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第55話 失態

「ん……」

 小鳥の囀りで目が覚めた。今日から学校だけど、月曜だから朝練は無い。


 このまま二度寝をしても良いかもしれない。あの瞼の裏で映画を見ているような……現実と夢の狭間に居るのは嫌いじゃない。


 ぼんやりとした視界には姉さんが映っている。ぎゅってしたらすっごい甘くて優しい香りがする。……どうしてなんだろう? 昨日は僕が使ってるのと同じシャンプー使ってたはずだけど。僕と全然違う匂い。


 そうしていると、手がひんやりとした物に触れた。なんだろうと思って見てみると……


「……あ、やっちゃってた」


 姉さんの服が捲れていた。多分僕が寝ている間にやってしまったのだろう。お腹が冷えるのは女の子には良くない。


 まずは服を戻そうと体を起こした時だった。



「んんぅ……みなと」

「わっ、」


 珍しい事に姉さんが寝返りを打った。兄さんが姉さんは驚くぐらい寝相が良いって言ってたはずだったんだけど……


「んぐっ」

「んっ……」


「わっ……」


 姉さんと兄さんがお互いに抱きしめる形になった。……それぐらいなら別に僕も声を上げたりしない。僕だって兄さん達と抱きしめるぐらいならするし。


 ……僕が驚いたのは、兄さんが姉さんの胸に顔を突っ込んでいたからだ。


 多分、昨日寝る時から兄さんは姉さんより下の方に居たのだろう。兄さんの寝相が良いのは僕も知ってる。


 ……でも、まさかブラジャーがずれて思いっきり出てる所に顔があるなんて思わないじゃん。


「ナイトブラって生地薄いんだなぁ……じゃなくて、姉さん……姉さん、色々と見えちゃいけない所が見えてるよ」

「ん……すぅ、すぅ」



 ……あれ、起きない。でもこれ以上おっきな声出したら兄さんが起きるよね。


 どうしよう。何も見なかった事にして眠ろうかな。でも…………これ、僕のせいだもんね。


 意を決してもう一度姉さんを起こそうとした時だった。


「……んぅ、はぁ、んっ!」


 急に姉さんが悩ましげな声を上げ始めたのだ。


「……へ?」


 思わず頭が真っ白になった。

 なんで?

 どうして急に?

 僕またなんかやっちゃった!?


「……まさか」


 無いとは思う。……けど、念の為兄さんを覗き込んでみた。


「……」


 見てはいけないものを見てしまった。心臓がすっごいバクバクしてる。


 ……何あれ。何あれ何あれ。べろがすっごい動きして……じゃない。違う違う。興奮するな僕。昨日許して貰ったんだ。


 ……こうなったらヤケだ。姉さんを起こそう。


「姉さん……姉さん! 早く起きてくれないと消される! 謎の圧力に消されちゃうから! 物語が終わっちゃう!」

 もう自分で何を言ってるのか分からなくなった。それぐらい必死なのだ。なるべく体には触れないようにするり

 揺すったら振動で兄さんまで起きてしまうかもしれないから……もうこの際まとめて二人を起こしてしまう事も考えたけど……良くない気がする。いや、もう十分良くない事になってるけど。


「んっ、はぁっ……ふぇっ? み、みなみ?」



 良かった。姉さんが目を覚まし――


「……ぁ、うそ…………あっ、だめ……やっ、みな、見ないで……ぅ、いっ」




 全力で僕はその場を離れた。良くない。すっごい良くない。あれは僕に刺激が強すぎる。姉さんの顔も……兄さんの顔も。全部がえっちすぎる。



「……目ぇ覚めたし顔洗おうかな」


 そう思って、ポーっと熱くなった頬を手の甲で冷やしながら洗面所へと向かった。



 ◆◆◆


「……ごめんね、水美。ちょっと来て」


 姉さんに呼ばれ、昨日のように僕の部屋に来た。


「…………本当にごめんね。私もそうなんだけど、水音って寝相は良いんだけど……寝惚け方が凄いから」


「あれ……? そうだった?」


 僕が覚えている限り、兄さんがあれほど寝惚けてた記憶は無い。


 ……というか、あの寝惚け方をすると知っていたら僕もあんなにぐっすり眠れてない。今もちょっと心臓がドキドキしてるもん。


「こほん。……それはそれとして、水美にお願い。……朝の事は水音に内緒でお願い。こういう時の水音って自分が何やったか全然覚えてないから。……じゃないと、水音は一週間は寝込む。絶対」


 姉さんの言葉に頷く。……兄さんは、僕の前では理想の兄さんであろうとしてくれている事は分かっているつもりだ。


 しかも、理想を取り繕うなどでは無く、理想になる方だ。昔兄さんに聞いた事があった。


『兄さんってどうしてこんなにかっこいいの?』

『またいきなりだな……水美にかっこいい兄さんだって思われたいからだな。水美が大人になっても慕ってくれるような兄になれるよう俺も頑張ってるんだ』



 ……だから、あんな姿を見られたなんて知ったら兄さんもすっごいショックを受けるはず。


 ……でも……姉さん……すっごい気持ち良さそうで…………かわいかった。


「……水美?」

「ひ、ひゃい! だ、大丈夫! 兄さんには絶対言わないから!」

「ん。ありがと」


 姉さんはその言葉と一緒に微笑んでくれた。……でも、どうしても僕の脳裏には乱れる姉さんの姿が過ぎって……


「……水美、大丈夫? さっきから顔赤いけど」

「だ、大丈夫だよ! あ、僕お母さん達起きてるか見てくるね!」


 早くこの事は忘れよう。じゃないと兄さんにも姉さんにも悪い。


 火照った頬をぺちぺちと叩きながら、母さん達が眠ってる部屋に向かった。



 ◆◆◆


「おはよ、水音」

「ああ。おはよう、火凛」


 目が覚めるとすぐ目の前に火凛が居た。……少しじとっとした目を向けている。


「……何かあったのか?」

「別に。幸せそうに眠ってたから見てただけ」


 火凛はふい、と視線を逸らしながらそう言った。


 ……?


