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第54話 水美の懺悔

「……散々な目に遭った」


 その後、火凛があの日の事を細かに語った。それこそ、火凛がパンケーキを披露した後に俺が対抗心を燃やしていた所からだ。しかもそれも事実であったため否定出来ずにいた。


 ()()()()俺が言ってしまった所から、白雪が電話をし……次の日に俺のサンドイッチを食べた白雪がまた電話をする所まで。顔が焼けるのでは無いかと思えるほど熱くなったのだ。


「ふふ。可愛かったよ、水音」

「うん、兄さんがあんなに真っ赤になるの初めて見たよ」


「……うるさい」

 顔を覗き込んでくる二人から隠すように顔を手で覆う。


 ……以前まではこんな事も無かったんだが。まあ、悪い変化では無いと思う。


 そうして二人にからかわれながら部屋へと戻った。




 ふと、水美の暖かさが消えた。俺から離れたのだと遅れて気づく。



「……兄さん。話があるんだ」



 水美は、真っ直ぐに俺を見ていた。ふと気がついた頃には火凛も俺から離れていた。


「立ち話もなんだ。まずは座ろう」


 自然と先程までのゆったりとした空気が変わる。ベッドへと座ると、隣に火凛が座った。


 ……水美は、俺の前の床に座り、正座をした。


「僕は……謝らないといけない立場だから。ここに座らせて」

「……水美がそうしたいのならそうしてくれ」

 


 そして、水美は押し黙った。想像以上に張り詰めた空気だ。



 一分……そして、二分が経つ。水美は酷く緊張しているようだ。思わず声を掛けようとしたが、火凛に止められた。


 それからまた三分の時が訪れた。水美は俺を見て、ゆっくりと口を開いた。







「僕は、朝……兄さんが寝てるのを見て…………え、えっちな事をしようとしました。ごめんなさい」



 そう言って頭を下げ……土下座に近い形となる水美を俺は、ぽかんとした表情で見る他なかった。


 火凛は水美を見て頷き、俺の耳に口を寄せた。


「朝ね、水美が水音の…………を見ようとしてたの。最初は事故で触っちゃったみたいなんだけど……ほら、水音のっておっきいから。好奇心沸いちゃったみたい」



 ……なるほど。そういう事か。




 これに関して、言うほど水美を叱るべきでは無いのかもしれない。ただでさえ男女の性差が気になる時期だ。そんな時期に……通常サイズより大きい俺のモノを触ってしまえば……どうなるのかは想像に難くない。


 逆で考えてみよう。男子中学生が朝起きた時…………そうだな。サイズ差がよく分かっていないが、Hカップの女子高生が無防備な姿で眠っていたら? あまつさえ触ってしまえば?


 ……多少なりとも意味合いが異なってくるが、仕方ないと言えるだろう。いや、もちろん水美が一切悪くない訳では無いのだが。


 まあ、とにかくだ。


「水美。これのせいで俺が水美の事を嫌いになるとか、信頼をしなくなるとかはまず無いから安心してくれ。というか怯えすぎだ。顔を上げてくれ」


 ガタガタと震える水美を起こし、優しく髪を撫でる。


「誰でも間違える事はある。水美のなんて可愛いもんだぞ」



 水美の事だ。例え好奇心が勝り、火凛がその場に居なかったとしても……見て触る以上の事はしないだろう。それどころか、その後に酷い罪悪感に苛まれるはずだ。


 それに比べ、俺は……運次第で火凛の人生が狂ってしまうような事をしたのだから。


 ……もし子供が出来てしまっていたら。火凛は必ず産むと言うだろう。だが、そうなると火凛の人生設計が狂う事となる。そして、その産まれてくるであろう子供にも負担を強いる事になる。



 それに比べれば……水美の犯した間違いは? ……これで俺が何らかの理由で女性にトラウマを持っていれば別だが、幸いにもそんな事は無い。……驚きこそしたが。


 まあ、これで水美がへらへらとしているような子なら叱っていただろうが……


「水美は賢い子だからな」

「……僕は賢くなんて無いよ。兄さんと姉さんの気持ちなんか無視して……やってしまったから」

「水美。それは違うぞ。本当に賢い子って言うのはな。自分のした事を後悔して、こうして反省出来る子の事を言うんだ。それに、こうして俺にちゃんと言ってくれたからな。それがどれだけ勇気が必要な事なのかも理解しているつもりだ」


 世の中には自分のした事の罪すら分からず……被害者本人に謝罪をしない卑怯な者は少なくない。


 ……恐らく、火凛からも言わなくても良いなどと言われただろうに。火凛はこうした時、わざと甘い言葉を投げかけたりするからな。悪い癖だ。……まあ、もし水美が俺に言わない事を選択したとしてもどうもしないのだろうが。



