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第36話 二人とも大好きだから

「えへへ。火凛ちゃん! 火凛ちゃんが家にいる!」


 リビングのソファーに座ると、水美ちゃんが私の肩にもたれかかってきた。


 笑顔ですりすりと顔を擦り付けてきている。


「こーら、水美。火凛ちゃんが困ってるじゃないの」


 それを見て、水音のお母さんが諌めようと注意した。水美ちゃんは不満そうにしながらも、本当に困ってないかとこちらを見上げてきた。


 水美ちゃんに微笑みながら、水音のお母さんを見た。

「ふふ。大丈夫ですよ。妹が出来たみたいで可愛いですから」

 そう返しながら水美ちゃんの頭を撫でる。


「そーお? なら良いんだけど。というか本当に水美のお姉ちゃんになってくれても良いんだけどね?」

「……! 火凛ちゃんが姉さんになってくれたら僕も嬉しいよ!」


 水音のお母さんの言葉に反応して、水美ちゃんが顔をぱあっと輝かせながらそう言ってきた。頭を撫でている手を両手で握り、自分の頬へと持ってきて頬を撫でるように催促してきた。

 子犬のようで可愛い。ぶんぶんと振られた尻尾まで幻視してしまう。


「今はまだ無理だけど……いつか、ね」


 水美ちゃんから『姉さん』と、そう呼ばれる日が来るのだろうか。いつもの呼び方と違ってくすぐったい感じもするけど……


 でも、嫌じゃない。


 そんな未来になるよう、私も頑張らないと。


「それじゃ、私はちょっと水音の様子を見てこようかね。火凛ちゃんは水美の面倒を見ていてちょうだい」

「はい、分かりました」


 水音のお母さんはそう言ってキッチンへと向かった。


「そういえばさ。水美ちゃんは学校生活どんな感じなの? 勉強とか部活とか」

「どっちも良い感じだよ! この前の中間テストは学年で五番だったし、女バスも次期キャプテンって言われてるんだ!」


 水美ちゃんの言葉に私は微笑む。


 水美ちゃんは水音の背中を見て育ったからか、かなりの努力家だ。……ううん。この言い方は水美ちゃんに失礼か。


 水美ちゃんは凄い。文武両道を体現して、それでいて良い子なのだから。


「凄い。本当に凄いよ、水美ちゃん。頑張ってるんだね」


 その体を労るように胸に抱きしめ、頭を撫でる。水美ちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。


「えへへ……」


 水美ちゃんは昔から努力家だった。小学校の時から色々な事に挑戦していたし、中学一年生の時から成績は上位を取っていた。一年生の後半からはバスケットボール部でレギュラーを勝ち取ったほどだ。その噂はその時三年生だった私達の元にも流れてきた。


