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第41話 水音の幸せ(後)

 コン、コンと扉が二度ノックされた。


「……水音?」「……兄さん?」

「いや、水音でも、兄さんでも無くて父さんの方だ。火凛ちゃん。少し話したい事があるんだけど良いかな?」


 水美ちゃんと顔を合わせ、首を傾げる。とりあえず、断る理由も無いので了承する。


「良いですよ」


 水美ちゃんの部屋から出ると、水音のお父さんが居た。


「ごめんね。水美もあと少しそこで待ってて。火凛ちゃん、リビングで少し話そうか」

「……水音はどうしたんですか?」

「ちょっと散歩にね……」


 水音のお父さんは少し気まずそうにそう言った。よく分からなかったけど、ひとまず水音のお父さんに着いて行った。



「そういえば、水音と何の話をしていたんですか?」

 歩いている途中でそう聞くと、水音のお父さんは苦笑した。


「こればっかりは話せないかな。水音と約束したし」

「そう……ですか」


 水音と何があったのか気になった。しかし、約束なら仕方無い。


 そうしているとリビングへとたどり着いた。先程水音達が話していた場所だ。


「火凛ちゃんにはいくつか聞きたいことがあってね。最近、水音の事で気づいたこととかあれば教えて欲しいんだ」


 ソファーの端に腰掛けると、水音のお父さんは反対の端の方に座った。そして、そう聞かれた。どうしてこんな事を聞くのかと思いながら、最近の水音を思い返す。


 ……今週は色んな事があったな。


「あ。そういえば。えっと、水音は最近私の友達と話すようになったんですけど、皆水音の事を気遣いが凄いとか、距離感を掴むのが上手いとか褒めてました」


 奏音も、来栖ちゃんもそう言ってた。輝夜ちゃんも話しやすいと言ってたし。


「あんまり友達はいないって自分で言ってたけど、ちゃんと女の子とも話せるようになったんだな。あいつ」


 しみじみと言った後、私を見た。


「火凛ちゃんは思った事無い? 水音が気を使うとか」

「……考えた事無かった…………ですね」



 ふと水音との会話を思い出してみる。



 水音は私の言葉を真剣に受け止めてくれた。













 しかし、水音が私に本音をぶつけてきた事はあっただろうか。










 背筋がゾワッとした。





「……うそ」



 本音どころか、文句一つ聞いた事ない。



 何がしたいとか、誰かとこうしたいとか。……プレイの内容ですら、水音は私を気持ちよくさせるばかりで、自分のしたい事は二の次にしていた。




「……私はずっと気を使われてた?」

「火凛ちゃんもかい? 実は、俺もそう思い始めてね」


 私に合わせるように水音のお父さんは言った。


「さっきハグをした時とかそうなんだ。普通の男子高校生って拒むはずなんだ。恥ずかしがってね。だけど、水音は拒むどころか抱きしめ返してくれたんだよ。俺の気が済むまでね」

