第65話女子会
来たる木曜日。水美を待つために奏音と二人でいつものカフェへと来ていた。残念な事に水音は居ない。
五分ほどすると、カランコロンと扉の開く音がして水美ちゃんが入ってきた。
「……! 水美ちゃん、こっちこっち!」
きょろきょろと辺りを見渡す水美を見て、奏音が見つけやすくなるよう手を上げる。
水美が私達を見つけて、嬉しそうに駆け寄って来た。
「少しぶりだね、姉さん、奏音ちゃん! ……兄さんは居ないんだね」
「ん。水音はちょっとやる事があってね。水音も会えなくて残念そうにしてた」
本当は水音も来ようとしてたんだけど……今は輝夜ちゃん達と一緒に居る。
「まあ、あっちもかなり大切な事だったっぽいからね。春がすっごい申し訳なさそうにしてたし」
奏音の言葉に水美の耳がピクリと動いた。
「……兄さん、今女の子と一緒なの?」
「えっ?」
その声と眼は酷く冷たいものだった。奏音が目を丸くしてる。
……懐かしいな。私も昔、同じような目を向けられた事を思い出した。
「ふふ。大丈夫だよ、水美。輝夜ちゃん達は水美から水音を奪ったりしないから」
「……姉さんが言うなら」
水美を呼んで頭を撫でると、幾分か雰囲気が和らぐ。
「水美ってばすっごい水音の事大好きだもんね。誰が他の人に取られるかも! ってなったらいつもこうなるんだよ。……昔、私にもしたもんね」
「う……あれは…………ごめんなさい」
いつだったかな。確か、私が風邪を引いて夏祭りに行けなくなって……その次の日からだったかな。
水美はずっと水音にしがみついて、私が水音に話しかけようとすると何度も何度も先に水音に話しかけて邪魔をしてきた。遊ぼうと手を引こうとすれば、特に意味もなく両手を握ったりしていた。
最初はどうして水美に嫌われてたのか分からなかったけど、しばらくすると水美は嫌うどころか懐いてきた。何かきっかけがあったのかもしれないけど、私には分からない。
「ふふ。良いんだよ。今はこうやって仲良く出来てるんだから……ね?」
何度も頭を撫でていると、水美は嬉しそうに目を細めた。そんな中、奏音が目を丸くして私達を見てきた。
「…………ツッコミどころはいくらでもあるんだけどさ。ほんとに姉妹みたいだよね、二人とも」
「えへへ」
奏音の言葉に水美が照れたように笑った。本当に可愛い子だ。
「あ、でも私にはそんなに敵意無いよね。なんで?」
奏音が聞くと、水美は頭に?を浮かべた。そして、しばらく考え込んだ後……更に首を傾げた。
「……なんでだろ?」
「いや分からないんかい……や、遠慮とかしなくて良いんだよ?」
奏音が言うが、水美は首を振った。
「多分、直感とかなのかな? ……それに、奏音ちゃんは困ってた私の事も助けてくれたからかな。兄さんや姉さんの事も何度も助けてくれてそうだし」
奏音はその言葉を聞いて、目を伏せた。
「……それは間違い「合ってるよ、水美」」
奏音に被せるように言った。奏音が驚いた顔をしているが無視して続ける。
「奏音はね。何度も私と水音の事を助けてくれたんだ。……水音が奏音に出会ったのはつい最近だけど、それでも奏音が居ないと解決しない事もいっぱいあったんだよ」
水美にも私と水音が付き合っていると勘違いさせている。だから、詳しい事は言えない。
念の為にその事は奏音に告げていたので、口を挟んでくる事も無かった。
水美は『いっぱい』の部分も気になったんだろうけど、それを無視して笑顔で頷いた。
「やっぱり。姉さんが奏音ちゃんの事を心から信じてる、って事が伝わってるからなんだろうね。助けてくれるのは」
水美の言葉に奏音が息を吐いた。
「……言っとくけど、私は何度も何度も火凛と水音に助けられてるからね」
「それだけ兄さん達に大切に思われてるって事だよ!」
