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第64話 成功体験は自信へ繋がる

遅れて申し訳ありません

 ピッ、と試合開始の笛が鳴る。俺はグローブを嵌め、深く息を吐いた。


 普段はここまで気を張らない。あくまで授業として楽しみながらやっている。


 不思議と肩が強ばるのは火凛達女子が近くにいるから、という理由だけでは無いだろう。



 平間輝夜。彼女の事を正直に言うと、運動神経は良くない。だが、すぐに諦めたり音を上げたり、弱音を吐く事は無かった。


 最終的には一点をもぎ取るぐらい上達させたい。しかし、今はまだ無理だ。


 ……でも、それでも。何かしら活躍をして欲しいと思ってしまう。


「まあ、一人だけ贔屓する訳にはいかないが」


 そんな事をすれば非難轟々だろう。……まあ、バレない程度にだな。ギリギリを責めるのは苦手では無い。


「水音! 来てるぞ!」


 響の言葉を聞き、俺はパンと膝を叩いた。


 ボールを持っているのは男子生徒。俺はその生徒の一挙手一投足を注視する。



 眼は……ブラフか。足の側面を使って逆方向に打つつもりだな。


 俺は引っかかる振りをする。火凛が横から近づいて圧をかけてくれた。男子生徒は焦ってボールを蹴る。


 俺は左に跳び、ボールを体の中心で受け止めた。


「……! 水音凄いっ!」

 火凛が目を輝かせている。……やはり良い所を見せたいと思ってしまうのが男の性なのだろうか。


 高鳴る心臓を無視し、火凛へ微笑み返してからボールを投げる。


 まずは、輝夜達が居ない方へ。



 男子生徒がボールをヘディングし、前へ飛ばす。……頭頂部で行っていたが危ないな。今度からはもう少し低めに投げるか。


 そして、高く上がったボールはライン外に出た。相手のゴールキックだ。



 そうして試合は続く。ボールはあっちへ行ったりこっちへ来たり。お互いシュートはするものの、明後日の方向へ行ったり止められたりとなかなか決まらない。


 てっきり響がワンマンプレイをするのかとも思っていたのだが、サポートに回っている。



 ……そろそろやるか。


 一瞬。本当に一瞬だけ平間達が居る方を見る。そして……ボールをそこへ投げた。



 ボールは高く飛ばない。何度かバウンドし……


 来栖が腿でトラップした。まだ平間はこれが出来ないからな。


 そして、来栖は隣にいる輝夜へボールを渡す。


「いけ、輝夜!」

「……はい!」


 輝夜は助走をつけ――ボールを高く飛ばした。



「……ギリギリラインを超えるか」



 まだ平間のシュートの精度が良くない。今回も力加減を間違えたよう――


「ナイスパス!」

 ――だと思っていた。

 ボールは一人の男子生徒が取っていた。……響だ。


 先程まではそこに居なかったはずなのに、響がボールを持って上がり……



 シュートを決めた。わっと歓声が上がる。


 響は……俺を見てニヤリと笑った。俺の思惑を悟っていたらしい。


「ナイスシュートだったぞ! 響! 平間も良いアシストだった!」


 ……平間がパスを出し、そのお陰で点数が取れた。結果論だが、何はともあれ点数は取れたのだ。




 平間は俺と響へ向かって嬉しそうにぺこりと頭を下げた。


 ◆◆◆


「……暑くないか? 火凛」

「んー? この暑いのが良いんじゃない?」


 帰り道、人通りが少なくなってきたら火凛が腕に絡みつくように歩いてきた。


「……それにだな。今日二時間連続で体育もあったし…………臭くないか?」

「私は水音の汗の匂いは好きだよ? ……というか、水音の匂いならなんでも。……水音が私の事汗臭いって言うなら離れるけど」


 少しだけ不安そうにする火凛の頭を撫でる。


 そこから漂うのは汗臭さなど無く、火凛の甘い体臭の中にうっすらと制汗剤の匂いの混じった……非常に下半身に良くない匂いだ。


「汗臭くなんか無いから安心しろ」

「ん、じゃあ大丈夫」


 火凛が俺の腕を更に自分の体へ持っていく。……それに合わせてふにふにと大きくて柔らかい二つの球が弾む。


「今日から何日かは出来ないけど、その分いっぱい別のプレイが出来るからね? ……水音って結構匂いフェチだし」

「……それは火凛もだろ」

「ふふ、当たり前でしょ?」


 火凛は俺の手を取って自分の顔へ持っていき、すんすんと匂いを嗅いだ。


「水音の匂いも、見た目も、声も、肌触りも……味も全部す…………こほん。えっちだもん」

 火凛は言いかけて途中で言葉を変えた。顔が真っ赤だ。


「物凄い事口走ってるぞ」

 幸い人は通っていないが、まだ夕方だと言うのに……


「えへ」

 火凛は可愛らしく舌を出し、更にぎゅっと腕を柔らかいもので包み込んできた。


 ……今更そんな事で動揺する訳ないだろ。


「ふふ。水音すっごい心臓バクバクしてるよ? 汗も凄いし……興奮してる?」

「だ、誰が……」


 指摘されて思わず視線を逸らした。


「でも、ここでおっきくするのはダメだからね?」

「……それは大丈夫だ」


 その訓練は何度も何度もしてきた。理由として……俺は大きくしてしまうと、周りにすぐバレてしまうからだ。ズボンは窮屈になり、単純に痛いといった理由もある。


 実は、授業中に眠くなったり暇な時間が出来てしまった時が一番厄介だったりする。


 そんな事を考えていたら、火凛の手が伸びてきた


「……♡」

「待てこら。どこを触ろうとしている」


 その手を掴むと、火凛は少しムッとした表情を見せた。