「……ッ!」


 確かに、私も水音に拒まれた事は無い。どれだけ甘えても、水音は優しく受け止めてくれた。



「水音はとても賢い子だ。そこらの大人よりはね。……さて、火凛ちゃんに一つ聞きたいことがある」


 背筋を冷たい汗が流れる中、水音のお父さんはまっすぐ私の目を見つめてきた。



「直感で答えてくれ。水音と結婚したいと思っているかい?」

「もちろんです」



 ノータイムで答える。



 ……すると、水音のお父さんは笑った。


「そうか。じゃあ、水音のお父さんとして二つ宿題を与えよう。これが出来ればいつでも水音を攫って行ってくれて良い」


 二本、指を立てられた。思わず生唾を飲み込む。



「一つ。今から水音を探し出すこと。俺もどこに行ったのか分からないけど」


 そして、立てていた指を一本減らした。


「二つ。水音から――――――」



 水音のお父さんから言われた事は、とても難しい事だった。


 しかし、やらなければいけない。それが水音の為になるのだから。


「分かりました」


 私は一つ頷いて、水音の家から飛び出したのだった。



 ◆◆◆



「うわ。やべ」

「あん? どうしたんだ? 大井っち。こんなよく分からん男相手にビビって」

「こいつ死ぬほどめんどくせえんだよ」


「おいこら離れろや! 大声で土下座してやろうか! 俺の大声舐めんなよ! 近隣住民が通報するレベルだからな!」


 目の前で一人の男子高校生が集団に向かってがんを飛ばした。そうしながらも俺と大井の間を割り込むように入ってくる。


「何こいつ」

「ああん!? やんのか!? こちとら彼女いない歴=年齢の男だぞ!? あ?」


 臆する事無くそう言って、凄んで見せた。……言っている意味は俺にもよく分からなかったが。


「うわ……ガチでめんどくせえ奴だこいつ」

「はぁ……やめやめ。行こうや」



 大井達は、見るからにテンションを下げながら公園から離れていった。




 まさか、一人でこの集団を追い返せるとは思わなかった。



「……助かった、玉木」

「おうよ! ピンチの時には駆けつけてやんよ! 親友だからな!」


 そう言って、ガッツポーズをしたのは玉木。玉木慎之介(たまきしんのすけ)だ。どうやら自分の名前があまり好きでないらしく、本人からも苗字で呼んでくれと言われたので玉木と呼んでいる。


「……それにしても、久しぶりだな。玉木」

「本当だな! ジョ〇ョ読み始めたんだってな! 水音! お前はいつも遅いんだよ!」

「……それは別作品のネタだろ。まあ、まだ本当に少ししか読めてないんだが」


 そう返すと、玉木は首を傾げてきた。


「どうしたんだよ、水音。元気なさそうじゃねえか。火凛ちゃんと喧嘩でもしたか?」


 玉木はこうして俺の変化に目敏く気づく。本当に凄い奴だ。


「……違う。…………なあ、玉木。変な事を聞いてもいいか?」



「おうよ! 何でも聞いてくれ!」

 玉木はニカッと笑いながら言った。その元気さに助けられながら、拳を握りしめる。


「玉木にとっての幸せってなんだ?」


「そりゃ一つだ! 女を抱く事に決まってんだろ!」


 考える素振りすら見せず、玉木はそう言った。


「俺には夢があんだよ。美女何人も侍らせて、毎日色んな女を愛すんだ」

「……だいぶ日本の倫理からかけ離れているな」


 苦笑いすると、玉木はびしっと指を突き付けてにた。


「倫理がなんだ! 人道がなんだ! それが俺の幸せで、夢なんだよ! それで誰かが不幸になるって言うんなら別だけどな! 水音だって一度ぐらい思った事あるだろ? モテたいって!」


