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第42話 変化と反省

 帰りは静かに手を繋いで火凛と帰っていた。辺りからは人気がなくなっていて、俺達二人しか居ない。


 そんな中、俺は火凛には一つ言わなければいけない事があった。


「火凛。今更になるが、白雪の名前を出したのは良くないぞ」


 白雪は火凛に怒らないと思う。しかし、あの言い方は宜しくなかった。


「……ん。分かってる。私もやり過ぎたと思ってる。だから、近いうちに謝る機会も設ける」


 火凛も目を伏せ、ぎゅっと左手で拳を握った。昔から火凛は本気で反省している時はこうする癖があった。



 分かっているなら良い。火凛の頭に手を乗せ、撫でた。


「白雪なら分かってくれるとは思うが、友達は大事にしろよ?」

「……ん」


 火凛は少しだけしょんぼりした様子を見せた。



 ……それを見ていると、無性にとある衝動が湧いてきた。


 火凛を引き寄せ、抱きしめる。



「……水音?」

「いや、なんだ。急に火凛の事が……愛しく思えてな」



 火凛が落ち込んでいて、励まそうと思ったからでは無い。……いや、その気持ちも無い訳では無いはずなのだが。



 ……本当に何故か、そうしたくなったのだ。


「……だめだよ、水音。そんな事言われたら。私、反省しないといけないのに……嬉しくなっちゃうよ」

「切り替えというのは大事だぞ。いつまでもしょぼくれていたらそれこそ白雪に怒られるだろ」


 火凛は一度、目を瞑った。


「……そうだね。うん。ありがと、水音」

「どういたしまして、だ」



 やっぱり火凛は笑顔が一番だ。


 また、力強く抱きしめてしまった。


「……水音?」

「悪い。……どうしてか、感情が抑えられないんだ。……こうしていると、幸せで」


 すると、火凛はぎゅっと抱き返してくれた。


「良いよ。水音が満足するまでこうしてよっか。人通り少ないし」


 その言葉に甘え、火凛の体を抱きしめる。



 火凛が風呂上がりだったと言うことを思い出した。……いつもと違う花の香りの中に、火凛の甘い香りが確かに分かった。


「……待て。なんだか俺が凄い変態みたいに思えてきた」

「ふふ。私はそっちの方が嬉しいんだけどね。……今まで、こんな事無かったから」


 火凛から漏れた笑顔からは幸福が滲み出ていた。



「……なら良いが」


 抱きしめれば抱きしめるほど幸福感が得られる。……しかし、だめだ。


「これ以上を求めてしまう……から終わりにする」

「ふふ。そっか。……そっか」



 火凛が柔らかく微笑んだ。髪を梳くように優しく頭を撫でる。


「……遅くならないうちに早く帰るか」

「ん、そうだね。水美ちゃんも心配してるだろうし」


 歩き始めようとすれば、腕を取られた。……自然と、腕を組む形になる。



 心臓が高鳴るのが分かってしまう。次第に顔が赤くなっていくのも。


「……可愛い」

「可愛いって言うな。……仕方ないだろ。まだ自分の変化についていけてないんだ」


 今日は家に帰っていて良かった。……もし帰るのが火凛の家ならば、恐ろしい事になっていたかもしれない。


 ……というか、今ですらこんな状態なのに俺は明日から大丈夫なのだろうか。


 そう考えていると、火凛が頭を擦り寄せてきた。


「えへへ」


 ……まあ、火凛も嬉しそうだし良いか。



 ◆◆◆


 その後、一人にされてむくれた水美を火凛と二人で遊んで機嫌を取ったり、風呂に入ろうとしたらもう風呂は済ませたはずの火凛が一緒に入りたがったり釣られて水美も入ろうとしたりと色々あった。


「……ふう。いい湯だった」



 風呂に入るついでに一人で色々と考える時間も出来た。とりあえず、今俺がやるべき事は三つ。


 ・学校でも積極的に火凛へ話しかける


 ・火凛と遊ぶ回数を増やす


 ・自分を律する


 自分を律するのは今すぐでは無くて良いだろう。まずは、学校で周りに“お互いを大切にしている幼馴染”だと認められる事が先決だ。それで火凛の取り巻く環境にも影響が出るだろう。……具体的には、錦などの悪い虫が寄り付きにくくなる。


