表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/156

第59話 目は口ほどに物を言う

 時は少し巻き戻る。


「ん、お風呂沸いたみたい。行こ、奏音」

「おっけー」


 風呂が沸いたと告げる音を聞いて、奏音に声を掛ける。そして、脱衣所へと向かった。……のだけど、一つやる事を忘れていた。


「……あ、水音に連絡だけ入れてくるね。ごめん、奏音。上の棚にタオルだけあるから出しといて」

「はーいよ。服脱いだら出しとくね」


 目の前で躊躇いなく制服を脱いでいく奏音を待たせ、部屋へと向かう。水音が帰ってきた時に二人ともお風呂とか、先に言っておかないとびっくりするはずだ。


 ◆◆◆


「……あ、タオル一枚しかない」

 服を脱いで畳んで置き、タオルを出そうと棚を開くもそこには一枚しか無かった。


 別に潔癖という訳では無いけど、二人で一枚のタオルはさすがに足りない。


 もしかしたら他の棚に入ってるのかもしれないけど……勝手に開けるのもダメだろう。


「あ、そういえば私のカバンにタオル入れてたっけ」


 バスタオルじゃなくてスポーツタオルだけど。今日体育があると思って二枚持ってきてしまったのだ。


 ここからだと聞こえないだろう。でも、かといって人の家を裸で歩き回る訳にもいかない。


 ……ま、脱衣所から一歩出るぐらいなら大丈夫か。


 私は脱衣所から出て、玄関と反対方向にある階段に向かって手を口に添えた。



「あ、火凛! ちょっとお願いしたいのが……」



 言葉が途中で詰まったのは、扉が開く音が聞こえたから。




 私は思わず振り向いてしまった、……顔だけでなく、体ごと。



 そこには、水音が立っていた。


 水音は一瞬目を見開いた後、一歩、二歩と下がった。


「………………す、すまない」


 そして、扉を閉じた。



 ……落ち着け。悲鳴を上げるな。火凛に変な勘違いをさせるな、


 事故。今のは事故だから。



 頬に手をやると、酷く熱い。こんなの初めてだ。


「……あれ? 奏音、どうしたの?」


 その時、火凛が階段から降りてきながらそう声を掛けてきた。


「…………いやさ。タオルが一枚しか無かったから私のタオル取ってって言いたかったんだよね」

「あ、ごめん。そういえばまだ入れてなかった。大丈夫だよ、あるから」

「そ、そっか。いや、それは良いんだよ…………」



 玄関を指さすも、火凛は首を傾げた。しかし、一つおかしな事に気づいた。


「……あれ? 鍵閉めて無かったっけ?」

「ううん。閉めてたと思うよ」


 余計に火凛は首を傾げる……しかし、何かに気づいたのかあっと声を上げた。


「……まさか」


 信じられないと言った顔で私の顔を見てくる。



「うん、見られちゃった。全部」


 ◆◆◆


 良くない。非常に良くない。


 いや、白雪は良い。……良いってなんだ。良くないのは俺だ。



「バカ野郎。俺のバカ野郎」


 もっと色んな状況を想定すればよかった。それこそ、白雪が風呂に居るのも想定してゆっくりそこらを散歩すれば良かったはずだ。



 ……だが、何より。


「なんでまじまじ見てたんだ俺。バカ。クズ。死んでしまえ」



 白雪の肌をよく見てしまった。それこそ、頭から足の先まで。


 誠実な男であろうとしていた。なのになんだこのザマは。


「やめろ。思い出すな」


 忘れろと言い聞かせているのに脳裏では白雪の裸が思い浮かんでしまう。



 シミ一つ無い肌。しかし、真っ白な肌ではなく程よく日焼けしている。

 ウエストや脚のラインも綺麗でほっそりとしている。だが、病的なまでに細い訳では無い。スレンダーと言った方が良いだろうか。


 ……だが、小さい訳では無い。火凛程では無いが。


 そして――――生えてなか


 かチャリ


 扉が開いた。俺は何を考えていたんだバカ野郎殴るぞ 。



