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第34話 水音の決意

遅れて申し訳ない……

「行く!」

 火凛は元気よく返事を返した。急な事ではあったが、一緒に来てくれるらしい。


「よし、なら水美に連絡しておくな。喜ぶはずだ」

 スマホを取り、水美へ連絡を取る。


『明日、火凛と一緒に帰れそうだ』


 そう送ると、すぐに既読が付いた。


『ほんと!?やった!久しぶりに火凛ちゃんに会える!』


「やっぱり喜んでるぞ、水美は」

 文章からでも水美の喜んでいる様子が目に浮かぶ。水美は顔に出やすいからな。今頃は母さん達にも言っているかもしれない。



「ふふ。久しぶりだからね。最後に会ったのって入学祝いで水音の家に行った時じゃないかな?」

「それだと……もう一ヶ月以上経つのか」


 確かに水美も喜ぶわけだ。水美は火凛が大好きだからな。


「……どうする? 火凛が良いんだったら、毎回とは言わないが二週間に一度ぐらいは家に来るか?」

「良いの?」

「ああ。……火凛の父さんにも聞かないといけないが。まあ、大丈夫だろう」


 火凛の父さんは俺の父さんとも仲が良かったはずだし、なんなら一緒に来ても良いかもしれない。予定が合えば、になるが。


 と、その時。スマホから通知音が一つ鳴った。


『じゃあさ!夜は兄さんと火凛ちゃんと一緒に寝たい!』


「……」

「どうしたの? 急にそんな難しい顔して」


 無言で火凛へとスマホの画面を向ける。水美が送ってきた文を読んで、火凛はクスリと笑った。


「ふふ。良いんじゃないかな? 水美ちゃん、水音の事も大好きだもんね」

「お前な……水美はもう中学二年生だぞ。彼氏の一人ぐらい出来てもおかしくない歳だ。いくら身内とはいえ、そんな簡単に寝るべきじゃないだろう」


 水美は贔屓目抜きに見ても可愛らしい。正直、どうしてまだ彼氏が居ないのか分からない。……と言いたいが、水美にその意思が無いらしいので仕方ない。


 ……どうやら月に何度か男子に呼び出されて告白されているらしいが、全て断っているらしい。


「でもさ。水美ちゃんも寂しいんじゃない? ほら、何度か私の家にも来ようとしてたみたいだし」

「それは……」


 確かに、水美には寂しい思いをさせてきた。俺が火凛の家に泊まり込みになると言っても、ワガママを言う事もなく何かを察して笑顔で送り出してくれた。


 一週間に一度は帰ってきて欲しい、と言うものはワガママに入らないしな。


「それに、一緒に寝るのがダメってさ。水音が変なイタズラとかしないようにって事でしょ? 水音がそんな事するはずないって私も水美ちゃんも分かってるもん」

「……そんな事はしないと誓えるが」


 水美は確かに可愛いが、妹だ。倫理的にも人道的にも外れた事をする訳が無い。


 その時、またスマホから通知が鳴った。


『やっぱりダメだよね。ごめんね、変な事言って』


 長く、深く息を吐いた。


 これ以上妹に気を使わせるなど兄失格だ。スマホを置き、頬をピシャリと叩いた。


『良いぞ。火凛も乗り気だったから三人で寝るか』


「火凛の言う通りだ。悪いが、寝る時は付き合って貰うぞ」

「ふふ。りょーかい!」



 ニコニコしている火凛の頭に手をやり、お礼の意味を込めて撫でた。


 通知が鳴った。


『ありがと!兄さん、火凛ちゃんと来るの楽しみにしてるね!』



 ◆◆◆


「……寝たか」


 あの後、何度か頭を撫でていたら寝息が聞こえてきた。そう呟くも、火凛が起きる気配は無い。


「結局、分からなかったな」


 あの言葉の意味が。



 火凛は俺に依存していた。それは確かな事実だ。しかし、それは必要な依存であり、火凛が生きていくために必要な事だった。


 そう、理解していたつもりだった。


 火凛が俺を好いてくれている事は嫌でも分かったが。分からなかった事があった。



 それが依存から始まったものなのか、それとも違うものなのか。



 前者ならば……お互いに良くない事だと思う。火凛が立ち直る……男性不信が抜け、昔のように友達がたくさんいる状態になれば、俺を必要としなくなるかもしれないから。


