第39話 仲良し家族
遅れて申し訳ないです
「……やった! 三位!」
火凛が感極まって抱きついてきた。柔らかい胸の奥で心臓がバクバクと音を立てていて、呼吸も浅い。落ち着けるよう背中へと手を回し、とんとんと叩いた。
「ああ。よく頑張ったな、火凛」
「うん! 今回は一回も落ちなかったし、アイテムの使い方も完璧だったよ!」
俺と水美でそう褒めると、火凛は嬉しそうにはにかんだ。可愛らしい。
「えへへ……ありがと。でも、ちょっと疲れたから休憩しようかな」
「ああ。そうだな。ぶっ続けで二時間近くやってたしな」
久しぶりのゲームと言う事もあり、かなり熱中していた。俺もコントローラーを置き、額を揉んだ。
「もうそんなに時間経ってたんだ。気づかなかった」
水美は時計を見て驚いた様子を見せていた。それと同時に、少し寂しそうでもある。
「……なあ、水美。まだちゃんと決めた訳では無いんだが、これからは時々火凛もこっちに連れて来ようと思ってるんだ」
「えっ……ほんと!?」
水美の顔がパッと明るく輝いた。やっぱり水美は笑顔が似合う。そうして見上げてくる水美の頭も優しく撫でた。
「ん。まだお父さんにも聞いてないし、水音のお母さん達にも話してないけど……水美ちゃんはどう思う?」
水美は嬉しそうにしながら、俺諸共火凛を抱きしめた。
「火凛ちゃんも来てくれるならすっっごい嬉しいよ! 僕、兄さんも火凛ちゃんも大好きだから! ……最近は火凛ちゃんとあんまり話せなかったから……僕、もっと火凛ちゃんとも仲良くなりたいよ!」
……ああ、そうか。そうだったな。
俺が火凛と不仲になる前まで、火凛はよく家に来ていた。……その後、仲直りはしたものの火凛が気軽に家に来る事は減り、来るとしても何かお祝い事があった時ぐらいだった。
そして、火凛と距離が縮まってきた矢先……夏休みが訪れた。
火凛は病んだ。俺は水美や母さん、父さんにも軽く事情を話し、火凛の家へと入り浸る事になったのだ。
水美はとても聡い子だった。俺へわがままを言うどころか、こう言ったのだ。
『お願い、兄さん。火凛ちゃんを助けてあげて。家の事は僕がどうにかするから。だから、僕達の事は良いから、火凛ちゃんを最優先にして』
その言葉のお陰で俺は吹っ切れた。腰が痛くなったり水分不足になりかけたりしたが、最悪の事態を免れる事は出来た。
しかし、心の傷というものは簡単には癒えない。時間をかけて、少しずつ治すしかないのだ。だから、火凛が俺の家に来る回数は更に減る事となった。
水美は寂しかったのだろう。水美も小さい頃から火凛に懐いていたし、姉妹のように仲が良かったのだから。
「……ん。私も水美ちゃんともっと仲良くしたいな」
火凛は、水美へそう言って柔らかく微笑んだ。そして、俺諸共水美を抱き締め返す。
俺がノイズとなっている気がするが……いや、俺には俺の役割がある事を忘れてはいけない。
「分かった。母さん達には俺から話しておく。反対はされないだろうが……まあ、何かあったとしても説得するさ」
「その必要は無いわ!」
そんな俺達の元にいきなり現れたのは……
「……母さん?」
「お菓子でも持ってこようとしてたんだけど、水音が二人とイチャイチャしてたからタイミングを見計らってたのよ。そしたら話が聞こえて来ちゃった」
母さんはいい匂いのするクッキーが入った皿をテーブルの上へと置き、笑った。
「私も火凛ちゃんがこっちに泊まるのは賛成よ。お父さんも賛成してくれるはずだし」
「……それなら良かった。なら」
「でも、火凛ちゃんのお父さんが問題なのよ。確か、仕事で忙しいから帰れるのは週末とか、急にその日帰れるようになったとかあるのよね? 火凛ちゃん」
火凛は、一度目を瞑って表情を整えた。
「はい、そうです……お父さんは週末は必ず帰ってこられるようにしていますし、やれる仕事が無くなったら帰ってきます」
そして、ゆっくりと噛み締めるようにそう言った。
……そうだ。もし火凛の父さんが帰ってきて、家で一人きりだったらどうするんだ?
