第27話 頭が良い人は周りをよく見る
遅れて申し訳ない……
「ね、水音。ここだとあんまり大声を出さないと周りに聞こえないからさ。普通に喋らない?」
火凛の言葉に辺りを見渡す。白雪達も少しだけ離れた場所に居るし、他の生徒も遠い場所に居る。時折視線を向けてこそいるが、注意して聞かない限り話は聞こえないだろう。
「……そうだな。そうするか、火凛」
俺の言葉に火凛は顔を綻ばせた。思わずその頭を撫でそうになったが、周りの目もあるんだと己を律する。
すると、火凛は綻ばせた顔をもにもにと手で直してから口を開いた。
「それじゃさ、水音。聞きたいんだけど、水音みたいにボールを遠くまで飛ばすにはどうしたら良いの?」
「ん? ああ、助走と勢い、後は角度が大事だな。特に角度。ゴロなら良いが、中途半端に浮かせて人の顔に当たれば危ない。なるべく高く、遠くへ飛ばすイメージだな」
高ければ滞空時間も長くなるから取る側が着地点を予測しやすいのもある。
ふむふむと頷く火凛に俺は続けた。
「だが、強く蹴り過ぎたらその分コントロールが効かなくなる。なるべく自陣のチームが多い場所に蹴れば、後は勝手に取るだろうな」
「そんな感じで良いの?」
「ああ。あんまり気負い過ぎても上手くいかないからな」
あくまで高校生のサッカーだ。全国大会を目指すサッカー部では無い。手を抜く訳でも無いが。
火凛は納得した表情を見せたあと、次の質問へと移った。
「……じゃあさ、パスは置いておいて、ボールってどうやって取ればいいの?」
「それは相手からって事だよな?」
こくりと頷いた火凛に俺は考える。
普段無意識に行っている事だが、言葉にするのは難しい。
「そうだな。一言で言うなら……ボールが相手の足から離れた瞬間に蹴飛ばすか奪い取る、だな」
とは言っても分からないだろう。
少し離れた場所から俺は軽くボールを蹴ってドリブルを始める。
「どんな人でもボールを常に足から離さずに居る事は不可能だ。特に、早く移動しようと思ったらボールを強く蹴る必要がある。そうすればボールと足の間の空間が広がるから、ボールを取りやすくなる。……俺はドリブルが得意じゃないからこうしてボールとの間隔が広くなってしまうが」
……と実演しながら説明してはみたものの、火凛の場合は習うより慣れろの方がいいかもしれない。
「火凛は要領が良いから、まずはやってみた方が良いかもしれない。試しに向かってきてくれ」
「ん、分かった」
今度は数十メートルほど離れてからドリブルを始める。
やはりドリブルは難しい。どうしてもボールに意識を集中してしまう。
そんな中、火凛はたったっと俺の元まで走って来た。それに合わせてゆさゆさと別の部分も揺れていたが、そこからは全力で意識を逸らす。
そのまま俺はまっすぐドリブルを続けた。たん、たんとリズム良くボールを蹴りながら。
「……今!」
とん、とボールが蹴られた。それは優しい蹴りだったが、俺のドリブルを的確に弾いた。
「やった♪」
「上手だったぞ、火凛。実際にやるんだったら今のをもっと強く蹴ってみてくれ」
ボールを取って戻ると、火凛は嬉しいのかとことこと俺の傍へと近寄ってきた。ニコニコと俺を見ていたので、その頭を撫でる。
「えへへー」
だらしなく顔を緩める火凛の頬を撫でようとした瞬間、思い出した。
……ここ学校だよな? しかも体育の授業中で。
顔の血の気が引いた。パッと手を離すと、火凛が不思議そうな顔をした。
辺りを見渡すも、皆別の事に夢中になっているようで俺達の事を気にしていない。
……遠くで響が男子生徒数人相手にドリブルをしていて皆それを見学していた。五人抜きとか初めて見たんだが、どうやってるんだ。というか響は何者なんだ。
「……まあいいか。とにかく、見られてなくて良かった」
「奏音達は凄い見てるけど……多分大丈夫かな」
「えっ」
火凛に言われて白雪達を見ていると、思い切り目が合った。茶色の瞳が呆れたようにこちらを見ている。
「もっと早く言っとくべきだった……」
