表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/156

第31話 「ありがとう」は連鎖する

「……えっと、一応火凛から聞いてると思うんだけどさ」

 そう前置いて、来栖は一度息を整えた。


 変に場を重くしすぎたかもしれない。だが、真面目に聞かなければ来栖に失礼だ。もしかしたら限界を迎えて来栖に無理をさせるような事になるかもしれないが、その前に白雪が止めてくれるだろう。彼女は場を読むのが凄く上手いから。


 一度だけ白雪へ目をやってから来栖の目をじっと見た。


「……あの時はありがとう。正直な所を言うと、怖かったんだ。急に怒鳴るんじゃないか、とか立ち上がってきて殴られるんじゃないか、とか。そんな事あるはず無いって分かってたはずなんだけど……それでも怖かったから」


 あの時、とはチーム決めをした日だろう。


 確かに、あの男は何をしでかしてもおかしくない恐ろしさはある。


 その後の事など何も考えず、感情のままに動く人ほど恐ろしい存在は居ない。


「……ちょっとだけ話は変わるんだけどさ。私、来年生徒会長を目指しているんだ」


 来栖は俺の目をしっかりと見返す。緊張しているのだろう。少しだけ震えている。来栖は一度ふう、と息を吐き、呼吸を整えてから口を開いた。


「やっぱりさ。生徒というか……他の人とあんまり軋轢を産みたく無かったってのがあって。……それがたった一人の男子だったとしても、来年影響が出ないとは言いきれないから。それに、もし生徒会長になれたとしても、その後が大事だから。厄介事は招きたくなかったんだ。獅童君はそこまで知らなかったはずだけどさ。……お礼を言わせて欲しいんだ。……ありがとうございます」


 そう言って、来栖は丁寧にお辞儀をした。座りながらだと言うのに、腰から折った綺麗なお辞儀だ。


「お礼は素直に受け取っておく。だが、俺の方からも言わせて欲しい。……これは来栖だけじゃなく、平間にもだな」


 来栖が頭を上げるのを待って、そう言った。来栖だけでなく平間もじっと俺を見ていた。


「俺が言う事では無い、というのは分かってるし、二人ともなんの事を言っているのか分からないと思う。だが、言わせて欲しい」


 そう前置いて目を瞑る。


 脳裏に過ぎったのはあの夏の()の事。


 母親に裏切られ、母親の浮気相手に嫌な事をされそうになって、火凛は塞ぎ込んだ。


 もう誰も信じられない、と。信じたくても信じる事が出来なくなってしまった、と。男性は特に信じられなくなっていた。


 それこそ、火凛は今も心から信用しているのは父親と、自分で言うのもなんだが俺ぐらいだろう。


 火凛は受験勉強を理由に友人と遊ぶ事を辞めた。話す事も辞めた。連絡すら断った。


 そして、塞ぎ籠った。


 ……その最中(さなか)死すらも選ぼうとした。自意識過剰でも何でもなく、俺が居なければ火凛は自殺を選んでいただろう。


 夏休み明けも、火凛は友人と遊ぶ事は無かった。家に帰り、欲望のまま体を貪り合い……合間を縫って勉強をした。


 それでも、火凛はただ生きていてくれればいい。俺はそんな風にも考えていた。


 だが、高校へ入り、火凛は変わった。良い方向へ。


「火凛の友人になってくれて……ありがとう。火凛が友人とあれだけ楽しそうに話して……秘密を打ち明けるなんて久しぶりだったから」



 気づけば、視界が滲み始めていた。


「もちろん、白雪もだ。……いや、白雪には感謝をしてもし切れない。言う機会を逃していたが、今言わせて欲しい。火凛の友人でいてくれてありがとう。話は火凛からいつも聞いていた」