カウンターを食らった奏音はタジタジになっている。思わず笑ってしまった。
奏音はそんな私をじとっとした目で見てきた。
「……こうなったら火凛と水音の過去を根掘り葉掘り聞いてやる。って訳で、二人の話聞かせてくれない? もちろん水美ちゃんの事も」
「……! うん、もちろん!」
朗らかに笑う水美を見るだけで私は心が安らぐ気持ちになった。
◆◆◆
水美ちゃんから聞いた話はどれもほっこりするようなものだった。
昔火凛や水音とどんな事をして遊んだとか、男の子にいじめられそうになっていた所を二人が助けてくれたとか。
お祭りでお化け屋敷に入って水音の腰が抜けてしまった話なんかは思わず笑ってしまった。水音にも弱点はあったんだ。
ああ、そっか。そうだよね。まだ水音と知り合って間もないんだ。知らない事もそりゃいっぱいあるよね。
――そして、火凛達が中学生になってからの話をしている途中で水美ちゃんは口を閉ざした。
「……どしたの?」
「いや、その……ここからはあんまり良い話が少ないから」
火凛があっと言った事で私も理解した。
火凛と水音が疎遠になった時期だ。
「……そう、だね。水音に許可も無しで聞く訳にはいかないね」
「ごめんね、姉さん。奏音ちゃん……あの時の事は私もあんまり思い出したくないから」
水美ちゃんの言葉に私は思わず眉を顰めてしまう。
……まさか。いや、水音に限ってそんな事はしないはずだ。
そう思っていても、胸がザワザワする。その時、水美ちゃんと目が合った。
水美ちゃんは少し慌てた様子だ。ぶんぶんと首を振ってから口を開く。
「べ、別に兄さんが物に当たったとか、私に当たったとかは無いからね! ただ、あんな兄さんは見たこと無かったってだけで」
「……ははっ」
どうやら兄妹揃って人の心を読み取るのが得意らしい。思わず乾いた笑いが漏れた。
「ごめんね。人って追い詰められた時どうなるかは分かんないからさ。優しい人ほど内に溜め込むし、その分爆発した時が怖いんだよね」
「うん。水音は人が落ち込んでるのには気づくのに自分は溜め込むし、しかも溜め込んだものを隠そうとするからね」
水美ちゃんは私と火凛の言葉を聞いて全力で首を縦に振ってた。そこまで溜め込むのかあの男は……
「頼って欲しい……けどね」
火凛が少し寂しそうに呟いた。
「……まあ、本当にどうしようもなくなったら二人のことを頼ると思うけどね。今の水音なら、だけど」
私は過去の水音は火凛から話を聞いた事しか知らない。
だけど、今の水音なら頼るんじゃないかな。
「や、何となくなんだけどね。多分水音は今溜め込んで溜め込んで……で、どうしようもなくなって爆発しちゃったらさ。その時は火凛とか水美ちゃんに迷惑を掛けてしまうじゃん。親にもそうだし、もしかしたら私にも掛かるかもしれない。水音はそういうのが一番嫌だろうし、大丈夫だと思うよ…………この中で私が一番水音と関わった時間は短いけどさ」
火凛や水美ちゃんの方が水音の事を知ってるはずだ。私は精々一週間ほどの付き合いしかない。
でも……あれだけ要領の良い彼なら、きっと分かってると思いたい。
「……そうだね。確かに兄さんならそうする気がする」
「ん。出来れば全部相談して欲しいんだけどね」
「それは……いや、ちゃんと毎日そう伝えれば案外してもらえるようになるかもよ?」
水音みたいな人はちゃんと人の話を最後まで聞くタイプだ。もしかしたら日頃のストレスや鬱憤なんかも話してくれるようになるかもしれない。
そうして水音の話をしていたら、どんどん時間が経っていった。水美ちゃんと話し合い、一週間で最低でも一回はこうしてお話をしよう、今度は水音も交えてと約束をしてお開きとなったのだった。