 ましてや、もし誰かを好きになったのなら。その時は俺の存在が邪魔となるはずだ。それが一番あってはならない状況だ。火凛も、俺も傷つくことになるだろう。


『私のおっぱいも、匂いも、体も全部水音のものだからね』


 この言葉は俺に依存していたから出たものなのか、それとも、俺を安心させるために言った言葉なのか。

 そのどちらなのかは火凛しか分からない。いや、この話は今度でいいだろう。


 今は火凛にどう好かれているのか。だ。



 もし、依存抜きに好きだと思ってくれていたら……その時は――



 ――俺は、どうすれば良いのだろうか。




 火凛の事は好きだ。大好きだ。だからこそ幸せになって欲しい。


 火凛は可愛い。それは揺るがない事実だ。だからこそ、俺なんかよりももっと良い男と生涯を遂げる事も出来るはずだ。


 いや、そこまで考えるのはお節介にしかならない。火凛にとっての幸せが何なのか、俺には分からないのだから。



 ……違う。思考を放棄するな。考えろ。




 目を瞑って考える。自分の今までの行動を、そして思考を振り返る。




 ああ、そうか。


 結局、俺は自分に自信が無かったんだ。



 自分が火凛に相応しい男なのか。そう聞かれれば、俺は胸を張って頷く事など出来ない。


 俺は歪んだ形で火凛を縛り付けているのだから。




 あの時、火凛とセックスをしない選択だってあったはずだ。



 あの時、火凛をもっと違う形で助けられたはずだ。


 最悪の展開は逃れていたはずだ。今、こうして俺の隣に火凛が居るのだから。


 だが、最善策だったのかと聞かれれば……分からない。


 自信が無い。今、火凛が幸せなのか。これから火凛を幸せに出来るのか。



 火凛を幸せにする。その覚悟さえ持つ事が出来れば――


「俺は……言っても良いのか? そんなの、ただの独りよがりじゃないのか?」


 まだ火凛の愛が『依存』によるものなのかも理解していないのに。


 それなのに愛を伝えるなどエゴでしかない。また一つ、火凛を鎖で縛り付ける事になるだけだ。




「……だが」



『私はさ。セックス自体が好きなんじゃないよ……もちろん嫌いじゃないけど、そこじゃなくてね。水音とするセックスが好きなんだよ』



 その言葉がずっと頭の中に残っていた。


 いつかは終わる関係だと、ずっと思い込んでいたから。



 すやすやと寝息を立てる火凛を見る。


 俺は、火凛を笑顔に出来るのだろうか。それとも泣かせてしまうのだろうか。


 怖い。


「……臆病ですまない、火凛……待っててくれ。……どうにか、俺なりに答えを見つけ出すから」



 火凛が……そして、なるべく俺も幸せになれるような。そんな答えを。




 俺は探さねばならない。



 ◆◆◆



「楽しみだな。兄さんと会えるのも、火凛ちゃんと会えるのも!」


 兄さんと会うのは一週間ぶりだ。話したい事は山ほどあったし、兄さんの話も聞きたかった。


 特に、兄さんが作ったサンドイッチと火凛ちゃんの作ったパンケーキの話だ!


 時々兄さんは料理を作ってくれる。確かにそれらは全部美味しかった!


 だけど、サンドイッチは一回しか食べた事が無かった。僕が風邪を引いた時に作り置きしてくれたたまごサンドぐらい。


 どうやら、兄さんが作ったのは三種類もあったらしい。楽しみだ!


 あ、あと、火凛ちゃんからもパンケーキの作り方を教わろう!


「ふふ。楽しい事がいっぱいあるな♪ 夜は二人といっぱいお喋り出来るし」


 高校生活には慣れたかな? やっぱり学校でも火凛ちゃんと仲良くしてるのかな?


「どうしようかな♪ 一日で全部話せるかな。それとも明後日まで泊まっていかないかな♪」


 そしたら兄さんと火凛ちゃんと三人でお買い物に行ってもいいかもしれない。


「明日兄さんに聞いてみようかな」


 ……たまには甘えても良いよね。よし、決めた!明日言ってみよう!

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