 正直、合わせる顔が無い、だが、昔母さんに言われただろう。


『水音。謝る時と、お礼を言う時は必ず相手の目を見なさい。目は口ほどに物を言う、とも言うでしょ? 出来れば普段から相手の目を見るよう心掛けて』


 一度目を瞑り、心を落ち着け……落ち着け……られない。


 だが、待たせる訳にもいかない。俺はゆっくり目を開いた。


 目の前には白雪が居て、その少し後ろに火凛が立っていた。


「……すまなかっ…………すみませんでした。俺がもっと気をつけていれば良かった」


 きちんと言葉を言ってから頭を深々と下げる。


「ちょ、ちょっと。別に怒ったりしてないって。頭上げて」


 謝罪をする時は不必要に頭を下げ続けるのも良くない。相手に自分は反省しているから怒るなと告げているように思えてしまう。


 頭を上げ、白雪の目を見る。


 白雪は頬を赤らめ、俺からふいと視線を外した。


「……や、水音は悪くないからね。私があんな状態で出たのが悪いんだし……」


 脳裏にあの姿が過ぎりそうになり、思わず太腿を抓った。


「水音、それはダメ」


 しかし、火凛がすぐに止めた。俺は手を離し、ぐっと握った。



「……そうだな。悪かった」


 ……あの時、自傷行為を行おうとした火凛を止めたのは俺だ。その俺が自分の肌に痣を作ろうとしてどうする。



「とりあえず中で話そっか」


 そう言って火凛が俺と白雪の手を引いた。それをありがたく思いながら、俺はどうするべきなのか決断を下せずにいた。


 ◆◆◆



「ん。お茶入れてきた」

「……ああ、ありがとう」


 火凛の部屋で俺と白雪は向き合うように座っていた。火凛は……その間で俺と白雪を見るように座った。


「……ごめん、二人とも。私がちゃんと水音に伝えられてたら良かった」

「いや、火凛は悪くないだろ……俺が危機管理を持ってなかった」

「うん。火凛は悪くなくて、悪いのは私で……私が何も考えてなかったから……」


 場に気まずい空気が流れる。俺を含め、誰も喋ろうと…………否。喋れない。



 本音を言うと謝りたい。土下座をして許しを乞いたい。


 だが、そんな事をすれば白雪が萎縮する事も分かっているし、頭を下げるから許せと言っているように見えるかもしれない。



 ……ダメだ。俺は今混乱している。白雪や火凛がそんな事を思うはずが無いだろう。


 お詫び……で良いのだろうか。だが、それだと白雪の価値を勝手に決めてるみたいだ。



 ……ああ、真摯な対応ってどうすれば良いんだ。



「……ね、私が言うのもなんだけど一つ提案があるんだ」

 火凛の言葉に俺と白雪は視線を向けた。火凛も冷や汗を垂らしながら、緊張しているのか生唾を飲み込んだ。


「……聞かせて欲しい」


 火凛は俺の言葉に一つ頷き、口を開いた。


「今回はさ。運が悪かったと思うんだ。……私の連絡の入れ方も良くなかったし、奏音が脱衣所から出たのも良くなかったし……水音が…………あれ、水音は悪くない気がする」

「白雪が居る可能性をちゃんと考慮していなかった」


 そう返すも、火凛は微妙な顔をした。


「……私のせいな気がするけど。…………水音が言うなら。とにかく、これは本当に運が悪かったと思う」

「…………うん。そう、だね」

「……まあ」


 それは認める。


「だから、奏音も水音もあんまり罪悪感を抱くべきじゃない…………と思う。本当は今日の事は全部忘れようって言いたいんだけど……水音は納得しないもんね」

「そんなの白雪が被害者で終わりになってしまうだろ。……それなりに責任は取らないとといけない」

「責任ッ!?」


 白雪が驚いた様子を見せるが、俺としては当然だと思う。


「……奏音?」

「や、ちょ、違くて。いきなり言われてびっくりしただけだから」


 火凛に名前を呼ばれて白雪はぶんぶんと首を振った。


「……そういう事だ、白雪。何かお詫びをさせてくれ。何でもいい」

