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第52話 家族集結

「ただいま、お父さん!」

 火凛がそう家の中へと声をかけるのを聞いて、俺は意識的にあの車の事は忘れる事にした。


 ……火凛と水美の隣に居た俺が気に食わなかっただけなのかもしれないしな。


 パタパタとこちらへ歩いてくる音を聞いて、俺は思考を止める。


「おかえり、火凛。水音君。……水美ちゃんも」


 そこには、優しく微笑む火凛のお父さんの姿があった。


 ……その姿を見るのは約一週間ぶりだが、随分と懐かしく感じる。今週はやけに濃い一週間だったからだろうか。


「ただいま! お父さんもおかえり!」

「そちらこそおかえりなさい」


 俺と火凛の言葉を聞いて、水美は少しだけ戸惑いながら口を開いた。

「え、えっと……お邪魔します……?」


 水美が遠慮をするのも仕方ないと言えばそうだろう。火凛のお父さんは水美を見てくすりと笑った。……やはりこの笑い方はお父さん似なのだな。


「うん、いらっしゃい。三人とも少し上がっていってくれないか? ちょうど今軽食を作った所でね」

「はい、もちろんです」


 元々その予定だったし、何かあるのなら遠慮なく食べよう。


「あ、私先に荷物だけ取ってくるね!」

「ああ。火凛の分もちゃんとあるからね。ゆっくりおいで」


 火凛は一足先に部屋へと戻った。俺と水美はにこやかな笑顔を見せる火凛のお父さんに続き、リビングへと入る。


「私もさっき帰ってきたばかりだったんだけど、小腹が空いててね。水音君達も来るって分かってたから揚げておいたんだ」


 そこには、大きな皿に盛り付けられた山盛りのポテトがあった。


「わあ! 美味しそう!」


 水美がそれを見て目を輝かせる。どうやらもう昼飯とクレープは消化されたらしい。


「さあ、お腹いっぱい食べていいからね。火凛の分は残しておいて欲しいけど……」

「ありがとうございます。遠慮なく食べさせていただきます」


 笑顔を返しながらそう言うと、水美はきょとんとした顔で俺を見た。


「……水美?」

「兄さん、さっきよりすっごい丁寧な敬語使うなって思って」


 ……ああ、そうか。そういえば水美の前でこうして火凛のお父さんと話すのも今まで無かったか。


「……火凛のお父さんには色々助けられたから、というのが一番の理由だな」


 俺と火凛の私生活に必要なお金などは全て火凛のお父さんが工面してくれていた。それだけでは無く、火凛が病んでいた時期。その時に親権争いだとか弁護士を通じて大変な事は全てやってくれていたのだ。


 ……本当に、親権が移ったのがこの人で良かった。


「私からは何度か普通に接してって言ったんだけどね……」

「いえ、これだけお世話になっているので」


 火凛のお父さんは苦笑いをしているが、これだけは譲れない。


 ……まあ、隠れて火凛と色々と致しているという後ろめたい思いもあるからなのだが。それに気づかない振りをしてくれている。


「と言ってくれているけど、実の所感謝するべきは私の方だからね。……水音君が居なければ、火凛の心には深い傷が残ったままだったはずだから。……それに、私が居ない間も火凛の傍に居てくれてるしね? 水美ちゃん達には寂しい思いをさせてしまっているのは申し訳なく思っているんだけど……」


 水美は、火凛のお父さんの言葉を聞いて首を振った。


「いえ。兄さんは週に一度は帰ってきますし、その時に思う存分甘えてますから……ね、兄さん!」

「ああ……昨日は火凛も居たしな。それに、なるべく毎日連絡は取るようにしてるから」


 ぎゅっと抱きついてくる水美の頭を撫でる。それを見た火凛のお父さんは驚いたようだった。


「火凛もそうだったんだけど……皆、反抗期とか無いんだね。職場の人からは難しい年頃だとか言われるけど……仲が良いんだね。良い事だよ」


 ……まあ、言っている意味も分かる。普通の高校生なら親にも反抗するだろうし、水美が俺の事を嫌いになる可能性もあった。


 しかし、俺は思う。反抗期の子供と言うのは、どうしてあれだけ優しい父と母へ怒鳴ったり、嫌ったりするのかと。……まあ、俺は恵まれた家庭だと理解している。……あと、父さんのスキンシップが激しかったりはするが、遠ざける程のものでは無い。


