第60話 期限
脱衣所へ向かうと、奏音は気まずそうに口を開いた。
「……ごめん」
「奏音が謝ること無いよ。あれは事故だったんだし。気持ちもわかるし」
「でも……火凛の気持ちを考えれてなかった。それに、あんな火凛のために言ったから〜〜みたいな空気も出しちゃって」
「……ふふ」
思わず笑みが零れた。別に悪い意味で笑った訳では無い。
「……火凛?」
「ううん。嬉しくてね。奏音っていつも私の事考えててくれてたから」
さっきの事だってそうだ。
「水音からのお詫び。もっとお願いする事だって出来たはずだし…………水音ならえっちなお願いでも聞いてくれたはずだよ?」
それを聞いた奏音は苦笑いをする。そして、少し気まずそうに口を開いた。
「…………思わなかった訳では無いけどね」
「『思う』と『実行する』には大きな差があるよ。思うだけなら誰にも知られる事は無いもん。……そうやって言ってくれる所が奏音らしいけどね」
やっぱり奏音は誠実だ。私にも、水音にも。
まだ納得出来ていないのか、難しい表情をする奏音に笑いかける。
「それともさ……お風呂から出たら二人で服着ないで押しかけてみる?」
「ちょ、変な事言わないで。……どうせ水音が断るでしょ」
その言葉を聞いて頭の中に?が浮かぶ。しかし、よくよく考えれば言ってなかった事を思い出した。
……一瞬、言うのを躊躇った。言えば逆に奏音を傷つける事になるのでは、と思ったから。
でも、私も奏音には誠実でありたい。
「そういえば、さっきは私が水音にした質問だけどどんな返しされたのか言ってなかったね」
しかし、奏音は私の言葉を聞いて首を振る。
「……んー。聞くのはやめとくよ。…………ちょっと揺らぎそうだから」
その正直な言葉に思わず微笑んでしまう。
「……分かった。奏音がそう言うなら。それじゃ入ろっか」
「ん、そだね」
お互い服を脱ぎ始める。私もそうだけど、奏音もあんまり恥ずかしがらない。
……今まで、体育とかで一緒に着替える事はあったけど、こうして裸になるのはまた不思議な感じがする。
「……やっぱ火凛は体綺麗だね」
「ふふ。奏音だって」
奏音が感心したように私を見てくるけど、私だって同じ気持ちだ。
……というか、本当に綺麗。私よりスレンダーで体のラインが綺麗だ。肌もツルツルで、手入れは欠かしていないんだろうなと感じる。
……あと、一つ気になった事があった。でも聞いても良いのか悩む。
すると、そんな私に気づいたのか奏音は笑って答えてくれた。
「あはは……こうやって見られるとちょっと恥ずかしいね。全部剃ってるんだ。ほら、私って髪染めてるじゃん? ……こっちまで染めるのはなんか勇気いるからさ。私って毛薄いし、剃った跡とかあんま目立たないしさ」
「……ん。そうだね。てっきり元々生えてないのかと思った」
「それは言い過ぎだって、……てかさ」
奏音はじー、っと私の胸を見ていた。
「桃色……綺麗すぎない? ここってすぐ黒くなるって聞くけど」
「ケアはしてるから。……あと多分体質なのかな。正直、私もなんで色変わらないのかわかんない」
水音に触られてない訳では無いし、どちらかと言えばよく触られる方だ。だけど、最初の頃からあまり色は変わっていない。……ちょっと大きくはなってるけど。
「はー、羨ましい。私もそんな体質だったら良いけど」
「こればっかりはね。……でも、奏音も綺麗じゃない?」
「そりゃ…………あんまり使ってこなかったし。触るような人も居ないし」
ぶつぶつと奏音は恥ずかしそうに呟いた。……悪い事を言ったかもしれない。
しかし、奏音は頭を振って私を……私の胸を見てきた。
「ま、いいや。……ねえ、ダメならダメで良いんだけどさ。触ってみて良い?」
「ふふ。良いよ。奏音なら」
「え、良いの?」
私は学校でもよく触っていいかと聞かれる。毎回断っていたのは奏音も見ていたはずだ。だから驚いているのだろう。
「ん。もちろん。好きに触って」
そう言えば、奏音は暫しの間固まった。
「……? 奏音?」
「……なるほど。これは破壊力高いわ。そんじゃ、触るよ」
「ん」
触りやすいよう、胸を張るような仕草を取る。奏音はごくりと生唾を飲み込んで、手を伸ばしてきた。
「……何これ。こんなに指沈むの? てか柔らか。重っ」
「……ん、ふふ。結構胸って重いよね」
「一部の女子が聞いたら殺意を抱かれそうな発言して……でも凄い。全然垂れてないし……ちなみにサイズってどれくらいなの?」
そう言われて思わず考え込む。……最近ちゃんと測ってなかったけど。
「……最近ブラがキツくなってきたから多分G寄りのFかな」
「いやいやいや。え、私達まだ高校生なってから一ヶ月も経ってないよね。……そんだけ大きくなってもまだ成長してるの?」
「……? うん。目標は水音の全部埋め込む事だから」
「……はぁ。レベルが違ったわ」
奏音はため息を吐いて自分の胸と比べ始めた。
「ちなみにさ。奏音のサイズってどれぐらいなの?」
「一応Eだよ……D寄りのだけど」
「それでも凄いと思うけど……」