「それよりご飯出来たみたいだから早く行こ。水美も待ってるから」

「あ、ああ。分かった」


 結局何が起こったのか分からぬまま、俺は火凛に連れられてリビングへと向かったのだった。


 ◆◆◆


 その後、火凛は普段通りに戻った。水美も最初に俺と火凛を見て頬を赤らめたりしていたが、それ以降はいつもと変わらなかった。


 服を着替え、カバンを背負った瞬間に火凛があっと声を上げた。


「奏音、もう来てるみたい。玄関で待っとくね」

「ああ。俺もすぐ行く」


 一足先に火凛が向かった。俺が最後に荷物の確認をしていると、ノックがされた。そして、水美が顔を覗かせる。


「兄さん、今姉さんが先に外行かなかった?」

「ああ。今仲がいい友人が迎えに来てるらしい。折角だから水美の事も紹介させてくれ」


 水美は一瞬きょとんとした後にぽん、と手を叩いた。


「ああ! 昨日言ってた人だね!」

「ああ、そいつだ。もしかしたら見た事ぐらいあるかもな。中学の頃はなかなか有名だったし……あまり良くない意味で、だが。水美なら分かってると思うが……」

「見た目と噂で人を判断しない。特に噂は、だよね? 分かってるから大丈夫だよ」


 ……この様子なら大丈夫だろうな。分かっていたが。


「よし、準備出来たな。水美も大丈夫か?」

「うん! バッチリ!」


 Vサインを出して元気そうに笑う水美の頭を撫でて玄関へと向かう。


 水美は少し緊張しているのだろう。普段は俺を先導するように歩くのだが、今は俺の後ろをとことこと着いてきた。


 玄関に近づくと話し声が聞こえてきた。


 ……おかしいな。明らかに母さんと父さんの声も聞こえるんだが。


 少し足を早めて玄関に行くと……父さんと母さん……そして、火凛のお父さんと話をしている白雪の姿があった。その隣で微笑んでいた火凛が俺を見つけて更に深い笑顔を見せてくれた。


「……いやあ、水音達も良い子と友達になったんだな」

「そうだね。こんなにしっかりしてくれた子が火凛達の友達で私も嬉しいよ」

「いえいえ。私の方こそ水音と火凛の世話になってますよ。二人とも本当にすっっごいビビるぐらい良い子ですから」


「……なにしてるんだ、白雪」

「あ、水音じゃん。おはよー」


 白雪は呑気に俺へ挨拶してきた……いや、こうしたこまめに挨拶してくれるのは育ちの良さが伺えて良いのだが。

「おはよう。母さん達に余計な事吹き込んでないだろうな」

「いやいやいやいや。私がそんな事する訳無いじゃん。水音のサンドイッチが美味しかったのとか、火凛と仲良くさせて貰ってるのとか色々お礼を言ってただけだって」


 ……まあ、白雪がそんな事をするとは思わないが。


「……悪い。俺もしないとは思っているが、つい勢いで言ってしまった。ああ、そうだ。白雪。こっちは俺の妹の水美だ……水美?」


 水美は白雪を見て固まっていた。不審に思っていると、白雪が水美を見てあっと声を上げた。


「あの時のかわい子ちゃんじゃん」

「あ、あの時は助けてくれてありがとうございました!」


 白雪と水美は同時にそう言った。


「……面識があったのか?」

 白雪に聞くと、うんうんと頷かれる。

「この前ヒトカラ行った時に変なヤンキーに絡まれてたから……パって助けた感じかな?」

「……うん。この前兄さんに言わなかった? 咲良(さくら)ちゃんと遊びに行った時に男の人に絡まれたって」


 ……ああ。そういえば言ってた。かっこいい人が助けてくれた、と。まさか白雪だったのか。


「……妹を助けてくれてありがとう、白雪」

「ほ、本当にありがとうございました!」


 俺がお礼を言うと、続けて水美が二度目のお礼を言った。それを聞いて白雪は笑う。


「どういたしまして。可愛い子だって思ってたけどまさか水音の妹とはね……あ、私は白雪奏音。気軽に呼びたい名前で呼んでね。さん付け無しでも良いし」

「わ、私は兄さんの妹の獅童水美です! じ、じゃあ奏音さんって呼んでも良いですか」

「もちろん。私も水美ちゃんって呼ぶね」



 それにしても……世間は狭いな。火凛も驚いたようで、口を挟むこと無く白雪達を見守っている。


「あの時はちゃんとお礼を言えてなかったので……良かったです」

「あはは。困った時はお互い様って事だよ。私も人に舐められないような見た目だからね」



 ……出来れば、俺もこうした二人の再会を喜びたいのだが。


「水美、そろそろ学校に行かないと時間が危ないぞ」

「……あ、本当だ」

 それに気づいた水美は少し落ち込んだようだ。火凛が水美へ微笑む。


「ん。大丈夫。奏音も私も時間はたっぷりあるから。今度皆でカフェにでも行こ」

「あ、そうだね。私も水美ちゃん達とおしゃべりしたいな。昔の火凛とか水音の事とか聞きたいし」


 水美の顔がパッと輝いた。


「……! 行く! 行きます! 兄さんと姉さんの話したいです!」

「うんうん。いっぱい聞か…………え? 姉さん?」



 白雪の顔がピシリと固まった。そして物凄い速度で俺と火凛を交互に見たのだった。


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