「えぇ……? 普通に頭撫でてなかった?」
「はわわ……なでなで……頭なでなでしてました…………凄いです」
白雪は頭を抱え始め、来栖は困惑し、平間は目を手で隠していた。……指の隙間からチラチラと見ているようだったが。
「……火凛。お前の判断は正しかったみたいだ」
来栖や平間に俺達の関係を話していなければ、二人には不審に思われただろう。今まで男子が苦手と言っていた友人が頭を撫でられてニマニマしていたのだから。
……まあ、今もおかしく思われてはいそうだが。特に来栖には。
「ふふ。結果オーライだったね。でも、もしこれから二人には何か話すってなったらちゃんと水音に相談するからね」
「ああ。そうして貰えると助かる。じゃないと心臓が持たないかもしれないからな……っと」
気づけば火凛がすぐ側に居た。それこそ腕と腕が触れ合えるぐらいには。
半歩だけ横にずれると、火凛は不満そうにこちらを見てきた。どうやら確信犯だったらしい。
「……むぅ」
「我慢してくれ、火凛。後々説明が面倒になるぞ」
「…………ん、分かった」
渋々火凛は頷いた。さて、練習に戻ろうかと思えばちょいちょいと服を引かれた。
「最後にちょっとだけ耳貸して」
火凛は何か企んでいる笑みを見せていた。しかし、悪い事はしないだろうと耳を寄せると、火凛は両手で筒を作って耳に当てた。
「いつかはちゃんと、みんなの前で手が繋げるようになろうね」
その言葉の意味をちゃんと理解した訳では無い。それでも、俺から返せる言葉は一つだけだった。
「ああ、そうだな。いつか必ず」
その言葉を聞いて、火凛は笑った。
今日一番の良い笑顔だった。
◆◆◆
「ねえ、本当にあの二人付き合ってないの? 距離感近くなかった? 尋常じゃないぐらい」
「いやあ……付き合ってないはずなんだけどね。私も自信ないんだけどさ」
春の言葉に思わず目を逸らした。すると、今度は輝夜と目が合った。
「奏音ちゃん、お二人は他にも色々してきたんですか? か、壁ドンとか、顎クイとか……膝枕なんかも!」
輝夜は目をキラキラさせていた。少女漫画の読みすぎだ、と言いたかったけど二人なら全部やっていてもおかしくない。というか絶対やってる。なんなら床ドンとか顎撫でるとか腕枕とかまでやってる。絶対。
「いやあ……どうなんだろね。分かんないかな……後で火凛に聞いてみて」
もごもごと輝夜にそう返すも、輝夜はうんうんとニコニコとしながら頷いていた。……楽しそうだしいっか。
「まあ……幼馴染だから距離感が分からなくなってるって事なのかな」
春は腕を組んでそう考察していた。正解も正解、大正解だ。
「春、正解だよ。小さい頃からの幼馴染だからこそ分からなくなってる。実際その辺にいるカップルなんかと比べ物にならないぐらい仲良さそうに見えるからね」
まさか春がその事にもう気づくとは思わなかった。やっぱり頭の回転が早い。
「……もちろん、秘密を話してくれた火凛には協力するけどさ。難しそうだよね」
「まあね。でも、このままだと誰も幸せになれないからね。それより春、そろそろ二十分経つけど良いの? 始めなくて」
「あっ……本当だ。ちょっと行ってくる!」
「行ってら」
「行ってらっしゃい、春!」
輝夜と共に拡声器を取りに行く春を見送った。
なんだかんだお喋りは多かったけど、ある程度ボールに慣れる事が出来た。水音は教えるのが上手だった事もある。輝夜がボールをちゃんと蹴る事が出来て春も凄い驚いてたし。
『輝夜ってすっっごい運動音痴だから。いやもう、ほんとに。まだかけ算が出来ない小学生に因数分解教えるぐらい難しいから』
とか言ってた。さすがに言い過ぎだとおもったけど、輝夜はニコニコとそれを肯定してた。本人はどうやらコンプレックスに思ってないらしい。良い事なんだろう、きっと。
「それじゃ、輝夜。そろそろあの二人迎えに行くよ」
「はい、分かりました!奏音ちゃん!」
ニコニコとご機嫌な輝夜を連れて、イチャイチャとボールを取り合ってる二人に向かって歩き始めた。