 そう言われ、俺は固まってしまった。



「……無いな。だが、悪かった。文句みたいな事を言って……?」



 玉木は唖然とした表情で俺を見ていた。


「え……まじ? 正気? モテたいと思った事ない? いやいや。嘘だろ?」

「……いや、俺には火凛が居たし」


 火凛が傍に居てくれればそれで良かった。しかし、玉木はドン引きとでも表現するべき顔をしていた。


「えぇ……あ、良いこと思いついた。今度合コンしようぜ! 水音って絶対モテるから! 一回女に囲まれてみろ! そして爆ぜろ! あわよくば一人俺に寄越せ!」


 その提案に思わず苦笑いした。


「いや、火凛が居ると言っただろ「甘い!」」


 しかし、玉木は俺の言葉に割り込んでまで叫んできた。


「他の女を知らないのはもったいねえ! 視野が狭いまんまだと女一人愛する事も出来ねえぞ!」


 一つ、強い風が吹き付けた。


 玉木は真剣な顔をしていた。……いや、違うな。玉木はいつだって真剣だ。


「いっぺん他の女抱いてみろ! そんで奥さんのとこ戻れ! そうすりゃ良さが再確認出来る! ってのが親父の口癖でな」

「……凄い父さんだな」


 だが、そんな事をすれば火凛が悲しむのは目に見えている。


「……悪いが、無理だな」

「ああ? そうか……そうまで言われちゃ仕方ねえな。気が変わったら言えよ? いつでもセッティングしてやるから」

「無いとは思うが……ありがとな」


 肩の力が抜けたような気がする。もちろん、良い意味で。


「水音は考えすぎなんだよ。欲望をぶちまけるってのもたまには良いもんだぜ? 俺らも元を辿りゃあ猿なんだからよ」


 随分とタイムリーな話だ。思わず笑みを零してしまう。


「……ああ、それもそうだな」


 その時、通知音が鳴った。玉木のスマホだろう。


「あ、わり。弟から買い物頼まれてたんだったわ。今度遊び行こうぜ。出会い探しながらよ」


 ニカッと笑いながら玉木はそう言った。俺も笑顔を返す。

「ありがとな。色々と。その時にでも昼飯奢るよ」

「やりい! じゃあ俺は今度カラオケ奢るわ!」

「……俺が奢る意味が無くなるだろそれ」

「カッカッカッ! 良いんだよ、親友なんだから」



 玉木はそう言って踵を返して行った。


「そんじゃな、水音。気をつけろよ」

「ああ。お前もな、玉木」


 手を振ってくる玉木に手を振り返したのだった。




「……幸せか」




 そう呟いた瞬間だった。




「見つけたよ、水音」



 耳が安らぐ、聞きなれた声が後ろから聞こえた。






「来たのか、火凛」

「ん、水音」


 火凛は俺の黒いTシャツに短パンと、随分とラフな格好をしていた。


「そんな格好で出歩いたら危ないぞ。声をかけられたりしなかったか?」

「ん、大丈夫だったよ」


 火凛はクスリと笑って俺の隣のブランコに腰掛けた。


「懐かしいね、ここ。水音と初めて遊んだのがこのブランコだったよね」

「火凛も覚えてたんだな」


 火凛の言葉に驚きながらも笑みが零れた。やはり、お互いに思い出が残っていると嬉しくなる。


「もちろんだよ。ここの事は全部覚えてるよ。水音との大事な思い出だから」

「……そうだな」



 それと同時にしばらくの間沈黙が訪れる。



 酷く、静かで……寂しい時間だった。


「ね、水音」


 火凛に呼びかけられ、横を見る。火凛は俺をじっと見ていた。












「奏音とセックスしたい?」









 思わず自分の耳を疑った。


「……は?」




「聞こえなかった? ならもう一度言うよ。奏音とセックスしたくない?」





 まるで、あの時のような会話だった。


「……もしかして、さっきの会話聞いていたのか?」

「……ん。ごめんね。聞くつもりは無かったんだけどさ。玉木君、私が居る事に気づいてたけど話続けてたから」

「……そうか」


 だとしても、不可解な事がある。


「……だとしても、意図が分からんぞ」


 そう言うと、火凛はまたくすりと笑った。


「水音ってさ。私以外の女の子と全然話してこなかったから。……良いんだよ、私。水音が奏音でも…………他の誰かとセックスしたとしても、水音を恨んだりしないから」


 少し寂しそうにしながらも火凛は続けた。


「私、気づいてなかったんだ。私の存在が、水音にとって枷だったんだって。ずっと、水音を雁字搦がんじがらめの糸で縛っていたんだって」


 火凛は拳をぎゅっと握りしめた。


「水音が、ずっと私にも気を使っていた事にさっき気づいたんだ。……ううん。気づかされたんだ。水音は、私がいるから女子と話そうとしなかったし、土日もあんまり遊びに行かなかったし……家にもちゃんと帰れなかった。相当嫌な女だよ、私」