私の言葉に奏音は一つ頷いた。
「ま、私も小さいとは思ってないけど。……ね、やっぱりさ。好きな人に触って貰った方が大きくなるってほんと?」
ふと、そんな事を聞いてきた。私も思わず笑う。
「……私は水音と関係持ってから目に見えた大きくなったから。多分あると思うよ。…………バストマッサージも水音がやってくれるし」
「やっぱそうかぁ。……ま、私もまだ成長が止まった訳では無いからいっか」
「ん。そろそろ入ろ。風邪引いちゃう」
「あ、そだね」
思わず話し込んでしまった。季節はもう初夏だけど、ずっと裸だとさすがに冷える。
奏音を連れ、やっと浴場に入ったのだった。
◆◆◆
ぼーっと本を眺めていると、扉が開かれた。
「やほ、帰ってきたよ」
そこに居たのは奏音だ。いつものテンションに戻っている。
「おかえり、奏音」
持っていた本を本棚に戻してそう言うと、ポカンとした表情を浮かべた。
「……どうした?」
「…………や、なんでも。あ、そうだ、火凛はちょっとやりたい事があるってまだお風呂居るよ」
「ああ、分かった」
火凛が何をしているのかは分からないが、とりあえず頷いておく。
「あ、そういえばさ。明日レクの練習ある日だよね」
「ああ。そうだ。体育と二連続になるな」
「うへぇ……しんどそう」
「まあ、体育も今週は種目をサッカーに切り替えるらしいからな。適度に休めばそこまで疲れないはずだ」
サッカーと言っても、常に走るような競技では無い。キーパーの俺が言うのもなんだが。
「水音も火凛も体力やばいじゃん。二人とも体力テストの時とかシャトルラン最後まで残ってたし。サッカー部に勝つって……。あの男子、その後校舎裏で泣いてたよ」
「……本当か?」
その話は初耳だ。
「え、知らなかった?」
「……いや、一時期陸上部にずっと声を掛けられたりはしたんだが……その話は知らないな」
「マジ? ……まあ、男子が気を利かせてたのかな。ああ、そういえば50m走も火凛とあんまり記録変わんなかったよね。示し合わせでもした?」
俺は奏音の言葉に首を振る。
そう。体力テストの記録は俺と火凛でかなり似通った結果となった。俺はともかく、火凛は女子の中でもずば抜けた結果だ。特に筋持久力と柔軟性が凄まじい事となった。
「……ね。そんな水音に良い知らせ兼悪い知らせがあるんだけどさ」
神妙な面持ちで奏音は言う。俺も座り直し、奏音を見返した。
「嫌な予感がするが……聞かせてくれ」
奏音はこくりと頷き、口を開いた。
「私達の高校って毎年体育祭があるじゃん。そん中の競技にさ。二人三脚リレーってのがあるんだよね」
「……また特殊な競技だな」
奏音は苦笑いをしながら頷く。
「私もそう思う。なんか生徒の協調性を高めるため〜〜とか理由はあるらしいけど、まあそれは良いとして」
やはり学校なりに理由はあったらしい。それもそうか。
……と納得していた時だ。
「男女混合らしいんだよね、これ」
「はあ?」
思わず声を上げてしまった。
「……男女混合?」
「そう。男女混合。……まあ、普通は同性同士で組ませるらしいんだけどさ。この競技、ポイント高いんだよね」
「ポイント制なのか」
「そ。具体的にはね――」
体育祭は競技によってポイントが定められていて、一〜三位がポイントの対象らしい。
普通の競技はは五ポイントや十ポイントらしいのだが……
「この競技は二十ポイントか。大盤振る舞いだな」
「そうなんだよね……で、この競技は身体能力とか身長の面で色々考慮されるらしいの。……まあ、まどろっこしいのは置いとくと、先生が決めるらしい」
……なるほど。確かに、身長差が凄まじかったり、足の速さに差があれば怪我をする可能性が出てくるか。
「それで今日さ。課題出すついでに聞いてきたんだ。誰を出場させるとかってもう決めてますか? って」
……そう言って、奏音はニヤリと笑った。
「……まさか」
「そう。そのまさか。『本人達に問題が無ければ、獅童水音と竜童火凛を組ませる予定』ってさ。他は身体能力が高くて身長が近い順ってさ」
「正気か」
「まあ、拒否権はあるみたいだけど……そしたら火凛、別の人と組まされると思うんだよね。断ると思うけど」
……それはあまり想像したくはない。火凛が他の男子に言い寄られる姿は。
「……つまり、アクションを起こすなら体育祭までにやれと」
「や、もっと早くだね。練習が始まるのは七月の半ばかららしいし」
想像していたよりは短い……な。
「七月までに、周りに『大切な幼馴染』という認識を植え付ける。とりあえずそれで周りからのやっかみは減ると思うよ」
「ああ。そう……だな」
とは言っても、どうすれば良いのか。考え込んでいると、奏音がパンっと手を鳴らした。
「ま、その辺はゆっくり考えて良いと思うよ。今みたいにイチャイチャしとけば周りも自然と仲良いんだなって思うだろうし。なんかあれば協力するしさ」
「……助かる」
「良いって良いって。私達の仲だしさ」
そう言って、奏音がニカッと笑った時にまた扉が開いた。