 努力をする。それだけでも凄いのに、それを継続しているのだ。本当に凄い子だと思う。


「兄さん達に褒めて貰えるよう頑張ったからね」


 その動機に思わず笑ってしまった。昔の私を見ているみたいで。


「……火凛ちゃん?」

「ふふ。ごめんね。昔……今もそうだけど、私も同じ事を考えてたから」


 この前のサッカーの練習だってそうだった。

 頑張ったら水音に褒められるんじゃないか。そんな思いが無かったかと言われれば、否定する事は出来ない。


「火凛ちゃんも?」

「……うん。水音って褒めるの上手だから」


 相手が奏音ならちゃんと言えるのだけど、水美ちゃん相手に言うのは少しだけ恥ずかしかった。



 そんな私を見て、水美ちゃんは笑顔になった。


「……良かった」

「水美ちゃん?」


 水美ちゃんは私をぎゅっと抱きしめてきてくれた。


「また、兄さんと仲良くなってくれて。兄さんが火凛ちゃんと喧嘩した時とか……火凛ちゃんが元気無かった時もあって心配だったから」

「水美ちゃん……」


 水美ちゃんも精神年齢が高い。この歳で自分だけじゃなくて人の事も気にかけられるなんて。



「ごめ……」


 思わず謝りそうになって、口を噤んだ。


 違う。奏音にも言われたでしょ? 『ごめん』じゃない。



「……ありがとうね、水美ちゃん。心配してくれて。私はもう大丈夫だから」


 サラサラな髪を梳くように撫でると、水美ちゃんは体を離してニコリと微笑んだ。


「火凛ちゃんの事も兄さんと同じぐらい大好きだからね。心配して当たり前だよ」

「ん、ありがとう。私も水美ちゃんの事、大好きだからね」


 頭だけでなく顔全体を撫で回すと、水美ちゃんは嬉しそうに頬を緩めた。


「えへへ……これ好き。火凛ちゃんの手あったかくて気持ちいい」

「ふふ。良かった」


 しはらく水美ちゃんのもちもちなほっぺたを楽しんだ後に手を離した。


「ね。火凛ちゃん。火凛ちゃんに一つ聞きたい事があったんだ」

「ん? いいよ、何でも聞いて」


 そう答えると、水美ちゃんは嬉しそうにしながらも、少し緊張しているのか手をぎゅっと握りしめていたのが目に映った。


「あ……あのね。どうしたら火凛ちゃんみたいに…………お、おっぱいが大きくなるのかなって」


 その手を自分の胸に重ねながら、水美ちゃんはそう言った。


 こんな質問をされる事は別段珍しい事でも無い。よくある事でも無いけど、体育の着替えの時間とかにクラスの子達に聞かれたりする。


「んー。やっぱりバストマッサージじゃないかな」

「う……それはもうやってるんだよね」


 ……まあ、クラスの子達もそう言う子がほとんどだ。


 でも、水美ちゃんの相談ならちゃんと乗ってあげたい。


「……じゃあさ。今日一緒にお風呂に入らない? バストマッサージって間違ったやり方とかもあるからさ。私のやり方だけど、教えよっか?」

「良いの!?」


 水美ちゃんは前のめりになってそう聞き返してきた。


「もちろんだよ。水美ちゃんの為だもん。一肌脱がなきゃね」


 よかった。水美ちゃんもちゃんと女の子なんだ。


 こうして女の子らしい悩みを抱えているのを知って嬉しく思いながら、笑みを返す。


 こうして相談してくれるのも、信頼されている証拠だ。


「ありがとう! 火凛ちゃん!」



 笑顔を絶やさない水美ちゃんを見て、私はふと疑問に思う事があった。


「ねえ、水美ちゃん。水音も言ってたんだけどさ。彼氏とか作らないの? 水美ちゃんなら居てもおかしくなさそうだけど……」


 そう聞くと、水美ちゃんは苦笑いした。


「んー。兄さんが居るからね。こう、どうしても学校の男子と比べちゃって……」

「ああ、確かに……」


 水音は凄い人に気を使うし、優しい所もある。そんな男子など早々居ない。奏音も見た事ないと言ってた。


「告白も何回かされた事はあったんだけど……やっぱり兄さんが好きだから。……あ、別に火凛ちゃんから取ろうとか、嫉妬してるとかは無いから安心してね!」


 途中からそう付け加えたのは、私が水音の彼女だと思っているからだろう。ややこしくなるから否定はしない。水音と相談してそう決めたから。


 それに、私は水美ちゃん相手にそう目くじらを立てはしない。水音が水美ちゃんの事が大好きなのも分かってたから。それに、こんなに人の事を考えられる子に怒るなどバチが当たってしまう。


「ふふ。大丈夫だよ。そんなに心配しなくても。水美ちゃんが水音の事大好きなのは分かってるから」

「う……間違ってないけど。人に言われたらなんか恥ずかしいね」


 照れる水美ちゃんを微笑ましく思いながら考える。


「つまり、水美ちゃんは水音と同じか……それ以上の男の子じゃないと付き合いたくないって事?」

「うーん……そうなるのかな。でも兄さんより良い人なんて見た事ないからよく分かんないかも」


 水美ちゃんはそう言って難しい顔をした。変に不安にさせてしまったかもしれない。


「……まあ、私の友達でも付き合った事がない子っていっぱい居るし。先に聞いたのは私なんだけど、そんなに不安にならなくても大丈夫だよ」


 そう言うと、水美ちゃんは難しい顔をやめて笑顔になった。


「そうだね! 兄さんも火凛ちゃんも居るし!」

「うんうん……そうだね。ゆっくり考えた方が良いかもね。……でも、好きな子が出来たら遠慮なくいくんだよ?」

「うん、そうする!」


 と、ちょうどその時足音が聞こえてきた。



「待たせたな、二人とも。お昼持ってきたぞ」


 ニコリと微笑みながらサンドイッチを持ってくる水音を見て、思わず思ってしまった。



 ……水美ちゃん、本当に大丈夫かな?

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