ大丈夫だ。悪意を持って嘘をつかれた訳でも無いし、俺に不利益も無いからな」
苦笑いする響と対照的に、平間は俺を見て少し慌てた様子だ。
「いや、えっと……その、世の中にはついた方が良い嘘もありますから!」
「優しい嘘、って奴だね。それに、誰にだって隠し事の一つや二つはあるもんだよ。……言い方は悪いけど、墓場まで持っていけば誰も嘘だと分からないし。なんだっけ。シュレディンガーの猫だっけ。誰かに観測されない限りは箱の中の猫が生きてるか死んでるか分からない、って奴」
平間が来栖の言葉を聞いて信じられないような表情をした。
「……! 猫ちゃんが死んじゃうのは嫌です!」
「や、そうじゃな……そうなんだけどさ」
平間の言葉に来栖が微妙な表情をする。二人の会話に幾分か気が晴れた。
この二人もいつか、本当の事を知る日が来るのだろうか。その時は全力で火凛をフォローせねばならない。
俺が悪役になってでも…………いや、そんな事をすれば火凛に怒られそうだが。
「ま、それはそれとしてだ。レクっていつやんの?見に行っていいのか?」
玉木が場を切り替えようとそんな事を聞いてきた。
「ああ。一応親や友人も見学に来ていい事になってる。試合は明後日の十時から開始だな」
「お、じゃあ行くわ。出会いを求めて」
「いや俺達の応援に来いよ」
「おう! もちろん応援するぜ! 女子達のな!」
ブレない玉木にどこか安堵していると、来栖に肩をつつかれた。
「ね、そろそろ十五分経つけどどうするの?」
「……もう経つのか」
時計を見れば、もう時間のようだった。
「どうせだ、玉木も手伝ってくれないか? 確かお前、異様にサッカー上手かったよな」
「おうよ。モテたい一心で響に頼み込んで基礎は叩き込まれたからな!」
ガッツポーズを取る玉木にまた思わず苦笑いをしてしまう。
「……一応聞くが、どうしてサッカー部に入らなかったんだ?
「あ? んなの卓球部の先輩に可愛い人がいたからに決まってんだろ」
……そんな理由だったのか。
「ちなみに結果は?」
「惨敗だよこんちくしょう! 『実は私、好きな人が進学する高校に行けたんです』とか言われりゃ何も言えねえだろうが!」
「……悪かった」
「うるせえ! リア充には俺の気持ちなんざ分からねえよ!」
肩を叩けば、そんな事を言われた。……また一つ、疑問が沸きあがる。
「……そういえば、さっき響にも浮気がどうのこうの言ってたよな。彼女居たのか?」
「ああ。居るぞ」
響はかも当然かのように答えた。
「……初耳なんだが」
「そりゃ聞かれなかったからな。……ちなみに水音は?」
「………………居ないぞ」
「はぁぁぁぁぁ?」
玉木が親の仇かのような視線を向けてくる。俺は全力で目を逸らした。
「は? 何お前まだ付き合ってなかったの? てかあれは実質付き合ってるようなもんだろ。それともアレか? 付き合う直前の空気を引きずりたいってか? 馬鹿なの? 死ぬの?」
全力で目を逸らす俺を肩パンしてくる。地味に痛い。
「……まさかだけど、中学からあんな感じなの?」
「…………学校では関わってなかったぞ」
「へぇ。そりゃ関わってなかったよ。関わってなかったさ。でもなぁ! 時折意味深に目合わせてたよなぁ! お前は火凛ちゃんが唯一微笑む相手だったもんなぁ!」
……本当にこの男は、恐ろしいぐらい勘が良い。
「……良いですね。時折交わる視線に自然な微笑み。周りに隠れながら行われるみっか――」
「輝夜、一旦止まろうか」
来栖が平間の口を強引に閉じさせた。
「はぁ。水音もはよ付き合えよ。そのあと俺も彼女作るからダブルデート……いや、響も巻き込んでトリプルデート行くぞ」
「お前は何を言い出してるんだよ。俺を巻き込むな」
響が迷惑そうにそう言った。
「それより早くやるぞ。慎之介、お前はこっちな」
「おう」
響には名前で呼ぶ事を許しているのは、親戚の集まりなどがあるからだろうか。違和感がある。
「よし、それじゃあ俺達もやるぞ、平間」
「はい、分かりました!」
そして、俺も平間と共に練習を再開したのだった。