 ぽつりと。小さく火凛は呟いた。


「そんな事ないぞ。俺は俺がやりたかったからやってるだけだ」


 そう言い返すも、火凛は首を横に振った。


「水音はね。誰よりも優しいよ。でもね。水音は水音に優しくないんだよ」


 火凛は立ち上がり、俺の前にしゃがんだ。


「水音ってさ。私にやってみて欲しい事とかあんまり言ってこなかったよね。私が嫌がりそうって理由でさ。……水音が望むなら、今ここで咥えても良いんだよ?」

「……誰かに見つかるかもしれないだろ」

「良いじゃん。見せつけよ。水音はモテモテなんだぞって」


 火凛は笑って俺の膝に手を置いた。


「……それでもダメだ。俺がやりたくない」

「……ん、分かった。でもバランス取りたいから膝掴んどくね」


 しゃがむのは長時間続ければ足に負担がかかる。それを了承し、話を続けた。


「……それで、どうして白雪が出てきたんだよ」

「水音が奏音に悪い印象を持っているとは思えないし、奏音が水音の事を気にし始めてるから、かな?」


 その言葉に思わず笑ってしまった。


「無いだろ」

「本当だよ。なんなら今からチャット送ってみる?『今度水音とセックスしない?』って」

「やめとけ。仲を悪くするぞ」


 本気でやろうとしたので止める。すると、火凛はじっと俺の目を見てきた。


「良いんだよ。私の事は気にしないで。……例え、水音が奏音とするのが幸せだったとしてもさ」

「そんな訳あるか。俺は火凛としかしないし、他の誰かとする予定も無い」


 ……その根底に『火凛を一人にしたくない』という思いが無いとは言えないが。


「……それに、これは俺のわがままになるが。俺は火凛に他の誰かとセックスして欲しくない」


 そう言うと、火凛はくすりと笑った。


「私はしないよ。他の誰かとなんて。前も言ったけど、私は水音とするセックスが好きなんだから。安心出来て、気持ちよくて。……水音以外と出来るはず無いじゃん。……でも、水音は自分が気持ちいいかより先に私が気持ちいいか考えてるから」


 火凛は一度頭を振って、表情を戻した。そして、長く息を吐く。


「……じゃあさ。私が奏音と、水音と3Pしたいって言ったら出来る?」


 その言葉に目を逸らそうとした。しかし、火凛は俺の顔を掴んで固定してきた。


「どうかな? 出来る?」

「…………白雪の許可があれば」



 ……と、返してしまった。


 火凛はその言葉に表情を変えることなく俺へと質問を続けた。


「じゃあ次。水音はさ。奏音を可愛いと思う? スタイルとかも含めて、セックス出来る? 絶対に怒らないし、悲しまないから……私に気を使わないで、正直に答えて」


 思わず口を噤んでしまった。しかし、答えないといけない。そんな雰囲気だった。



「………………出来ると思う」


 そう言うと、火凛は満足そうに笑った。



「よし、合格。これで私に気を使って出来ないって言ったら怒るところだったよ。奏音は本当に可愛いもんね」

「とは言ってもしないぞ。というか白雪もやらないって言うだろ」


「さあ……どうだろうね?」


 火凛は意味深に笑いながら、俺の膝へと顎を乗せた。


「最後の質問だよ。本音で、ちゃんと心の底から答えてね」



 そう言って、火凛は深呼吸をした。



「私の事、好き?」















「ああ、大好きだよ」










 俺は火凛の幸せを願っていた。それこそ、自分の娘のように。


 だが、火凛の事が好きなのかと聞かれれば、胸を張ってそう言える。火凛は嬉しそうにはにかんだ。



 火凛は立ち上がった。



「水音。今から私、転ぶかもしれないから。ちゃんと受け止めてね」


「は?」



 火凛は俺へと倒れ込んできた。俺は立ち上がる暇もなく、受け止めようとする。



 抱き抱える形で支えようとした。




 ……が、火凛は俺の肩にぶつかる位置から顔をずらした。













 唇に柔らかい感触が走った。今までに感じた事が無いほど柔らかく……甘いものが。














「……ちゃんと受け止めてくれたね。ありがと。私も大好きだよ、水音」


「……」


 俺は火凛へ何も言えなかった。ただ、頬が紅潮していくのが分かる。



「あくまで、今のは事故だよ。事故」


 そう言って、火凛は立ち上がった。



「まだまだ水音の幸せがどんな事なのか分からないからさ。今はまだ良いよ。何も言わなくて。……でも、いつか。私が変わって、水音も水音に優しく出来るようになった時」




 火凛は笑った。幸せが滲み出ているような、そんな笑顔。


「その時は水音が奪ってよね、ちゃんとさ」


 唇に指をやって、火凛はそう言った。




 俺の心臓はドクンと高鳴った。











 ああ、そうか。()()が俺の幸せなのか。






 この幸せを掴み取りたい。現状維持では無く、新しい幸せを。


 今までは、火凛が変わりたいと言ったから、俺も変わろうとしてきた。


 だが、今は違う。……確かに火凛の行動がきっかけではあるが、俺が、俺の意思で幸せになりたいと、初めてそう思えた。

















 ()()()()()()。それが俺の願望で、醜い欲望だ。














 ……だが、今はまだ時期ではない。俺も、火凛も、周りも準備が整っていないから。


 だけど、必ず掴み取って見せる。この幸せを。




「ああ……必ず」


 そう、火凛と己の心に誓った。


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