『一人だけ、何度も話しかけてくる人がいるんだ』


『友人』を作る事を諦めた火凛が、初めて『親友』と呼んだ彼女の事を。


『奏音って言うんだけどさ。……話してみたらすっごい良い子だったんだ』


 誰と話しても対応を変えずに『八方美人』となってしまった火凛の傍で悩みを聞いてくれた。相談に乗ってくれた。そんな彼女には贈りたい言葉が多すぎる。


「……ありがとう、本当に。どれだけ感謝をしても……足りない」

「私もだよ」


 ぽたり、と雫が流れ落ちる。


 白雪の頬からまた雫が流れ落ちた。


「最近、やっと火凛が話してくれたから。水音の事は何でも話していたけど、あの時の事を聞いたのは初めてだったから」


 白雪はぶるりと震えた。


「水音がいなかったら……大変な事になってたって聞いた。驚いたよ、私。親友が一番大変だった時に傍に居られなかったんだもん」


 滲んできた目をぐっと閉じ、涙を堪える。



「……私も、火凛に救われた存在だから。私の外側だけじゃなくて、内側まで全部見極めてくれたのはあの子が初めてだったから。だから、私も火凛の事が知りたくなったんだよ。火凛は本当に優しくて、良い子で……でも少しだけ不器用だった。私からも言わせて。火凛の傍で、火凛を支えてくれてありがとう。本当に。水音が居なかったら、そんな火凛に……会えなかったかもしれないから」


 白雪は、ぎゅっとにぎった拳を抱き抱えるように胸へと置いた。


「……私はお二人が何の話をしているのか、詳しくは知りません。でも、火凛ちゃんが辛かった時、獅童さんが助けてくれた事は分かりました」


 俺と白雪の話を聞いて、平間が口を開く。


「私も火凛ちゃんに助けられました。入学式の日、ちょっと嫌な人に絡まれてしまって……春もその時近くに居なくて、困っていたら火凛ちゃんが助けてくれました。……それで、その後火凛ちゃんに私が男の人が苦手な事を伝えました。……なんて言ったと思います? 私、凄い驚いたんですよ」


 火凛に友人が出来たとは入学式の後に聞いた。しかし、どうやって仲良くなった、などと会話の内容まで聞いた事は無かった。


「……なんて言ったんだ? 火凛は」


『私も男の人に怖い目に遭わされそうになって、男の人が苦手になったんだ。でも、私は変わりたいと思ってる。……輝夜ちゃんが良かったらさ。克服できるように一緒に頑張ってみない?』


「――って、そう言ったんです。そんな事を言われたのは初めてだったんですよ? 今まで会った人はみんな同情の目で見てくるか、励まそうとしてくるかのどっちかでしたから」


 平間は嬉しそうに目を瞑った。そして、その手をぐっと握りしめて目を開いた。


「私も心の底では分かっていたんです。変わらなきゃいけないって。……でも、恥ずかしながら勇気がありませんでした。だから、火凛ちゃんに言われて嬉しかったんです。火凛ちゃんとなら頑張れるかもしれない、って思えたんです。今ではこうして……獅童さんともお話が出来るようになっています。少しだけ、ですけど。前の私は酷かったんですよ?ね、春」


 名前を呼ばれた来栖は苦笑した。


「……仕方なかった、とは思うけどね。あの時から火凛に出会うまで、輝夜は男子が居る時はずっと私の後ろに居たから。でも、今じゃこうして獅童君に話しかけてる。こんなの前じゃ考えられなかったから……私は火凛にも凄く感謝してるよ」

「私もです。それで、獅童さんが居なければ火凛ちゃんが大変な事になってたみたいなので……私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます」


 そうして頭を下げる平間を見て、思わず微笑んでしまった。



 ああ、こうして火凛の優しさにちゃんと気づいてくれる人は居るんだ。


 火凛は本当に……良い友達を持った。



「……また、俺の言う事では無いと分かっている。だが、それでもあと一つだけ言わせて欲しい」


 別に俺は火凛の親でも何でもない。……幼馴染だ。

 ただ、火凛が俺をそう呼んでくれたように、俺も火凛の事を大切に思っている。




「これからも火凛の事をよろしく頼む」



 火凛も俺には話せない事がきっとあっただろう。そして、そんな事はこれから先もどんどん出てくるはずだ。そんな時、白雪達は頼りになる。


 そう思って言ったのだが、白雪は笑った。


「なーに言ってんのさ。火凛だけじゃなくて水音の事も友達だって言ったっしょ? だから頼まれなくても助けるよ、火凛も……水音も」


「……わ、私達もです! 獅童さん!」

「そうだね。……その辺は火凛が来てからまた話すけど」


 どうやら、火凛も含めて話があるらしい。



 その時、コン、コンと扉が二度ノックされた。


「入るよ」


 タイミング良く、火凛が帰ってきたようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