第43話 一家団欒?
遅れて申し訳ないです……私生活が忙しくなりつつあるのでこれからも遅れる可能性が高いです。ご了承ください。
「……すっごい良い匂いする」
「ああ。母さんのカレーは久しぶりだが……やっぱり俺の作る物とは全然違うな」
父さんと母さんが並べてくれた皿に入っていたカレーからは、スパイスの刺激的な匂いが漂っている。思わず出てきた唾を飲み込んだ。
「あ……そういえば火凛は辛いものが苦手じゃ無かったか?」
火凛が苦手なもの。それは野菜類と辛いものだ。その事を不安に思っていたのだが、母さんは俺と火凛を見てドヤ顔をしていた。
「大丈夫よ。火凛ちゃんのものは甘口で作ったから。別の鍋で作ったからおかわりまであるからね。安心して食べなさい」
その母さんの言葉に、火凛は驚いた表情をした。
「……! ありがとうございます!」
「いいのいいの。わざわざお礼なんてさ。私達、もう家族みたいなものじゃない? そんなことより、早く食べましょうか。そこでよだれをだらだら流してる子もいるし」
母さんが見た方には、本当によだれを垂らしている水美の姿があった。
「……み、水美ちゃん」
「はっ……! いや、これは違うんだよ! いつもお母さんの料理は美味しいから、つい」
「まったく……ほら、顔向けろ」
恥ずかしそうにしながら顔を向けてくる水美の口元をティッシュで拭った。
「……ん、えへへ。ありがと、兄さん」
「どういたしまして、だ。よし、食べるか」
まだ湯気の立っているカレーを前にする。俺の右には水美。左に火凛。そして、向かいに父さんと母さんが居る形だ。
全員が同時に手を合わせた。
「「「「「いただきます」」」」」
我が家のカレーは本当に久しぶりだ。母さんは料理に関しては一切手を抜かない。調理法もそうだが、食材の品質も。
幼い頃、母さんに聞いた事がある。どうしてそんなに美味しい料理が作れるのか、と。
『毎日三回あるんだから、少しぐらいお金を掛けてでも美味しくしたいじゃない? ……それに、いつかは水音も……水美もここからいなくなっちゃうからさ。美味しい物を食べながら、お喋りする。私達……お母さんとお父さんにとって、それ以上に大切な事って無いんだよ』
――と、そう言われた。
……想定よりも俺は早く出ていったはずだが、母さんは俺を止めるどころか背中を押してくれたのだった。
カレーを掬い、口へと運ぶ。
スパイスの芳醇な香りと、暴力的なまでの辛さ……そして、その奥にある旨さが脳天を貫く。
それを包み込むように、米のほんのりとした甘さが口内を癒してくれる。
そして、後からスパイスの絡み合った匂いが鼻を抜けた。
驚くほど辛く、そして……
「美味い」
気がつけば二口、三口と口にしている。
肉は柔らかく、唇や舌でも噛み切れるのでは無いかと思えるほどだ。加えて、肉にもスパイスが塗られているのかカレーとはまた違った風味を感じる。肉の旨みが最大限に引き出されていた。
野菜類もだ。食感はほとんどがとろとろになっていて、本当に飲み物のように食べられる。かと思えば、一部にまだ微かに食感を感じられるものもあって飽きないように工夫されている。
見れば、水美と火凛は一心不乱に料理を食べていた。喋る余裕も無さそうだ。
「……やっぱりまだ母さんには勝てないか」
「ふふん。二年やそこらの若造にはまだ負けないわよ。あと三年は修行しないとね」
「ああ。お母さんにはまだ勝ててないな。だが、水音のサンドイッチも成長していたぞ。そっちも美味かった」
母さんの言葉を父さんがフォローした。
「……やっぱり水音のお母さんは凄い。私も料理は出来る方だと思ってたけど、やっぱり別格だった」
「ふふ♪ ありがとね、火凛ちゃん」
火凛が悔しそうに……しかし、楽しそうにしているのを見て母さんは微笑んだ。
またカレーを食べ進める。火凛と水美も胃が少しは落ち着いてきたのか、喋る余裕が出てきたようだ。それを見計らって、母さんが口を開いた。
「そういえば二人とも、学校生活はどうなの? 友達とか……ちゃんと作れてる?」
母さんがいきなりそう聞いてきた。思わず目を逸らしてしまった。
「はい、中学の頃からの友達とも同じクラスになれましたし……他にも二人、仲がいい友達も出来ました」
「それなら良かったわ。友達が居たら学校生活も楽しくなるからね……それで、水音は?」
しかし、母さんの視線からは逃げられなかった。
「……まあ、話すぐらいの生徒なら………………あと、絡んでくるのが一人居るぐらいだ」
響は……友達と言って良いのだろうか。あいつはよく分からん。
俺の言葉を聞いて、母さんはため息を吐いた。
「もう。もっと自分から話しかければ良いのに」
「はは。そこは俺に似たんだろう。な? 水音」
父さんのフォローとも呼べないフォローを聞いていると、火凛がくすりと笑った。
「でも、最近は私の友達とも話すようになったでしょ? 水音」
その言葉に母さんが驚いた様子を見せた。
「……え? 火凛ちゃんの友達って女の子よね?」
