第57話 バカップルよりバカップル
遅れて申し訳ないです
「……バカップルも青ざめるぐらいバカップルだったんだけど」
あれから学校へと向かったのだけど、二人ともイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャしてた。それはもう。すれ違ったサラリーマンが絶望の表情を見せるぐらい。……独身だったんだろうな。
特に火凛の悪女っぷりが凄かった。や、誑かすとかそんなでは無いんだけど。服の上からキスマークの出来た場所をなぞったり、手を触り始めたかと想えばふにふにとその手をマッサージしたりくすぐったり。
や、良い事なんだけどさ。物には限度って物があるじゃん?
……って思ってたんだけどさ。
『悪い、白雪。火凛は不安が溜まって爆発しそうになるとこうなるんだ……二日間俺の家に泊まったのも影響している』
水音を求めてしまうのは不安の現れらしい。それを聞くと止める訳にもいかない。
……朝からまた胃もたれが凄いけど。でも、火凛達がもっと仲良くなれてるのは良い事のはずだ。……うん。
「もう、からかわないでよ」
「事実オブ事実だけど??? いやさ、私も知り合いにカップルはそこそこ居るけど……精々手繋いで赤くなる初心っ子か色々ヤリまくりなバカ迷惑カップルしか居ないからね? ……あ、火凛達のはギリセーフだと思う。人目がまだ少なかったから」
あくまでバカ迷惑なカップルは、道の通行を妨げたりテーマパークの写真を撮ってはいけないところで取ったりとか……
公然で熱烈なキスをしたり、体を触ったりとかもあるけど二人は無いだろう。……さっきのは見なかった事にしようかな。周りに人は私以外居なかったし。
「……えへへ」
「……褒め言葉じゃ……や、褒め言葉か」
席に座り……ニヤニヤと頬を押さえている火凛を見てため息を吐く。
……悪い意味では無い。無いんだけどね。幸せのおすそ分けで器が溢れそう。
その時、視界の端で白い影が動くのが見えた。
「あ、私ちょっとお手洗い行ってくるね」
「……ん。行ってらっしゃい」
一瞬頭の上に?を浮かべた火凛はすぐに察したのか頷いた。その瞳の奥が微かに輝いているのは見逃さなかったけどね。
◆◆◆
「……なあ、火凛…………さん。ちょっと良いか?」
「ん。良いよ」
痛いくらいに心臓が高鳴っている。今になってやっと火凛がどれだけ勇気を出していたのか分かった。
酷く緊張する。定期試験でもここまで緊張はしなかったぞ。
どうにか息を整え、火凛を見る。火凛は俺を見て柔らかく微笑んでくれた。
「……明日、英語のテストがあったよな。……中学レベルのものらしいが。対策プリントでよく分からないところがあるんだ。時間があれば教えて欲しい」
「もちろん! 水音……君なら大歓迎だよ!」
火凛は顔を輝かせ、隣の席の椅子を引いた。この席の持ち主はいつも登校時間ギリギリにしか来ないから大丈夫だろう。
椅子を借り、火凛の横へ着く。すぐ傍に俺が来ると、一瞬火凛は頬をピクリとさせた。しかし、すぐに咳払いをして表情を正した。
「じゃあ、早速だがここだ」
不必要に火凛へ近づき、対策プリントへ指さす。普段の火凛ならば絶対に男子を入れない距離。だが、火凛は拒むどころか肩を寄せてきた。
……視線を物凄い感じる。だが、今は気にしない。火凛だけに集中するんだ。
「こ、ここはね。単語の意味が少し違うんだよ」
火凛も少しだけ緊張したようだが、その顔は嫌そうには見えない。
自然と顔が近くなり、肩が触れるほどの距離となる。……先程まで誤魔化せていたはずなのに、火凛の顔は段々と緩み、家で話すような自然体へと変わっていく。
「……あ、あとこれもね。そっち使うよりこっちの単語使った方が良いかも」
「なるほどな」
火凛は天才形だ。それは勉強面でも変わらない。対して俺は努力でどうにか食いついている。もちろん火凛も手を抜いたり努力を怠ったりする事は無いので、テストの点などで追いつく事はあっても追い抜く事は稀だ。