 後は……火凛と遊ぶ回数を増やす。火凛の友人関係に影響が出ない程度で、となるが。そうすれば……俺ももっと変われるだろう。きっと。


「あ、兄さんおかえり!」

「ああ、ただいま」


 リビングに戻ると、水美が飛びついてきた。


「えへ……兄さん良い匂いする」

「そりゃ風呂上がりだからな」


 サラサラしている髪を撫でると、水美は顔を綻ばせた。


「おかえり、水音」

「ああ、……ただいま」


 同じくリビングにいた火凛にもそう言った。……のだが、今更ながらおかしな事に気づいた。


「……なあ、火凛。どうして俺の服を着てるんだ?」


 火凛が着けているのは、黒いTシャツに短パン。……どちらも俺の物だ。中学生の頃の物ではあるが。しかし、火凛は着替えも持ってきていたはずだ。


 火凛は苦笑しながらそれに答えた。

「本当に今更だね。……水音のお母さんが貸してくれたんだ。もう水音も着れないだろうから、部屋着にでもしてって」

「なるほどな」


 ……だが、その格好は非常に精神に悪い。

 俺の服を着ている火凛など見慣れたはずだが、こうして見てみると……


 だめだ。自分の頬を強く叩く。

「わっ。どうしたの? 兄さん。急にそんな事して……大丈夫?」

「ああ、問題ない」


 ヒリヒリとしている頬を水美が撫でてくれた。お返しに水美のもちもちとした頬の感触を楽しむ。


「えへへ……」


「……んぐ。俺の息子は成長したんだな。むぐむぐ……こうして同時に二人の女の子を喜ばせるだなんて」


 キッチンから顔を出した父さんがいきなりそんな事を言ってきた。その手には、俺が作った肉の挟まれたサンドイッチがある。

 こっちは母さんに聞きながら作った、冷たくても美味しく食べられるものだ。


「何言ってるんだ父さん……というか食いながら喋るな」

「いや、それにしても水音は本当に料理が上手くなったな。美味いぞ」

「……ああ、ありがとう……じゃない。立ちながら食べるのは行儀が悪いぞ。というかもうすぐ晩飯だろ、父さん」


 時刻はもう七時前だ。というか、もうすぐカレーが出来上がるはず。そのはずなのだが、父さんはそのサンドイッチを全て口の中に入れた。



「……んぐ。大丈夫だ、問題ない」

「……それフラグなんだがな。というか家族相手にフラグなんて言葉使うと思わなかったぞ」

「ハッハッハ。父さんはまだまだ若いんだよ。流行りなんかも取り入れていかないとな!」

「いや、それもかなり古い気がするが……まあいいか」


 すると、父さんの肩がガシッと掴まれた。その瞬間に父さんの額からどっと汗が吹き出た。


「ねえ、お父さん? サンドイッチは一口だけって言ったわよね? どうして全部食べてるのかしら?」

「い、いや……水音のが美味しくてつい……な?」

「へえ。じゃあお父さんはカレー無しで良いんだ? 水音のサンドイッチもあと三つ残ってるけど私が全部食べましょうか?」

「すみませんでした食べます食べられますので許してください」


 平謝りをする父さんに、母さんは、はあとため息を吐いた。


「まったく。それじゃ、お父さんは食器並べる手伝いして。水音達は座って待ってて良いからね」

「ああ、分かった」


 そうして連行される父さんを見送り、水美を連れて火凛の元へと行く。


 火凛は微笑んでいた。


「……火凛?」

「ん。やっぱり仲良いんだなって。水音の家族」


 その微笑みは少しだけ寂しそうなものだった。


「私達も……昔はあんなふうに」

「火凛」

 水美を一瞬見た。すぐに察したのか、水美は俺の反対側へと動く。火凛が俺と水美に挟まれている形だ。


「いくよ! 兄さん!」

「ああ」




 水美の掛け声に合わせ……二人で火凛を抱きしめた。



「……え?」


「僕達が居るよ。火凛ちゃん」


「火凛。過去を振り返るなとは言わない。だが、俺も水美も、父さんも母さんも、火凛の父さんも、白雪達だって居る。お前は一人じゃないという事だけは忘れないでくれ」



 ああ。そうだ。火凛の傷はまだ完全に癒えた訳では無い。

 まだ、こうしてふとした時に思い出してしまうぐらい深い傷だ。それに、人間不信は解消しつつあるが……男性不信はまだまだ治っていない。


「俺達が居るからな。困った時は頼れ。迷惑とか何も考えるな。白雪を頼ったように……俺達を頼ってくれ。俺相手ならいくらでも迷惑を掛けてくれて構わないしな」


「僕も兄さん達に比べると頼りないかもだけど……でも、一緒に悩むとか、相談に乗るぐらいは出来るからさ」


 二人で火凛を離す。するとわ火凛は俺と水美をまとめて抱きしめた。


「……ん。ありがと。大好きだよ、二人とも。……私も、何かあったら二人の……みんなの役に立てるようにするからさ」


 もう火凛は十分色んな事をやってくれている。


 今日だって、火凛が居なければ俺は立ち直れたかどうかも分からなかった。


「ああ。これからも頼りにしているぞ」



 そうして、母さん達がお皿を運んできてくれるまで、俺達三人はそうして抱き合っていた。

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