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第44話 懐かしい思い出

「……水音の部屋、久しぶりに入った気がする」

「ああ。火凛は……本当にいつぶりだろうな。三年以上前じゃないか?」


 俺は毎週この部屋へと戻っているが、火凛は……確か、中学一年生が最後か。


 部屋は掃除と換気が施されているからか、埃っぽさは無い。父さんや母さん、水美が定期的に掃除をしてくれていたのだ。


「あ、昨日は僕が掃除したよ!」

「ああ、ありがとうな。水美」

「えっへへー」


 水美の頭を撫でると、嬉しそうに笑った。その後、水美は何かを思い出したのかあっと声を出した。


「あ、そうだ! 兄さんの今までのアルバムも出しといたんだ! 一緒に見ようよ!」


 水美の言う通り、ベッドの上には分厚いアルバムが三冊も置かれている。


 俺の父さんはよく写真を撮りたがっていたから、というのが一つの理由だ。最近でこそ撮る機会は減ってきているが、昔は毎日何枚も撮っていた。


「ね、ね、兄さん、火凛ちゃん! 一緒に見よ!」

「ああ、久しぶりに見てみるか」

「ん……懐かしいのがいっぱいありそう」


 俺の部屋のベッドは大きめだ。……父さんが昔、俺の寝相が急に悪くなって落ちるかもしれない、という謎の理由で買ってくれた。……寝相が急に悪くなる事など無かったが。


「三人で寝転がりながら見るか」

「うん!」

「ん、そうする」


 さて、どの並びで寝ようかとも思ったが、水美がぐいぐいと俺を引っ張ってきた。夕食の時と同じ並びになりそうだ。


 水美が壁際の方で寝転がったので、俺も中央の方へと行く。そして、最後に火凛が入ってきた。ふわりと甘い匂いが漂った。


「えへへ……兄さんの匂いがする」

「ん……安心する」


 ……反対に、二人は俺の匂いがよく分かるらしい。一つ咳払いをした。


「……こほん。それじゃ、生まれた頃から振り返っていくか。すぐに火凛や水美も出てくるはずだ。……同じようなものばかりでつまらないかもしれないが、我慢「つまらなくなんてないよ」」