……その時、あの男がやって来た。
火凛の表情が固まる。そんな火凛の手の甲を優しく撫でた……火凛はもう片方の手を机の上に出していなかったので出来た事だ。
そのまま優しく手の甲へ指を滑らせる。火凛の表情は幾分か和らぎ、俺へと微笑んでくれた。
「……次はこれだね。こっちはスペルミス。uかaか迷うのは分かるよ」
チャラ男……錦は、俺達を見て激昂しかけた。……しかし、火凛の手の置かれた先を見て言葉を失う。
火凛は、俺の太腿へと手を置いていたのだ。さも手頃な場所に置き場があったとでも言いたげに。
「……チッ」
錦は盛大に舌打ちをして、乱暴にカバンを自分の席に置いた。ビクリと火凛が肩を跳ねさせたので手を握る……多分、錦以外はこの事に気づいていないだろうから。
「そうだな。俺はスペルミスとかやりがちなんだが、何か良いアドバイスは無いか?」
「えっ……えっとね。語呂合わせとか、実際に口に出してみたら案外分かりやすいよ」
そのまま錦は教室から外へ出て行った。怒りを撒き散らすように、床を踏みしめながら。
「……」
驚いた様子で火凛はそれを見た。俺もほっとしながら勉強の続きを行う。
……それから先は、火凛の視線に強い熱が帯び始めて勉強の効率は落ちたのだが。まあ良いだろう。
◆◆◆
「……ねえ、どうやったの?」
昼休み。俺は例の空き部室に火凛と入った瞬間、そう聞かれた。
「俺も賭けに近かったんだがな。あの手のは中途半端に怒らせるよりかは振り切らせた方が良かったんだ」
あの時、俺は火凛の手の甲に文字を書いた。内容は――
『イチャイチャしてる姿を見せつける』
「……で、でも。それって危なかったんじゃ?」
確かに、一歩間違えれば手を出されていたかもしれない。だが――
「やる価値はあった。火凛と勉強が出来たからな」
前回は邪魔をされてしまった。それは火凛に取っても……俺に取っても面白くない物だ。
だが、俺は口にしてからハッとする。今更口を塞いでも遅い。
まだ、火凛は危ない状態にあると言う事を忘れていた。
「……水音」
流れるように押し倒された。というか反応する暇も無かった。
火凛の顔は淫靡に歪み、瞳の奥にはハートの模様すら幻視してしまう。
……まあ、今のは俺が軽率だった。
「分かってる。今のは俺が悪かったし……やられっぱなしなのもな」
火凛の制服を手際よく脱がす。慣れたものだ。形は中学の頃とそこまで変わってないからな。
頬が熱を帯びるのが分かる。次第と呼吸が荒くなるのも……これ、俺が抑えきれるのだろうか。
……反応するな。絶対に。
どうにか心を落ち着かせようとするも……火凛が腰を下ろした。……俺の下腹部の上に。
「……ッ、火凛。それはダメだ」
「んっ、でも……」
もう我慢出来ないと視線で告げてくる火凛の背中を倒す。
「……久しぶりだから加減が分からん。ゆっくりするぞ」
火凛の蕩けた顔が目の前にある。それを抑え込むように肩の方へ持っていく。
「……♡」
「ッ」
火凛はぺろりと舌で舐めてきた。……そういえば、そこはキスマークが付いていた所だったか。
ゾクゾクと背筋に良くないものが流れ込んでくるが……それを無視して、俺は火凛の肩と胸の間に口を寄せる。
ここなら良いだろう。
「声が出そうなら迷わず噛んでくれよ」
そこに口を付けた瞬間……火凛の体が跳ねた。
「んっ……」
肩にこそばゆさを感じる。……恐らく、歯型が付かないよう唇で歯を当てないようにしているのだろうが……
「遠慮するな。口内を痛めるぞ」
優しく頭を撫でると、次第に肩へ痛みが生じる。
……よし。これなら痛みで理性も保てる。
「……頼むから声は出すなよ。強く噛んでも良い」
その言葉と同時に、俺は火凛が満足するまで吸い付き……お揃いの痕を付けるのだった。
その後、血こそ出なかったがくっきりと歯型が残ってしまうのだが……今は考えなくていいだろう。