「……? はい、もちろん」
母さんの顔がニヤニヤし始める。……面倒な事になりそうだ。
「あらあらあらあら。今まで火凛ちゃん以外の女の子と話さなかった水音が女の子のお友達を持つとは思わなかったわ」
「ハーレムか!? 今話題のハーレムを作るのか!? 俺の息子が!?」
「黙れ父さん。……それに、話すようになったのはつい最近だ。友達などでは――」
思わず言葉を切ってしまったのは、一人の少女の言葉を思い出してしまったから。
『なーに言ってんのさ。火凛だけじゃなくて水音の事も友達だって言ったっしょ? だから頼まれなくても助けるよ、火凛も……水音も』
あの優しい彼女は、友達では無いと言えば悲しむだろう。
「――友達ではあるか。まだ知り合って間もないが」
そう言うと、火凛はとても良い笑顔になった。
「ん。奏音も良い子だから、水音ともっと仲良くなれるはずだよ」
「……まあ、機会があればだな」
実際、白雪は適度な距離感を保ってくれているから話しやすい。女友達という存在が今まで存在しなかったので、自分でもよく分かっていないという事はあるが。
「ほほう……? じゃあ火凛ちゃんも危ないんじゃないかい? 水音を取られるかもよ?」
また父さんが余計な事を言ったが、火凛は笑った。
「私は二人の事を心から信じています。……それに、私も努力を欠かしませんから。たとえ日本のトップアイドルが水音を狙ってきたとしても、私だけを見てくれるようにしますよ」
それは酷く蠱惑的な笑みだった。そのまま流し目で俺を見てくる。
……酷く心臓が痛い。何かの病気かと疑ってしまうほどには。
「本当に良い子と幼馴染になれて良かったわね、水音」
「……まあ、そうだな。心からそう思う」
これだけ魅力的な幼馴染を持つなど、俺は前世でどれだけ徳を積んでいるのだろうか。
「ふふ。幼馴染じゃなかったとしても、絶対に見つけ出すけどね」
そう言って火凛は微笑んだ。反射的にその頭を撫でる。
「……バカップルね。私達でもこれだけ仲良い時期無かったわよ」
「まさか息子がバカップルになるとは……普通ならすぐ冷めるとか思いそうなものだが、この二人なら二十年後とかでもやってそうで怖えな」
まさかの両親からのバカップル認定に堪えつつも、先程から静かになっている水美を見た。
「じーっ」
水美はじーっと俺達を見ていた。
「……水美?」
「兄さんは火凛ちゃんじゃない人を好きになったりしないよね?」
と、不安そうに聞いてきた。急に何を言い出すのかと思えば……
「『好き』の定義が分からんが……水美の危惧しているような事にはならんぞ、絶対に」
水美が不安に思っているのは、俺と火凛が仲違いをする事だろう……あの時のように。
そんな事はもう絶対に無い。言いきれる。
「大丈夫だよ、水美ちゃん。私も水音も、絶対に水美ちゃんを悲しませるような事は無いから」
水美はそれを聞いてホッとしたようだった。……のだが、口元にご飯粒が付いている事に今気づいた。
それを指で取る。水美はくすぐったそうに身を捩った。
「水美、ご飯粒付いてたぞ」
「ん、ありがとー!」
それを口元へやると、ぱくりと食べた。
火凛と父さんはそんな俺達を微笑ましそうに見ていたが、母さんはどこか複雑そうに見ていた。
「……あんた達、家の中では良いけど外ではやらないでよ?」
「……? なにが?」
水美が首を傾げた。何を言っているのか分からないとでも言いたげだ。
……甘やかしすぎなのか? そう思って火凛を見るも、不思議そうに見ていた。
「はあ……水音も。そうしないと周りからの視線が恐ろしいことになるからね」
「ハッハッハ。お母さん。今更だろう。水音には火凛ちゃんも居るんだし」
……確かに、水美は紛うことなき美少女だ。そんな彼女にこんな事をしているのが他人に見られたら恨みも買いそうだ。
「……善処しよう」
「えー!? 兄さん、なんで!?」
抗議の声を上げようとする水美を母さんがじろりと睨んだ。
「ああ、そうそう。今日は三人とも水音の部屋で泊まるんだよね。それは良いんだけど……水美、二人には絶対手を出さないでよ?」
「いや母さん、言う相手間違えてるだろ」
思わずそうツッコミを入れてしまった。しかし、水美はふいと視線を逸らした。
「……水美ちゃん?」
「この子、昔からお兄ちゃんっ子なのにいやに火凛ちゃんに懐いてたからねぇ。二人とも水美に対してはガード緩いから……大丈夫だと思うけど、一応ね?」
「だ、大丈夫だよ! 兄さんと火凛ちゃんは大好きだけど、そういう意味の大好き…………では無いから!」
「おい今不穏な間があったぞ」
……とはいえ、そこまで心配する必要も無いと思うが。水美はただ寂しかっただけなのだろうし。
ふと、この中に火凛の父さんが居ればなとも思った。あの人もとても良い人だし、もっと賑やかになるだろう。
それに……そうすれば、火凛ももっと楽しくなるはずだ。チャンスが回ってきたら聞いてみよう。
そうして、楽しい夕食は続いたのだった。