 火凛がニコリと微笑みながら遮ってきた。


「水音の小さい頃の写真って見たこと無かったから。楽しみだよ」

「そうだよ! だって、僕が生まれてない時の写真だよ! それに、兄さんが居る時に一緒に見たかったから。僕もまだ見てないんだよ」


 ……どうやら、二人は思っていたより楽しみだったようだ。


「……そうだな。悪かった」


 思わず笑みが零れてしまう。


「実は俺も楽しみだったんだ」



 俺もこのアルバムを見るのは初めてだった。部屋に保管はしていたが、一人で見るのは気恥ずかしかったからだ。


「それじゃ、開くぞ」


 一冊目の赤いアルバムを開いた。



 そこには、若い頃の父さんと母さん……そして、赤子のおれが映っていた。


 場所は病院だろう。見る限り、生まれてすぐという訳では無いようだ。


「わあ! これが兄さん!? 小さくて可愛い!」

「ん……可愛い」


 赤子は誰でも小さく愛らしいものだ、どうやらそれは自分自身でも例外では無いらしい。


「ああ。父さんと母さんも若いな」

「ほんとだね! こうして見たら、兄さんはお父さん似だ。鼻とか……耳の形なんかそっくりだよ」

「ん……でも、目はお母さん似だね。優しい目をしてるから」


 二人は写真と俺を見比べながらそう言った。


「……次行くぞ」


 あまり一枚一枚に時間をかけ過ぎたら夜中になってしまう。俺はページを捲った。


 そこからは様々な写真があった。……赤子の俺が寝ている写真や、父さんの指を握っている写真。笑っている写真や……授乳されている写真というのもあった。


「可愛い! 全部可愛いよ、兄さん!」

「ん……笑っている顔も昔から可愛かったんだね」


 ……しかし、やっぱりどこか気恥ずかしいものがある。

 早く二人が出てくるところまで行こうと何回かページを捲った時だった。


「あ!」

「……火凛だな」


 俺が父さんに抱っこされている隣で、若い男の人が笑顔で赤子を抱いている姿があった。


「……ん。私だ」


 その赤子からはどことなく火凛の面影を感じられた。


「……わー! 凄い凄い! 兄さんと火凛ちゃんちっちゃくて可愛い!」


 写真に書かれている日付を見る。


 12月5日


 この日が、俺と火凛が初めて会った日か。


「……なんか、感慨深いものがあるね。……私、水音と初めて会った日なんて覚えてなかったから」

「俺もそうだ。気がつけば火凛と遊んでいたんだからな」


 当たり前なのだが、火凛の父さんもかなり若い。その顔は優しく微笑んでいる。


「……火凛の笑い方はお父さん似だよな」

「ふふ。小さい頃はよく私に笑いかけてくれてたからね。覚えたんだと思うよ」


 そして、ページを捲る。


 そこに写っていた俺と火凛は、お互いの手をぎゅっと握っていた。


「あー! 可愛い! この頃から二人とも仲良しだったんだね!」

「……らしいな」

「ふふ」


 それを見て水美のテンションが異様なほどに上がっている。

 ……まあ、微笑ましいのは確かなのだが。


 またページを捲っていると、次第に俺一人の写真が減っていき、代わりに火凛との写真が増えていった。


 笑っている写真や、泣いている写真。手を握っている写真も何枚かあった。


「ん〜! 二人ともすっっごい仲良しで可愛い!」

「俺達、こんなに昔から一緒に居たんだな」

「そうだね。……なんだか嬉しいな」


 火凛がぎゅっと抱きついてきた。腕が柔らかいものに包まれる。


「……」

「兄さん?」

「いや、なんでもない」



 ふう、と長く息を吐いて、気分を鎮める。


「次、行くぞ」


 腕に触れているものは無視して、続きを見ていく。そんな俺を火凛は不思議そうな顔で見ていた。


 俺が初めて立ち上がった写真や、離乳食へと移った写真……などを見ていくと、俺が赤子と写っている写真があった。


「あ、もしかしてこれ……僕?」

「ああ、水美だな」

「可愛いね……水美ちゃん」


 という事は俺が二歳になった頃か。まだ小さい水美は俺の服の裾をぎゅっと握っていた。


「ふふ。この頃から水美ちゃんはお兄ちゃんっ子だったんだね」

「えへへ……」


 火凛の言葉に水美は照れながら笑っていた。その頭を撫でれば更に頬が緩む。


 それからしばらくは俺と水美、そして火凛が写ったものがほとんどだった。水美は水美で別のアルバムがあるはずだから、単体で写っているものは無い。



「あ、これ……」


 様々な写真を見ていると、火凛が一枚の写真を指さした。


 それは、一つのブランコで俺と火凛が遊んでいる写真だった。


「……ああ。初めてあの公園で遊んだ時の写真だな」


 日付を見るに、俺達が三歳の時のものだ。俺が火凛の乗っているブランコを押している。その隣に貼られている写真では、反対に火凛が俺の乗っているブランコを押していた。


 それを見て、水美が不服そうな顔をした。

「むー……僕が居ない」

「あの時水美はまだ一歳だっただろ。母さんが抱っこしているんじゃないか?」


 その後しばらくは公園での写真が続いた。そして、水美と火凛と遊んでいる写真になり、幼稚園へ入った時の写真。小学校へと通っている写真へとなっていった。


 やはり、小学校時代の写真が一番多い……のだが、一つ問題のある写真があった。


「あっ……!」

「これは……」

「……」


 恐らく一年生か二年生の時に撮られた写真。



 その写真では、俺と火凛がキスをしていた。


「……そういえば、二人ともよくおままごとやってたよね」

「いや……まあ。そんな時期もあったな」


 思い返せば、火凛とよくしていたおままごとの題材は夫婦だった気がする。


 ……その次のページで俺が火凛におもちゃの指輪を嵌めているので、結婚式でもモチーフにしていたのだろうか。


「…………まあ、小さい頃の話だしな」

「……ん」


 思わず今日のあの事を思い出してしまった。……火凛もそうなのかもしれない。顔が赤くなっている。


 火凛にぎゅっと手を握られた。握り返すと、火凛は隠れるように俺の肩へ顔を擦り付けた。


「えっへへー。昔からお互いが大好きなんだね。兄さんと火凛ちゃんは」


 水美にそんな事を言われ、俺まで顔が赤くなってしまう……いや、今更か。



 一度目を瞑り、落ち着いてからパラパラとアルバムを捲る。


「こうやって兄さんとか火凛ちゃんの成長が見られるのって良いね。火凛ちゃんはどんどん可愛くなっていくし、兄さんはどんどんかっこよくなるのが分かるよ」


 水美は本当に楽しそうにアルバムを見ていた。


「……ふふ。水美ちゃんもどんどん可愛くなってるよ?」

「ええ!? ……僕は火凛ちゃんに比べるとあんまりだよ。……ほら、火凛ちゃんと違って、私はボーイッシュ? って感じだし」

「いや、それは違うぞ」


 水美の顔をじっと見る。


「確かに水美は昔からショートカットだ。だけど、水美は可愛いぞ。顔も整っているし、表情もころころ変わる。水美の笑顔を見れば疲れが吹き飛ぶぐらいだ」

「そうだよ。水美ちゃんは可愛いよ。自信持って」


 二人でそう言うと、水美はどんどん顔を赤くしながらぷるぷると震え出した。


「……うぅ。そんな事言っちゃダメだよ、二人とも。嬉しくなっちゃうから」

「ならもっと言ってやろうか?」

 そう言うと、水美は俺を強く抱きしめた。


「……兄さんのいじわる」

「ははっ、悪かったよ」


 頭を撫でようとすれば、視線で頬にしろと促してきた。その頬の感触を楽しむと、水美はやっと機嫌を取り戻した。



 そして、アルバムを見ていると夜は更けていった。

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