 それに――


「俺の父さんも母さんも……そして、火凛のお父さんも…………皆、火凛と俺達の事を愛してくれているから、ですかね」


 火凛のお父さんは確かに家に帰ってくる時間は確かに短い。だが、火凛の事を一番に考えているのは俺にも伝わる。


 当然、火凛もそれに気づいている。だから男の人が苦手となっても、自分の父は別なのだ。……あと、俺もか。その次に大丈夫な人となれば俺の父さんになるだろうが。


「……ふふ。そうだね。確かに私は火凛を……そして、水音君達も大切に思っている。そうか……それがちゃんと伝わっていたんだね」


 火凛のお父さんは一度目を瞑った後に微笑んだ。


「……すまないね。話が長引いてしまった。さあ、食べようか」


 その言葉を皮切りに、俺と水美はポテトに手を伸ばしたのだった。



 ◆◆◆


「おお! 久しぶりだな、拓斗(たくと)。元気にしてたか?」

「ああ。そっちも元気そうで何よりだよ。伊吹(いぶき)……真奈(まな)さんも」

「ちゃんとご飯食べてる? ちょっと痩せたんじゃない?」


 あれから、火凛が戻ってきて四人でポテトを食べながら談笑した後、家へと戻ってきていた。



 ……まあ、それでこうなった訳だ。一ヶ月と少しぶりの再会に、母さんはともかく父さんがかなり喜んでいた。ハグしようとしてたぞ今。やんわり断られていたけど。


 ……こうした光景を見ると、三人が(ふる)くからの友人と言う事が伝わってくる。


「仕事頑張ってるんだってな。水音と火凛ちゃんから聞いたぞ。体は壊すなよ?」

「もちろん。疲れはするけど……二人を見たら全部吹っ飛ぶからね」


 そう言って、俺と火凛をちらりと見た。火凛はニコリと微笑み、俺へぎゅっと抱きついてくる。


 ……やはりと言うか、なんと言うか。俺は昨日からおかしくなっている。


 火凛がこうして近寄る度に心臓が跳ねる。頬が熱くなる。


 もちろん嫌だからなどでは無く、感情としてはその逆だ。


 ……明日から大丈夫なのか不安だ。壊れて……いや、壊してしまうんじゃないかとすら思う。


 急に火凛の抱きつく力が強くなった。見てみれば、火凛はちょいちょいと俺の耳を指さしていた。気持ちの分屈むと、火凛の口と俺の耳がかなり近い位置にくる。


 火凛は手を筒にし、俺の耳へとくっつけてきた。

「明日は水音がいっぱい責めてね。私は簡単に壊れたりしないから」


 ……そう言って、火凛は笑みを見せてきた、


 どこか蠱惑的な。しかし、その中には聖母のような優しさも含まれている。


 ……今までに見た事が無いような笑い方だった。


「ああやって自分の子供がイチャイチャしていると、こう……疲れなんて無かったように見えるんだよね…………というか水音君何か変わった?」

「死ぬほどわかる。あと、やっぱり気づくんだな、拓人も。合ってるぞ、水音も『男』になったんだよ。あの女に見向きもしなかった水音が……いや、今もそうなんだがな。水音は火凛ちゃん以外見えてねえぞ」