「水音、いつも最初からずっと臨戦態勢だから。たまにはふにゃふにゃな時のも見てみたいし触ってみたかった」

「……だとしても外だぞ」

「もう家のすぐ前だよ? 人も居ないし」


 火凛の言う通り、もう玄関は目前だった。辺りには人気もない。


「……それでもだ。家の中に入ってからにしてくれ」

「…………ん。分かった、ごめん」


 火凛はあの日になると少しばかり性欲が強くなる。だが、こうしてちゃんと言えば理解してくれる。


 少しだけしょぼくれる火凛の頭を撫で、家へと入るのだった。


 ◆◆◆


 輝夜と帰り道を歩く。何気ない日常の一コマだけど、今日は輝夜のテンションが異様に高かった


「輝夜、あんまりはしゃいでたらまた転んじゃうよ」

「はい♪ ちゃんと下は見てるから大丈夫ですよ♪」

「や、そういう事じゃ無いんだけどさ……まあいっか」


 これだけテンションが上がっているのは、今日のレクの練習が上手くいったからだろう。


「それにしても、まさか輝夜がボールをあんなに高く蹴れるなんてね。驚いたよ」

「ふふん♪ 私も驚きました! 獅童さんが丁寧に教えてくれたからです!」


 そう言って輝夜は笑う。天使のような笑みだ。


 獅童君は教えるのが上手かった。……否、上手すぎる。


 輝夜は生粋の運動音痴だ。しかも、母親からも蝶よ花よと育てられたのでスポーツを無理にさせられる事も無かった。


 中学の時の体育も選択制で、輝夜は球技はほとんど選んでこなかった事もある。


「そんな輝夜がまさか……ねぇ」


 それ以上に驚くべき事があった。



 輝夜がこんなに男の人を褒めるのは初めてなのだ。


 それに……男の人が偶然すぐ後ろに居るだけで悲鳴を上げるのに、獅童君に抱きとめられた時は上げなかった。……もちろん怖がりはしたけど。



「……輝夜はさ。獅童君の事どう思ってるの?」


 そう聞けば、輝夜の肩はピクリと跳ねた。


「人の事を慮れる、とてもお優しい人だと思います。あと、ふとした時に火凛ちゃんを見てて、とっても大好きなんだなって思いました」


 その言葉に私は目を丸くした。


 今まで、私と輝夜は色んな男の人に話しかけられてきた。


 それこそ怖そうな人も居たけど、優しそうな人ももちろん居た。


 そんな時、私は決まって輝夜に聞いたのだ。


『今の人の事、どう思う?』

『……良い人そうだな、とは思いました。ですが……目が怖かったです』



 ……と、決まって「怖い」と口にするのだ。



「……怖く、無かったの?」

 思わず、そう口にしていた。


 輝夜は少しだけ考え込む。ううんと喉を鳴らす仕草をしていてやはり可愛らしい。


「そりゃ……男の人は怖いです。でも、なんて言うか…………あ、そっか」


 ぽん、と輝夜は手を叩いた。喉につっかえた物が取れたようなすっきりした表情だ。


「眼を見て話してくれたんです」

「……眼? あ、でもそうだね。獅童君ってずっと眼見て話してくれてたな」


 言われてみれば、彼は人と話す時はずっと眼を見て話していた。……決して他の部分を見ようとしなかったとも言える。


「今まで私達の会った男の人って別の部分を見てましたよね。……私じゃなく、私の体を。だから怖かったんです」

「……でも、獅童君は輝夜をちゃんと見てくれてたんだ」

「はい♪ おじい様と一緒でした!」


 思わずずっこけそうになった。


「……おじいちゃんか。お母さんの方のだよね?」

「はい! おじい様は優しくて、私のことをいつも考えてくれてました。獅童さんも私の事を考えてくれました。少し似てませんか?」

「まあ、言われてみれば……」


 私達のおじいちゃんは朗らかな人だ。ずっとニコニコしていて、私や輝夜が遊びに行くとすっごい嬉しそうにしていた。



 ……あと、大変な時の輝夜を助けてくれたのもおじいちゃんだったりする。


「でも、間違っても獅童君に言わないようにね。多分傷つくと思うから」

「えっ!? どうしてですか? あんなに優しいのに」


 天然を発揮する輝夜に笑いかける。


「獅童君は私達のおじいちゃんの事は知らないでしょ? ……それに、15……6なのかな? でおじいちゃんって言われたらさすがに傷つくよ」

「……そうですか。残念です」


 さっきとは一転してしょぼくれる輝夜の頭を優しく撫でる。


「……ちなみになんだけど、苅谷君は?」

「苅谷さんですか……? ……ううん。よく分かりませんが、何を考えているのか分からなくてちょっと苦手です。あ、でも今日私のボールを取ってくれたのは嬉しかったですよ?」


 ……苅谷君はあんまり好感触じゃ無かったか。



 ……もしかして獅童君なら…………いや、今は辞めておこう。今日の彼は輝夜のために頑張ってくれた。今は火凛の邪魔をしたくない。



 そうして考えていると、また一つ疑問が湧き上がってきた、


「……そういえばさ。どうして急にサッカーがもっと上手くなりたいって思ったの?」


 それは急に輝夜が言い出した事だった。最初のサッカーの練習と試合の後、私と奏音の前で言ってくれたのだ。


「……? 言いませんでしたっけ?」

「火凛がかっこよかったってのは聞いたけどさ。もうちょっと詳しく知りたいなって」


 そう聞けば、輝夜はくすりと笑った。



「ふふ。分かりました。春にだけ特別に教えますね」


 そして、輝夜がちょいちょいと肩をつついてきたので私は軽くしゃがみこむ。



 そうしてこしょこしょと耳打ちしてきた輝夜に、私は更に驚く事になったのだった。


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