「な、なんでも!?」

「ああ。なんでもだ」


 動揺する白雪にそう告げる。白雪は首を振り……少し考え込んだ。時折火凛をチラチラ見ているが、火凛は微笑み返すだけだ。



「…………決めた。ふ、二つお願いしたい事がある」

「ああ。なんでも言ってくれ」


 白雪が真っ直ぐ俺を見た。


「一つ目。……これからは学校で火凛の名前を呼び捨てで呼ぶ事。そのついでに私の事も下の名前で呼んで」


 その申し出に俺も……火凛も驚いた。


「……奏音?」

「いや、だってさ。よくよく考えたらおかしいじゃん。私は水音って呼び捨てなのに火凛が『水音君』って呼んだり水音が『火凛さん』って呼ぶの。『さん』までに間がある時もあるし、なんなら時々ボロ出てるし。ならもう呼び捨てで良いじゃん。あと、私もずっと苗字呼びなのは気になってたしさ」



 ……思わず目を丸くした。『お願い』と称されたそれは、白雪――否。奏音だけでなく、火凛の事まで考えられていたのだから。


「分かった。ならこれからは学校でもそうしよう。――奏音」

「……うん!」


 奏音は嬉しそうに頷いた。こんな事で良いのかと思ってしまうが……


 ……まあ、それがお詫びの一つになるのなら良いか。


「それで、二つ目はなんだ?」


 ピクリと奏音の肩が跳ねた。


「……いやさ。ほら、私も女の子じゃん」

「……? ああ、そうだな」


 前口上なのだろうが、意図が分からず首を傾げる。


「…………でさ、ほら。水音って…………見たじゃん。女の子として、変なところとか無かったかなって気になる訳で」


「……いや、だが……」


 脳裏に何度も白雪の体が過ぎった。どもった俺を見て、火凛がくすりと笑う。


「私の事は気にしないで。……奏音の言いたい事も分かるから。……ね?」


 ……なんでもと言った手前断る訳にもいかないし……まあ、ギリギリ許容範囲内だから大丈夫か。



「正直に言うぞ」


 一度、心臓に手を置いて精神を落ち着ける。








「凄く綺麗だった。肌のツヤとか……プロポーションとか。……努力を欠かしていない事が分かった。もちろん比べる訳では無いが、火凛が自分の体型や肌を徹底的に管理しているから分かった事だ」


 身近に火凛という存在が居なければ気づけなかっただろう。


 スキンケアは当然、髪の手入れやストレッチまで。多大な時間とお金が掛かる。男とはえらい違いだ。……いや、男は一切手入れをしないとは言わないが。


 とにかく、俺は自分磨きが出来る人は素直に尊敬している。


「……ぁぅ」


 正直に言えば、奏音は顔を手で隠すようにして俯いていた。


「良かったね、奏音。すっごい綺麗だってさ」

「〜〜! もー、からかわないで!」

「言っとくが、俺はからかったつもりはないからな」


 お世辞やおべっかなどを使って女子に媚びを売るつもりは無い。そう思って言ったのだが、奏音は体育座りをしてそこに顔を伏せた。俺は顔を逸らす。


「……ね、奏音。今度こそお風呂行こ。今こっちに居ても恥ずかしいのは治らないよ?」

「……ぅ、分かった」


 俺が視線を逸らしたのに火凛も気づいたのだろう。火凛がそう言ってくれた。


「そういう事だから、水音はここで待っといて。暇しとくかもしれないけど」

「大丈夫だ。ゆっくり楽しんできてくれ」


 火凛は俺ににこやかに微笑み、奏音を連れて風呂場へと向かった。





「……後でフォローしないとな」


 火凛は確かに怒ったり不機嫌な様子は見せなかった。どちらかと言えば、俺がなんと言うのか気になったようにも見える。



 ……だが、かれこれ十五年以上の付き合いだ。バレないと思ったのだろうか。いや、確かに表情は完璧だったが。



「目は口ほどに物を言う、か」


 俺の口からはぽつりとそう零れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