第37話 一家団欒(父は除く)
「……凄い…………凄いよ! 兄さん! こんなに綺麗に作れるようになったんだ!」
サンドイッチを見た水美は俺へと詰め寄ってきた。顔が近い。皿を落とさないようしっかりと持った。
「水美。褒めてくれて嬉しいし、嬉しいのも分かるがちゃんと座ってくれ」
「でもでも! 本当に凄いよ! あの時作ってくれたサンドイッチも凄かったけど、こんなに上手になってたんだね!」
「本当。見ない間に上達してるわよね。お母さん越したんじゃない?」
水美だけでなく、母さんからもそう言われる。
「まさか。母さんから色々とアドバイスを貰えなければ気づけなかった事もまだまだあったしな」
先程調理をしている際、母さんからは色々とアドバイスを貰った。具体的には調味料の配分や肉の焼き方など。まだまだ甘いと思い知らされた。
「え……水音のサンドイッチって、まだ改善点あったの?」
「ああ。まだまだ改良出来そうだ」
火凛は驚いた様子で俺の母さんを見た。どうしてそこまで驚くのかと思ったが、ふと思い当たる節があった。
「……あれ? 俺の母さんが昔は料理人だったって言ってなかったか?」
「え!? 何それ聞いてない!」
てっきりどこかのタイミングで言ったかと思っていたが、言っていなかったようだ。……まあ、自分の母親がやっていた仕事など早々言う事でも無いし。
「とは言っても昔の話よ? 水音が産まれるまで働いてただけだから」
「……だからこっちでご飯食べた時凄い美味しかったんだ」
母さんの言葉に、火凛は納得したように頷いた。
すると、水美が俺の腕をくいくいと掴んだ。
「……お話も良いけどさ。早く食べようよ! 冷めちゃったらもったいないもん!」
「ああ、それもそうだな」
相当お腹が空いてたのか、水美の口の端からよだれが垂れていた。
「女の子がはしたないぞ」
ティッシュでそれを拭うと、水美はえへへと笑った。
「……兄さんのが美味しそうだったからつい」
可愛い奴だ。そんな事を言われたら怒れないだろうが。
「それじゃあ食べるか」
サンドイッチの種類は四種類。前も作った三種類に加え、卵サンド加えた計四種類をそれぞれ三個ずつ作った。
ちなみに、卵サンドは水美からのリクエストだ。昔、一度だけ作ったのだがそれを覚えていたらしい。
「いっただきまーす!」
水美がそう言ってサンドイッチへと手を伸ばすのを見守る。
やはり、最初は卵サンドを食べるようだ。ぱくっと勢いよくかぶりついた。
「……ん、んー!」
水美は俺の手を掴んでぶんぶんと揺らした。キラキラとした目で俺を見ている。
「水美。美味しいのは分かったが落ち着け。ちゃんとよく噛んで食べるんだぞ?」
「ん!」
水美はもぐもぐと何度も咀嚼してから飲み込み、改めて俺を見た。
「すっっごい美味しいよ! ほんとびっくりした! 兄さんも料理頑張ったんだね!」
水美はそう言って抱きついてきた。
「こら、水美。褒められるのは嬉しいが行儀が悪いぞ」
「そうよ。そういうのは食べ終わってからにしなさい」
「えへへ……兄さんが居るからつい」
水美は感情をこうしてボディランゲージで感情を思いのままに伝えてくる。こうしたところは火凛にそっくりだ。
……水美は外でも普通にしてくるが。まあ、それは兄妹なので問題ないだろう。
水美に続いて、母さんと火凛もサンドイッチに手を伸ばした。
「いただきます……うん、よく出来てる。美味しいわよ、水音。くどくもないし、薄すぎたりしない。丁度いい塩梅よ」
「いただきます。……ほんとだ。もっと美味しくなってる。お肉も美味しい」
母さんと火凛からもそう褒められてホッとした。味見はしていたし、母さんにもして貰ったが、完成品を食べられるのもそれはそれで緊張していた。
もし火凛の口に合わなければ、という不安もあったしな。
自分でも一つ取り、食べる。……うん、美味い。
「あ、お父さんの分も残しておいた方がいい?」
どんどんサンドイッチを食べていった水美がふと思い出したようにそう言った。
「ちゃんとお父さんの分も残してるから大丈夫よ。遠慮なく食べて」
その会話を聞いていた火凛は首を傾げた。