 だが、水美は言ってくれた。思春期であり、こうした事は言いにくいだろうに。


「それにだな。既に反省している人を叱る必要も無い。何が悪かったのか、そしてこれからはどうしていくべきなのか分かっているみたいだしな」


 水美の頬をもにゅもにゅと掴む。もちもちとしていて触り心地が良い。


「……もし、俺から離れる事を選ぶのならそれでも構わない。伝えてくれれば不必要な接触は控えるようにする」


 こうして水美を甘やかすのも最後になるかもしれない。そう思っていつも以上に撫でくりまわした。


「……ん、兄さん」

「ああ」


 水美の合図と共に、俺は手を離す。水美はまだ緊張したものの、しっかりと俺を……そして、火凛を見据えていた。










「………………僕はまだ、兄さんと姉さんの傍に居たい」




「分かった、おいで」


 両手を広げれば、水美は少し躊躇った。


「……ほら。早くしないと俺の方から行くぞ」


 そう言ってやっと、水美は飛び込んできた。



「……ごめんなさい。わがままな妹でごめんなさい」

「水美はわがままなくらいが丁度いいんだよ。……それに、自制出来るって自分で判断したみたいだからな。だからもっと俺と火凛に甘えてくれ。……お前は俺達の妹なんだから」


 そう言うと、水美は涙を流し始めた。傍に火凛がやって来る。


「……ん。水美。私ともぎゅーしよ」

「うん。ごめん、ごめんなさい。姉さんも。兄さんともっと一緒に居たいはずなのに」

「ううん。……私、嬉しかったんだよ? 水音だけじゃなくて私まで傍に居たいって言われて」


 火凛が水美を強く抱きしめた。


「……それとね。私も友達……ううん。親友に言われたんだけどさ。こういう時って『ごめんなさい』じゃなくて、『ありがとう』って言われた方が嬉しいんだよ」

「うぅ……あ、ありがとう、姉さん……兄さん」


 火凛がチラリと俺を見てきた。……来いと訴えかけてきている。


 俺は水美の後ろに回り、挟み込むように抱きしめた。



 ……昨日はこれを火凛にやったんだったか。数分ほどそうしていると、水美の呼吸が落ち着いてきた。


「僕ね……幸せだよ。大好きな兄さんと姉さんが傍に居てくれて……さ」


 水美が火凛を抱きしめる力がぐっ、と強くなった。


「ふふ。私もだよ。……水音と水美がこうして抱きしめてくれるとね。心が暖まるんだ」

「……ああ。そうだな」


 そうしてしばらく抱きしめていると、俺と火凛の間からすやすやと寝息が聞こえ始めた。


「……相当緊張してたんだね」

「そうみたいだな……それにしてもこの格好で寝るか」


 水美は火凛にしなだれかかるように眠っていた。……こういうのはなんだが、赤子が母親に抱きついて眠っているようだ。


「ふふ……可愛い」

「とりあえずベッドに寝かせたいが……火凛、いけるか?」

「ん。いける」


 火凛が水美をひょいと持ち上げ、ベッドの奥に寝かせた。色々としている間に火凛の力も強くなっているのだ。


「……『事故』が起きないよう、私が真ん中で寝るね」


「ああ。頼む」


 俺が中心でも大丈夫だろうが、変に水美に気を使わせたくも無い。



 火凛が真ん中の方へごろりと横になった。それに続くように俺も電気を消してから横になった。


「……あ、そうだ。明日さ。奏音が家の前まで来たいって言ってたけど良い?」

「ああ。もちろん良いが……俺の家の場所は知ってるのか?」

「ん。私の家とそこまで遠くないから大丈夫。……水美も会えるかな?」

「確か月曜は朝練も無かったはずだ。学校に行く時間もあまり変わらないし……会えると思うぞ」



 本当なら俺達が通う時間帯の方が遅いのだが、早めに出ているから問題無い。


 ……それにしても、白雪と水美が会うのか。


「どんな対面になるのか想像できないな」

「ふふ。そうだね。……大丈夫かな? 嫉妬とか」

「無いと思うが……まあ、明日にならないと分からないか。案外会った事あるかもしれないぞ」


 俺達が中学三年生の時、水美は中学一年生だからな。……ずっと一緒に居ると水美の学校生活に影響が出そうなので、時間が合う時に登下校を共にするぐらいしか出来なかったが。


 白雪には良くない噂があったが……水美なら大丈夫だ。この子は人を見た目や噂で判断するような子では無いから。


 そんな事を考えていると、次第に眠気がやって来た。


「ん。眠そうだね。大丈夫? ……昨日と今日出来てないけど、口で一回する? 暴発しない?」

「俺をなんだと思ってるんだ……止まれなくなるから寝るぞ」


 そう言って目を瞑ろうとした時だった。



「……ね。水音は抱きついてくれないの?」

「……」


 見れば、水美はまた火凛に抱きついてきていた。少し寂しそうに火凛が俺を見ている。


 そっと、横を向いて右手で火凛の手を取り、もう片方の手を火凛のお腹の上へ置いた。


「……ん。水音ならおっぱい触りながら眠っても良いんだよ?」

「…………ダメだ。水美が起きた時に言い訳がつかなくなる」

「ふふ。水音寝相良いもんね」


 そうしている間にもどんどん瞼が重くなっていく。


「……おやすみ、水音。大好きだよ」

「……ああ。俺も……だ」


 火凛の微笑みを最後に、俺は眠りについたのだった。

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