「本当よね。あの子ったら、小学校の時に女の子からラブレター貰ったんだけど、即断即決で断ってたわよ。『俺には火凛しか居ない』とか言っちゃってさ」

「……待て、どうして母さんがその事――」


 カリ、と耳たぶを噛まれた。痛いとこそばゆいの間で歯が耳たぶをギリギリと擦っている。


「……それ、私知らないんだけど?」

「いや……その、あんまり関わりがなかった……というか俺は火凛以外の女子と遊んでる事もほとんど無かっただろ? 俺もイタズラだろうな、とか思ってたんだよ」


 じとっとした目で火凛は俺を見てくる……懐かしいな。普段女子と話さない俺が珍しく女子と喋った日はこんな目で問い詰めてくるんだよな。


「おお……浮気現場を問い詰めてくる妻じゃないか。熟年夫婦かよ……というかイチャつきながら問い詰めるってなんなんだよ……」

「言い訳の仕方もリアルよね……いや、水音の事だから本当の事なんだろうけど」

「おお……凄い。火凛は独占欲が強いとは思っていたけど、まさか目の前で見られるなんて」



 あと親達(ガヤ)が物凄くうるさい。誰が熟年夫婦だ。


 ……というか、やけに水美が静かだな。振り向こうとしたが火凛がまだ耳たぶを食んでいる。肩を叩いて止めさせようとした時だった。


「もー、二人とも喧嘩はダメだよ!」


 後ろからそう声を掛けられた。……言わずもがな、水美だ。火凛も驚いたのか食むのを止めて振り向いた。続いて俺も振り向く。


 ……水美は少し怒っているようだった。


「兄さんが姉さん以外の女の子に(なび)く訳無いよ! 姉さんがそうなのと同じで、兄さんも姉さんの事が大好きなんだからさ!」


 水美はぷりぷりと怒りながら俺と火凛を見た。……本気で怒っている訳では無いようだ。怖いより先に可愛いという感想が出てくる。


「兄さんも! 姉さんより可愛い子は居ないんだから、デレデレしたり姉さんを悲しませる事はしないでよ」

「しないに決まってるだろ……」


 そもそもが女子と喋らないんだ。デレデレなどする訳が…………でも、最近は火凛の友人なんかと話すからな。一応気をつけておいた方が良いか。


「あれじゃ妹というより娘に見えるな」

「ほんとね。いつの間に孫が出来たのかしら」

「いやあ……火凛が水美ちゃんとも本当に仲が良さそうで安心したよ」


 外からの会話はシャットダウンしながら、額を手で押さえながら火凛を見てみる。


 先程は水美に言われて驚いた様子だったが、今は微笑んでいた。見ている俺に気づいたからか、手を取ってきた。


 そして、小指が絡められる。


「ん。大丈夫だよ、水美。私も水音もずっと仲良しだから。……水音も魅力的な男の子だから、可愛い女の子なんかに言い寄られるかもしれないけど」

 火凛はもう片方の手で水美の頭を撫でた。水美の怒った顔が少し嬉しそうなものへと切り替わる。


「でも、水音の一番は私だから。他の女には靡かせないよ。譲る気もないし、奪わせたりもしない」


 火凛は一度水美から手を離し、その手を俺の方へとやった。


 ……水美にするように、火凛の手の熱が俺の方へと伝わってくる。


 そのまま火凛は一度目を閉じ、薄く開いた。


「絶対、ね?」


 そう言って笑う。どこか蠱惑的な視線であったが、もっと強い力が込められていた。


 狩りをする獣がするような眼。お前はもう私火凛からは逃げられないぞ、と……そう告げていた。


 ……昨日までの俺ならたじろぐだけだっただろう。



 だが、俺も決めたのだ。


「それは俺の台詞だぞ、火凛」


 火凛の内側から腕を通し、柔らかい頬を手のひらで包み込む。


「……ッ!」

 火凛はビクリと跳ねる。まさかやり返されるとは思わなかったのだろう。


「俺なんかより火凛の方が男に言い寄られやすいからな。……簡単に男に渡すつもりは無いぞ。火凛が望んだとしても、な」


 前までなら、火凛が自分から好きな人が出来たと言われれば身を引いていただろう。


 だが、今はそう思わない。


「ましてや、自分から手放したりはしない。絶対……な」


 火凛の顔がどんどん熱く、そして赤くなっていく。


「もしもーし、そこの二人だけの世界を作ってるパカップルよ。水美がぷるぷる震えてるぞ」


 父さんの言葉にハッとする。完全に水美をそっちのけにしていた。


 水美はむーっと頬を膨れさせながらぷるぷると震えていた。


「いや、違う。違うぞ、水美。別に無視していた訳では無くてな」

「う、うん! 水美の事もちゃんと考えてたよ! ありがとね、水美。もう喧嘩もしないからね?」


 二人で全力で水美を撫で回す。


「……やっぱり娘ね、あれ」

「あ、あはは。仲が良さそうで嬉しいよ……私のいない間とかもっとイチャイチャしてるんだろうね、きっと」



 そんな声まで聞こえてきていたが、俺と火凛はそれどころでは無かったのだった。

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