「……そういえば、水音のお父さんは?」
「急に仕事が入っちゃってねぇ。夕方までには帰って来れるらしいんだけど。……相当悔しがってたわよ。水音と火凛ちゃんに会えない〜って」
そういえば居ないなと思っていたが、そういう事だったのか。
「そうだったんですね」
「どうせ泊まるんだから会えるだろうに。……まあ、父さんらしいと言えば父さんらしいが」
実の所を言うと、火凛の家に泊まる事に唯一父さんだけが反対していた。
男女が泊まるなど不純だ……という理由ならまだ良かったのだが。
『そんな! 水音ともう一緒にご飯も食べれないし、風呂にも入れなくなるのか!? そんなの嫌だ!』
……と、そんな理由で反対してきた。俺の名誉のために言っておくと、父さんと最後に風呂に入ったのは小学生が最後だ。
まあ、一週間に一度は帰るしら定期的に家族でどこかへ遊びに行こうと母さん達からの説得もあってどうにかなったのだが。
そんな事を考えながらサンドイッチを食べていると、水美がじーっと火凛を見ている事に気づいた。
「……火凛ちゃんのサンドイッチ、他のと少し違う?」
火凛が今食べていたのらサラダサンドだ。しかし、他のサンドイッチに比べてかかっていたドレッシングが黄金色になっている。
いつもの、火凛専用のサンドイッチだ。
「……ん。あのドレッシング使ってるから」
「ああ! あの甘いのだね! 一口貰っても良い?」
「ん、もちろん」
水美は火凛が野菜嫌いな事を知っている。そのためのドレッシングを俺が作っていたのも見た事があったので、すぐに納得したようだった。
水美が火凛の方へと前のめりになり、口をあーんと開いた。火凛は微笑みながらサンドイッチを食べやすいよう口に運ぶ。
水美はサンドイッチを食べ、頬に手をやった。
「ん〜! おやつみたいで美味しい!」
どうやらこちらのサンドイッチも好評のようだ。
食べていて飽きないかどうかも心配だったのだが、それも杞憂だったようだ。水美が運動部だった事もあってよく食べるし、火凛や俺もよく食べる。合計十二個もあったサンドイッチは綺麗に無くなった。
「「「「ご馳走様でした」」」」
「全部美味しかったよ! 兄さん!」
「そうね。息子の上達が分かって嬉しかったわよ」
「ん。すっごい美味しかった」
「ああ。それなら良かった」
片付けようかと立ち上がろうとすると、母さんが止めてきた。
「私がやっとくから良いわよ。三人で仲良くしといて。水美も寂しがってたし」
「そうだよ! 兄さんに会えなくてすっごい寂しかったんだから!」
水美が俺の服を掴んでそう言った。
「……じゃあ、そうだな。母さん、頼んだ」
「はい、頼まれました」
母さんは皿を持ってキッチンへと向かった。
大人しく腰を下ろした瞬間、水美が飛びついてきた。
「えへへ……兄さん! 僕も学校で頑張ってたんだよ? 中間テストが返されたんだけど、僕学年の中で五番だったんだ!」
「凄いな……偉いぞ。水美」
そうして差し出された頭を撫でる。すると、嬉しそうに頬を緩めた。
「本当に偉いぞ。でも無理はし過ぎないようにな?」
「うん! 分かってるよ!」
手を引こうとしたが、水美はまだまだ足りないと顔を突き出してきた。手を頭から頬へと移してもみくちゃにする。
「えへへ……兄さんにこうされるのも好き」
「まったく……水美は甘えんぼうだな」
しばらくそうやった後に手を離すと、水美はまた抱きついてきた。
「僕への頑張ったご褒美だから。兄さんは大人しく受け入れて」
「これがご褒美になるならいくらでもするが……」
水美を抱き返していると、火凛が微笑ましそうにこちらを見ていた。
「本当に仲が良いよね、二人とも。嫉妬しちゃいそうなくらい」
「……まあ、仲が良いのは否定しないが」
「兄妹だもん♪ それに、さっき火凛ちゃんにも同じ事やってたし!」
水美は火凛にも相当懐いてる。それこそ俺と同じぐらい。
だから、その言葉にも別段驚く事は無かった。
「さて、それじゃこれからどうする? 何かやりたい事はあるか?」
二人にそう聞くと、水美が一度離れて俺と火凛を見てきた。
「僕、二人とやりたいゲームがあったんだ!一緒にやろ!」