迎えに来てくれる人が居ない。それは酷く悲しく、寂しい事だ。
「もう。火凛ちゃんも水音もそんな顔しないの。私は一つ火凛ちゃんに提案しに来たんだから」
母さんは一本指を立ててそう言った。思わず火凛と共に首を傾げてしまう。
「火凛ちゃんのお父さんもこっちに泊まってもらえば良いのよ」
……ああ、そうか。そうだった。
俺の父さんと母さんは火凛の父さんと仲がいい……というか、高校時代からの友人らしいのだ。
「……良いんですか?」
「もちろん。こっちに来れば火凛ちゃんも水音も居るし、水美も居るもの。三人とも良い子だから、今みたいにリビングで遊んでても良いし。その間私達は三人を見ながら昔話とかしておくから。寝る時は客室を使ってもらえば良いしね」
そう聞いて火凛も顔を輝かせた。
「良かったな、火凛」
「うん……良かった」
火凛が抱きしめる力が強くなった。それに呼応するように水美も更に強く抱きしめてきた。
「……二人とも、嬉しいのは分かるが、少し苦しいぞ」
「ふふ♪ モテモテね。水音は」
母さんもそれを止めるでも無く、微笑ましそうに見ているだけだった。
◆◆◆
「ただいま!」
玄関から声が聞こえた。火凛と水美を連れて、三人で玄関へと向かう。
玄関には、くたびれたスーツを着た父さんの姿があった。
「おかえり、父さん」
「おかえりなさい! お父さん!」
「お邪魔してます……おかえりなさい、水音のお父さん」
疲れた様子であったが、父さんは俺達を見て嬉しそうな顔をした。
「おお! 久しぶりだな、水音! 会いたかったぞ!」
父さんは駆け寄ってきて、俺を力強く抱きしめてきた。
「……父さん。久しぶりと言っても一週間ぶりだろ」
「いやいや。愛しの息子と一週間も会えないなど寂しいに決まってるだろう! 少し背が大きくなったか? ちゃんとご飯は食べてるか? 寝る前に歯磨きはするんだぞ?」
俺の体をぺたぺたと触りながら、父さんはそう言った。
……そう。言うまでもなく、父は親バカだ。しかも重度の。
「大丈夫だって。というか一週間で背が伸びる訳ないだろ」
「いや、お父さんの見積もりだと三ミリは伸びてるね!」
父さんの背中を三度叩き、やっと離れる。すると父さんは俺の後ろにいた火凛と水美の方を向いた。
「水美と火凛ちゃんも出迎えありがとうな! 火凛ちゃんも『お義父さん』って呼んでくれて良いんだぞ!」
「ふふ……今はまだやめておきます」
「む。そうか。恥ずかしがらなくても良いんだがな」
「もー、せっかちだよ、お父さん。あんまり二人を急かしちゃダメ」
「それもそうだな、すまんすまん。火凛ちゃんとも久しぶりに会えたのが嬉しくてな」
そう言って父さんは高らかに笑った。
「ほら、父さんも早く手洗って着替えてきてくれ」
「ああ、水音に会えた嬉しさで忘れてた。お母さんにも帰った事を伝えてこよう」
そう言って、父さんは母さんが夕飯の準備をしているキッチンへと向かったのだった。
「……悪いな、火凛。騒がしい父さんで」
「ううん。久しぶりだったから少し驚いたけど、水音が大好きって気持ちは凄く伝わったから」
火凛はくすりと笑ってそう言った。
「そう言ってくれると助かる。それじゃ、俺達も戻るか。多分父さんがこの一週間について根掘り葉掘り聞いてくるだろうしな。火凛がこれからこっちに泊まる事になる可能性がある事も言わないといけないし」
「あ、そうだった、兄さん達二人の話全然聞いてなかった! 僕にも聞かせてね!」
「ああ、もちろん」
笑顔でそう聞いてくる水美へそう返し、手頃な位置にあった頭を撫でる。
来月から、カフェでバイトをする可能性がある事も話さなければいけない。
……あと、火凛の親友と話した事や、新歓レクでサッカーをする話もしたいし、今週は様々な事があった。
……話せない話も多いが、それでも話題は尽きなさそうだ。




